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冬味シロップ

今日は小林の誕生日。

何か好きなキャラの短編でも、と思った時。

こういう時、リアンカちゃんや勇者様を書きたくなります。




 冬の寒さが足音を忍ばせ、潜み寄る昨今。

 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。


 魔境の森は赤く染まり、秋一色です。

 そりゃもうこれでもかと紅葉して、今なら私も森の背景に溶け込みそうですね。

 ほら、私の頭も赤いですから。保護色ってヤツです。

 更に言うと目立つ髪色をしている為、その兼ね合いで私の手持ち衣装って赤系統多めなので……猶更、保護色ですね? 赤い髪と喧嘩しない色の服って、作る時に結構悩むんですよ。楽な方向に流れた結果の赤系衣装です。

 今も薄紅色のエプロンドレス(普段着)に、赤いケープとマフラー姿なので秋色の森にとても馴染みますね。

 ざくざく、ざくざく、木々が落とした赤や黄色の葉っぱを踏みしめて森を歩きます。


「リアンカ、今日は何を採取するんだ?」

「勇者様、急に付き合ってもらっちゃってすみません。この森で秋にだけ取れるものが結構あるんですよ。具体的に言うと果実が多いですかね」

「そうか、秋だからな。実りの季節か」


 秋は、収穫の季節です。

 この季節限定で取れるものも多いので、採取が捗るんですよね。

 最低でも一人は村の薬師房にいないといけないんですけど、この季節は一人だけ村に残して他二人で魔境中に足を運んでイロイロ搔き集めるように採取・採取・採取です!

 一人で持ち帰れる量には限りがあるので、使える労働力の手が空いていれば当然の如く巻き込みます。

 今日はむぅちゃんが、薬師房に。

 めぇちゃんがモモさんを引っ張って私とはまた別の森へ収穫に行きました。

 そして私は勇者様を連れて、こうして歩いている訳です。

 勇者様の背中に、結構な大きさの籠を背負わせて。

 

「この森で一番欲しいのは、『銀雫』という液体でしょうか。少なくとも大樽五つ分は欲しいですね」

「液体……え? 実りの季節? 果実じゃないのか! というか大樽って!? どんだけ取る気なんだ……? せめて、持ち帰れる量にしてほしいんだが……」

「大丈夫、大丈夫です! 勇者様が帰りに(ナシェレットさん)を呼び出してくれさえすれば」

「ドラゴンじゃないと持ち帰れないほど採取するつもりか!?」

「私もマリエッタちゃん(※ロック鳥)を呼びます」

「しかも二頭がかりだと!?」

「今日は銀雫以外にも色々採取して帰りたいですねー」

「く……っ帰りの足が確保されている分、根こそぎ取る気だな!? 狩りつくしたら来年取る分がなくなるんじゃないか?」

「大丈夫です。私個人では根絶できないくらいあるので」

「リアンカ一人じゃなく、俺+巨大生物二頭で運ぶ予定だがな……! 本当に、大丈夫なのか?」

「魔境の生態系は、しぶといですから……」

「ああ……そうか、そうだよな。魔境の生命体が、ちょっと採取され過ぎたくらいで滅ぶ筈がなかったな……そんなに簡単に種が滅ぶくらいなら、俺の苦労もここまでじゃないよな」

「勇者様の認識してる『苦労』の範囲が気になるところですが、多分、勇者様ってご自身が思っているより大幅に苦労を背負っていると思いますよ」

「そう思うんだったら、もう少し俺への負担を加減してほしいんだが……」


 森の奥を目指して歩くと、程なく目的のブツが見えてきました。

 赤く色づいた森の中で、なお一層目を引く鮮やかな赤。

 真っ赤に色づいた、私の手のひらくらいの葉が、しなやかな枝を彩っています。

 

