イベントの終わり
コンビニ弁当を食べ進めながら、俺は何を見るでもなく屋上からの景色を眺めていた。
謙也は有休取得でこの場には居ない――ライラさん達と、イベントが終わった後の打ち上げでもしている頃かもしれないな。
Frontier Worldの初イベントが終わり、掲示板では宝箱や中身の宝物、モンスターや素材についての感想や評価で盛り上がっている。
なんでも、獲得ポイントの高さで競うランキングも存在していたらしいが……ついさっき知った俺は、意識低い系プレイヤーと言える。
今日の午前十時までとはいえ、二日目にログインしていない俺には無縁だとは思うが、ランキングに応じて報酬なども用意されているとのことだ。
大型ギルドの副マスでもある銀灰さんなら、もしかしたら持っているかもしれないな――会った時にでも聞いてみようか。
ともあれ、マップの進行度としては数%も開拓できていなかった気がするものの、新しいモンスターやアイテム、PvPやボス戦。俺にとっては、なかなかに内容の濃いイベントだったと言える。
ブラック・ドラゴン封印でレベルも上がった事だし、報酬として新しい技能も増えた。ダリアとの連携の幅が広がるな。
いつものように黒の缶コーヒーを開けた所で、同僚である椿が弁当を持って現れた。
「お茶出しは終わったのか?」
「うん、帰ったよ。あー緊張した」
紙パックのいちごミルクにストローを突き刺しながら、椿はげんなりとした表情で息を吐く。
「うちの会社で一番器量がいいって評判なんだぞ。名誉ある役目だよ」
「それ、誰が言ってた?」
「吉原課長代理」
でたー。と、興味なさそうに言いながら、彼女はぱくりとストローを咥えた。
「おっ! 手作り弁当とは女子力高いね」
「まーね。あれこれ考えるの好きだし」
可愛らしい弁当箱に詰まった、なんとも女性らしい少量のオカズ。彼女は、その日の気分で弁当を作ってくる。
俺が弁当を覗きながら感心するように褒めると、椿は満更でもなさそうな声色で、いただきますと食べだした。
――それから話は椿の好きな料理やバイクなどの趣味の話題へと移り、他愛のない会話が続く。
「――私はスキーよりもスノボーかなー。慣れるまでは難しいけど、思うように滑れるようになると楽しいし」
「スキーもスノボーも、どの道リフトが鬼門なんだよな。俺一人だけ下りのリフトになる所だったし」
「あれは笑った!」
非常にアクティブな彼女とは、会社の仲良し達も含めてよく遊びに出かける。まあ、バイクやサーフィン等に付き合える人は数が限られてしまうが……。
「またどっかに遊びにでも行くか? 三月じゃスノボーは時期的にギリギリか」
「んー、いや、しばらく遊びは控えるんだ」
「珍しいな」
「いや、だってゲーム買ったしさ。お陰でボンビーガールだよ」
文句とは裏腹に、楽しげにケタケタと笑う椿。俺や謙也が勧めたから買ったのだろう。
ともあれ、思い切ったな。
「それに、戦うばっかりじゃなくて、ペット飼ったり山登りしたりも出来るみたいだしさ」
「植物育てたり釣りとかもできるからな。まあ楽しみ方は人それぞれだけど、ゲーム内は現実と遜色ないからきっと驚くぞ」
「楽しみ。今日届くからやり方教えてよ。帰ったら電話する」
「もちろん」
帰宅した俺は夕食を済ませ、風呂に入ってからストレッチを始める。ゲームと携帯は繋ぐ事ができるため、椿からの電話はゲーム内で取ればいいか。
「っし、やりますか」
家事を全て終わらせた俺はベッドに横たわり、ゲームを起動した。
――ログインすると、鬼のような数のフレンド申請が飛んできていた。
この前とは比較にならない程、数が多い。
「いや、何が……」
とりあえずはメールの確認だ。フレンド申請とメールが別にできるのは有難いな。
運営とケンヤ……銀灰さんからも来てるぞ?
運営のメールから開くか。
【第一回運営イベント結果】03/02/19:14
おめでとうございます。
あなたは《巨大迷宮 インフィニティ・ラビリンス》の獲得Pランキングにおいて優秀な成績を収めました。順位に応じて報酬が授与されます。
ランキング一位報酬【職安からの推薦状】
「……ランキング一位?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
――獲得Pで俺が一位?
……考えられるとしたら、ブラック・ドラゴンの撃退と宝箱のポイントだが……さてはコレが鬼のようなフレンド申請の正体か?
