冒険者ごっこ 7
その日、とある冒険者ギルドにて。
熟練受付嬢であるロザンナ・フォーピア(53)はどこか遠くを眺めるような目で自分の職場である冒険者ギルド内の惨状を俯瞰していた。
辛うじて壁や天井、床といった建物自体に損傷はないもの、それでも現場は滅茶苦茶だ。
今もかつては椅子だった残骸や、飛び散った木片、倒れた卓といったギルドの備品の変わり果てたモノを、被害を免れた冒険者達とギルドの職員が手話決して片付けている最中だ。
とんでもない新人が入ったもんだ……現実逃避気味に、惨状そのものではなく惨状を生み出した元凶へと思いを馳せる。
一応、被害に見合った弁償はしていってくれたのだが。
彼らが置いていった宝石は、損害を補って余りあると一目でわかる値打ち物だ。
だけど弁償するくらいなら、最初からもっと加減してくれればよかったのにと思わなくもない。
そうすれば、ここまでギルド内も滅茶苦茶にはならなかっただろうに。
今後、彼らは要注意だなと。
受付嬢ロザンナ(53)は、先ほど彼らが登録手続きの書類に記名した名前を写し始める。
この場にいないギルド職員達にも、注意喚起する為に。
「…………あらん? 『アルディーク』?」
名前を書き写し始めて、受付嬢ロザンナ(53)はすぐにその名に目を止めた。
――アルディーク。
この国周辺ではあまり聞かない響きの、その家名。
だがその名は、あまりにも聞き覚えがありすぎた。
ここ数年、良くも悪くもこのギルドを賑わせている、問題児の姓として。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ザクと呼ばれるオッサン冒険者とその愉快な仲間達を道連r……道案内に、迷宮とやらを探索してみることにした私達!
待ち合わせ場所として指定したところに、のこのk……のんびりと、油断した様子でオッサン冒険者はやってきました。
一人ぼっちは寂しかったのか、お友達も一緒です。
総勢五名のオッサンが、たらたらこちらに歩いてきます。
やる気が見られませんね。嘆かわしい。
見るからにダルそうな態度なのは問題です。
それでも『迷宮』とかいう楽し気な場所への好奇心が勝ったので、オッサン達の態度には目を瞑ってせっつくことに腐心しました。
どんなアトラクションがあるんでしょうね?
迷宮といえば、魔境ではエルフさん達の日夜たゆまぬ研究と努力によってどんどん凄いことになっていっている魔境妖精郷の一大娯楽場のことですが。
こちらの世界では、一体どんなものを迷宮といっているんでしょうか。
どんな難所でも、まぁちゃんと勇者様が一緒にいる時点で不安要素は皆無です。
私はわくわくしていました。
「そーいやぁダンジョンにはなんかランク?とかいうのがあるらしいな」
「へえ? それって何を基準にしたものなの。教えて、まぁちゃん!」
「俺も軽く下調べしただけだから詳しい訳じゃねえがな。なんでもこの付近には、攻略難易度のそれぞれ違うダンジョンが適度な距離に点在してるんだと。だからそれ目当てに幅広い層の冒険者が街に集まるらしい」
「成程、それで、あの街はあんなにもっ賑わっていたんだな。正規兵に、は……っとても見えないが武装した男達が多く、いた、の、も……納得だ! ……ふっ 彼ら全て、が、『冒険者』だった、という、こ、とか!」
「内訳は一般市民でも平気で入れるダンジョンが一つ、冒険者になったばかりの駆け出しが修行で使う初級ダンジョンが三つ、中堅どころの冒険者が手堅く稼げるダンジョンが一つ、あと凄腕冒険者も死を覚悟する高難易度のダンジョンが幾つか、だったか」
「ふぅん……それでまぁちゃん、
このダンジョンの難易度は? 」
「 超級。(※最高難易度) 」
あははははは!
どうりでさっきから勇者様が苦戦する強さの魔物がひっきりなしに殺到してくる訳ですよね!
まぁちゃんが蹴散らし、勇者様が剣で次から次へと魔物達を切り伏せていく中。
せっちゃんの背後という安全地帯で冒険者のオッサン達が身を寄せ合って小動物のように震えています。
いやいや、自分達でご案内くださったんでしょうに。
私達が行く先につけた注文は、とりあえず迷宮、とだけ。
どの迷宮に行くかは、完全にオッサン達に任せたんですが。
何を思ったのか自分達では手に負えないような、難易度の高い場所にご案内くださったようです。
まあ、なんでここにご案内されたのか実は何となく察してますけど。
うん、腹いせだったんですよね?
