巨大迷宮 インフィニティ・ラビリンス ⑤
光となり爆散するライトニング・ドッグと入れ替わるように現れた宝箱。
思いもよらぬ強敵との戦闘に、息を整える。
そうだ――ブラック・ドラゴンへのリベンジする以前に、ここは格上の強敵が蔓延る迷路の腹の中。油断は禁物だ。
連戦になるとマズイ。先にダリアへMP回復薬 Lv.3を一つ渡し、自分のLPも回復させる。
回復薬にはまだ余裕はあるものの、ライトニング・ドッグのような苦戦する敵が後五、六体でも立て続けに出現すれば、ブラック・ドラゴンと戦うどころではなくなってしまう。
「――ともあれ、無事撃破だな」
勝てる範囲のモンスターで運が良かったと言えるだろう。小さな勝利に喜びながら、剣先で宝箱をつつく。
簡単だが(これしかできない)罠の確認を済ませると、膝をついて宝箱を開けた。
【熟練冒険者の靴】#青箱
かつて迷路に挑んだ熟練の冒険者の靴。高い性能をもつ
特殊技能『地形ダメージ減少』
敏捷+13
器用+10
分類:足装備
裏がスパイクのようにトゲのある、靴よりもブーツに近いその装備は、特殊技能という初めて見る要素を備えていた。
まずステータスに関わる値だが、魔石生成や採掘術、錬成術や弾きを行う上で必要な器用に加え、移動速度が上昇する敏捷も上がる。
数値的には多くないものの、注目すべき点は特殊技能だろう。
地形ダメージ減少は文字通りダリアの火炎の海のようなフィールドダメージを減少してくれるという縁の下の力持ちな技能だと推測できる。
勿論、パーティメンバーである俺にダリアの技のダメージは無いが、今後火炎の海のような特殊な技を使う敵が現れた時に重宝するだろう。
そして、この特殊技能の扱いだが、俺たちプレイヤーの所持できる十個の技能とは別の扱いになるようだ。
故に、熟練冒険者の靴を装備しても他の技能が控えに置かれる事は無かった。
この追加要素……特殊技能の内容次第で凶悪なアドバンテージを生む可能性がある。
もしもこの先、生産職の人がこの特殊技能を付属できるような技術を身につけたりしたら、通常装備の価値は一気に落ちるぞ。
「ダリア! そっちにいった!」
その後、通路に出現したラビリンス・ラットを追いかけながら、視界右上の獲得ポイントを確認する。
【獲得P / 000349】
ラットのドロップもあったが、実はこのラット自体、かなりのポイントを孕んでいたのだ。
ライトニング・ドッグや宝物でもポイントは入り、俺の獲得ポイントは相当量上がっていた。
ケンヤ達のポイントが高かった理由はコレだろう。そしてそのラットから不思議な石が落ちた訳だ。
「ナイスだダリア!」
素早く逃げるラットをダリアが闇矢で撃ち抜いた。
今の戦闘で二体のラットを倒したわけだが、やはり獲得ポイントが高い。計算してみると、ポイントの上昇値がライトニング・ドッグと同等だった。
遭遇率も思ったほど低くない。
“そしてラット達は、高確率で石を落とす”
「しかし、こうなるとプレイヤーの目的がかなり分散するだろうな」
剣を収めながら、プレイヤーの動きを考える。
――ボスを倒そうと躍起になっているプレイヤー。
――宝物に旨味を見出し、ひたすらに宝探しを続けるプレイヤー。
――ターゲットをラビリンス・ラットに絞ってポイントを稼ぐプレイヤー。
「なんにせよ、ラット狩りをするくらいなら……」
――プレイヤーを狩るほうが良い。
いくつポイントを奪えるのかまでは不明だが終盤になるにつれ、プレイヤーがもつポイントはどんどん膨れていくからだ。
実際、運営はPvPを最初から煽っていたし、ラットの存在はそれに拍車をかける起爆剤の役目だろうか。
