討伐戦
この人は――国王たり得る人だ。
目の前に立つ壮年の戦士と目が合った瞬間、俺の本能がそう告げていた。
白髪交じりの髪と髭も相まって、遠目からでは正確な年齢は推量れなかっただけに、近くで見てみると分かる、王の“力強さ”。
顔には細かい傷がいくつも刻まれており、身を包む豪華な召し物の上からでも分かる強靭な肉体は、よくある身勝手な“駄王”とはかけ離れている。
真っ直ぐに俺を見つめる意志の強い瞳と、王自らが席を立ち、一介の異人に歩み寄るという心の広さ。
――原寸大に偉大。故に、取り込まれてしまうような恐ろしさも感じる。
「よくぞ来てくれた。優秀な戦士――ダイキよ」
観察していたのも一瞬……王は顔に皺を刻みながら、機嫌よく笑って見せた。
先導してくれた騎士のように膝を突くことも考えたが、今更だなと思考を止める。
当然ながら、両端に立つダリアとアルデはこの人物が何者なのか理解しておらず、目の前で笑みを浮かべている王を興味深そうに眺めているのが見えた。
ファンタジー世界らしく、王への然るべき話し方をするべきだとは思いつつも、分からなければ仕方がない。あくまで自然体で対応する事に決める。
「声をかけていただき、ありがとうございます。召喚士のダイキです」
果たしてここは“異人のダイキです”と、半ばメタ的に自己紹介をするべきだったか――そもそも、“召喚士”というものが現実世界でいうところの職に当てはまるのか分からなかったが、王は特に突っ込んでくる事もなく満足そうに頷いている。
俺はそのまま続けるように召喚獣達の紹介も行っていく。
「うむ。魔物を使役し、共に戦う魔獣使いとは違い、特別な素質を持つ者を召喚し、契約すると聞く――どうだ? 我の城にも優秀な召喚士が居るのだが……その力を更に磨きたいとは思わんか?」
気を良くしたように語りだす王は、まるで勧誘するような口ぶりで提案してみせた。
【王は提案しています】
1.王都騎士になる
(王都のために戦う騎士になります。討伐イベントの際に特別な役目が与えられ、王都側が勝利した場合、報酬が与えられます。※イベント終了後、王都騎士の役職は解消されます)
2.断る
(討伐イベントに遊撃部隊として参加する事ができます。王都の勝敗関係なく、働きに応じた報酬が与えられます)
唐突に現れたのは、砂の町で進めたストーリークエストの時に出た、あの選択肢。
あの時はかなりの量の選択肢――つまりは分岐があったのだが、今回は二つだけ。
銀灰さんが言っていた“答えはよく考えてほしい”という言葉は、コレに関するものだったのだろうか。
なんというか、無理矢理感は否めないが、ここはしっかり考える必要があな。
『ひげが すごい』
ダリア、王様の前ではやめてくれ。
口と鼻の間を指でなぞりながら、得意げにこちらを見上げてくるダリアに無言の圧力を掛けながら、再び思考を王からの質問へと戻す。
選択肢が多かった前回よりも、二択の今回の方が難しい。
ともあれ、王が聞いている内容は“騎士になるか否か”というシンプルなものだ。
普通には入れないであろう城の方に入れるようになったり、王関連のクエストが発生したりと、派生するイベントが期待できそうだ。
自由が制限される可能性がある――というのがデメリットとして挙げられるが、常識的に考えて自由さが売りのMMOにおいてナンセンスな仕様だろう。
プレイヤーのギルド所属みたく、強制力の働かない組織に加入する流れになりそうだな。
『どう思う?』
既にたっぷり20秒程王を待たせてしまっているが、選択しなければ進まないイベントのようなので動きはない。
