トーナメント一日目⑥
ケンヤ達も順調に三回戦を突破したよ。という内容のメールに、『この後も応援ヨロシク』と短く返信を書きながら、その後のダリアを気遣うような文に、思わず文字を打つ手を止めた。
「ダリアちゃんの様子はどう……かあ」
モニターで試合を観ていたトルダも、ダリアを心配しているようだ。
(『きにしない』)
相手の憂さ晴らしの標的にされたダリアは試合が終わった後、短くそう云い、それ以降はいつにも増して無言を貫いている。
いくら自身のスペックが高いとはいえ、彼女はまだ幼い。俺と同じ異人から狂気染みた感情と共に襲われ、LPこそ殆ど減っていなかったが、精神的に大きなダメージを受けていると考えられる。
モンスターには何度か襲われているし、一つ目鬼やブラック・ドラゴンには戦闘不能状態に陥れられているが、そこには“憎しみ”や“妬み”の感情は含まれていない。
召喚獣は俺たちの感情に敏感だ。邪悪な笑みを浮かべ、狂ったように杖を振り回す相手の腹の中で渦巻く感情に、恐怖したに違いない。
例とするなら、犬や猫に噛みつかれ、以降それらが触れなくなるといった“トラウマ”。様々な感情が含まれていた分、こちらのほうがタチが悪い。
『あねきー』
『めいそうちゅう 会話 きんし』
心配そうに声をかける部長に、口の前で両手の人差し指をクロスさせ、短く云うダリア。
様子がおかしいと察したアルデは、俺や姉達の顔を行ったり来たりし、困っている。
俺がしてやれる事といったら限られてくるが――
「ダリア……次の試合、戦えるか?」
俺の言葉に、ダリアがピクリと反応を示す。
港さんには申し訳ないが、試合できるような状態ではないダリアを無理矢理出場させる事はできない。
体の傷は治るが、心の傷はなかなか治らないとは、よく聞く言葉だ。
「ダイキ。あまり無理させるのも可哀想だぜ。俺の事は気にしなくていいからよ、休ませてやれよ」
『もんだい ない』
俺の言葉を聞いた港さんは、長椅子に腰掛けるダリアに視線を向けながら、それとなく“棄権しても構わない”と言ってくれた――が、ダリアはそれを否定するかのような強い口調で、出場の意思表示をしてみせる。
『ダリアが無理をして戦えば、俺も港さんも、部長やアルデも皆心配するんだ。俺は、ダリアを我慢させてまで戦って欲しくない』
今度はシンクロによってダリアに語りかける。嫉妬や憎悪の感情をその身に受けるには、彼女はまだ幼すぎた。
『もんだい ない』
意地を貼るダリアが答える。
俺に向けていた視線を、ゆっくりと下ろしながら。
『――そうじゃ ない』
『そうじゃない?』
聞き返しても、彼女はそれ以上何も語らなかった。
付け加えるようにポツリと言った“そうじゃない”という言葉に、何か深い意味を探ってしまう。
――ショック受けていると考えていたが……違うのか?
