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Coat of Arms ①


 無事王都へのポータル登録を済ませた俺たちは、銀灰(ぎんかい)さんに会うべくCoatコート of Arms(オブ アームズ)のギルド本部の前に来ていた。


 掲示板等では《紋章(もんしょう)》と日本語訳で呼ばれる事の多いこのギルドには、俺が調べた時点で既に400名以上ものプレイヤーが所属していた――が、今まさに1つのパーティが本部へと入って行ったのを見るに、その人数は更に増加していると予想できる。


「立派な建物だな……」


 Coatコート of Arms(オブ アームズ)本部は、近接するどの建物よりも立派な三階建ての建造物であり、まるで冒険の町で一番の権力者が住むような壮観(そうかん)さである。


 中のエントランスで待っていてくれとの事なので、俺たちは木製の扉を開いて中へと足を踏み入れた。

 ミニマップが『Coatコート of Arms(オブ アームズ)本部』の内部へと切り替わる。




 まるでファンタジーに出てくるような“酒場とギルドの一体感”がそこにはあった。

 広々とした空間の中に、木製の円卓と樽のような椅子が複数設置された酒場(けん)食事処に加え、装備や雑貨を売る総合百貨店のような建物も存在している。


 奥に設置されたカウンターには(いく)つかの窓口があり、雇ったのだろうか、NPCの姿もある。


 窓口は全部で四つあり、『入隊希望』『アイテム取引案内所』『ギルドクエスト受付』『その他問い合わせ』と、細かく区切られていた。

 中でも入隊希望の窓口には長蛇の列が出来上がっているのが見える。


 ――銀灰さんはまだ来ていないようだ。


「装備でも見てくるかな」


 そのまま俺たちは総合百貨店の方へと足を進めた。



 考えてみれば、特定の装備屋にしか通っていない俺は、それ以外の職人プレイヤーが作る装備をまじまじと見た事がない。


 ともあれ、最前線を攻略するギルドの専属生産職か……。


 プレイヤーらしき男の人に出迎えられ、店内をぐるりと見渡す。落ち着きのある木製の店内の中は、消費アイテムや装備の種類ごとに区分けされていて非常に見易い。

 試しに《片手剣》のコーナーに行ってみると、様々な形状、性能の剣達が値段と共に並んでいた。


 グラディウスと呼ばれる肉厚幅広の剣から、レイピアのような突き主体の細身の剣などなど、プレイヤーの戦闘スタイルに合わせて選べるようになっているようだ。


 価格もピンキリだが、オルさんの言う最前線の武器ともなれば、その価格は六桁に上る物もある。


 いくら素材持ち込みとはいえ、それ以上に技術費も相当掛かるのだろう。


 防具の方も似たような値段だし、オルさん達だから安くしてくれているのかもしれないが、俺も真面目に金銭対策も打っていかないとまずいな。




 再びエントランスに戻ると、ちょうど銀灰(ぎんかい)さんがこちらへ歩いてくる所だった。

 挨拶するため向かおうとした瞬間、並んでいたプレイヤー達が一気に群がる。


銀灰(ぎんかい)さん! 僕らをギルドに入れてください!」


「早朝から夜中まで、365日インできます!」


「あはは、ごめんね。奥でちゃんと審査してるからね」


 銀灰(ぎんかい)さんはのらりくらりと人々をやり過ごしながら、俺たちの元へたどり着く。

 表情を作っていたのか、俺たちの近くに来るなり、どっと疲れたような顔を見せた。


 一人すごい奴がいたな。


「やあ。ごめんね、わざわざ足を運んでもらった上に待たせてしまって」


 苦笑を浮かべる銀灰さんに対し、俺は長蛇の列に目を向けながら返す。


「いえ、俺の方こそ、忙しいのに押しかけてしまい、申し訳ないです」


「僕が呼んだんだから気にしないでよ。それに、連日こんな感じだからさ」


 ははは。と、銀灰さんは笑う。


「イベントを境に、この通り嬉しい状況が続いていてね。これじゃあマンモスギルドになっちゃうよ」


 なってますよ。既に。




 強固な扉が開き、高級感漂う絨毯が視界に入る。

 メンバー以外立ち入り禁止の扉の奥、俺たちはその洋風のホテルのような長い通路を進んでいく。


「あの、審査とは?」


「うん。まあ、大した事じゃないんだけどね。戦闘スタイルや話せる範囲でスキルを教えてもらって、パーティやこの先に予想される《レイド》の為のメンバーをざっくり決めるんだよ。基本的に来るもの拒まずだから、審査と言うよりも確認みたいなものかな」


「レイド……ですか」


「レイドっていうのは、5つのパーティを合算した30人パーティの名称だよ。フィールドボス以上の力を持つ『レイドボス』を倒す為には1つのパーティじゃ勝てないから、公式で決められた上限人数である30人のプレイヤー。これらの連携のクオリティを高めておく必要があるんだ」


