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 一番隊の支援役(サポーター)が十字を切り、パーティ全域に届く緑のライトエフェクトが走る。続くようにして赤のエフェクトが弾けた。

 銀灰さんを先頭に、斜め後ろに納刀した状態で立つアリスさんと、斧を持ったプレイヤー。そしてフィールドギリギリの場所で三度目の詠唱に入る支援役(サポーター)と、彼のMPもしくはSPの回復に努める回復役(ヒーラー)が一列に並んでいた。

 二番隊、そしてドンさん達三番隊も花蓮さんに対して先手を打つ形で攻撃を仕掛け、うまくいなされた後に大技にて葬られている。


 慎重だ。


 召喚士が相手となれば極端な話、時間切れを狙った立ち回りを選んだ時点で及第点だろう。もちろん、引き分けが目的ではなくあくまで結果として勝ちに行くのなら、の話ではあるが。

 個々が独立した個体であるプレイヤー六人パーティに比べ、花蓮さんの場合は全て彼女自身が使役する召喚獣がパーティメンバーだ。蘇生を待つ事ができるプレイヤーと、死んだら再召喚しか蘇生方法がない彼女とでは掛かる時間とリスクが段違いと言える。

 要となるヘルヴォル辺りの召喚獣を仕留めさえすれば、花蓮さんには必ず大きな隙ができる。また、欠員が出ている状態で銀灰さん達を相手にするのは、レベル差があれど難しいだろう。

 守りの態勢に入った彼らを動かすには……多分アレを見せていくしか――


『かれん 仕掛ける』


 アルデ共々真剣に試合を見つめていたダリアが、確信したような声色で呟き、その数秒後――花蓮さん達に動きがあった。


「ヴァルハラゲート?」

「げえ! あの会場までも破壊しかねないぶっ壊れ技か!?」

「ゲーム音量を下げておかなきゃだわ……」

「綺麗だ」


 盾役(ウルティマ)とヘルヴォルから遠ざかるように後方へと下がった花蓮さんが、杖を天へと掲げて詠唱の準備に入っていた。

 彼女の周りに現れた金色の文字がくるくる踊り、杖へ体へと吸い込まれていく。

 三試合続けざまに見せつけられれば、大体のプレイヤーは嫌でもこの技が何なのかを察する事ができるだろう。皆は口々に、彼女が何を発動しようとしているのかを呟いた。


 攻めてこないなら、技を使わせてもらうまで。


 そう言っているようにも思える大胆かつ大規模な魔法詠唱によって、一番隊はたまらず陣形を崩して駆けだした。

 花蓮さんは、召喚士の中でも異例中の異例だろう。敵が時間を稼ぐため守りの態勢へと移行しても、無理やりそれを止めさせる術を持っているのだから。

 二番隊、三番隊に対しわざわざ大技でもって試合を終わらせたのが、もはやこの状況を誘発するための撒き餌だったのかもしれない。

 そして、一番隊が組み立てた陣形を崩してまで攻撃に移ったとなれば答えは一つ。


 ――彼らには、主神の鉄槌(ヴァルハラ・ゲート)を防ぐ方法がない。


 或いは、防ぎきる確信がない……といった所だろうか。

 花蓮さんの戦法は一見して一辺倒ではあるものの、それ自体が発動すれば現状勝ちが確定されている大技だ。無理に防御に秀でた相手の陣地に飛び込んでまで暴れるよりも、距離があるうちに技を完成させればいい。


『「攻略法は大兵器と同じ、短期決戦!」』


 野太い声と共に放たれたのは、衝撃波にも似た可視化された威圧感(プレッシャー)

 一番隊の攻撃役(アタッカー)。アリスさんの隣に控えていた大柄の男が斧を地面に叩きつけ、気合いを入れるかのように吠えたのだ。何らかの技能(スキル)、或いは(アーツ)を使ったのか、メキメキと音を立てて体が更にパンプアップされていく。

