冒険者ごっこ 6
せっちゃんのことを悪魔だなんて暴言吐いた冒険者のオッサンに謝ってもらおうとしていた、その時。
私達に遅れて、勇者様とまぁちゃんが冒険者ギルドに到着しました。
「……なんだこの状況」
到着早々、私達が二人を置いて先に行ったことを怒ってるんでしょうか?
何故か勇者様は頭を抱えて、深い溜息を吐いています。
なんだかお疲れ気味に見えますね? 大丈夫でしょうか。
「どうしました、勇者様。大丈夫ですか?」
「俺の心配をする前にひとつ教えてほしい」
「はい?」
「その手に持った……そこの中年男性にぶちまけようとしている、その薬はなんだ。泣きそうな顔をしているんだが、その人」
「これですか? これはですね、目を生やすお薬です。魚の」
「――よし、わかった。いいか、リアンカ。ゆっくりだ、ゆっくりだぞ? ゆっくりと……その危険物を、手から離すんだ」
「え? 離すんですか?」
「『ひ、いやぁぁああああああああああっ!!』」
轟く、オッサンの悲鳴。
落下していく薬瓶は、オッサンの膝に直撃コースです。
それを察知したのか、勇者様は顔を蒼褪めさせて地を蹴りました。
「っいきなり手を離す奴がいるかー!」
離せと言ったり、離すなと言ったり。
勇者様はなんだか大慌てです。
私の手からパッと離された薬に向かって、即座にスライディングで割り込んできました!
薬、自分にかかっても良いんですか? 勇者様!?
我が身を犠牲にするのも厭わない、勇者様の自己犠牲に驚きです。
……まあ、実際に勇者様にはかからなかったんですけど。
私の手が離れてから反応したにしては、素晴らしい超速です。
一般的な成人男性の反応速度なら間に合わないと思います。
でも勇者様の感動的な身体能力から発揮される速度で以て、間に合いました。
間一髪、瓶が落下して割れ砕ける直前に。
薬瓶は、勇者様の手に収まっていました。
勿論、瓶は無傷で。
思わず拍手です!
「勇者様すごい!」
「凄いじゃないよ、凄いじゃ……」
疲労がどっと押し寄せた。
そういわんばかりの難しい顔をして、床から私を見上げてくる勇者様でした。
「それで? どうして他人にこんな危険な薬をぶっかけようなんてしたんだ。リアンカなりに何かの理由があるんだろうとは思うが……確実に初対面の相手に、いきなりこんな危険物を選ぶような何があったんだ」
困惑と疲労をさらりと切り替えて、勇者様は私の真正面から問いかけてきます。
何か理由があるんだろうと聞いてきますが、これ多分お説教の前ふりですよね。
でも勇者様の言う通り、私には私の理由があります!
それを私は全力で主張しました。
「だって! 聞いてくださいよ勇者様、このおじさん、せっちゃんのことを悪魔だなんて……!」
「そう呼ばれるに至る、ナニがあった」
「せっちゃんは悪魔じゃなくて魔王妹なのに……!」
「いや待て、論点そこか?」
「最初に寄ってきたのはおじさんの方なんですよ!? 遊んでくれなんて言われたから、せっちゃんのお友達に構ってもらっただけなのに!」
「OK.わかった。こうなった経緯は何となく掴めた」
「思うに、初対面のよく知りもしない相手を外見で判断して侮ったおじさんが悪いんじゃないでしょうか」
「言っていることは確かなんだが、手痛すぎる教訓だな?」
私達の生まれ育った魔境なら、見た目で侮るなんて有り得ません。
魔境一の強者種族である魔族さん達には種族の特性で筋肉がつかない人とか、強そうに見えないけど強い人も沢山います。若いまま長く生きる人達も多いから、見た目通りの年齢とは限りません。
六百歳超えてるのに私より若く見える元魔王とか、偶にうちの村にも出没しますしね。
魔境に暮らす者なら当然わきまえているべきことです、見た目で侮らないということは。
なのにある意味戦うことを専売に生きている(多分)だろう冒険者さんが、この体たらく。
やっぱりオッサンの自覚が不足していたんじゃないですかね?
