えらい人の誕生日2(※性別反転パロ)
引き続き、作中時間は『平成』でお送りいたします。
あれだけストーカーに悩まされているのに、実は真っ当に告白されたことがなかった――。
ご本人からして自覚のなかった、その事案に。
気付いてしまったラン先生は深く項垂れて頭を抱えた。
自分の周囲には、ろくでもない男しかいなかったのかと。
身内以外の男性はほぼほぼストーカーという時点で既にその事実は明白だったが、今更ながらに深く実感しなおしてしまった。
そんなラン先生を思案気に見つめ、梨杏先生はふむと自らの顎に手を添えた。
「うーん……ラン先生、ご愁傷様?」
「やめてくれ、慰めるような口調でトドメを刺すのは」
「あ、『ご愁傷様』の意味わかるんだ?」
「お陰様で勉強熱心なので。理事長が教頭先生に何度も使っているのを聞いている内に、何となくニュアンスは理解したつもりだ」
頭を痛めるラン先生に、梨杏先生の苦笑が深まる。
そんなに悩む必要なんてないだろうになぁ。そう思いながら、軽い気持ちでこう言った。
「今までは地雷物件しか周りにいなかったとしても、これからもそうだとは限らないし。ラン先生なら、遠からず誰かに真剣な『告白』、されると思うけどね?」
「それは……」
どうしてだろうか。
本当に、軽い気持ちで梨杏先生はそう言ったに違いないと。
そう思いながらも何か意味深なモノを感じて、ラン先生は僅かに動揺した。
乱れた気持ちが、うっかりと自分で思いがけない言葉を滑らせる。
「こ、告白されたとして……! それはそれで、困る……」
「あ、困るんだ」
「なに、その意外みたいな言い方は」
「さっきあんなに頭抱えてたから、告白されたいのかと思った」
「告白の返事に典型を用意するくらいだから、君だって困る気持ちはわかるんじゃないか? 私にはそんな真似できない。だったら余計に困ったっておかしい話じゃないだろう?」
「ふぅん? まだされもしない内から困ってるようで、いざ本当に告白された時にちゃんと対応できるのか心配だなぁ。なんかラン先生、慣れてないぶん正攻法で押し切られちゃいそう」
「な……っ私のことを圧しに弱いとでも? 勘違いしていないか、梨杏先生」
「勘違いかなぁ? はは、そんなに言うなら、ちょっと練習してみる?」
「……練、習?」
「そう、練習」
思いがけない話題から、更に思いがけない方向へ話が進みだした――。
ラン先生は、困惑と警戒の滲んだ目を向ける。
対して梨杏先生は裏表を感じさせない微笑みを向けるだけ。
「例えば、そうだなぁ……うん、こんな感じでどう?」
薄く唇を、左右に引いて。
普段とは全く異なる声音で、表情で。
ぎしり、二人の据わるソファが軋む。
「――ランさん、君のことが大好きだよ。今度の『えらい人の誕生日』には、僕と一緒にデートしよう?」
まるで覆い被さるように、身を寄せて。
梨杏先生の両腕が、ラン先生の左右について細い体を囲った。
赤い睫毛のかかる伏せがちな目は、至近距離からラン先生を見下ろした。
「!!!??」
ラン先生の顔は、本人の意思はさておき赤く染めあがる。
動揺が喉からほとばしるが、言葉にはならない。
目を見開いてあわあわとわななく口元に、そっと梨杏先生が指を添える。
薄い笑みを一段深いものにして、
「そう、ちょうど国民の休日だし」
「えらいひとの誕生日—―って、それ『天皇誕生日』か!!」
叫んだラン先生の口に、梨杏先生は笑顔でサンタの顔面が笑うロリポップを突っ込んだ。
顔をなんとも言い難い感じに歪めながら、ラン先生ががりがりとチョコレートを噛み砕く。
裏の読めないキラキラの微笑みで、梨杏先生はぱちぱちと音の鳴らない拍手を向けた。
ちなみに「ぱちぱち」は口で言っている。
「ラン先生えらーい。今上陛下のおたんじょうび、ちゃんと把握してたんだね!」
「それはな! あんなにハッキリどのカレンダーにも赤く書かれていればな!? 日本の近代文化的に、クリスマスのお誘いかと思いきや天皇誕生日か! 相変わらず斜め上に変化球だな君は!?」
「なんでそんなに動揺してるのかわかんないけど、僕まちがったこと言ってないよねー? えらい人じゃん、今上陛下。僕、日本国民だし。国家の君主のお誕生日は讃えますよー、誕生日おめでとー! お陰で今日は休日でーっす! て、23日の朝に一回くらいは」
「軽っ! 讃えるという言葉の割に祝い方がお手軽だな!?」
「あと今上陛下の誕生日を口実にケーキくらいは食べるよ!」
「それでクリスマスも食べるのか?! 君のことだから連日どこかしらのクリスマス会に顔を出してはケーキ食べ歩いてるんだろう!?」
「心外だなぁ。確かに宴会に顔を出したらお付き合いするけど、僕自身はクリスマスって特にお祝いしたりしないよー? だってほら、僕キリスト教徒じゃないし。僕にとっては特に『えらい人』って訳じゃないし、イエス・キリスト」