表示されたプレートを召喚獣達に見えるように持ってきてやり、彼女達の意見を煽る。
『きし なりたい』
真っ先に手を挙げたのはダリア。
城に憧れているのか、騎士に憧れているのかは不明だが……口調から察するに、かなり乗り気なようだ。
『特別な武器とか貰えそう! 拙者もやりたい!』
続いて、元気よく跳ねたのはアルデ。
この子は装備――特に武器をコレクションする傾向があるため、騎士になれば王から特別な何かを貰えると踏んだと考えられる。
現金なやつと言ったら現金なやつだが、騎士にちなんだ装備を貰えるという可能性は確かにあるだろう。
『興味なーい』
『言うと思ったよ』
そして最後にやる気のない声で言う部長。
そもそも彼女が乗り気になった事は殆どないので、賛成も反対もしないスタイルは予想できた。
ともあれ、変に意見が割れるよりマシだな。
「わかりました。騎士になります」
1を選択すると、俺の返答を待っていた王は「そうか」と、機嫌よく頷いてみせた。後ろに控えていた騎士を呼ぶと、何かを持ってきた騎士が俺に何かを渡してくる。
「騎士の装備です。討伐戦時は、これを使って参加してください」
「ありがとうございます」
そう言って、何か光るものを受け取ると、アイテム欄に【王都騎士一式】が収まっているのが表示された。内容を読むと、討伐戦の時に限り全ステータスが+10されると書いてある。
元々の装備の上に被せて見た目だけを変える防具か……これはこれで、新しい。
試しに渡された《王都騎士の全身鎧》《王都騎士のマント》《王都騎士の剣》《王都騎士の盾》を装備してみると、目の前にいる騎士と同じように縁を金色で着色した青銀色の鎧に包まれた。
頭はそのままらしく、背中のマントは青、腰の剣はレイピアに近い形となり、盾は王都を表す獅子のような紋章が描かれたカイトシールドに変わっている。
『ずるい』
『拙者も欲しい!』
一連の流れを見ていたダリアとアルデが、俺の変化に駄々をこねだした。
ともあれ装備は人数分――そして元々のベースに合わせたパーツが送られてきており、ダリア達だけでなく予備の召喚獣用の王都騎士装備までもが収まっている。
討伐戦が無い状態では見た目上の変化しかないが、王都騎士一式はなかなか格好良い。部長は嫌がりそうだから無しとして、二人には着させてやるか。
アイテム欄からダリアとアルデ用に王都騎士一式を装備させてやると、そこには体のサイズに合わせて縮んだ可愛らしい鎧とマントに身を包む、二人の姿があった。
ダリアの杖もアルデの剣も、王都騎士の物へと変わっている。
『おお かっこいい』
『強そう!!』
これには彼女達も大喜びのようで、無邪気に“ガシャンガシャン!”と音を立てて走り回っている。
王も騎士も彼女達を咎める様子もなく、俺が騎士になった事に喜んでいるようだった。
「騎士になった貴殿には討伐戦における《大物退治》に参加してもらいたい」
「大物退治……ですか。すみません、そもそも討伐戦で私達は何と戦うのですか?」
とんとん拍子に話が進んでしまいそうだったので、慌てて詳細を聞きにかかる。
王もそれを予想していたらしく、少しだけ複雑そうな顔を見せて語り出した。
「討伐戦とは所謂“戦”。近年問題となっている魔物の活発化と犯罪者の失踪は《帝国》が水面下で行っていた実験と、戦力集めによるものだと判明した。長きに渡る沈黙も全てはこの時のための準備期間――帝国は魔物の軍勢と犯罪者の軍隊を率い、王都へと進軍してきている」
いや、既に進軍してきてるの?