「それはその通りなんだが。リアンカ、気構えも覚悟もない相手に魔境のルール全開で対応するのは良くない」
勇者様は難しい顔で、私の主張を肯定しながらも首を横に振ります。
多分、私の行動の何かが引っかかってるんでしょう。
でも何が駄目だったのか、よくわかりません。
私が首を傾げてみせると、勇者様は肩を落として溜息をついていました。
「魔境に耐性のない一般市民に、魔境のルール全開で接するのは酷だからな……?」
「それはつまり、一見さん相手には高すぎる基準値で接してしまったということでしょうか。でもそれなら、どこまで基準値を下げた接し方をすれば良いんですか?」
「どこまで……」
私の言葉に、勇者様が深く考え込み始めました。
接し方の基準をどうつけるかで悩んでいるのはわかるんですが……
なんだかんだで勇者様の体感基準値を参考にしたら、それはそれで狂っていそうな気がするのは私だけでしょうか。
考え込む、勇者様。
そんな勇者様の言葉を待つ、私。
相対する私達に、脇から控えめな声がかかりました。
「『あの……いい加減、そいつの足離してやれよ。泣いてるから』」
「おや?」
周囲にいた冒険者さんの一人におずおずと話しかけられ、見てみると。
確かに、私に足を掴まれたままオッサンがしくしくと泣いていました。
どうやら先程、魚眼が生える薬がぶっかかりそうになった衝撃で緊張の糸か何かが切れてしまったらしく。大の男、それも荒くれ者としての矜持も何もかもが吹っ飛んだ様子で縮こまって震えています。
それに気づいて勇者様がそっと私の手をオッサンの足から外すと、カサコソと這うような姿で、物凄く素早く後退して群衆の中に飛び込んでいきます。
わあ、器用な逃げ方。でも。
「『……顔は覚えていますよ』」
私がぼそっと呟くと、群衆の中に紛れ込もうとしていたオッサンの肩がびくっと大きく跳ねました。
私が何を言ったのか理解はしていないものの、何かを察したのでしょう。
勇者様が私の両肩に手を乗せて、がっくり項垂れ気味に滾々とお言葉をくださいました。
「リアンカ……可愛がっている姫を侮辱されて怒ったいるのはわかる。だけど相手も心底から後悔しているだろうし、程々で勘弁してやってくれ」
「いいえ、まだまだです! 謝罪の言葉を直接せっちゃん相手に引き出すまで追及の手を緩めるつもりはありませんよ!」
「リアンカのそれは追及じゃなくって脅迫だ!」
「どっちも同じです!」
「いや全然違うだろう!?」
勢いを取り戻してツッコミを入れてくる勇者様。
そこに、さっき声をかけてきた冒険者さんがそろっと声をかけてきました。
「『なあ、嬢ちゃん……そのやたらと顔のお綺麗な兄さんは一体?』」
「尋ねられたのならばお答えしましょう。『私の大事なお友達の勇者様です!』」
「『勇者……?』」
「『はい。私の故郷じゃみんなそう呼んでいますよ? 他には不憫様とか』」
私が簡単に勇者様のことを紹介すると、冒険者さんは何やら納得するように二度、三度と頷いてみせます。そこから、それまでの穏やかさをかなぐり捨てていきなり叫びだしました。
「『保護者ならこんな危なっかしい嬢ちゃん達から目ぇ離してんじゃねーよ!!』」
「な、なんだ? え、俺いきなり何か責められてる?」
「勇者様のことを私達の保護者だと認識したみたいですよ? 『誤解です! 勇者様はお友達であって、保護者はあっちです!』」
「『は? あっち!?』」
冒険者さんが私の保護者の所在を気にしているようだったので、私は間違いを訂正すべく保護者――まぁちゃんの方をびしっと指差しました。
受付のおばちゃんと話しながら何かの書類に記入作業中の、まぁちゃんを。
……うん? あれ、何書いてるんでしょうね?