となればケンヤや銀灰さんからのメールはそれを案じての内容かもしれないな。
「あ、ダリアこんばんは」
別に忘れていたわけじゃないが、存在をアピールするかのように足をつつくダリアと挨拶を交わし、定位置に装備した状態で報酬の内容を確認した。
【職安からの推薦状】#ランク一位報酬
ジョブクラスチェンジの際に選べるクラスが増える。
分類:消費アイテム
至ってシンプルな内容のアイテムだが、何かのタイミングでジョブが《クラスチェンジ》する可能性が記述されている。
ダリアたち召喚獣が進化したように、俺たちの職業も進化する可能性があるということだ。
そしてこのアイテムは、その進化先の選択肢を増やしてくれるらしいが――その場面になってみないとわからないな。
ともあれ、ランキング一位報酬とあればなかなかにレアな物なのだろう。
続いてケンヤのメールを開くと、フレンド申請を拒否する方法、そして報酬の内容が気になるという内容が書かれていた。
――彼らには後で会いに行くとしよう。
銀灰さんのメール内容は、マスターが一目会いたいから近いうち、可能なら会ってほしいという内容だった。
好きな事をして遊びたい俺としては、組織として機能するギルドに入る気はないが、銀灰さんの上に立つ人には俺としても興味がある。“その時は連絡する”という旨を返信した。
ケンヤに教わったフレンドの拒否設定に苦戦していると、携帯から着信が入った。着信音と共に、視界の隅に半透明のパネルが出現する。彼女の愛犬であるラブラドールレトリーバーの写真と共に【木下 椿】という名前が表示され、俺は通話ボタンをタップした。
『もしもし』
ゲーム外部との通話の音声が、恐ろしくクリアだった事に多少驚きつつも、声の調子を変えぬように応答する。
「よー。無事にゲームは届いたか?」
『届いた。さっき認証スキャン? っていうのが終わって今から起動するところ』
認証スキャンとは本人確認も兼ねた、アバターの“基礎”となる体を構成する行程で、認証させ終われば、アバターが巨漢になろうが女になろうが制限はない。
極端な話、俺自身が美女になってプレイする事も可能ではあるが、本人の美的センスが問われる部分だろう。
椿が殆ど顔をいじってしまえば、俺は待ち合わせるのも一苦労となる。
「じゃあ俺は開始地点の近くにいるから、ログインしたら声かけてくれ。もし途中でわからない事があったら電話くれよ」
わかった。とだけ言って電話を切る椿。とりあえず俺のキャラクターの特徴は教えてあるし、なによりダリアでわかるだろ。
それからしばらくして、冒険の町のポータル前で待っていると、女性プレイヤーがログインしてきたのが見えた。
アイスグリーンの髪を揺らしながら、キョロキョロと辺りを見渡している。
そして、俺……というか、ダリアを見つけたようで、安心したように駆け寄ってきた女性プレイヤーの顔に、どことなく椿の面影を感じた。
「えっと」
「よう。無事にログインできたみたいだな。まずは自己紹介から。俺のプレイヤー名はダイキ。そしてこのちっこいのが召喚獣のダリアだ」
「……よろしく。私のプレイヤー名は 《トルダ》名前の由来は乗ってるバイクね。ダリアちゃんかな、よろしくね」
椿……もといトルダは、弓を得物とした戦士職の格好をしていた。
彼女の口ぶりからすると、非戦闘職にするのだと思っていたが――
「聞くのは野暮かもしれないけど、なんで弓?」
「弓にした理由は銃が無かったからなんだけど、私自身、弓道やってるし練習にもなるかなって」
弦をみよんみよん引きながら、笑顔で答えるトルダ。
確かに、トルダの弓は独特な反りのある長いタイプで、アーチェリーのような短い弓とは違うようだ。
ともあれ、気になるのは技能だが……。
一度メニューを開いてステータスを見せて欲しいと頼み、トルダのステータスを確認した。
名前 トルダ
Lv 1
種族 人族
職業 弓使い
筋力__15
耐久__5
敏捷__15
器用__20
魔力__15
技能
【弓術 Lv.1】【視力強化 Lv.1】【集中 Lv.1】【風属性魔法 Lv.1】【騎乗術 Lv.1】【罠術 Lv.1】【釣り術 Lv.1】【サバイバル術 Lv.1】【木工術 Lv.1】【料理術 Lv.1】
――ふむ。後半はトルダの好みが色濃く出てる構成だが、罠術やサバイバル術を組み合わせれば狩人的な戦い方もできそうだな。
趣味全開だが、これはこれでVRを楽しめる構成とも言える。
「騎乗は乗馬か? 馬術もやりたいって言ってたもんな」
トルダのステータスを眺めながら、騎乗の文字を指でなぞる。
馬術でも乗馬でもない“騎乗”となれば……馬ではない存在の背に乗る事も可能――って技能ならロマンだな。
「ちょうどいい技能があったからね。肝心の馬は自分で買うか、モンスターを手懐けるしかないみたいだけど」
モンスターを手懐ける……か。
現在死に技能となっている《調教術》でも可能なのだろうか? ともあれ、トルダはその手の技能を持ってないようなので苦戦するかもしれないな。
「じゃあなんだ、フィールドでも行くか?」
「んー。いや、別にいいよ自由にやりたいし。今日一日は自分のしたい事を色々試してみたいから」
俺の提案を、トルダはあっさり断った。
――たくましいな。というか、椿はこういう女なんだよな。
「わかった。まあ俺も謙也も協力は厭わないから、遠慮せず連絡くれよ。ってか、釣りとか乗馬とか俺もやりたいし連絡するわ」
「うん。じゃあまた」
拒否設定によりトルダからフレンド申請は送れないので、俺からのフレンド申請で登録を済ませると、トルダはスタスタとフィールドの方へと消えた。
彼女としては、一緒にゲームしたいというよりも、一緒のゲームがやりたかったという心情だろうか。
――なんにせよ、好きにやるのが一番だが。
「じゃあ俺たちはレストランでも行って、規模は小さいけどお疲れ様会でもやるか」
肉料理もいっぱい頼んでな。と、ダリアの反応を煽るように言うと、素直なダリアのお腹が鳴った。