「そう言いつつ、保健室にクリスマスツリーが飾ってあるんだが? 君、イベントには全力で乗っかる手合いだろう」
「あれは相方が飾ってるんですー。ま、僕も飾ったけどね。ほら、ここは生徒の心の避難場所でもあるからさ。ああいう季節のお飾りは欠かせませんって」
「ああもう、きみは、本当に……! 口ではなんとでも言うんだから!」
「あはははは。それで、ラン先生?」
「ん?」
「23日はどこ行こっか」
「…………は、はい? え、デートって冗談じゃ」
「ラン先生も閉じこもりっきりじゃ体に悪いし、たまにはどっかお出かけしないとね。クリスマスはうっかりすると道行くカップルをラン先生の魅力で破局に導きまくって『恋人たちの日』からもしかすると『修羅と化した彼女さんの拳が血塗られた日』に変えちゃってクリスマスが恋人たちの血で真っ赤に染まr――」
「待て、そこで止めよう嫌な未来予測は。妙に具体的にその光景を想像した。だから止めよう」
「厚着が不自然にならない季節だし、ニット帽に分厚いフレームの伊達メガネとマフラー組み合わせれば、ラン先生も顔の大部分が隠れて平和にお出かけできると思うんだよね。食事は個室が予約できるところにすれば間違いもないだろうし。いざって時、僕は戦力にならないから自力で切り抜けてもらうことになるけど」
「最後の一文。おい、最後の一文」
「そうそう、今ちょうど画伯が個展開いてるんだよね。駅前のビルにある展示フロアで」
「画伯……えっ? 画伯って、横須賀先生? 美術教師の、小さな白衣の?」
「うん、そう。その画伯」
「駅前ビルの展示フロア……って、それ一般市民の目に触れる場所で大っぴらにやって良いのか!?」
「あはははははは!! やっぱそこ、みんな同じ反応するよね! まぁちゃんやりっちゃんも同じこと言ってたよ!」
「いや、だって、その……冗談だろう!?」
「ううん、ほんと。だけど安心してよ、ラン先生。画伯の絵で間違いないけど、いかがわしいヤツじゃないから」
「うん? だけど横須賀先生が描いたんだろう?」
「うん、そうだけど。ほら、画伯も一応は美術教師だからさ、その為の実績作りの一環? 教育に悪い絵を描いているって知れ渡ったら教師クビになるかもだから、隠蔽工作の一環として割と真面目な絵も描いてるんだよ、画伯って。裏の顔を知らない真面目な人の間で、割と評判良いらしいよ。笑えるよね」
「笑って良いのか、それは。笑えることなのか。むしろ事実を知らない『真面目な人』達が可哀想に思えてくるのは気のせいだろうか……!」
「絵が上手いって事実は揺るぎないからねぇ。ちなみに個展のテーマは『海』だって言ってたよ、この寒さも厳しさに向かう冬の時分に。シャチの絵が特に上手く描けたってさ」
「海に、シャチ……おかしい。いかがわしさが感じられない」
「画伯って妙に鳥類と海生生物に理解の深いところがあるから、鳥とか魚とか描かせたら凄いの出来上がるらしいよ」
「それは本当に、私の知っている横須賀先生なのだろうか……」
「やっぱりラン先生も気になる? 気になるよね! 僕も画伯の『真面目な絵』がどんなものか気になる。そういう訳で見に行こーう!」
「え、え……あ、うん?」
「それじゃ、23日は10時に駅前で。お昼ご飯はお勧めのお店予約しとくから期待しといてよ。あ、もちろん個室だから安心してね☆
――それじゃ、僕ちょっと理事長に用があるから。あと30分もしたら相方が戻ってくるから、保健室は施錠しなくて良いからね」
「わ、わかった……って、あれ…………?」
話の流れについて行けていないのか。
ワンテンポ遅れて首を傾げるラン先生を置き去りに、梨杏先生は飄々とした態で保健室から廊下へと。
……ドアを閉めた途端に、梨杏先生は深い溜息を吐いて困った顔をした。
まっすぐ、宣言通りに理事長室へと足を向けてスタスタと早足に歩く。
そうして理事長室のドアを開けるなり、開口一番こう言った。
「まぁちゃん――! ラン先生、正攻法相手だとチョロすぎるし流されやすいしで、めちゃくちゃ心配になるんだけどー!! ちょっと護衛増やそう、護衛ー!」
何のことだと首を傾げた理事長が経緯を説明されて大爆笑するまで、あと10分。
その頃、保健室に取り残されたラン先生は、ようやっと話の流れが済し崩しに『お出かけ』へと傾いたことに気付き、一人で狼狽えのたうち回っていた。
そう、一緒にお出かけなんてどうしよう、どんな服着ていけばいいのだろう――と。
ちなみにオチがちょっと梨杏先生ひどいかな、と思って削りましたが。
どんなものだったかは↓下をご覧ください。
時は流れて、23日。
待ち合わせ場所にラン先生が辿り着くと、そこには。
「こんなことだろうと思った――!!」
「やっほ、ラン先生」
梨杏先生だけでなく、理事長や教頭先生、果ては個展の作者である横須賀先生まで勢揃いしていて。
『万が一』を想像してもだもだ右往左往しながら辿り着いたラン先生は、その場で勢いよく膝をついたのだった。




