林道のフィールドボス
そこからはダリアの独壇場だった。
敵を見つけては火炎柱や黒の破壊核などの高火力魔法を使用し、粉砕を続けている。
俺はダリアが標的にしたリザード達に野生解放を使って強化、経験値を上げている。――が、ダリアの魔力の前では魔法防御の高いリザード・クレリックでさえも一撃で倒れていく。
「……ダリアさん。ちょっと休みませんか?」
気合い十分といった様子のダリアは自ら進んでフィールドを歩いて移動し、目に入ったモンスターに即座に魔法を発動している。
MPの減りが尋常ではないのが気掛かりだが、魔力の総数も上がっているためまだ少し余裕がある。
――しかし……。
「ダリア。MPがなくなりそうになったら攻撃を止めるんだぞー」
調教術は外してあるため強制力は働かないが、普段ならこの一言で大人しくなるはず。が、ダリアは全く意に介さずに攻撃を続けている。
MP残量が10%を切る。しかしダリアは構わず黒の破壊核を展開した。
――このままだとMP切れで死んでしまう!
「ダリア!」
咄嗟にMP回復薬をダリアに浴びせる。
それにより尽きかけたMPが25%程まで回復するが、ダリアは気にする素振りを見せない。
野生解放。
とんでもない強化には違いないが、もしかすると対象となったモンスターや召喚獣は凶暴化や混乱等の《自我を失った状態》になっているのかもしれない。
少なくとも、一度MP切れで死を味わったダリアが、緊迫した状況でもないにも拘らずMP管理を二の次に攻撃し続けるなんて考えられない。
俺が野生解放を解除すると、ダリアは疲れたようにこちらを見上げた。
やはり、彼女自身、自らのコントロールが出来ていなかったのか。
「すまないダリア」
謝る俺に対し、ダリアは不思議そうに首を傾げた。
一度風の町に戻った俺たち。何体のリザード達を倒したのかは不明だが、お互いにレベルが一つ上がっていたため、相当量倒したのは想像に難しくない。
俺:レベル16
ダリア:レベル12
温風の抜け道のレベル帯は平均にして16程度だから、やっと適正値って所か。レベルの上がり辛いダリアはまだまだ適正値とは言えないが、リザード達を一撃で倒せるとなればもっと経験値を稼ぎやすい狩り場がある。
俺はマップを開いてスライドさせていき、冒険の町から北のほうへと移動させる。
――北ナット林道のその奥、草の町。
ここら一帯に出てくるのは虫型モンスターと植物型モンスター。これらは火属性魔法が弱点となっている。レベル帯も18〜20と温風の抜け道より少しだけ高い。
「温風の抜け道でもう一つくらいレベルが上がったら、次はここに行ってみようか」
定位置からマップを覗いているダリアにもわかるように、草の町を指差す。全体的に火属性が弱点なモンスターの多いここなら、ダリアの魔法を最大限に使う事ができる。
ダリアはなんとなく理解できたのか、俺の頭をペチリと一度だけ叩いた。
よし。そうと決まれば行動あるのみだ。
湧いたリザード・ランサーに狙いを定めながら剣と盾を構える。――と、既に定位置から降りているダリアは何か言いたげな顔でこちらを見上げている。
「ん、ああ。強化がまだだったな」
度々、強化を忘れてしまうのは抜けている証拠だな。
俺は鼓舞術で四つの強化を施し、改めて構え直すが、ダリアは同じ状態から動かない。
飯の効果はまだ残ってるし強化も掛けた。後残ってるとすれば……。
「――あのなダリア。強くなるのは俺もわかってるんだけど、あまり多用するのは負荷になると思ってるんだよ」
どうやら野生解放を自分に掛けろと訴えているようだったので、目線を合わせるようにしゃがみながらダリアの頭に手を乗せる。
しかしダリアはなかなか納得しない。
「うーん。俺としてもダリアのパワーアップは助かるんだけどなあ」
ともあれ、MP管理を俺が請け負う事で、戦闘が円滑に進むのも事実。
実際、弾きや攻撃する間も無くダリアが倒してくれるので、回復薬を与える手間は問題にならない。
回復役だったり、ダリアのMP管理が徹底できれば万事解決なんだが……。
「……わかった。ありがとう」
ダリアの頭をひと撫ですると、ダリアが『やっとか』と言わんばかりに肩を竦めた。
――本当、頼もしい相棒だよ。
冒険の町から北ナット林道へ、林道から草の町へと足を進める俺たち。
結局、ダリアの活躍によりサクサクと敵を倒してレベルを一つ上げた俺たちは、火属性魔法で虫達を蹴散らしながら進んでいく。
ここの敵は野生解放を使うまでもなく、俺の火属性魔法でさえ相当なダメージが入る。
ダリアはMP温存を兼ねて火弾と闇弾だけで攻撃している。
