えらい人の誕生日1(※性別反転パロ)
日本人ならみんな知ってる! 12月のえらい人のお誕生日な某日が近づいてきたので、久々に梨杏先生にご登場いただきました。
お話の設定上、作中時間軸は『令和』ではなく『平成』でよろしくお願いします。
日に日に空気が冷たく感じられるようになってきた、そんな頃のこと。
町々には雪の気配もまだないのに白や雪をモチーフにした飾りがいたるところで見られはじめ、赤や緑といった色合いも主張し、そしてジングルベルの音楽が商店街のスピーカーから鳴り響きだす。
12月の、某所。
灯油ストーブに置かれた薬缶が、しゅんしゅんと気を急かす音を立てている。
暖かい空気に満ちた、学校の保健室の中。
白衣を着た赤い髪の男性――保険医、有村 梨杏は急な駆け込みの対応をしていた。
急患ではない。
それは、襲撃ともいえるもの。
「あ、あ、あのっ梨杏先生! 私、私……っ先生が好きです! 私と付き合ってください!」
潤んだ目に真っ赤な顔で、叫んだのは制服姿の愛らしい少女。
どこから見ても女子高生。つまりは、生徒だ。
決死の叫びに、相対する保険医は申し訳なさそうに眉を下げる。
果たして、何と答えるのか!
「ごめんねぇ、僕、ロリ嗜好はないんだ。十代は許容範囲外だから二十年後くらいに出直してくれる?」
酷かった。
保険医の容赦ねぇお返事に、女生徒がわっと泣き崩れ……は、せずに保健室のドアから駆け去っていく。
二十年後なんて言ったら、今はぴちぴちの女子高生でも立派なアラフィフ女子である。
十代から二十代の輝きも、三十代の酸いも甘いもドブに捨ててから来いとは中々に無情ではなかろうか。
泣き去っていった女生徒が、開けっ放しにしていった保健室の戸。
のんびりからからと戸を閉める梨杏先生に、咎めるような声音がかけられる。
「いきなり酷薄、いえ告白劇が始まったと思ったら……梨杏先生、容赦ないな」
「あはは、お恥ずかしい所を見せちゃったね。ラン先生、体調が悪いのに」
「いや、私は良いんだ。あの女生徒の方がよほど重症だろうし」
カーテンが引かれた、保健室の一角。
具合が悪い人を寝かせる為の、ベッドが並ぶ辺り。
声の主はそこにいた。
そう、保険医と女生徒だけかと思いきや――保健室には実は先客がいたのである。
女生徒はきっと、二人きりだと思って告白に踏み切ったのだろうけれど。
実際は三十分前から、男子生徒の悪ふざけに巻き込まれて階段落ちする羽目になり、目を回したラン先生の身柄がベッドに安置されていた。
頭を打ったのか気を失っていたので、ひとまず寝かせられていた形である。
打ち所が悪ければ救急車案件だが、彼女がALTとして赴任してからの日々ですっかりその頑丈さが知れている今、慌てて救急車を呼ぼうと焦る者はいなかった。
経過観察を任せられた梨杏先生自身は、状況によっては病院に連絡するつもりだったが。
しかしのっそりと身を起こし、しっかりとした足取りでカーテンの向こうから出てくる姿を見るに……どうやら救急車を呼ぶ必要はなさそうだ。
念の為、ラン先生に体調に異変はないか聞き取りしようとソファに誘導しつつ、しかし質疑応答に応える羽目になったのは何故か梨杏先生の方だった。
「愛の告白に、あの答え。君は鬼か」
「え、と? 鬼に見える?」
「決心してのことだろうに、あの返しは酷いだろう」
「でも僕も職が惜しいし、下手に温情見せて勘違いされるのも困るんだよ? 淫行教師の汚名を被せられて免職とか嫌すぎるし、今後の人生設計に絶対響くしね」
「いや、誰もそこまで言っていない。ああでも、確かに受け入れるわけにはいかないんだから振る前提で……いやいや、でもやっぱりあの返しはちょっと。もう少し言葉に気を付けた方が良いんじゃないか?」
「色々考えた上で作ったテンプレがあれなんだけどね」