元々、プレイヤー狩りをメインとしていたパーティが、これにより更に増える可能性があるな。
まあ、負けてやるつもりは更々ないが。
しばらく歩いていると、レーダーではなくマップのほうに反応があった。
モンスターを表す赤点ではない。
プレイヤー、それもパーティを表す六つの青点が、この先の道からこちらへ向かってくる。
「……逃げるぞ。ダリア」
後にあるトーナメントに向けての対人練習、そしてポイントも魅力だが、今はブラック・ドラゴンへのリベンジが最優先だ。
襲いかかる火の粉は振り払うつもりではあるが、わざわざ戦闘に飛び込む必要もない。
こんな所で足止めされてはたまらない。
先の道はちょうどY字路になっている。敵のパーティは左から来ているなら……
「右に逃げる!」
ぶらぶらさせているダリアの足を、振り落とされないように握りながら一気に駆ける。
熟練冒険者の靴によるステータス補正も相まって、心なしかいつもより速く感じる。
六つの青点も、俺が逃げ出したのを察したのか、スピードが上がった。
やはり、俺たちを狙って向かってきている。
「右! いや、真っ直ぐ!」
右の道の先に赤点を見つけ、すぐさまルートを変更。
――しかし後ろのパーティ、なかなかに速い。
おもむろに、ダリアが後ろに向かって何かを発動。そしてその何かに弾き飛ばされた先頭のプレイヤーが悲鳴を上げる。
「ナイス判断! 攻撃じゃなく影縛りでドミノ倒しを狙っても面白いぞ」
俺の言った通り、ダリアが影縛りを使ったのか、後ろから「てめえのせいで!」「足がもつれたんだよ!」と、喧嘩するような声が聞こえてくる。
なんとなく、ダリアが楽しんでいるのがわかった。
「ともあれ……ついてないな」
敵さんを遊んでやった俺たちだったが、今度は遊ばれる番が来たらしい。
俺とダリアが着いた先は、プレイヤーが既に攻略した後の、行き止まりの部屋だった。
ゾロゾロと此方へ歩いてくる相手は合計六人。二人が前衛職で四人が後衛職だというのが、装備でなんとなくわかった。
ケンヤのようなフルプレートメイルに身を包み、顔まで鉄に包まれた槍持ち盾役と大きな槌を持った男。
本のような物を広げ、手を添えてこちらを見据えている魔法使いの女に、杖を構えた男女が三人。本を持つ女だけ白っぽい装備だが……まさかな。
「見逃してくれませんか? 行きたい場所があるんですよ」
「馬鹿言え。魔法ぶっ放しといてそりゃ聞かねえぜ」
ぐうの音も出なかった。横に立つダリアが舌を出している。
「あれ、幼女神様じゃね?」
「実物初めて見た。可愛い……」
なにやら後衛組がこそこそ話しているものの、どの道逃してはくれなそうだ。
「獲得ポイントが欲しいんでね。二対六でフェアじゃないのはわかっているけど、その人数で迷宮に挑んだ自分たちを恨んでくれ」
「それに関してどうこう言うつもりはないですよ。後日あるトーナメントの練習だと思えば、お互い勉強になると思います」
そうだな。と、槌を持つリーダー格のプレイヤーが頭を掻く。そして、盾役がじりじりと距離を詰めてきているのが見えた。
数は向こうのが有利だが、陣形を崩す方法はわかる。あとはダリアの判断に任せるか。
「『隼斬り』」
俺は初手を取ることができる隼斬りを、本を持つ女魔法使いに対し発動する。
「……っえ?」
――唖然。
正にその言葉がぴったりな顔で、一瞬で目の前に現れた俺を見ている本の魔法使い。
悪いが容赦はできん。
すかさず気絶殴打で頭を殴打。訳も分からないだろう本の魔法使いはたちまち気絶になる。
「明! 岩山王、何してる!」