リザード達で試した結果、野生解放で入手できる経験値は+5%程度だと判明した。強化するステータスからすれば、理不尽な程に少ない。
召喚獣に使えなければ、取った事を後悔していただろう。
連続使用によって野生解放のレベルも六まで上がったものの、ダリアのステータスを見るに効果は上がっていなかった。
しばらく歩いていると、目の前に大きな木が一本生えていた。
茶色の樹皮と深い割れ目が特徴的な木だ。冬に葉を落とすその木に、子供の頃よくカブトムシやクワガタムシを捕りに通った記憶がある。
「懐かしいな」
田舎にある祖父母の家では娯楽も少なく不便と感じた時もあったが、自然に溢れたその場所が好きだった。
朝早くに祖父と共に、このクヌギの木に登って蜜を吸う昆虫を沢山捕ってたなあ。
物思いにふけっていると、その大きなクヌギの木がガサゴソと揺れる。
そして大きな羽音と共に、キチキチと音を立てながら黒塗りの昆虫が姿を現した。
巨大な角と黒光りする鋼のような身体。刺々しい六本の手足。
死の一角装甲虫。このクヌギのヌシで北ナット林道のフィールドボスだ。
例に漏れず、強力なフィールドボスではあるが剣闘士の石像程の物理防御も無く、一つ目鬼程の攻撃力も無いらしい。
西ナット森林のフィールドボスのような特殊なモンスターでもないため、フィールドボスとしての強さは最も低いようだ。
ただ、空を飛ぶ事ができるのと、仲間を呼び寄せる能力を持つらしいが弱点は突き攻撃と火属性魔法。予々問題はない。
「ダリア。行けるか?」
ダリアが小さく頷くのを確認し、ダリアに野生解放を使う。
更に鼓舞術による四つの強化で戦闘準備が完了した。
ダリアの火炎柱を合図に俺は駆け出した。
流石にボス相手に野生解放は使わないが、使えるかどうかはいつか検証してみたい部分でもある。
火炎柱を受けたデス・カブトムシは悲痛な叫びと共に焼かれ、俺は赤色の光を纏いながら技を浴びせた。
「『赤の閃剣』」
――ダメージは通った。しかし、
「固いな……ストーンゴーレムと同等にも思えるが」
反動で痺れる手で剣の柄をグーパーしながらデス・カブトムシの固さに一人ごちる。
デス・カブトムシの突きが俺目掛けて飛んできた。技術者の心得が反応し、光が拡大縮小する。速いが弾けない程ではない。
光が拡大したタイミングに合わせ、バックラーで盾弾きを発動。ズシリと重くのしかかる感覚を耐えるように下唇を噛みつつ、弾き上げるように弾きを成功させた。
そこにダリアの火炎柱が炸裂し、轟音と共にLPをごっそり削り取る。
今までのでデス・カブトムシのLPは10%程が減った。
LP量の多さが鬼門だとされるデス・カブトムシも、強化がされている上に弱点属性である火属性の高火力魔法、加えてCriticalを受ければ相当量のダメージを受けるようだ。
ダリアにMP回復薬を与えながら、デス・カブトムシを見る。LP自体は減っているものの、破壊対象となる羽や角は未だ無傷のままだ。
空中を飛びながら、ダリア目掛けて急降下するデス・カブトムシ。その技の存在も、既に攻略掲示板に載っている。
真上からの角攻撃も盾で受け流すようにしてずらし、勢いが殺されていない角が地面へ突き刺さった。
むき出しの羽に下段から始まる青の閃剣、そのまま流れた上段の状態で黄の閃剣、最後に中段に戻して赤の閃剣を浴びせ、離れ際に火属性魔法の火弾を放つ。
ダリアもオーバーマジックを交えた火炎柱を三度与え、デス・カブトムシの両方の羽が破壊された。
「次は木の後ろだ!」
ダリアを抱きかかえながら、俺たちはクヌギの後ろに身を隠す。
ダリアにMP回復薬を飲ませながら、角を引き抜いたデス・カブトムシが此方へ猛突進してくるのを確認した。
――すかさず横へ跳ぶ。
スズンという地鳴りと共に、クヌギの木も大きく揺れる。加勢として上からは十種類の昆虫達が落ちてくるものの、既にダリアの魔法が完成していた。
火炎地獄がデス・カブトムシに炸裂し、周りの虫達を巻き込み炎の柱を形成する。
ダリアは素早く、もう一度火炎地獄を発動した。
一度目の魔法を耐え抜いた虫達も光の粒子となり消え失せた。デス・カブトムシは未だ、クヌギの木から角を抜こうともがいている。
炎が消えるのを合図に、俺は角に向けて赤の閃剣を叩き込むと、デス・カブトムシの角は音を立てて砕け散った。
角を破壊された事により、デス・カブトムシのLPが減少。俺たちの猛攻と部位破壊ボーナスにより、LPは既に40%を切っている。
未だキチキチと音を立てて威嚇するデス・カブトムシだが、部位破壊により身体は既に満身創痍。最も攻撃力の高い角の攻撃が無い以上、奴に俺たちを倒す手段は無かった。