「……って、いつもあんな断り方をしているんですか。いや、それ以前に生徒からそんなに告白されているのか!?」
「ほら僕、保険医だし? 生徒にとっては非日常の象徴っていうか? 現実感を伴わない憧れの対象に見えるみたいだよ。優しく怪我の手当てとか、精神ケアとかするしね。でもそれってほぼほぼ幻想なんだけどねぇ。夢から覚ましてあげる為にも、ちょっとどうかって振り方するのが一番手っ取り早いよね」
「確かにあんな振り方されたら、思いを保ち続けるのは難しいだろうが……! 精神ケアが業務に含まれる割に、あの振り方は酷くないか!? 相手が心に傷を負うわよ!」
「あれでも試行錯誤の果てに辿り着いた究極の答えなんだよ? 『実は僕、ED治療中で子供との恋愛とか、そんな遊びしてる余裕ないんだよね!』って女子高生が耳を押さえて逃げ出しそうな文句で断ってみたこともあるんだけど、そうしたら『それじゃあ私が先生の治療、お手伝いします!』って服を脱ぎ始めた猛者がいたからねぇ。その時は『じゃあ医師免許取得したらまた来てね!』って言って保健室から放り出したけど」
ちなみにその女生徒は、かねてからの予定通り大学の保育学課程に進んだ。
今のところ、彼女が医学部に籍を移したという話は聞かない。
そしてED治療は完全に真っ赤な嘘である。
「よ、予想以上に危ない橋を渡っているな、君は……!」
「絶対に越えられない時間の壁を理由に断るのが、一番手っ取り早いってわかっちゃったんだよねぇ。他はほら、金と労力を惜しまなければ大体乗り越えられちゃうから」
「なんだろうか、平然と口にするその言葉に、言い知れない闇を感じる……ハードルを乗り越えようとする猛者が今までいたんだな?」
「いたんだよねー……大体は最後の奥の手『実は僕、理事長の愛人なんだ!』で諦めたけど!」
「そこで更に虚を吐くのか! というか知らぬところで巻き込まれている理事長の名誉は!?」
「どうせまぁちゃんだって恋人がいた試しもないし、構わないかと思って?」
「君、本当に容赦がないな! 自己保身に走るにしても形振り構わな過ぎる」
「でも告白って、予め断り文句用意しておいた方が本当に楽だよー。特にあの年代の、高校生はね。中にはマジなのもあるけど、一過性の憧れや幻想を誤認してってのが多いから。そもそも一番多いのが、卒業前の記念告白ってやつだしねー」
「君ってヤツは……もうちょっと、誠意のある態度で断れないのか」
「じゃあラン先生は告白された時、どう断ってるのさ?」
「私は………………私、は? ……? ……???」
「え、どうしたのラン先生」
故郷では身の回りに大量のストーカーと変質者予備軍に潜まれている、ラン先生である。
今でも即席ストーカーに絡まれては、理事長のお世話になっているラン先生である。
人通りに出れば数多のナンパ野郎に進行妨害される、ラン先生である。
当然告白された回数も梨杏先生なんか目じゃないくらい多かろうと、そう思って話を振ったのだが……
今、金髪美女のラン先生は。
どうみても愕然とした顔で、空虚な呟きを零した。
「私……考えてみれば、正面から真っ当な告白、されたことがない、な……?」
「嘘ぉ!?」
ストーカーは寄ってくるのに、真っ当な告白はされたことがないラン先生。
周囲とご自身のガードが堅かった、というのもあるが……
圧倒的な『高根の花』過ぎて、どうやら正攻法で振り向いてもらうのは不可能だろうと、試しもせずに最初から告白を諦めた野郎しか今まで近くにいなかったらしい。
そして告白を諦めた末に、思いつめて犯罪行為に走るのだから救いがない。
そもそも真っ当な野郎が周囲にいなかったのかと、現状を再認識してラン先生が頭を抱えた。
恋愛ネタ(微)に挑戦しようと思ったのに、どうしてこうなった……?