 セイウチ顔(ドンさん)と似たように、獅子のような容姿によって力強いイメージが増長され、巨人族に負けず劣らずの迫力だ。

 彼を先頭にアリスさん、銀灰さんが三角形の突撃(トライアングル)を形づくり、盾役(ウルティマ)とヘルヴォルの居る前衛位置へとぶつかった。


 ――激突の衝撃に、観客が沸く。


 鉄壁の防御を誇っていた巨人(ウルティマ)が、獅子の大斧によって押されていたのだ。


『すごい』


『見た目からしてメチャクチャ強そうだな』


『カッコイイ!』


 黒塗りの大盾と肉厚の斧が何度も接触し、甲高い金属音と火花が弾ける。

 獅子は惜しげもなく(アーツ)を使いながら攻撃に攻撃を繋げ、ウルティマはそれをしっかり受け続けていた。


 隣ではアリスさんとヘルヴォルが交戦を始め、長剣と黄金の剣が交差する。


『「戦乙女がトッププレイヤーというか、戦乙女達全員が(・・・・・・・)って認識の方が良さそうね」』


 知覚できるのがやっとな程の速度、そして聴覚だけで分かる程の激しい打ち合いを何度か交わした(のち)、アリスさんは驚いたような口調で呟いた。

 対するヘルヴォルは一貫して顔色を変えないものの、流石に一人でアリスさんと銀灰さんの二人を相手にできる程の余裕はなかったらしい。やや劣勢ながらも、相手のエース級プレイヤーと対等にやり合えているのは流石と言える。


