クラスチェンジ
オアシスに入ってから、既に30分が経とうとしていた。出てくる敵は港さんが言っていた三種類のウサギだけで、金色ウサギはあれ以降姿を見せない。
港さんが言うには平均で三匹くらいは出現するらしいが……出ないものは仕方ないな。
危なげない戦闘が続いているため、分配や回復によって消耗した部長に飲ませる回復薬の数も少ない。
皆のレベルもグンと上がり、俺のレベルはクラスチェンジ可能となる30になっていた。
――恐るべし、オアシス。
「……ん、時間だな」
港さんが呟くと同時に、まるで幻だったかの如く神秘的な風景が揺れながら溶けるようにして消えた。
純白の砂は砂漠のソレへと戻り、美しい湖も植物もそこには無い。
辺りの明るさや温度が一気に変わり、暗くて寒い夜の砂漠へと戻っていた。
ダリアが少し残念そうに俯いている。
「まあボーナスステージってのはこんな感じだ。短時間でどれだけ火力を出せたかで、稼げる経験値も増減する。一度利用したら以降12時間は入場制限されるから、入り浸る事はできないがな」
「なるほど。しかし、30分でここまで経験値が稼げるのはなかなか大きいですね。俺もクラスチェンジできるレベルまで上がりましたし」
ダリアのレベルも27、部長も20と、かなり順調なスピードで上がっている。
――が、数値的な経験値ばかりが溜まり、戦闘の数をこなせていないため、部長の技能熟練度は当然ながら未だ低い。
MPを使うダリアやケビン、SPを使う俺、キング、港さんのサポートとして分配は飛び抜けて育っているものの、大きな攻撃を受ける前に倒してしまうケースが多いので回復魔法の伸びが悪い。
トーナメント前にどこかのタイミングで、LPを激しく消耗するレベルの強い敵と戦う必要があるな。
「じゃあ王都で早速って言いたい所だが……悪い、この後用事があってな」
申し訳なさそうに頭を掻く港さんに「とんでもない」と、慌てて手を振る。
これだけ早く30になれたのは彼らの火力があってこそだ。謝られる立場にはない。
「んじゃあ今日はここで。またな」
「はい。ありがとうございました。キングもケビンもまたなー」
ビシッと手を上げながら、港さん達の姿が光と共に溶けていった。それを見送った俺は、砂の町のポータルから王都へと転移した。
王都のポータル前は冒険の町以上のプレイヤーで溢れかえっていた。
今日は特にイベントの類は無いと思ったが……。
恐らく冒険の町に代わり、王都がプレイヤー達の活動拠点となりつつあるのかもしれない。
言わずと知れた職業安定所などの施設もある事から、ここが重要度の高いエリアだと予想もつく。
王都は石造りの建物の所々に機械的な装置が組み込まれた、不思議な風景が広がっている巨大なエリアだ。
モンスターや、もしかしたら他国からの襲撃に備えているのか、途方もなく広い王都をぐるりと囲む分厚い壁も印象的だ。
壁の上には大砲と、二又の槍のような巨大な装置が等間隔で設置されているのが見える。
尤も、見上げるほど高い壁の上に設置されてある物だから、近付かなければ細かい部分は見えないのだが。
石造りの道を行くNPCは、猫の耳を生やした女性や全身が機械の男性。三メートル程の巨体を持つ女性や、身長はダリアより低いが逞しい筋肉を持つ初老の男性などなど、王都には様々な種族が暮らしている事がわかる。
中には首輪をつけられ重そうな荷物を持たされている獣姿の人が、でっぷりと脂肪を蓄えた男性に罵声を浴びせられながら歩いている姿も見える。
「奴隷か……」
少なくとも現代の日本には存在しない制度なため、プレイヤーによっては激昂し、太った男性に攻撃を仕掛ける可能性もありそうだ。
ともあれ、言い方は悪いが奴隷は所有物扱いだろうし、ただ虐げられていると考えるのは危険だな。
太った男性が正当な契約で奴隷を連れているなら、下手すれば攻撃した瞬間、プレイヤーの方が罪人として処罰されるかもしれない。
道行くNPCが特にリアクションしていないため、これが日常風景だと予想できる。どちらにせよ、見ていて気分がいい物じゃないけど。