私や勇者様が騒いでいることを放置で何をしているんでしょうか。
そもそも、私が騒いでいた原因は「せっちゃんが侮辱されたから」。平素のまぁちゃんなら、放って置く筈のない状況なんですけど……勇者様もそう思ったのでしょう。
怪訝な顔で、警戒の滲んだ声を上げます。
「……まぁ殿? 何をやっているんだ」
「おー……勇者ぁ、お前の職業っつうの適当に決めといたが魔獣使い?とかいうヤツで良いか?」
「本当に何をやっているんだ!? あと、なんで俺が魔獣使い!?」
「いや、なんかよ、冒険者ってヤツに登録するには職業決めなきゃなんねえとかでな……魔獣使いで良いよな? お前、壺の中に入れて駄竜連れ歩いてっし」
「確かにナシェレット入りの壺は持ってきているが、必要に迫られない限りは壺から出す気なんて微塵もないのに!」
「仕方ねえだろー? ギルドの設定してる職業一覧に『ツッコミ師』的なのがねーんだから」
「誰がツッコミマスターだ! 無難に剣士じゃ駄目なのか!?」
「……剣士?」
「……何故そこで、疑問に満ちた顔をする」
「ん、ああ! そういやお前、剣も使ってたな! お前の武器=ハリセンっつう先入観に凝り固まってたぜ」
「ハリセンよりも剣の方を先に使っていたんだがな!? そもそもハリセン自体、そうそう滅多に使ってないだろうが!」
「あ、それと名前の欄な。お前の正式名称がどうにも思い出せなかったから『ユーシャ』で登録しといたけど良いよな!」
「さらりと重要事項を事後承諾! まぁ殿、俺の名前を憶えていないのか!? 悪びれもなく言い切るのか!」
「使用頻度の低い本名じゃ仕方ねえだろ。俺だって偶に自分の名前忘れるぞ」
「自慢するところじゃないから! 自分の名前くらいはしっかり覚えておこう、バトゥーリ殿!」
「お? 何気にお前に名前で呼ばれんのって初めてじゃね? 呼ばれても違和感しかねえけどな!」
晴れ晴れとした顔で言い切る、まぁちゃん。
その顔には一点の曇りもありません。
ぐっと親指を立てて言うことには、どうやら私達がオッサンに気を取られている間に、全員分の登録手続きを済ませてくれたとのこと。
面倒で煩雑な作業を率先して肩代わりしてくれたなんて有難いですね!
いつの間にか出来上がっていた冒険者証とやらが、全員の手に渡されました。
登録用の記入用紙に書かれた内容が反映されるそうですが……まぁちゃんが代わりに記入してくれた内容が、ここに反映されているってことですよね。
『リアンカ・アルディーク』
職業:薬師
冒険者ランク:F
『せっちゃん』
職業:魔導士(闇)
冒険者ランク:F
『ユーシャ』
職業:魔獣使い
冒険者ランク:F
『まぁちゃん』
職業:遊び人
冒険者ランク:F
「リアンカ以外、誰一人として本名じゃないじゃないか……四人中三人が明らかな偽名ってどうなんだ! そして結局俺の職業は魔獣使いなのか……!!」
深く思うところがある様子で、勇者様が盛大に頭を抱えておいでです。
その姿は『苦悩』という題名をつけて額縁に入れて飾っておきたい程、様になっています。
そんな勇者様のことは素知らぬ顔で、まぁちゃんがにこやかに言いました。
「ヤマダ曰く、冒険者の醍醐味っつうのは『迷宮探索』らしいからな! 早速、近場の迷宮に潜れるよう手配しといた。誰一人土地勘もなければ、この世界の迷宮なんぞ一欠片たりとも知識なんざねーからな。道案内兼、探索のいろは指南役に冒険者も一匹雇っておいたぜ?」
「手回しが良いな、まぁ殿。だけど……何故だろうな? 手回しが良いからこそ違和感が……」
勇者様が首を捻って考えていますが、違和感?
そんなもの、考えるまでもなく明らかです。
まぁちゃんが、『せっちゃんへの侮辱』を放置して『手回し』の方を優先した。
……それはどうしてでしょうね?
私の視線に気づいたまぁちゃんが、ニヤッと悪い顔で笑いました。
「そう、雇っといたぜ、一匹。――――――指名依頼で、な」
その時、受付カウンターの方から。
おばさんの、妙に抑揚のない声が聞こえてきました。
「ザクさーん、指名でのご依頼が入っていますよー」
わあ、指名ですって☆
わざわざ名指しでお仕事の依頼だなんて、良かったですね、オジサン☆
「衆目の……ギルド職員の目のないところで、何をヤル気なんだまぁ殿……」
「あん? 何を言ってるんだ勇者。俺はただ、経験値の高そうな先輩冒険者サマってヤツに教えを請う為の場を設けてやっただけだぞー? ………………別に殺しやしねーよ。殺しはなぁ……」
うーっすらと酷薄に微笑むまぁちゃんのお顔は、ここ最近で一番、なんというか魔王っぽかったです。