混乱するパーティ。槌の男が盾役に指示を飛ばすが、盾役はダリアと俺とを見比べ困惑していた。
幸運なことに――彼らは対人に慣れてないようだ。さしづめ、何かに焦って少し前にプレイヤー狩りを始めたんだろう。
そのまま青の閃剣で、ローブの上から切り上げる。
そして、ダリアの闇の四重奏が発動した。
後衛組全てを巻き込むように立ち上る黒紫色の柱が、絡まり、捻れ、爆発する。
元々耐久の低いだろう後衛組のLPが半分以上減り、本の魔法使いに至っては風前の灯火だ。
返す刃で黄の閃剣を発動し、本の魔法使いが砕けたガラスのように散る。
そのまま、鼓舞術の四つの強化と野生解放を使い、次の標的を杖の魔法使いに切り替える。
「『俺が守る!』……なんでだ!?」
「馬鹿! プレイヤー相手に挑発技が通用する訳ないじゃない!」
「そういう事」
相手に悟られないように言い放つも、どうやらそういうわけでもなさそうだ。敏捷がガクッと下がったように重圧が身体にかかり、動きに制限がかかる。
足首まで沼に嵌ったような感覚。他の部分は通常通りに動く事からして、単純に移動速度減少の効果しかないようだ。
プレイヤーに対する挑発の効果がコレなんだな。が、あっちはどういうわけだか、対人への効果まで把握できていないらしい。
挑発の説明文に書いてあるはずなんだが……。
杖の魔法使いは大きな雷の玉を杖の先端に蓄え俺めがけて放つも、ダリアによる闇霧で暗闇と沈黙で技が解除され、俺の二閃剣の餌食となった。
「っこの!」
ナイトランスだったか? 盾役が円錐型の槍を突き出し、次なる攻撃を阻害してくる。
ダリアは槌の男に捕まったようで、にらめっこ状態になっている。
「これで奇襲は終わりだ! 残念だったな!」
「煽り抜きで言いますが、台詞が三下っぽすぎませんか」
「黙れ!」
挑発の効果を理解しきれていない点といい、台詞といい、もしかしたらこの盾役、身なりはでかいが年齢は高くないのかもしれない。
たとえステータスが高いとしても動かすのはプレイヤー本人だ。戦闘における駆け引き、騙し合い、その未熟な部分に付け入る隙がある筈。
「終わり? 終わったのはあっちのリーダーの方ですよ?」
「なに!?」
俺の言葉を正直に信じた盾役が、俺から視線を外した。
――よそ見は命取りだ。
「隙あり」
終わったも何も、向こうではダリアが絶賛戦闘中だ。いずれにせよ、ダリアの火力を受け切れるとは思えないが。
後ろでは後衛組が薬でLPを回復しているらしく、魔法による援護はない。
勘に頼ったが思った通り、本の魔法使いが回復役だったようだ。後衛組は予想外の事態で攻撃すべきタイミングを回復に充ててしまっていた。
盾役に向かって盾突進を放ち、後衛組もろとも押し倒す。そして俺たちに背を向けるようにしてダリアと対峙する槌の男に隼斬りを使う。
「なっ!?」
やる事は一緒。回復役にやったように、気絶殴打で隙を作ると、ダリアがすかさず火炎柱で焼き払う。
前衛職といえど耐久に大きく振ってはいない。野生解放や鼓舞術もあって、恐ろしい威力となっているダリアの魔法を受け、槌の男が砕け散った。
後衛組の魔法が飛んでくるものの、冷静さを欠いた攻撃に凄みはない。
ダリアを抱え、数発をやり過ごすと、抱えられたままダリアが杖を振るう。
後衛組が火炎柱によって一撃で葬り去られ、残すは盾役一人となった。
「えっ? えっ?」
「レベル差があったのかもしれないが、一撃ってなあ……」
味方としては心強いが、敵からしたら凶悪の一言に尽きるだろう。……いずれにせよ。
「一時間後、また再挑戦してみて下さいね」
タンク一人では、止められない。