悠長に試合観戦している場合じゃ……
「精鋭揃いの王都騎士だが、数の差において圧倒的に不利。非力な民が多く住まう他の町々を巻き込むわけにもいかぬ故、王都を守るためには、どうしても貴殿の力が必要なのだ」
おそらく、騎士になってもならなくても、討伐戦は参加しなければならないイベントなのだろう。
要するに、これは王都と帝国だけの戦争。
戦争となれば非戦闘職のプレイヤーも、物資の輸送やサポートなどで活躍する場が設けられるはず。
ダンジョン、トーナメントと続き、大規模な戦争とは……なかなか苛烈なイベントが続くもんだな。
「具体的に、私は何をすればいいのですか?」
俺がやる気を見せると、王は安心したような声色で淀みなく言い放つ。
「敵の軍は大きく分けて二種類。帝国兵士と犯罪者の混合軍隊と、何かの力によって操った魔物の大群。大群の中には強大な力を持つ個体も確認されており、貴殿にはそれらの討伐に当たってもらいたい」
要するに、混戦状態でのボス戦という事か。召喚士は召喚獣とのパーティ戦闘が主であるため、支給された装備の数からしても一つの部隊としてカウントされている可能性がある。
PvEは望むところだが……これは一体何日掛かるイベントなのだろうか。
「帝国軍との交戦は、今から二月程経った後。貴殿にはそれまでに王都騎士の召喚士から強さを学び、己を磨き、備えてもらいたい」
二月後か――帝国がどの距離にあるのかは知らないが、随分のんびり来るもんだな。
俺はその間、王都にいるであろう召喚士の教えを受け、レベル上げをしていかなければならないようだ。
騎士として控える優秀な召喚士というのはかなり気になる所だが、なんにせよ次のイベントまでは結構時間がある事がわかった。
「わかりました。期待に添えるよう、全力で努めてまいります」
「期待しているぞ」
話は終わりだ。と、言わんばかりに踵を返す王に一礼した後、俺たちは元来た道へと引き返した。
*****
階段を降りながら、俺は全員の王都騎士装備を解除していく。
王都関連のクエストやイベントの時には重宝しそうだが……明らかに二人の体重が重くなっていたので、抱っこする俺としては常に装備するのは勘弁願いたい。
時刻は午前9時25分――団体戦二日目が始まるまで、残り35分となっていた。
銀灰さん達の試合はもちろん観るとして、ドンさん戦の試合、花蓮さんの試合も非常に楽しみだ。
日本最強の召喚士の立ち回り、是非とも参考にしておきたい。
「お? ダイキじゃねえか」
階段を降りきった俺に気付き声を掛けてきたのは、オルさんだった。
ここに居るということは、店の方が落ち着いているのかもしれない。
「おはようございます」
軽く頭を下げつつ召喚獣達に挨拶を促すと、オルさんがこちらを指差し、口をパクパクさせているのが見えた。
「お前ェ……この子、なんだ?」
オルさんの指差す先には、ビクリと体を震わせたアルデが居る。
そういえば、オルさんとアルデは初対面だったな。店に行った時は、受付の獣人族のNPCにしか会っていない。
「新しい召喚獣のアルデです。アルデ、挨拶は?」
『よろ、しく』
まだ初めて会う人との会話に慣れていないのか、少しだけモジモジしながらコテンと頭を下げるアルデ。
信じられないものを見た――とでも言いたげな顔で固まるオルさんは、ブツブツと何かを呟いている。
「まさか……こんな奇跡のような女の子が……うちの店番に……語尾にニャンを……」
「オルさん?」
「お、おう! よ、よろしくな!」
しばらくして、俺の声により意識を取り戻したオルさんは目を泳がせながら挨拶を済ませ、心ここに在らずといった様子で何処かに歩いて行ってしまった。
俺もアルデもクエスチョンマークである。
「とりあえずおやつはあるし、観客席で試合を待ってようか」
ボックスの中にはトルダが大量購入したおやつの山がまだまだ残っているため、観戦中に屋台へ行く必要もなさそうだった。
俺の言葉に三姉妹が賛成し、そのまま観客席へと上がっていく。
激戦の二日目――さて、どのパーティが優勝するのだろうか。