 目まぐるしく変わる攻防の間を銀灰さんがスルリと抜けた。


『「おっと、ここからは男子禁制領域よ」』

『「通したら花蓮ちゃんに殺られちまう!」』


 詠唱を続ける花蓮さんとコーラルを守るように立ち塞がったのは風神雷神のコンビ。

 体の周りにそれぞれ緑の玉と黄色の玉を浮遊させ、緊張感なく笑っている。


『「あはは。僕もここを突破しないと後ろの皆に怒られちゃうからさ、通してもらうよ」』


 尚も侵攻を止めない銀灰さんに向け風神雷神が魔法を放った。

 銃で例える所のリボルバー弾のように、彼らの周りを回転しながら射出される緑と黄色の魔法。


 “ズドドドドドッ!!”というけたたましい音と共に被弾したフィールドがみるみるうちに抉れていく。


 その速度・威力はもはやガトリング弾に近い


 銀灰さんは、余裕の表情でそれらを避けていく


 何らかの技能(スキル)の恩恵かは不明だが、人間技ではない。

 反復移動だけでなく、避けきれない弾は盾によって防ぎ、剣によって斬っている。


 銀灰さんの剣と盾は青色の光を放っており、それらは回避するたび――防ぐたびに光度が増していく。


『「ヘルちん! こりゃ無理だぜ!」』

『「避けてるだけじゃあ……勝てないぜ?」』


 早くも諦めムードでアリスさんと交戦中のヘルヴォルに泣き言を言う風神と、何かを悟ったように唐突にフラグを立てる雷神。



 杖を掲げていた花蓮さんが口を開く



『「――やめた」』



 その瞬間、戦乙女チームの雰囲気が変化するのを感じた。

 それは俺だけでなく、試合を見つめていたダリアやアルデも同じであった。


『時間稼ぎ やめてる』


 ダリアがぽつりと呟いた言葉が、彼女達の変化を簡潔に述べた内容だった。

 開幕早々に主神の鉄槌(ヴァルハラ・ゲート)を詠唱していた花蓮さんが杖を掲げるのを止め、それを振り下ろすと同時に複数の魔法陣を展開させる。


 銀灰さんの表情が強張っていく。


『「って事なんで、俺様達も攻めに(・・・)移りまーす」』

『「避けてるだけじゃ、本当に勝てないぜ」』


 魔法弾による連射を止めた風神雷神も、背負うようにして巨大な魔法陣を展開。ウルティマとヘルヴォルの体が黄金色の光に包まれる。

 大会始まって初めて退いた銀灰さんを狙うようにして、花蓮さん、風神雷神の魔法が完成した。



『「魔神の怒り(ルーン・カラミティ)」』



 花蓮さんが展開した魔法陣から赤と青の光線がうねり絡み交わりながら放出され、風神雷神が発動させた魔法陣を通過、更に緑と黄色の光線が加わった。


 発動時間から考えても主神の鉄槌(ヴァルハラ・ゲート)に劣る魔法だと判断できるが、見た目上の迫力はそれに遜色がない。


 獅子の大斧使いとアリスさんの所まで撤退した銀灰さんも、やや諦めたような顔で迫る光線を見つめていた



『「目には目を、歯には歯を……奥の手には奥の手をッ!」』



 凛とした声と共に、フィールドに咲いた銀色の竜が、その翼を大きく開く。


 一番隊の前衛組三人を巻き込んでいた光線が、翼に弾かれ裂けるように四方へと枝分かれし周囲のフィールドを破壊した。


 獣のような唸り声と共に地上へと降り立つ竜によって、不意打ちの魔法を打ち消された花蓮さんだが、特に意外でもないような平然とした表情を崩さない。

 ヘルヴォルとウルティマが纏う黄金の光も未だ健在である。


 ――アリスさんが竜化を発動させた。


 それはつまり、姫の王との戦いの時に見せたような圧倒的な火力でもって、一気に勝負を決めるという意思表示。

 銀竜の口内に、青色のエネルギーが溜められていく。


『「魔神の怒り(ルーン・カラミティ)は攻撃の他にも効果のある(アーツ)。ここからが本番。やはり最強ギルドの頂点相手には全力で挑まなければ勝てそうに、ない」』


 放たれた灼熱のブレスが辺りの光までをも青へと染め、突如として、フィールド内が青と白の世界へと塗り替えられた。

 銀色の鎧で揺らめく光を妖しく反射させながら、再び最前線へと切り込む銀灰さん。アリスさんの竜化に鼓舞されたように、獅子の大斧使いもそれに続く。


 黄金色の光を帯びたウルティマが、大盾で薙ぎ払うようにしてブレスを掻き消し、まるで壊れたような“ゴキンッ!”という奇怪な音を立てながら力強く拳を作る。

 蒸気が噴き出す音と規則的な機械音が続く中で、ウルティマの右拳がまるで特撮ロボットの物へと変化していくのが見えた。


 そのまま、上から下への軌道を描きながら、目前に迫る銀灰さんと獅子を標的として拳を繰り出す!


『「これは……」』


 避けられない


 最後まで言い切れなかった銀灰さんの言葉は、ウルティマの攻撃速度と攻撃範囲を見れば容易に予想がつく。


 ――瞬きする間に、フィールドには巨大なクレーターが出来上がっていた。


 銀灰さんと獅子のLPが目に見えて減少するも、回復役が魔法で二人を即座に癒していく。

 この反応速度は流石と言える。

 タイミングから見ても、ウルティマの攻撃モーションの段階から詠唱に入っていたはずだ。

 攻撃の反動と足場の変化によって前衛二人に大きな隙が出来たのをカバーするため、銀竜となったアリスさんがクレーターの中心――つまりウルティマへ、鋭い爪のついた掌を振り下ろす……が、目標目前の所で黄金の剣に阻まれた。


 ウルティマの巨体を軽々飛び越え掌を弾いたヘルヴォルは、振り上げた状態から技繋ぎ(アーツスイッチ)へと移行、靡く金髪から溢れるように現れた煌めく星が彼女の剣へと纏わりつく。


 突き! 薙ぎ払い! 斬り下ろし!


 斬り上げ! 薙ぎ払い! そして、突き!


