砂の町と盗賊団
砂の町は中東諸国のどこかの国を切り抜いたかのような、独特の風景が広がっていた。町行くNPCは皆頭にターバンを巻き、中には六本足のラクダのような生き物を引く町民の姿もある。
仕事の関係で何度かそっち方面へ行った事もあるが、そのラクダもどき然り、町民の腰に下げられた抜き身のカットラスが無ければ、観光地そのものに迷い込んだ気分を味わえただろう。
大人しく両手に抱えられているダリア達はそのままに、町の入り口付近でこちらに手を振っている港さんを見つけ、歩み寄る。
「いやー、無事でなによりだな!」
「まさに脱兎のごとく。でしたね……」
港さんは必死に誤魔化そうと高笑いを続けている。隣を漂うケビンが申し訳なさそうにしているのが伝わってきた。
「港さん。洒落になりませんよ」
「はは……は……すまん」
がっくりと、頭を下げて片手を上げる港さん。彼には怖いもの知らずなイメージがあったが、先程のサンド・デビルには何か特別な思い出でもあるのだろうか。
「実はさっきのサンド・デビルってモンスターとは対戦経験がある。まあ、クエストの依頼内容がそれだったんだがな」
「胸糞悪いって言ってた中の一つですか?」
「いや……うーん、違くもないがそれじゃないんだ。ともかく俺はサンド・デビル5匹の討伐依頼を受けて意気揚々と戦いに行ったわけだ」
うん。怖いもの知らずなイメージのままで再生すると、キングやケビンを連れて得意顔の港さんがサンド・デビルにテクテク歩いていく図が想像できた。俺の脳内での絵柄はクレヨンチックになっているが。
「が、このサンド・デビル。一度砂に潜れば一切の音を立てぬまま砂中を泳ぐ事ができ、俺たちの足音を聞いて一気に食らいつくんだ。そして極め付けに、奴らは仲間を呼び寄せる」
「そして食われたと」
「そうだ。しかもそれぞれのサンド・デビルに四肢をしゃぶられるっていうサービス付きだ。麻痺になって動けない所を吸われるのは生きた心地がしないぜ……」
クレヨンチックの港さんが目をバッテンにし、四肢をしゃぶられている姿が脳内再生された。どこかに油断があったのだろうが、これは体験したくない。
「なんにせよ、二度目はありませんよ。俺だけならまだしも召喚獣も巻き込まれるんですからね」
「……すんません」
条件反射で逃げてしまったんだろうから、あまり責めるつもりもない。ともあれ、たとえ港さんだけ逃げ切っても俺が死ぬとパーティは全滅するからあまり意味はないのだが……。
「スリには気をつけろよ」
「スリ……ですか」
辺りを警戒するように視線を動かす港さんが、釘をさすような鋭い口調で言う。
見れば、賑わう商店街の建物の間にある裏道のような場所から、物欲しげに俺たちを覗く子供の姿があった。
まともな服装には見えないが、孤児とか奴隷とか……時代背景が定まらないと何とも言えないが、見た目はそれらが当てはまる。
「もしスられたらクエストとかイベントとかが始まったりしますかね?」
「どうだろうな。俺はスリを許した事がないから派生するクエストについては分からないが、知人によると酷い時は所持金の1/4奪われた奴もいるらしい」
俺の所持金が現在12万程だから、一気に3万も盗まれる計算になる。流石にホイホイやれる額じゃないな。
――まあ、額ではなく行為そのものが問題なんだが。
通りの向こうからボロを纏った少年が、俺たち目掛けて駆けてくる。もう見たまんまだが、一芝居してみよう。
「おっとごめんよ!」
少年は俺をすり抜けるように走り去る。視界の隅には【30,106Gが盗まれました】と出ている。絵に描いたようなスり方だ。
「おい今の……」
「わかってます、少しこの町の裏側が気になりました。追いますね」
追い掛けるのを想定してあるのか、少年の足はそこまで速くない。