第四戦目の相手と対峙する俺たちだが、港さんを含め、試合とは別の場所に心配な表情を送っている事が見て取れた。
ハプニングがあったとしても、時間は待ってくれない。
例外があるとするならば、あのVIP席らしき場所に腰を下ろす、王様の一声があった時くらいだろう。
今まで三戦を勝ち抜いてきた俺たちだったが、王様が気にかけてくれている証である“注目度”は、わずか十数ポイントしか増えていなかった。
一戦目より二戦目、二戦目より三戦目が多くのポイントが入っていた事は認知しているが……特別手応えは感じない。
側近の騎士達も含め、王様は真剣に試合を観戦しているのが見えた。
「ダイキ……ダリアちゃんのほうは大丈夫なのか? 俺は、今後に響いて可哀想な想いをさせるのは見てられねえぜ」
対戦相手の確認もそこそこに、耳打ちしてくる港さん。ダリアは杖を持ちながら仁王立ちをし、相手チームを見据えている。
「ダリアが大丈夫と言ったので、俺は大丈夫だと判断しました」
「おいおい、無茶を止めてやるのも召喚士の役目だろ?」
俺の返答に不満を漏らす港さん。
港さんも港さんで、皆に溶け込めない新しい召喚獣の事を気遣う優しさの持ち主だ、ダリアの身を案じてくれているのだろう。
「子を信じてやるのも、親の役目だなと」
「子って……揺るがねえなあ」
少々、意地を張るような口ぶりの俺に、港さんは“もはや何も言うまい”といった様子で折れてくれた。
言った後に気が付いたが、これでは意地を張るダリアの真似になっているではないか。
ダリアの意地っ張りは一つ目鬼の時や、初めて野生解放を使った時にも見た光景だが……まさか俺がダリアに釣られてしまうとは。
『――試合開始!』
審判の声で我に返り、向かってくるプレイヤー達へと視線を向けた。
三戦目のお陰で、まともな情報が得られなかったため、四戦目の相手がどんな技を使ってくるのかも不明である。
盾役一人に、前衛攻撃役二人、魔法職三人といったざっくりとした構成なのは分かるが……不利な状況である事は明白だ。
遊撃手である港さんとキングも、相手の動きが分からなければ迂闊に動く事ができない。仲間同士で一定の距離を保ちつつ、相手の動きを観察する。
『ダリア、攻撃役二人の足を奪って盾役を孤立させろ』
『うん』
剣と盾を構えながら味方への強化を展開しつつ、ダリアへと指示を飛ばす。
俺の言葉に素早く反応したダリアは、闇属性魔法の《闇の底なし沼》によって攻撃役二人が踏み出した足の下に、黒色の沼を形成させた。
すかさず隣にいたケビンが《闇霧》を使用し、同時に妨害を狙う――
「『浄化の加護』!!」
盾役が動く。
シールドを天に向けるように何かを唱え、降り注ぐ光に包まれた攻撃役は沼と霧をかき消した。
何らかの技能、若しくは技を使用したのだろうが詳細は不明。ただ言える事は、阻害系魔法が不発になったという事だ。
攻撃役二人と盾役の位置が変わり、盾役の前に飛び出した攻撃役の二人。
片方の武器は双剣だが……もう片方は武器を持っていないように見える。港さんと同じように、拳士スタイルだろうか?
港さんが、俺の隼斬りに近い速度で攻撃役の一人を殴りかかるも、相手の盾役が何かを発動させたのか、LPが殆ど削れていない。
そのまま、港さんとキングが双剣士と盾役を請け負う形で対峙し、俺は拳士を迎え撃つ。
『ダリアは港さんとキングの援護を優先しつつ、相手の魔法職の動きを警戒。部長は随時強化と回復。優先順位は俺のLP、港さん達のLP、ダリアとケビンの――っ!?』
シンクロで指示を飛ばしながら盾を構えていた俺の肩を、何かが貫いた。
血こそ出ないが、細かいガラスの破片のように散るポリゴンと共に、無視できない量のLPが減少する。
体勢を崩された俺を襲う謎の攻撃。
見極めるため、深く盾を構えながら周りを確認すると、距離のあった拳士……いや、拳士だと思っていた攻撃役が、何かを振り回すように腕を動かしているのが見えた。
何かの技能か……?