 怒涛の六連撃が、鮮やかなライトエフェクトと共に刻み込まれた。

 技を受けた掌の上には斬撃の余韻が残っており、空中には美しい十文字が弾けて消える。

 ヘルヴォルの攻撃には相当な威力が込められていたらしく、地鳴りと共に銀竜が地に伏した。


 追い打ちをかけるかのように、既に展開していた魔法を放つ風神雷神。

 竜巻でできた化け物と、電撃でできた龍が天へと昇り、隙だらけの銀竜へと急降下する。


『「これも、もらっておくよ!」』


 間に割り込むように、気絶(スタン)状態から回復した銀灰さんが盾と剣を構えて立ち、二つの魔法をかき消した。

 銀灰さんの盾と剣に纏う青色の光は更に増幅し、今や銀竜のブレスとほぼ同等の濃度まで染まっているのが見える。


 そのまま、後衛からの強化(バフ)を受けつつ駆ける銀灰さんを阻むように立ち塞がるのは右手を機械化・肥大化させたウルティマ。

 黒塗りの鎧と銀色の装甲、そして体に纏っていた金色の光がその右手へと集まっていき、一点へと重なった。


 機械仕掛けの右手が迫る!


 流れるように盾で受け、飛び散る火花を意に返さぬまま視線は一点にウルティマへ――



 巨人の胴部分が


 切り取られたかのように無くなった。



 振り切った状態で空中をゆっくりと回転する銀灰さんは光の塵となるウルティマには見向きもせず、最重要目標(メインターゲット)へと狙いを定めた。

 武器を纏っていた青色の光は、ウルティマとの一瞬で既に消え去っている。


『「花蓮ちゃん、いけるぜ!」』

『「あちゃー、鬼ちゃん(ウルティマ)やられちゃったよ」』


 未だ軽快な口調で左手を横に突き出す風神と、鼻をほじりながら右手を横に突き出す雷神。

 二体の両手間には人二人分程度に凝縮された魔法陣が多重展開されており、その後ろに控える花蓮さんが杖に手を当て魔法を発動させた。



『「魔神の裁判ルーン・ジャッジメント」』


 

 魔法陣を突き破るように放出された螺旋回転する光線が、直線上を駆けていた銀灰さんへと伸びていく。

 その速度は今日見た魔法の中でも最速であり、銀灰さんは一瞬だけ目を見開いた(のち)、振り下ろすように繰り出した剣と共に、その体を貫かれた。


 銀灰さんのLPが、一瞬にして全損する。


『「ぶがっ!?」』

『「ふ、風神!!」』


 厄介者を仕留め油断していたのか、ヘルヴォルと続く戦闘で既にボロボロになっている銀竜の、苦し紛れに繰り出した尻尾が風神の体に食い込んだ。

 目をひんむいた状態で、鼻から口から液体を出し弾き飛ばされる風神と、相棒がやられて嘆く雷神。


 次の瞬間、雷神の体がズレた。


 ポリゴンを巻きながら爆散した雷神のいた場所には、大斧を振り下ろした状態の獅子が居た。

 彼も既に満身創痍といった状態ではあるものの、銀灰さん同様に花蓮さんを目指して更に駆ける。


『「天界の槍(ヘヴン・ランス)」』


 反撃に移る花蓮さんの魔法は、迫る獅子ではなくヘルヴォルに追い詰められた銀竜への追い打ちだった。


 床から胴体を貫くように天へと伸びた光の槍が役目を終えて崩れ去り、鱗が剥がれ落ちるような幻想的なエフェクトと共に、アリスさんが前のめりに倒れこむ。


 状況は三対三……けれども一番隊の回復役は、獅子とアリスさんが作った時間をフルに使い魔法を完成させていた。


『「やられたよ。けど、ここまで想定内だ」』


 蘇生魔法により起き上がった銀灰さんが、倒れたアリスさんの方に一度だけ視線を向けた(のち)、隣にいた獅子と共に武器を構えた。

 花蓮さんの隣には、ひたすら援護に精を出していたコーラルと、竜化したアリスさんを限界まで追い詰めたヘルヴォルが佇んでいる。


『「いい試合でした。召喚獣達も満足していると思います」』


『「もうこんな疲れる試合はごめんだな」』


 満足したように呟く花蓮さん。

 それに対し、獅子の大斧使いが『うんざり』といった表情を浮かべながら大きな溜息を吐いた。

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