この迷宮とやらは、洞窟のような入口から地下へ地下へと潜っていく構造をしています。
一階層、とでも呼びましょうか。
入口付近には魔物の姿もなく、割と安全そうな感じで。
……奥へ奥へと入っていくに比例して、危険度が増していく構造になっているそうですが。
そう、入口の周辺は大して危険もなく初心者冒険者さんでも装備を整えれば歩き回れる程度の難易度らしいんですけど。
私達はそこを大幅に飛び越えて、現在最下層にいます。
どうしてかっていうと、穴があったんですよ。一階に。
見るからに怪しい、真下へとまっすぐ続く大きな穴。
底知れないその穴を指して、オッサン達が囃し立てた訳ですが。
よくわからない理屈で、とにかく覗いてみろと。
真人間で善人の勇者様でさえ疑わしいと断言するくらいの怪しさでしたが。
逆にオッサン達がそれほどお勧めするとはどれ程のものか、と好奇心を刺激されて覗いてみました。
「リアンカ……好奇心は猫を殺すって格言を知っているか?」
「私は猫じゃないから問題なしですね、勇者様!」
「そういうことじゃない。そういうことじゃないんだ……!」
覗き込んだ大穴は、底の見えない真っ暗闇でした。
そして案の定、オッサン達は穴を覗き込む私達の背中を押そうとされましたので。
ひらり♪
「……っ!!」
何となく予測は出来てましたから。
あっさり避けることができました。
私達に避けられて、地の底へと真っ逆さまに落ちていくオッサン達。
それを追うように、飛び降りるまぁちゃんとせっちゃん。
加えてまぁちゃんに引っ張り込まれて転落する勇者様。
「……!!? どうしてわざわざ自分から飛び降りるんだ、君たちはーーっ!!」
「だってその方が面白そうでしたからー!」
「せっかくのご招待だ。お誘いには乗ってやらねーとな、サービス精神旺盛な魔王としては」
「サービス精神旺盛な魔王ってなんだーっ!!」
私はまぁちゃんの背中から勇者様の絶叫に叫び返しました。
自力での着地が無理そうだったので、おんぶしてもらっている形です。
オッサン達が私達を一方的にご招待しようとした、穴の底。
何が待ち受けているのか、それこそ好奇心の赴くままでした。
そして、辿り着いた先は。
一番深い、底の底。迷宮最下層ってとこでした。
お約束ですね、はい。
ちなみに落下地点は地底湖だったんですけど、そのお陰かオッサン達も生きてました。
なんと無傷です。どこかの誰かを彷彿とさせるしぶとさですね?
まあ、地底湖にはどうやらお肉が大好物らしいやたらと巨大なお魚さん達がうようよしていたので、無傷じゃなくなるのも秒読み段階でした。
そのお魚さん達も、まぁちゃんの気迫とせっちゃんのお友達によって追い散らされてましたけど。
岸辺に辿り着いたオッサン達は、ちゃんと無傷だったのにこの世の終わりを見たかのような絶望具合で。
実際、口に出して「終わった……」とか言ってました。
いやいやまだまだこれからですよ?
これから、迷宮探索は本番です。
とりあえず、最下層まで来たことですし。
どれだけの距離があるのかは知りませんが、入口を目指して歩いてみましょーか。
この時、私は知りませんでした。
私達が生まれた世界とは違う、この世界で。
しかもそんな中でも迷宮なんて場所の、一番深い場所で。
私達に縁深い出会いが待っていようとは……。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
迷宮に潜って、今日で四日目。
探索は順調、一週間の予定も半分が過ぎたことになる。
予定通り、最下層まで三日で辿り着くことができた。
後は目当ての珍獣を倒して、鱗を剥げば任務完了ってところだが。
肝心の、珍獣が中々見つからない。
まあ、見つかり難いから『珍獣』なんだろーけど。
「ねぇ、ジェイスー? あんたの弟が見当たらないんだけどー!」
「はっ!? あ、え、キリアン!? キリアン、どこ行ったあいつ!」
二歳年下の弟は、『この世界』でたった一人の肉親だ。
色々と心配な面も多く、どうしたって放ってはおけない奴なんだが……
そんな俺の兄心を知っているのかいないのか、頻繁に俺の精神を攻撃してるんじゃないかって疑いたくなるような行動を取る。
っつうか戦闘力そこまで高くねえのに迷宮の最下層で行方くらますか、普通!
急遽予定を変更し、俺達は『珍獣』じゃなくって『問題児』を探す羽目になった。
これで美人な淫魔に遭遇したからナンパされついでに着いてった、とかだったらどうしてくれよう。
前科が無い訳じゃないだけに、その可能性を否めない。
けどマジでそうだったら、今度こそ俺は仲間たちの怒りを諫めきれる自信がない。
俺も結構な問題児な筈なんだけどなー。
弟が一緒にいると、どうしてもお世話役にならざる得ないんだよなー。
こうなっては一番に俺が見つけて引きずり戻すしかない。
その一念で、うろうろ周辺の様子を探っていたんだが……
「あ、キリアンみっけ!」
「しっ……兄貴、静かに」
「いや、静かにじゃねーよ。今度こそお前、縄で縛って吊るされるぞ」
「俺が何をしたって言うのさ」
「……胸に手を当てて考えよう。ヒントは『集団行動』だ」
「仕方がないよ。だって、見てみなよ兄貴」
「は?」
あっち、あっちと弟が指をさす。
示された方角に目を向けると……
………………なんかすっげぇ勢いでモンスター蹴散らしまくってる集団がいた。
「なにあれ。修羅?」
「兄貴、あいつらの顔をよ~く見てみなよ」
「うん? 顔? おおう、何アレすっげぇ美形……って、あれ?」
言われた通り、顔に注目して。
俺はすぐ、弟が言いたかったことを察した。
だって、あの顔。
例え世界が違っても、そうそう同じ顔があるはずない。
あの顔は、それくらいに特徴的で、よく知ってるものだった。
「なんで、じい様やばあ様達が異世界にいるんだ?」
唖然、呆然。
予想外の遭遇を前にして、俺は口を開けたまま固まった。
謎の兄弟ジェイス&キリアン
果たして彼らの正体は――(棒)!?