俺たちは少年を追うように裏路地へと入っていく。
裏路地は薄暗くてどこかジメジメしていた。壁際には力なく座り込んだり、寝込んだりする人の姿もあり、気分のいいものではない。
あまり富裕層と貧困層の差がない今日の日本だが、この町はその差が顕著だ。栄えている表通りとこの裏路地は、まるで別空間だった。
少年はスルスルと裏路地の道を右へ左へ抜けていくものの、ミニマップに彼の姿が緑点となって映っているため見失う事はない。ペースを一定に保ち、追い掛ける。
「王都にも身分の差のような部分は存在してるんですかね?」
「公式によれば王都では国王が絶対的な権力を持っていて議会なんかは無意味化してるらしいが、国民第一の方針のようだから奴隷は法律で守られている。孤児院や施設も充実しているから、少なくとも道端で弱ってる人間は居ないらしいな」
まあ、世界の黒い部分をあまりリアルに取り入れても、ダークさが増すだけだからな。
冒険の町のように人々が平等にのんびり暮らす場所もあれば、王都のように数多の人種が住み、王が民を守る場所もある。
貧富の差が激しい砂の町も、運営が伝えたかった世界の一つなのかもしれない。
そうこう考えているうちに、スリの少年がいかにも怪しい建物に入っていくのが見えた。
少し当初の目的から離れてしまっているが、サンド・デビルの件はこれでチャラにするとでも言おう。
木製の扉を開けると、見るからに悪そうな風貌の男たちが酒を飲んで騒いでいた。
スリを働いた少年は一際体格のいい親玉のような男に、怯えた表情で布の袋を渡している。
「なんだてめぇら!」
俺たちの姿を見た男達が殺意の篭った視線を向け、腰の剣や斧を抜いた。視界の隅には『【ストーリークエスト:砂の町の盗賊団】が開始されました』と出ている。
ストーリークエストか……。普通のクエストとは別のクエストなのだろうか。ともあれ、今は詳細を確認している暇はない。
NPC扱いだった男達の頭の上に赤色のLPバーが表示され、近くの男が奇声とともに襲い掛かってきた。
「予想はしてました。すみません」
「気にすんな。スリがクエストフラグだって知る事ができたしな」
技を使い、赤色のオーラを纏った港さんが男を蹴り飛ばしたのが戦闘開始の合図となる。人型の敵は対人戦の練習にもなるし願ったり叶ったりだな。
【盗賊団 戦闘員 Lv.30】
敵のレベルも中々に高い。
抱きかかえていたダリアとキングを解放し、部長を頭の上に乗せる。そして顔半分を覆うような形で盾を構え、右手で剣を引き抜いた。
マップには【盗賊団アジト】とあり、広さは大体、縦横30メートル程であると推測する。フィールドとしては狭いが戦闘をするには十分だな。
盗賊団の戦闘員は10人。少年と親玉の頭上にはLPバーが出現していない所を見るに、討伐対象外のようだ。
鼓舞術による強化と野生解放を発動したのを合図に、こちらのメンバーも動き出す。ダリアは素早く火炎の海でダメージ床を作っていく。同時進行で、近付いてきた戦闘員を火炎弾で吹き飛ばしている。
港さんとキングは相変わらず、嵐のような動きで戦闘員を千切っては投げ、千切っては投げ。部長の魔法が彼らに飛んでいき回復と強化を与えている。
ケビンは瞬間的に床を凍らせ、滑らせる事によって戦闘員の足を奪っていた。
「うらあ!」
戦闘員が斧を振り下ろす。俺はインパクトのタイミングを見極め、上へ撥ね上げるように弾く。驚愕の表情を浮かべる戦闘員に、紫と赤が入り混じる魔力の剣を振り下ろす。
流れるように、青の閃剣の構えへと切り替えながら技の乗った剣で切り上げる。上段の構えに流れ、黄の閃剣で戦闘員の肩から腰にかけて、抉るように穿つ。