何しろまずはクラスチェンジだ。頭の上の部長をダリアの頭に乗せ、ダリアごと肩車する。
マップが全然開拓されていないから、探すのに苦労しそうだな……場所聞いておけばよかった……。
道とマップとを交互に見ながら大通りを進む。駄目元で、王都に関する掲示板を覗いたら運良く座標が載っていたので、有難く参考にさせてもらっている。目印は圧倒的な存在感を放つ巨大な城。
掲示板の住人達の予想では、あの場所にイベント情報に書いてあった王が住んでいるらしい。リアルで城に入る機会なんて無いだろうから、是非とも中を見学してみたいところだ。
しばらく歩いていると、右前方に大きな施設が見えてきた。
他の建物に比べ、マップ上の面積は三倍近くの差がある。半分捲れている紙のマークが描かれており、建物の入り口には様々な張り紙のされた木製の扉が佇んでいる。
「ん? おお、あれが『王都ギルド』か」
掲示板にもあった王都の重要施設の一つ『王都ギルド』。
ここで言うギルドとは、プレイヤーが立ち上げる物とは別の、初めからゲーム世界に存在する施設であり、数多のクエストが集う冒険者御用達の建物だ。
全ての町に存在するギルドの中でも、王都ギルドは多種多様なクエストを受ける事ができるらしく、ここら一帯に出現している《ダンジョン》関連のクエストは特に人気らしい。
そして、王都ギルドの中には俺の探している職業安定所があるとの事だった。
王都ギルド内部は騎士風の格好をしたNPCや身軽な服装の少年NPCなど『冒険者』と呼ばれる人々が、木製の掲示板や受付の前に集まっているのが見える。
冒険者はこの世界でいう何でも屋的な職の人々の名称で、主にダンジョンに潜って宝物を探したりモンスターを倒したりと、プレイヤーと同じ動きをするNPCの事を指す。
クエストの内容によって一緒に行動する場合もあり、プレイヤー達とは最も関わりの深いNPCと言えるだろう。
「ここも賑わってるなあ……」
王都ギルドにいるのはNPCだけでなく、プレイヤーの姿もある。
鎧を纏う者など戦闘職が殆どだが、ちらほらと生産職もいるようだ。多種多様なクエストの中には、生産職向けの物もあるという事がわかる。
雑談を交わすNPC達をかき分け、『職業安定所』と書いてある受付へ足を進める。
――よし。先客はいないみたいだ。
「こんばんは異人様。本日はどういったご要件でしょうか?」
「こんばんは。クラスチェンジをお願いしたいのですが」
「はい。かしこまりました」
職業安定所の受付NPCが宙に浮く半透明のキーボードを叩くと、カウンターに埋め込まれたパネルに光が灯る。
様々な文字が画面を踊り、【Name】の項目にダイキと文字が並び、【Job】の項目に召喚士と並んだ。
「あ、あとこれ使えますか?」
忘れる所だった。
俺はアイテムボックスの中から『職安の推薦状』を取り出し、受付に渡す。受け取った受付は柔らかな笑みを浮かべ「確かに、承りました」と、短く答えた。
「こちらがダイキ様のクラスチェンジ可能なクラスの一覧です。ここに表示されているクラスは既に条件を満たしてあるため、選択された時点でチェンジすることができます。クラスの効果はその名前を触っていただくと、詳しい詳細を見ることができますので」
「ありがとうございます」
「尚、クラスは条件を満たしていなければここには表示されませんので、ご了承ください」
受付に促されるままに、俺はパネルに表示されたクラスの一覧に目を落とした。
【中級召喚士】
詳細
召喚獣と共に度重なる苦労を乗り越えた、優秀な召喚士のみ成ることができる召喚士の2次職。
出現条件
①職業が『召喚士』であること。
②レベルが30以上であること。
③召喚獣にレベル20以上の個体がいること。
【力の召喚士】
詳細
召喚獣と共に度重なる苦労を乗り越えた、類稀なる腕力を持つ召喚士のみ成ることができる召喚士の2次職。
出現条件
①職業が『召喚士』であること。
②レベルが30以上であること。
③『筋力』のステータスが50以上あること。
