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冒険者ごっこ 5



 自分から遊んでくれると自己犠牲心に満ち溢れた心優しく慈悲深いオッサンの悲鳴がか細くなってきました。か細いというか、気持ち悪そうというか……さては酔いましたね?

 自業自得という判断に落ち着いてから距離を取りつつ静観していた他の冒険者さん達も、次第に気付いて距離を空け始めました。

 そうですね、宙吊りのまま頭上でリバースされたら堪りませんものね。

 なんとなく見上げて触手の8の字を描くような動きを観察しながらオッサンの悲鳴を数えていた私も、流石にそろそろマズイかなぁという気がしてきました。やっぱり頭上でリバースされたら嫌ですし。

「せっちゃん、そろそろ御用を済ませましょう? あの子にも遊びはお終いって言いましょうか」

「はいですの!」

 そうして、異形はせっちゃんの影にお帰りになりました。

 その光景を、冒険者の方々は恐る恐ると……畏怖の眼差しで見送っています。

 いや、何割かの人は露骨に目を逸らしていますね。全員で見送った訳じゃありませんでした。

 異形にぶんぶん振り回されていたオッサンも久々の地上へとご帰還なされました。

 よろよろしながら這う這うの体で、何故か私達から距離を取ろうとしている模様。

 だけど足腰に力が入らないのか……いえ腰が抜けているんでしょうか?

 中々うまいこと、前には進めずにいるようです。

 ……おや?

 ふと、気付いてしまいました。

 気付いたら放置は出来兼ねたので、私はちょっとオッサンに近寄ります。

「ひっひぃぃぃい!!」

 何故か悲鳴を上げられました。

 その怯えた視線、解せぬ。

 ちょっとこれから親切心を発揮しようっていうのに、何ですかその反応は!

「はいはい、ちょっと待ってくださいねー。治療しましょうねー。痛く()ありませんからねー」

「ちっ治療!?」

 私は怯えるオッサンと、恐る恐る状況を窺っている周囲のおじさん達に無言でピッと指差しました。

 怯えるオッサンの、紫色に染まった脛を。

「ひいっ」

 せっちゃんのお友達に掴まれて、ぶんぶん振り回されていたオッサンの両脛。

 そこは……わざと脱がされたのか、それとも振り回されている内に勝手に脱げたのか。

 最初にはいていた頑丈そうなブーツが離れたところに落下しています。

 そう、オッサンは今や素足でした。


 その裸脛に、満遍なく刻まれた手のひら型の紫色。


 力加減を間違えたのかもしれませんね。

 あの吸盤みたいな手のひらなのか、手のひらみたいな吸盤なのかよくわからない部分に強く掴まれたせいで、オッサンの脛は青痣だらけです。

 折角楽しく遊んでくださったのに、親切な方に怪我を負わせるのは本意ではありません。

 せっちゃんもオッサンの痣に気付いて驚いているみたいですし。

「ご、ごめんなさいですの……っ痛いですの?」

「いやっ 近寄らないで悪魔!」

「悪魔はシャイターンのおじ様ですのー」

「シャイターンって誰!?」

 オッサンが、せっちゃんに気を取られました。

 私への警戒が疎かになった一瞬を見逃さず、私は患者(オッサン)の患部に触れないように気をつけながらオッサンの足を鷲掴みです。

 一応、太ももまで痣が広がっていないか確認した方が良いですよね?

 オッサンのズボンの裾を、思いっきりたくし上げました。

「きゃああああああっ!!」

「……痣があるのは脛だけみたいですね。それじゃあこの塗り薬で……」

 腰のポーチから、軟膏の入った瓶を取り出します。

 オッサンに近寄る前に嵌めた手袋に穴がないことを確認して、私は薬を掬い取りました。

「あ……良い匂い?」

「ダマスクローズです。気分が落ち着きますよ」

 薬を患部に塗布すると、ふわりと柔らかな匂いが広がります。

「…………なあ、痣がみるみる消えてくんだけど」

「うわ不気味」

「いやぁぁぁぁあああ!」

 おかしいですね?

 心を穏やかにする香の筈なんですけれど、オッサンが一向に落ち着く気配を見せません。

 むしろ怯えが周囲の見物人にまで広がっているような……

「な、なあお嬢ちゃん。それなんだ? 魔法の薬か?」

「いえ、魔物の血肉で作った薬です」

「いやぁぁああああああ!!」

「お、おい落ち着けザク! 採集依頼で魔物の肝や牙を取って来いって頼まれるのはいつものことだろ!? あれ確か薬にしてんだぞ、魔物の血肉が薬になるのはおかしいことじゃねえって! たぶん!!」

「ちなみに主成分はイソギンチャクです」

「イソギンチャク……? なにそれ?」

「……この辺には海がないんですねー」

「ところで嬢ちゃん、これ花の匂いか?」

「ダマスクローズという花の匂いですよ」

「そうか……なあ、やけに匂いが強くないか?」

「そうでもないと思いますけど……この人、あまりお風呂に入っていないみたいなので丁度良いんじゃないですか? この薬、匂いの持続性も高いですし。それにイライラした気持ちを落ち着けるのにも良いんですよ」