「大きな木だな」

「魔境の植物()ですから」

「その一言で済ませるつもりのリアンカと、その一言で何となく納得してしまった自分の双方に微妙な気分を味わっているんだが……」

「勇者様、あの紅葉した葉っぱの根元に注目してもらっても良いですか?」

「ん?」


 木の枝には、一か所から四枚ないし五枚の赤い葉っぱが生えています。

 その、複数枚の葉っぱが生える根元。

 葉を花弁に見立てた場合、花の中央に該当する部分。


「あそこに、小さな白い実がなっているんですが、見えますか?」

「あれは……あの、スグリの実を白くしたようなヤツか?」

「はい、あれが『銀雫』です」

「どこからどう見ても紛うことなき固形物! 雫っていいながら液体じゃないのか!? いや、でもさっき液体って言っていなかったか!?」

「正確には、あの実の果汁です」

「果汁!? いや待て、あの実って見たところサイズももスグリ相当……大樽五つ分集めるって言ってなかったか? どんだけ取るつもりだ!」

「まあ、たくさん?」

「たくさんと言っても、あの実一つから取れる果汁なんてたかが知れているだろう……何時間かかるんだ」

「大丈夫ですよー、まあ、見て頂いた方が早いですね。勇者様、試しに成熟した実を一つ取ってもらいたいんですけど」

「成熟した実? どれが熟している状態なんだ」

「ええとですね……あ、アレです! 銀色にキラッて光っているヤツを取ってもらって良いですか?」

 

 木は結構な高さがあります。

 実がなっているのも上の方なので、私が採取するより身体能力の高い勇者様に取ってもらう方が早いでしょう。お願いすると勇者様は軽い感じで跳躍して、次の瞬間には木の上です。

 キラキラ光る実をもいで、身軽に飛び降りる勇者様。

 手の中の実は潰れることなく、陽光の下でガラスビーズのように輝いています。

 

 『銀雫』と呼ばれる、実。

 一か所に三、四粒づつ実る、この森特有の風物詩。

 最初は真っ白な、マットな感じの色合いなんですが、熟すと色が変わります。

 銀色を宿して、外側の透明度が増すという変化は、魔境の外出身の勇者様には不思議に見えたのでしょうか。

 首を傾げながら、陽の光に翳して矯めつ眇めつ眺めています。

 熟した実は、硝子の中に銀を流し込んだ蜻蛉玉みたいですからね。


「なんだ、この実……間近で見て気付いたんだが、木の実というよりまるで硝子玉だな」

「実の中の銀色、よく見ると液体なのわかりますか」

「言われてみれば……動かすと、若干流動するな?」

「その銀色の液体が、銀雫という訳で」

「これを、大樽を満たすくらい取るつもりなのか……」

「まあ、貸してみてください」


 実を勇者様から受け取り、私は実を割る……前に、空の水筒を用意しました。

 このまま割ると勿体ないですからね!

 水筒の口に漏斗をさして、その上で実を割りました。


 瞬間。


 私の指先から、躍動感たっぷりにドパッと溢れる銀の液体。


「えっ!? え!!?」

 そして混乱する勇者様。


 目を白黒させる勇者様の形相に、私はさらっと種明かしです。

「この実一つから、大体一ℓくらい取れるんですよ。果汁」

「嘘だろ!? その実一つに一ℓって完全に物理的におかしいだろう!!」

「おかしいと言われましても、これはこういう植物なので。圧sy……濃縮されていた液体が、空気に触れるとほらこのように」

「いま圧縮って言わなかったか」

「言っていませんよ? 言いかけただけです」

「言いかけたのは認めるのかよ! だが、絶対におかしいだろう!? 重さもほとんどなかったのに、何故中身が一ℓに増えるんだ!」

「何故と言われましても、私もこの植物が何をどう考えてこんな進化を遂げたのか知りませんし……すみません、勇者様。私、植物の気持ちとかわからなくて」

「俺が聞いているのはそういう事じゃないんだけどな!?」


 私は腰のポーチから薬さじを取り出して、水筒に溜まった果汁をとろりと掬う。

 実の中に内包されていた時は銀そのものって感じだったのが、今はさらっとした感じの、銀色を帯びた透明な蜜となっていた。本来は果汁なんですが、味も感触も樹液や蜜に近い感じなので、ハテノ村では蜜扱いをしています。

 

「勇者様、見えますか? 透明なのに陽の下だと銀色に光が散る感じで綺麗ですよね」

「ああ、確かに綺麗だな。なんだか、昔見た絵本にありそうな感じだ。こう、手のひらサイズの妖精が木の実の殻で作ったマグカップを持ってお裾分けを強請りに来そうな感じの」