④召喚獣にレベル20以上の個体がいること。
【技の召喚士】
詳細
召喚獣と共に度重なる苦労を乗り越えた、巧みな技術を持つ召喚士のみ成ることができる召喚士の2次職。
出現条件
①職業が『召喚士』であること。
②レベルが30以上であること。
③『器用』のステータスが50以上あること。
④召喚獣にレベル20以上の個体がいること。
【存在愛の召喚士】
詳細
召喚獣を愛し、愛された召喚士のみ成ることができる召喚士の特殊職。
出現条件『アイテム使用によりランダム解放』
①職業が『召喚士』であること。
②使役する召喚獣の内『親密度100』の個体が1体以上存在すること。
うん。職安の推薦状で出た最後のクラス以外は、なんとなく予想のつく名前だな。
とりあえず上から順に詳細を開いていくか。
まず中級召喚士だが、港さんが言っていたように『自らの全ステータス3%上昇』『パーティ内の召喚獣の全ステータス5%上昇』『MP量増加(小)』の3つの恩恵があるようだ。無難だが相当強力な恩恵だと俺は思う。
次に力の召喚士だが、こちらも港さんの言っていた通り『自らの筋力を5%上昇』『パーティ内の召喚獣の筋力を10%上昇』の2つの恩恵になっている。仮に力の召喚士5人と召喚獣1体でパーティーを組めば、召喚獣の筋力は50%上がる事になるな……。
そして技の召喚士だが、性質は力の召喚士と似ている。内容は『自らの器用を5%上昇』『パーティ内の召喚獣の器用を10%上昇』の2つ。ともあれ、器用が必要な召喚獣って想像し辛いんだが……これは相当癖のあるクラスかもしれない。
「――最後は」
存在愛の召喚士。確かキリストのように存在そのものが愛とか、そんな神的なレベルで愛を持っている者を指す言葉だった気がするんだが……。
特殊職の詳細を開くと、特殊な条件を満たした者にだけ与えられるクラスであり、それに準じた技能を得ることができる。とあった。
……他にもいくつか存在するのかな。ともあれ、希少な職だという事はなんとなくわかる。
職安の推薦状による出現のため、全ての条件をクリアした扱いになっているものの、召喚獣の親密度をカンストって……普通なら相当やりこんで出現するクラスなんじゃないの? これ。
「内容は、と」
肝心の内容だが『召喚獣の親密度上限突破』『使役する召喚獣の親密度上昇率ブースト(大)』『技能【シンクロ】を習得する』の3つとなっており、そのままシンクロの詳細を開く。
【シンクロ】#Active
使役する存在と心を通わせる事ができる。
――説明が少ないとは思うものの、恐らく内容にあるように親密度依存の技能という事になるな。
上限突破とあるから、限界値の100を超えるという事だろうか。
それだけ召喚獣達に懐かれると考えると、顔が緩んでしまう。
「うーん」
表示されたパネルを見て唸りながら、もう一度最初から見直してみる。
器用が上がる技の召喚士は、ちょっと無いな。召喚獣の器用が上がったメリットが今の所存在しない。となると残るは三つ。
中級召喚士が最も無難かつ強力だとは思う。力の召喚士で港さんと共に筋力の底上げも可能性としてはアリだが、思えば筋力タイプってキングしかいないんだよなあ。
いや、寧ろキングは筋力より敏捷な気もするけど。
となると中級召喚士と存在愛の召喚士だが……。恩恵の中身が読めないのが存在愛の方だよな。ともあれ、こっちは職安の推薦状の効果で出現した方だ。クリアする条件も序盤向けじゃない。
「召喚士を決めた……いや、このFrontier Worldの世界に来た時から追い求めている『ロマン』。男なら、手堅い職よりロマン職だ」
いや、職安の推薦状が勿体無いとか思ったわけではないが、結果として俺は『存在愛の召喚士』の方を選択した。
親密度が少しずつ上がっていくダリアや部長もたまらなく可愛いが、どんどんデレデレになってもらおうじゃないか。
戦闘になっても引っ付いて離れなかったらどうしよう。
……うん。
親密度が最大になった召喚獣ってどうなるんだろう。