 組織化できれば統率して指示がし易い。(あらかじ)めパーティやレイドの為に連携を意識してもらって戦闘を円滑に進める事ができる。


 ――レイドボス。


 この先そんなボスまで現れるのか……。


 いくつもの扉を通り過ぎていく。それぞれの扉のプレートに誰かの名前が吊るされており、ギルドメンバー個人個人の部屋だとわかる。


 俺たちは、その長い通路の一番奥。細かな装飾が施された観音開きの大きな扉に向かっていた。


「メールにも書いてあったと思うけど、これから僕のギルドのトップ。ギルドマスターに会ってもらいたいんだ」


「ええ、存じております」


 銀灰さんは二度、扉を叩いて返答を待つ。奥から「どうぞ」という、女性の声が聞こえたのを合図に木製の扉を開いた。


「ダイキ君とダリアちゃん、来てくれましたよ」


 銀灰さんの口調は至って柔らかだった。


 ダリアを下へと降ろし、手を引きながら部屋へと入る。目の前には、腕を組んで佇むプレイヤーが立っていた。


 興味津々といった様子で、俺とダリアを交互に見比べている。


「初めまして、ダイキと申します。そしてこっちが召喚獣のダリアです」


 俺たちの自己紹介が終わると、そのプレイヤーは(よど)みない動きで、騎士のように胸に手を当て、お辞儀をしてみせた。


「ようこそ、Coatコート of Arms(オブ アームズ)へ。私がここのギルドマスターをしている《アリス》です。わざわざ足を運んでいただき、感謝致します」


 銀灰さんの鎧は鈍色の銀だとすれば、彼女の鎧は(きら)びやかな銀だった。


 輝く白銀の鎧とプラチナブロンドのショートヘア。両の耳の辺りから伸びた二又の角は、彼女の種族が『竜人族』であることを主張していた。口元は西洋の騎士のように金属で覆われ、顔の全貌は掴めない。


 盾役(タンク)のような分厚いフルプレートメイルとは違い、体のラインがある程度わかる鎧に身を包んでいるものの、声を聞かなければ性別は不明だったかもしれない。


「……一つや二つ謎があったほうが可愛いと思わない?」


「言わんとしている事はわかりますよ」


 こちらを覗く青色の瞳が、くすくすと笑う声と共に閉じられた。


 ――案外、お茶目な人なのかもしれない。ギルドのマスターという事で多少構えてはいたものの、気張る必要はないようだ。




「だ、ダリアちゃん。お菓子あげるから私の隣に来ない?」


 対面のソファに座るアリスさんが、手をわきわきさせながらダリアを呼ぶ。


「一度でいいんだ! 近くで見たいんだ!」


 足が届かずぶらぶらさせながらソファに座るダリアは、どこ吹く風と興味なさそうにしている。

 発狂したように頭を抱えるアリスさんを尻目に、俺と銀灰さんは雑談を続ける。


「マスター直々に話があるからと緊張して来てみれば、アリスさんがダリアに会いたかっただけとは」


「ごめんねー。マスターは大の子供好きなんだ」


「ダリアちゃん!」


 俺とダリアは、連日のギルド加入申請での疲れを癒す目的で呼ばれたらしい。

 ともあれ、呼ばれたのは俺というよりもダリアの方になるか。


 金額面でも従来のゲームハードと比較にならないこのFrontierフロンティア Worldワールドの世界に、ダリアくらいの歳の子がいるのは希少(レア)なようだ。


 まあ、ダリアは召喚獣であり、プレイヤーとは違うのだが。


「アリスさん。ダリアは肉料理が好物ですよ」


「銀灰! すぐ行くぞ! 今すぐ!」


「ダメですよ。5分後には新規プレイヤーの配属先の件で同席してもらわないと」


 やはり巨大ギルドのマスター、副マスターは業務的な部分でも色々と忙しいようだ。


「ごめんねダイキ君、僕らそろそろ戻らないと……」


「ええ、大丈夫ですよ」


「嫌だ!」


「じゃあ俺たちはギルド内の施設でも見て回って帰りますね」


「帰らないで!」


「うん。ダイキ君達の事は僕から話してあるから『訓練所』とかにも寄ってみてよ」


「ダリアちゃん!」


 アリスさんの悲痛な叫びを背中に感じながら、俺たちは部屋を後にした。

 厳格な人物を想像していたが……なるほど、彼女の存在もギルドの人気の一端を担っているに違いないな。



 エントランスに戻り、カウンターの『その他問い合わせ』に立つNPCに声をかける。


「すみません。訓練所という施設はどこにありますか?」


「はい。訓練所はカウンター右横の通路の突き当たりにあります」


 左手で案内するように、笑顔で対応するNPCのお姉さん。特に身分証明などの細かな確認は必要ないらしい。


 銀灰さんの言うように俺たちの情報が知られているのか、それとも所属していないプレイヤーも利用できるのか。

 言われた通りに足を進めると、突き当たりにある扉の前から気合の入った声が聞こえてくる。


 中へ入ってみると、目の前には大きな競技場が広がっていた。競技場には八つのフィールドが設けられ様々な形式でPvPが行われているのが見える。


「……すごいな。こんな施設まで設けられるのか」


 ダリアの手を引きながら、競技場の中を覗く。


 ある場所では装備の違う六人パーティ二組が、一人のプレイヤーの指導のもと、連携の練習を積んでいた。


 ある場所では戦士職のプレイヤーがモンスターを模した案山子(かかし)相手に、技繋ぎ(アーツスイッチ)に挑戦していた。


 ある場所では魔法職の防具を装備したプレイヤーが、獣型らしき召喚獣と連携を取りながら、相手の鳥型召喚獣とその(あるじ)に攻撃を仕掛けていた。


 トーナメントに向けた練習場所といったところだろうか? 六対六の模擬戦など、所属メンバーの多いギルドだからこそできるという物だ。

 ここで対人戦に慣れておけばトーナメントでも優位に立つことができるだろう。


「対人戦は勉強になるな。少し見ていこうか」


 ダリアに確認するように言いながら、俺たちは練習風景を見るべく、柵で仕切られた競技場の外側を歩いていく。


 特に召喚士対召喚士の試合は気になるな。他の召喚士の立ち回りや、召喚獣の種類も、知識があるのとないのでは差ができる。


 ――今後の為に、是非見学していこう。

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