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姫の王

 

 マイヤさんの服装は、紋章ギルドのメンバーが着る鎧をフリル付きに改造された物だった。

 派手さだけで言うならば、隣に立つアリスさんの鎧よりも豪華に見える。

 マイヤさんの登場にダリアが苦い顔を向けていたものの、彼女の事情をなんとなく理解しているのか、特に発言する事なく再びお菓子の方へと意識をシフトさせていた。


「色々巻き込まれたダイキ君としては、どちらかと言えば会いたくない相手だと思ってたけど……わざわざ気にかけて会いに来るなんて、キミらしいと言えばキミらしいか」


「すみません、ずっと気になっていたので」


 いいよ――と、笑顔を見せたアリスさんは、お菓子争奪戦をしているダリア達の方へとスキップしていく。

 マイヤさんは改まって会いに来られたのが恥ずかしいのか、はたまた気まずいのか……目を泳がせてモジモジとしている。


「元気そうで、何よりです。あれからすぐ会いに行けなくてすみませんでした」


「え、いや! 本当はマイヤの方から改めて謝りに行かなきゃいけなかったのニ……わざわざ来てもらっテ、その上先に謝られるなんテ、消えてなくなりたい気分だヨ……」


 言葉からかなり焦っている事が分かる。あたふたと取り乱しながら、何度も頭を下げるマイヤさん。

 自己中心的で自信満々だった時の彼女からは想像もつかない姿である。


「喋り方、不快に感じたらごめんネ。あれから色々あっテ――」


「いえいえ、全然いいですよ。むしろマイヤさんらしさが残ってて安心しました」


 彼女の様子や言動は不憫に思える度合いだ。恐らく、今日まで幾度となく色んな人に謝っていたのだと考えられる。

 昔の彼女自身の振る舞いは褒められたものではなかったものの、大きな問題を起こしていたのは彼女の取り巻き達である。彼女が責任を全て背負う必要など無いと思えるが……これも彼女なりのケジメなのだろうか。


 俺の言葉に、ホッとした表情を浮かべるマイヤさん。

 別に、暗い話をしに来たわけじゃないから、俺の方から別の話題を提供してみることにする。


「鎧、似合ってますね。支部が色々できたと聞きましたが、マイヤさんは本部の方に配属されているんですか?」


「え? ……ああ、そうだヨ。今は主に回復役(ヒーラー)の立ち回り指導と技能(スキル)構成のアドバイス、それと臨時パーティ・レイドの手伝い要員として活動してるヨ」


 この前指導した子がすごい構成をしてテ、教えるの苦労したけど楽しかったなア……と、マイヤさんはとても嬉しそうに語った。


 その後も色々と近況を聞きながら、他愛ない話も混ぜつつ談笑する俺たち。マイヤさんが纏っていた緊張もいつの間にかほぐれ、とりあえずは一安心。

 俺たちの姿を、嬉しそうに眺めるアリスさん。彼女もまた、マイヤさんを気にかけていた一人に違いない。


 場所を移し、お菓子を囲んで皆で会話。種族的に仲の悪いダリアとは終始ギクシャクしていたものの、少し警戒していたアルデもすっかり馴染み、楽しい時間が流れていく。


「あ、あははハ……ここに座るノ?」


『そう! ここに座る!』


 いつの間にか、アルデがマイヤさんの膝上に座りニコニコと微笑みかけているのが見える。

 マイヤさんが纏う雰囲気を察し、敢えて彼女の側に移動したのだろう……こういった無邪気な気遣いは、三姉妹の中でもアルデにしか出来ない技だ。


「そこが良いそうですよ。体格差がそこまで無いので、お菓子を取るのは難しそうですが」


「お菓子はべつにいいヨ。そっかそっカ……」


 見上げるように笑顔を向けるアルデに、マイヤさんも思わず笑みがこぼれる。


 微笑ましい光景にニマニマしていると、コソコソやって来たアリスさんが隣に座っていたダリアを抱き上げ、俺の隣に座りながらダリアを膝上に乗せた。


 マイヤさんとアルデのやり取りを見て我慢できなくなったのだろうか――という考えが頭を過ぎったが、アリスさんの目的は別にあったらしい。

 俺と密接する距離まで顔を近付け、マイヤさんの様子を伺いながら耳打ちをする。


「マイヤに付いてきた、元LOVEマイヤのギルドメンバーは全員本部の方に身を置いてる。とはいえ、まだまだ根に持ってる過激なメンバーも多いから、特にマイヤが出歩くと嫌がらせが酷いんだー」


「やっぱり居ますよね。紋章ギルド(ここ)でかくまっても嫌がらせをしてくるとは……」


 マイヤさんは一連の事件の全責任を取り、迷惑をかけた皆へ頭を下げて回っているらしい。

 しかし、ここは仮想の世界――仮初めの体に、仮初めの人間関係。

 体裁や周りの目を気にする必要がない分、心ない行動をとる人間は多くなる。


「加入して間もない頃は特に酷くて、彼女がフィールドに出た瞬間、集団にPKされるなんて日常的だったわ。彼女の実力は折り紙つきだし、今は護衛も兼ねて一番隊に入ってもらってるから露骨な闇討ちは無くなったけど……」


 困り顔のマイヤさんに、アルデがお菓子を食べさせている光景を眺めながら、アリスさんは静かに怒りの炎を燃やし、語る。


「システム的には問題ないんですか?」


「彼女がフィールドに出る出ないをストーキングで監視しているプレイヤーに関しては明らかな迷惑行為だし、王都の兵士に見つかればその場で捕まえる事ができるわ。けど、フィールドでのPKは名声が下がる程度でシステム的には問題ないのよ」