「……持続性?」

「持続効果は先々代の保証付きです! 中和剤を塗らない限り百年は香りが持続しますよ!」

「俺の脛が一生フローラル!」

「百年ってどうなってるんだ……!? それだけ経ったら骨になってるだろ既に!」

「あ、この薬は浸透性が高くって……生身で触ると、骨にまで匂いが付着します」

「……ちなみに中和剤は?」

「おうちに忘れてきました」

「これ仕返しか? ザクに怒ってるのか?」

「どう考えても精神攻撃だろ、これ……」

「心落ち着くフローラルな脛を持つ男」

「ぶふ……っ(笑)」

「わ、笑うんじゃねえよ! 笑うんじゃねえよぅ……! おいクソガキ、てめぇ中和剤とかいうの早く持ってきやがれ!! 俺をこんなにコケにしやがって……痛い目みてえってのか!?」

「中和剤? 何を言っているんですかね、このおじさんは。……それよりも、謝罪が先です」

「ああっ!? 何言ってやがる……謝罪ぃ!? 俺の方が頭下げてほしいってもんだ。見ろ、このあs……あー……さっき俺がぶん回されてたのが見えてなかったってのか!?」

「ごちゃごちゃ言わないでください。私は正式に謝罪を要求します。謝ってください。この超絶愛らしいせっちゃんの、一体どこが悪魔だって言うんですか!」

「謝罪ってそっちかよ!?」

「せっちゃんのことを悪魔呼ばわりするなんて許せません。前言を撤回して頭下げてくれるまで私は許しませんからね? 一生心を穏やかにするフローラルな脛を抱えて生きればよろしい。オジサン、無駄にイライラしているみたいですし?」

「なんてえげつねえ脅しをしやがる……」

「そろそろ頭下げてみましょうか。どうしても、どーうしても謝罪はしないというのなら、私にも考えがあるんですよ?」

「はあん? 考えぇ? お前みたいな嬢ちゃんがどんな考え持ってるってぇ? そんで俺にどう言うこと聞かせようってーんだよ」

「……オジサンが、せっちゃんへの謝罪を拒むっていうのなら」

「おう」

「この薬を、オジサンの足の裏に満遍なく塗布します」

「………………なんでぇ、その薬は」


「塗った場所に『魚の目』が出来る薬です」


「若い嬢ちゃんがなんて脅しを……だが残念だったなぁ? 俺の足には既に『うおのめ』があるんだよ!」

「それ自慢げに言うかぁ……?」

「あいつ、切羽詰まってんなあ」

 何やら他の冒険者さん達がさわさわと囁きあいながらオッサンの足に注目しています。

 そう、ブーツが脱げてむき出しのオッサンの足を。

 私もしげしげ、思わず観察してしまいました。

 ……でも、おかしいですね。

「どこにあるんですか? どこにも『魚の目』なんて生えてませんけど」

「ああ? あるだろそこにでっかいのが……って、生え?」

「ええ。どこにも生えていませんよね。『魚眼』」

「あ? 待て。待て待て待て! 『魚の目』って『うおのめ』じゃなくってマジにマジの!?」

 オッサンが顔色を真っ青に変えて、ドン引きしています。

 そして周囲の冒険者さん達もドン引いている気がします。

 だけど私は気にしません!

 苦労の末に本来の目的とは別の効果を発揮してしまった偶然の産物(つまり失敗作)ですが、そんな薬でも使える場面があれば躊躇う気はありませんよ! 生身の人体に使用した場合の使用例も気になりますしね!

 せっちゃんを悪魔呼ばわりしたオッサンが相手なら、勇者様と違って配慮も要りません!

「あれは一年以上前のこと……私は『額に第三の目が生える薬』の研究に着手しました」

「なんて? 今、なんて? どんな邪悪な研究してたって?」

「その過程で生まれた、数々の失敗作……」

「ダメだ、これもう不吉な予感しかしない」


「その一つが、この……『塗った場所に魚の目がびっしりと生える薬』です」

「いぃやぁぁぁああああああああああああっ」


 DHA! DHA! ドコサヘキサエン酸!

 EPA! EPA! エイコサペンタエン酸!

 さーて、このオッサンの足に生えるのはどんな魚の目でしょうかねー?

 マグロかなー、カジキかなー、それとも意外性を突いてカクレクマノミかなー?


「……うわ、ぞっとした。ぞっとした!」

「うぅ……聞いているだけでぞわぞわする」

 手で自分の体を擦りながら、冒険者さん達が一歩、二歩と距離を取ります。

 もう既に私の手の届く範囲にいるのはオッサンだけです。

 そのオッサンも、なんだか必死に私の手の届かない場所まで逃げたそうにしていますが。

 そうはいきませんとも、ええ、逃がす気はありません。

 オッサンの脛に軟膏を塗っていた時から、私の手はオッサンの足首をガッチリ掴んだままです。

「は、離せ! 離せよぅ……! っていうか力強過ぎじゃね!?」

「うふふふふ……開放してほしかったら………………わかりますね?」

 私は、オッサンににっこりと微笑みかけました。

 ウッと息を詰まらせるオッサン。

 その左右から、冒険者のおじさん達が憐れみの目と共にオッサンに声をかけます。

「おい、ザク! 悪いこたぁ言わねえ、ここは謝っとけ」

「放っといて取り返しのつかねえことになっちまったらどうする! 謝っとけって」

 口々に謝ることを勧めて下さるおじさん達。援護射撃、感謝です。

 四方八方、周囲からの謝れコールに、オッサンの顔は冷や汗まみれで。

 ついにオッサンが「うがああああああああ」と呻きながら頭を下げようとした、その瞬間。


「リアンカ、無事かー!? ………………ってなんだこの状況(カオス)!? 手遅れか!?」


 あ。勇者様。

 冒険者ギルドのドアをばーんっと開け放って、勇者様がご登場なさいました。

 手遅れって言うか出遅れた感はありますよ、勇者様! 



 




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