「ふふ。今日の勇者様はなんだかメルヘンですね」


 でも言われてみると、確かに。

 蜂蜜が持つ琥珀の輝きとは違いますけれど、これはこれでとても綺麗。

 絵本に出てきそうだと言われて納得の見栄えです。

 現段階では、ですが。


「綺麗な蜜ですよね。味もとても良いんですよ。試しに一口どうぞ?」

「あ、美味いな」

「毎年、『銀雫』の採取は村の薬師房では欠かせません。誰かが必ず集めに来ます」

「何か薬効があるのか? だけど薬効がなかったとしても、集めに来たくなる味だ」

「そして角切りにした大根を付け込みます。瓶詰です」

「大根!? 一気にイメージ変わったんだが! 妖精じゃなくて、妖怪が貰いに来そうなイメージになったんだが!」

「風邪をひいて喉をやられてる時なんかに凄く効くんですよ。そして何故か声がちょっとほがらかになります」

「何故に!?」

「あ、大根と合わせた時の作用なので、蜜だけ舐めた状態じゃ声に変化はありませんよ」

「大根の一体何がどう作用するって言うんだ……!」

「そうですねぇ、何しろ魔境育ちの大根なので。もしかしたらちょっと特殊な進化を遂げているのかもしれませんね」

「く……っやはり魔境の土と水で育つとおかしくなるのか!? 口にしている野菜が特殊かもしれないとか、普段考えないようにしてるのに!」

「大丈夫ですよ、勇者様! 特殊と言っても手足を生やして二足歩行する程じゃありませんから! 大根は、ですけど」

「最後の一言ぉぉおおおお!!」


 果汁を取り出すと、途端に重くなる『銀雫』。

 だけど摘み取って一定時間が経つと、勝手に皮が弾けちゃうんですよね。

 『銀雫』の採取地近くに、ハテノ村の薬師が管理している道具小屋があります。

 実の状態でそこまで運んで、小屋に収納している樽へ詰めてお持ち帰りする予定です。

 でも樽に入れるのとは別に、瓶一つ分だけ先に小分けにしました。

 そこに持参した大根の皮を剥いで角切りにして、沈めていきます。


「リアンカ? 大根なんて持ってきていたのか……しかし村に帰る前に、もう大根を漬けるのか?」

「一瓶だけ、ですけどね。これはまぁちゃん達へのお裾分けする分なので、帰りに魔王城に寄って渡す予定です」

「まぁ殿、大根の蜜漬けを食べるのか……」

「食べるも何も、まぁちゃんがまさに今、熱を出してダウンしていますからね。これはお見舞いの品です」

「今日は姿を見ないと思ったら!? というか風邪を引くのか、魔王なのに! どうなってるんだ体調管理、魔王なのに!!」

「勇者様ったら、魔王は風邪をひかないとでも?」

「地上の生命体で最も風邪に負けそうにない印象しかないんだが。しかしリアンカが採取に行くっていうのに、まぁ殿がいないのはそういう訳だったのか……てっきりリアンカに頼まれて別の場所へ採取にでも行っているのかと思った」

「確かにそういう時もありますけど、今回は純粋に病欠です」

「いや、でも、魔王が風邪……? 魔王が……?」

「魔王だって風邪くらい引きますよ。生きてるんですから」

「それはそうなんだが……」

「まあ、そもそもはお熱を出してたの、せっちゃんなんですけどね」

「姫が?」

「ええ。なんかせっちゃんって、偶に発熱するんですよねー。吐き気とか鼻水とか、喉や頭の痛みとか、そういった症状は一切ないんですけど。体温だけ上昇して発熱するっていう。そして薬を飲まずとも、一晩で何事もなかったように熱が下がるんですよね」

「子供の知恵熱か!」

「あー……まさにそんな感じの熱の出し方ですね。体温高いだけで本人はむしろテンション上がって元気元気なんですけど、周囲、というかまぁちゃんは毎回おろおろしながら甲斐甲斐しく看病するんですよね。一晩徹夜で」

「まぁ殿……」

「せっちゃんの喉にネギを巻いたり、葛湯を飲ませたり」

「看病方法が田舎の民間療法……!!」

「勇者様、大都会で生まれ育った王子様なのに民間療法わかるんですか? それこそ、人間のお国の最先端医療で健康管理されていたでしょうに」

「俺も長い旅を経て魔境まで辿り着いているから、道々で色々な治療法を見聞きしたことが……ってそれは置いておいて。風邪をひいていたのは姫なのに、いま病床にいるのはまぁ殿なのか?」