 毎日襲ってくるなら対処できそうなものだけど、最近はランダムに襲ってくるから更にタチが悪い――と、口元までを覆う銀色の鎧の奥で、アリスさんは表情を曇らせる。


「“帝国のプレイヤー”はPKを行う事で国から報酬が出るなんてシステムがあるし、最近では一番隊を相手にできるからって腕試し的に挑んでくる高レベルプレイヤーも多いの」


「帝国……」


 確か次のイベントで戦争をすることになる国の名前だ。

 掲示板の情報が確かなら、名声がマイナスに突入したプレイヤーが行ける特殊な国で、悪役(ヒール)的なプレイングがしたいプレイヤーが行きたがる場所らしい。


「彼女は別に気にしてないなんて強がってるけど、そんなわけない。町の中でしか遊べないなんて、いくらなんでも可哀想」


 なるほど――事情は理解した。俺はてっきり、日本最大ギルドである紋章に入りさえすれば、つまらない復讐もくだらない嫌がらせも抑えられると考えていた。

 しかし話を聞く限り、紋章の持つ影響力も彼等には関係ないといえる。マイヤさんをいたぶる事に、または一番隊と戦える事に楽しさを見出しているようだ。


 やっかいだな。


「とりあえず、今日一日は私が護衛できるから、気晴らしも兼ねて二人で娯楽の町にでも遊びに行こうと思ってる。次のイベントで勝利できれば、問題解決の可能性も見えてくるし」


 ねー! と、ダリアの両手を動かしながら、笑顔を見せるアリスさん。

 しかし、次のイベントの勝敗で問題解決の可能性が見えてくるとは一体……


「イベント情報、王宮騎士に聞いてないの? 知らないって顔に書いてあるけど」


「あはは」


 次のイベントに向けた王都の特殊イベントを後回しにしていたツケが回ってきたらしい。

 呆れるような声色でジロリと睨むアリスさんに、俺はただ誤魔化すように笑う事しかできなかった。


「ここで話してもいいけど、やっぱりイベントもストーリーも、人から聞くと面白さ半減しちゃうからね。忘れないうちに行ったほうがいいわよ」


「近いうちに、必ず」


 王都では専属の召喚士による訓練を受けられると聞いていたため、先に装備を揃え、レベルを上げ、理想としては新しい召喚獣を呼んでから受けようかと考えている。


 ダリアのレベルを60まで上げられれば目標達成だ。


「いたた! ダリアちゃん、ごめんごめん! すっかり忘れてたよ!」


『だめ』


 話が終わるのを待っていたのか、ダリアがアリスさんの頬をつつく。

 必死に謝る彼女が「もう一つの話は、やっぱここじゃできそうにないよ」と呟きながら席を立ち――そしてダリアの頭を優しく撫で、複雑そうな表情を浮かべながら席へと降ろしたのだった。

 


*****



「アリスさん。さっきと話が違うんじゃないですか?」


 現在俺たちは紋章ギルドに舞い込んだ専用の依頼――いわゆる“ギルドクエスト”を受け、目的地である《飛竜の巣》へと足を進めていた。

 ダリアはアリスさんに抱かれ、アルデはマイヤさんに抱かれているため俺は部長を抱いている。部長が心なしか、得意げな顔をしているようにも見える。


「言ったでしょ? アレ(襲撃)は不定期だって。それに何より、マイヤが行きたいって言ってるんだからさ」


『ありす あれが食べたい』


 優しい笑みを浮かべたアリスさんは、ダリアが指差す出店の方へ「任せて!」と光の速さで駆けていった。


 アリスさん、マイヤさんを含めた六人でパーティを組み、のんびりフィールドに向かっている今の状況には訳がある。

 と言っても、あの後俺たちの今日の予定を聞かれ、俺が「レベル上げ」と口を滑らせてしまったためにマイヤさんが参加したいと名乗り出た結果、護衛としてアリスさん同伴でクエストを受けたという経緯だ。


 フィールドに出るのをあれほど警戒していたアリスさんだったが、第一に優先しているのはマイヤさんの気持ち。彼女がフィールドに出たいと言ったから、アリスさんが許可したのだろう。

 マイヤさんの前でフィールドに行く話をしてしまったのは俺の配慮が足りなかったから。今回の護衛、俺も気を引き締めて行かなければならない。


 両手いっぱいに焼き鳥らしき物を購入するアリスさんと、彼女の足元でヨダレを垂らすダリアを眺めていると、少し先を歩いていたマイヤさんが遠慮がちに俺たちの隣に並んだ。


「……あんな大見得を切ったのニ、アリス達には結局迷惑掛けちゃってル。迷惑を掛けたダイキ達の力になりたいと思って来たのニ、全部裏目に出てる気がするヨ」


 少し前までは、人に迷惑を掛けてた事に気付かなかった彼女が、今は人に迷惑を掛けている事に過敏になっている。彼女の更生は、既に終わっているのかもしれない。


 アルデが心配そうに彼女を見上げている。


「自分の思い込んでいる事が(イコール)他人も思ってる事、にはなりませんよ。少なくとも俺は迷惑だなんてこれっぽっちも思ってませんし。アリスさんも、そうなんじゃないかなあ」


 部長の頭を撫でながら、マイヤさんに言葉を返す。


「俺は嬉しいですよ、久々にマイヤさんと話せて。それに、アルデがこんなに懐いてるし、引き剝がしちゃうの可哀想でしょ?」


「え、えっト……」


 マイヤさんの胴にがっちり捕まるアルデはまるで動物園のコアラのようで、勿論引き剝がす気はないが、どうやら引き剝がせそうもない。


 俺の言葉とアルデの行動にマイヤさんは小さく吹き出し、しがみつくアルデに「ありがとう」と囁いたのだった。

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