続く斧による反撃も、同レベルのボスであるデス・クワガタムシの攻撃に比べれば、難易度は天と地ほどの差がある。
振り下ろした状態の剣を持ち直し、切り上げる。
金属と金属が激しくぶつかり火花を散らすのも一瞬、宙を舞う斧と、顔を絶望の色に染めた戦闘員。
裏拳の要領で顔面を殴打、頭上にCriticalの文字が並ぶ。
気絶盾の成功で文字通り気絶へと陥った戦闘員に、二閃剣を打ち込み回し蹴りを放つ。
「『隼斬り』」
――悪いが反撃させるつもりはない。
隼斬りによる超接近攻撃により、戦闘員の僅かに残ったLPも全損させた。
ともあれ、10人居た盗賊団も最後の一人となり、ダリアの黒の破壊核によってポリゴンの欠片となった。
俺が一人相手に集中している間に、他のメンバーだけで全員倒してしまったのか……恐ろしい戦闘力だ。
残るは巨漢の親玉と怯える表情の少年だが……。
「わ、悪かった! 勘弁してくれ! 自己防衛なんだ、急に襲われてびっくりしたんだよ! このガキが金を奪ったのを知った俺がお前らにこれを返しに行く所だったんだ!」
なんともあっさりと降伏した親玉は、なりふり構わず土下座して金の入った袋を差し出す。
そのまま、少年を突き飛ばすように俺たちの前へ転がすと、親玉は必死に続ける。
「悪いのはこのガキなんだ! このガキに罰を与えてくれ!」
少年に視線を移すと、少年はびくりと体を震わせながら呟くように「ごめんなさい」を連呼している。
確かに、俺たちの直接的な被害はこの少年からのものだ。親玉の言い分もわからなくもない。
【盗賊団のゲヘロは貴方達に謝っています】
1.金を受け取り、この場を去る
2.金を受け取り、ゲヘロを倒す
3.金を受け取り、少年を倒す
4.金を受け取り、二人を倒す
5.金を受け取り、ゲヘロを連れて行く
6.金を受け取り、少年を連れて行く
7.金を受け取らず、この場を去る
「って多いな!」
現れた半透明のプレートに、思わずツッコミを入れてしまった。7通りの選択肢なんて他のゲームでもなかなか見ないが……。
「港さん、これって」
「だな。7通りのルート分岐がある」
港さんの目の前にも半透明のプレートが現れていた。召喚獣達には無いため、これはプレイヤーのみ対象の選択肢という事になる。
一番簡単に済ませられるのが1の立ち去るだが、この後少年はどうなってしまうのだろうか。恐らくだがゲヘロに恨まれる可能性がある。
となると2のゲヘロを倒すを選んで少年を助けるべきか? いや、その後この少年はどうなるんだ? 俺たちのパーティに加わるのか?
4を選んで二人を倒すとこのストーリーは分岐せずにここで終了になりそうだな。5と6は片方を連れて行って片方を見逃すという意味だろうか。
7と1の差だが、7を選ぶと可能性は薄いが少年の生存ルートに繋がりそうな気もする。この金で命だけは勘弁してやる、的な。
なんにせよ。俺の考えは決まった。
「港さん、どうですか?」
「俺は6だな。こいつに何されるかわかったもんじゃねえ」
顎をゲヘロに向けてしゃくってみせる港さん。6だと少年を連れて行くこととなり、この場から救い出すことができるが……。
「俺は5ですね」
「よりにもよって5かよ……理由は?」
「この男を警察に近い機関に連れて行きます」
6を選んで少年を助ける方法も人道的でアリだとは思うが、その後の少年の扱いはどうなるのか気になった。それこそ施設に預ければいいのかもしれないが、ゲヘロが野放しになるのは気持ちが悪い。
「なんにせよ、首を突っ込んだのはダイキだ。ここはダイキに任せるぜ」
潔く引き下がってくれた港さんにお辞儀をしつつ、俺は5を選択。それが伝わったのか、何も知らないゲヘロの表情がみるみる明るくなり手揉みをしながら近づいてくる。
よし。君は豚箱行きだ。