「地味に各地の治療法について見聞を広めてたんですね。ちょっと気になるので、後でどんなものを見聞きしたか教えてください。それでまぁちゃんですけど、何故か毎回、せっちゃんが元気に全快するのと入れ替わるように、まぁちゃんが普通に風邪症状訴えてダウンするんですよね」

「木乃伊取りが木乃伊になってるじゃないか! それ、姫を回復させる代償にまぁ殿が風邪のダメージを引き受けている、とかじゃないよな」

「流石にそれは……多分、ないですよ?」

「多分なのか……」


 この日、森での採取を終えた後。

 私は勇者様と二人、予定通りお見舞いを兼ねて魔王城へと足を向けました。

 通いなれたまぁちゃんのお部屋では、弱ったまぁちゃんが大きなベッドの上。

 クッションにしな垂れかかって、具合が悪そうにしていました。

 若干、呻きながら動くのも億劫といった感じですね。

 そんなまぁちゃんを、何故か嬉々として凄い勢いでスケッチしている画伯が部屋の隅にいましたが、何故か今はあまり直視しちゃいけないような気がしたので、存在に触れるのは止めておきましょう。

 

「陛下、寝間着がはだけているじゃないですか。ちゃんと着て下さい。いえ、やっぱり着替えましょう。汗を吸って濡れているようですから」

「あに様、ぐったりですのー」


 ぱたぱたと忙しそうに立ち働くのは、エプロン姿のりっちゃん。

 側近だからって看病はりっちゃんの雇用範囲に含まれるのか、謎です。でも、前々からまぁちゃんやせっちゃんが体調を崩した時は、毎度の如くりっちゃんが看病しています。魔王城には医者も衛生兵もいる筈なんですけどね?

 そして昨日の夜はお熱が出ていたものの、今日はとっても元気なせっちゃんが、看病のお手伝いを志願しているようです。青と白の縦縞ストライプのワンピースに、フリルのついた白いエプロン。加えて、ナースキャップという姿で気合は十分です。気合と、衣装は完璧ですね。というかあの衣装着せたの、ヨシュアンさんですか……? まぁちゃんがダウンしているので、ここぞとばかりにせっちゃんにコスプレさせている気がしないこともないような。

 

「まぁちゃん、蜜漬け大根のお届けでーす。一晩漬けこんでから食べてね☆」

「明日じゃなくて、いま必要なんだがなぁ。俺は」

「まぁ殿……本当に、風邪をひいているのか」


 擦れた声は、痛々しい。

 喉の調子が悪いって、一言聞いただけでわかりました。

 だけど大根は今日漬けたばかりですから。

 大根は明日ね、と念押しをして。

 病床のまぁちゃんを慮って、私と勇者様は早々に魔王城を後にしたのでした。


 ひとまず村に戻って、必要な薬や道具を揃えて。

 それから、私も看病の助っ人に行こうと思います。


 え? 勇者様?

 勇者様は……あまり、器用な人じゃありませんからね。

 看病する時は、いない方が良いかな。


 看病とか、そういう事に関しては勇者様って戦力外だと思うんですよ。

 なので私は勇者様を村に置いて、再度魔王城へ向かうのでした。


 まぁちゃんが全快したのか、この三日後。

 実に四日間の間、風邪でダウンしていたのでした。


 これから寒くなりますし、体調の悪くなりがちな季節でもあります。

 せめて皆様は、どうぞお体に気を付けてください!




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― 新着の感想 ―
[良い点] お誕生日おめでとうございます [一言] 久しぶりに更新されていてめちゃくちゃ嬉しくなりました リアンカちゃんと勇者様の空気感やっぱ好きだー 性転換バージョンもめちゃくちゃ好きでしたが日常回…
[良い点] おめでとうございます。
[一言] 遅ればせながら、お誕生日おめでとうございます♪ 王子サマってば、相変わらずの苦労人気質と冴えた?ツッコミにほっこりさせてもらいました。 そしてまぁちゃん=魔王様、なんか主要人物中、このヒトが…
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