いや、考えている余裕はなさそうだ。
転がるように大きく避けたコンマ数秒後――電撃で形成された矢のような魔法が、螺旋回転しながらその場所を通過する。
ダリアとケビンが反撃の魔法を展開するも、俺への攻撃は止まらない。
「どんな原理で……ッ!」
指揮者のごとく、俺に向けて何かを振るう攻撃役。
物理にせよ魔法にせよ、軌道が見えなければガードもままならない。
『ごしゅじん。MPが尽きそうー』
『お、おう。ちょっと待ってくれ』
視界右下に写るパーティのステータスは、部長のMPが枯渇寸前を示している。
全体の強化に加え、俺の回復のために回復魔法、魔法で激しく撃ち合うダリアとケビンのために分配を、それぞれ発動している部長だったが――今回は一段と減りが早いように思えた。
阻害系魔法の中に、相手のMP消費量の上昇に近い物があり誰かが発動しているのだとすれば……相当戦い辛い。回復アイテムも限られている中で、長期戦は避けるべきか。
大会支給のMP回復薬による回復量は、部長の全MP量の60%程度――クールタイム無しの親切設計だが、残りは九つしかない。
『部長。皆のMPの減りが早いとか、何が原因だとかは分かるか?』
『わかんなーい』
そうだよな、俺も分からない。
下調べの重要性を再認識する。
『でも、そこにいる人の武器が、ごしゅじんに貰った装備と同じなのかなーって、それだけ考えてた』
記憶を辿るように遡る――と。
『……そういう事か』
部長のナイスパスにより、目の前のプレイヤーが行う不可視の攻撃のカラクリに気が付いた俺は、相手の手の動きに合わせて盾を構え、技術者の心得の補正も借り、盾弾きを繰り出した。
手応えは薄い――しかし、成功である。
何かを振り切った形で止まる攻撃役に、盾突進で体をぶつける。
接触の衝撃によって弾き飛ばされた攻撃役は、確定criticalによって大きくLPを減らした。
相手の盾役は港さん達に止められているのか、味方の防御力強化をする余裕が無い様子。
――ここで一気に畳み掛ける!
ダリアの視界をリンクさせ《干渉》を発動、俺が弾いた攻撃役へ追い討ちの魔法を発動させた。
黒紫色の花が、体勢を崩した攻撃役を中心に花開き――弾けるように砕ける。
連続した斬撃音と共に、Dotの域を超えた恐ろしいスピードでLPを減らしていく攻撃役。遅れて飛んできたのは回復魔法だが、ダリアの火力に軍配が上がり、十秒と立たぬ間にLPを削りきった。
「よ……!?」
喜ぶのも束の間――赤色の全身鎧に身を包んだ盾役が俺へ《挑発》するのが見えたが、時既に遅し。
召喚獣達への指示と《干渉》に脳の処理を充てていた所為で回避行動が遅れ、体ががくりと重くなった。
敵も対応が早い。と、評価するべきか。
まるで重圧を待っていたかのごとく、俺を上と下で挟むように展開される巨大な魔法陣。
ダリアの《炎獣》に匹敵するレベルの範囲で、その長い詠唱時間は、MPが多く込められた高威力の魔法だという事を物語っていた。
隼斬りで港さんの所まで移動するか?
……いや、効果の対象外で発動できない。その上、俺の防御技を展開しても焼け石に水だ。
脳内をフル回転させるも、現状打破の策が浮かばない。
『――させない』
発動したのは二つの魔法。
けたたましい音と共に、十の電撃が絡み合い……一束の雷となって降り注ぐ。
それを迎え撃つかのように足元から打ち上がったのは、炎で形成された……獅子の顎。
エネルギーの性質は全くの別物。
しかし、接触した力と力は拮抗し――爆風と衝撃波を生み出した。
けれども、力のぶつかり合いは一瞬にして幕を閉じる。
『たべていいよ』
杖を振り上げるように動かしたダリアが、吐き捨てるようにそう云うと、俺を守る形で生まれた獅子が巨大な雷を喰らい尽くした。
技能レベル、魔力。
相手の魔法職を、ダリアのスペックが上回っていた。という事だろうか。
『助かった。ありがとな』
『まかせて』
頼もしい仲間によって、全滅の危機を免れた俺たち。
港さん達は既に攻撃役を倒し、盾役と二対一で戦闘を行っている。ダリアとケビンは後衛達への牽制役を担ってもらい、俺も部長と共に港さん達を加勢する。
いくら硬いとはいえ、四対一で生き残れる盾役は居ないだろう。高火力なダリアとケビンによる魔法は回避せざるをえない威力であり、その都度、回復を妨害されている回復役が殆ど機能していない。
これは勝負ありだな。




