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冒険者ごっこ 3



 るんたったー♪ るんたったー♪

 ふたり仲良くおてて繋いで。

 私とせっちゃんは、交互に歌いながら歩いていました。

 目指すは『冒険者ギルド』。

 まだ見ぬそこがどんなところかわかりませんが、わくわくと期待値が高まります。

「微笑みー交わしてー♪」

「なぐーりーあいー♪」

「「落ち武者潰してあーるいーたねー♪」」

 かつて魔境に現れ、まぁちゃんのお祖父ちゃんと交流があったと伝え聞く異世界からの落人。

 私達自身が異世界に来たからと、そこからの連想で彼が魔境に伝えた歌を口ずさみます。

 ……口伝えで歌われてきたので、歌詞が年々微妙に変わってきているらしいですけど。

 元はどんな歌詞だったんでしょうね? 文字で残っていないので不明です。残念です。

「ところでリャン姉様ー」

「なぁに、せっちゃん!」

「冒険者ギルドってどこでしょうですのー」

 ……どんなところか、どころか!

 どこにあるのかすら、そういえばわかりませんでしたね!

 始めてみる『異世界』。

 その物珍しく、初めて見る景色に私もせっちゃんもワクワクとしていて。

 そぞろ歩いている内に、すっかり当初の目的を忘れて街歩きを楽しんでしまっていました。

 冒険者ギルドがどこにあるのか?

 わかりません! 知りません!

 だったら!

「わからないことは人に聞いてみましょーう!」

「ですのー!」

 そんな訳で、私達は適当に目についた人に話しかけてみることにしました。


 そして私達は。

 市場の片隅に広げられている露店へとふらふら引き寄せられました。

 

 並べられている林檎の艶々した赤が目についたので。


「おじさん、この林檎くださいなー」

「くださいですのー」

「りんご?」

 首を傾げる、露店のおじさん。

 あれ? 道行く人の口から聞こえてきた言語は、私達の世界の南方にあるベアバレボル諸族のパレルポレ語に聞こえました。だから、パレルポレ語で話しかけたんですけど……もしかして違ったんでしょうか。通じなかったんですかね?

 首を傾げる私に、おじさんは言いました。

「これは『バナナ』っていうんだよ」

「そうでしたかー。バナナでしたかー……」

 私はもう一度、篭に盛られたおじさん曰く『バナナ』を観察しました。

 つるりと丸い輪郭に、艶々とした赤い色。自然と滲みだした蝋によって出来るツヤ。

 ……うん、どこからどう見ても林檎ですね!

 でもこの世界ではこれがバナナなんですね……。

「ええと、まあいっか。おじさん、バナナ下さい。ちょっと通貨の持ち合わせがないので……このハンカチと交換してもらえませんか?」

「物々交換でも大丈夫だよ。だけどこのハンカチかい……お嬢さん、こう言っちゃなんだが価値が釣り合わないねぇ。こんなところでバナナと交換するより、どっか適当な服飾雑貨の店にでも持ち込んだ方が高い値がつくと思うよ。この緻密な刺繍のモチーフといい、多彩な染色技術といい、この辺じゃ見ない品だ。こりゃこの店の全商品と交換にしても釣銭が必要になっちまう」

 私は、このおじさんが良心的なおじさんだと確信しました。

 正直にハンカチじゃ価格が釣り合わないって自己申告してくれましたし。

 別に価値が適正じゃなくっても私にとっては大したハンカチじゃなかったので構わなかったんですが。わざわざそこで損な取引をしようとするお客さんを引き留める。うん、このオジサンは良いオジサンですね。

 騙し取ろうとか、言葉尻を捕えようとか、咄嗟に卑怯なことをしない人は大体良い人です。

「それじゃこっちの飾り釦とかどうですか? 丁度、六つほどありますが」

「これはまた細かい細工だねぇ……この真ん中でキラキラしているのは?」

「私の地元の近所の河で取れる貝から取れる螺鈿です」

「螺鈿……? やたら赤いんだが……」

「そういう種類の貝類なので……地元の固有種です」

「……こんな品は初めて見たんで価値がよくわからんが、これハンカチよりも価値が上がってる気がするねぇ。これを渡されて、おじさんにどうしろと」

「今手持ちで他に渡せそうなのは……リボンくらいでしょうか。ハンカチも釦も駄目なら、後はこれくらいですよ?」

「リボンかい……刺繍は両端にワンポイント。それも複雑な図案じゃないようだし……そうだね、これくらいなら丁度良い。うちの娘が土産をせびってたし、これとなら交換しようじゃないか」

「それならもう一本どうぞ」

「……一本で良いんだよ?」

「そちらをお嬢さんにっていうんなら、こっちは奥さんの分ですよ。奥さんにもお土産が必要でしょう?」

「お嬢ちゃん、良い子だねぇ。それによくわかってる! よしきた、そんな良い子の嬢ちゃん相手だ。バナナ篭三つ持ってきなー!」

「わぁおじさん太っ腹ー! だけど三つは多いかな! 私に一つ、せっちゃんに一つで充分ですよ! なので三つ目の籠の代わりに冒険者ギルドの場所教えて下さい」

「お嬢ちゃん、冒険者ギルドに用なのかい?」

 その後、おじさんは親切に行き方から、建物の目印まで丁寧に教えてくれました。

 必要な情報を手に入れて、ついでにバナナも手に入れて。

 私達はそれぞれ片手にバナナの入った籠を揺らし、冒険者ギルドへと向かいました。

 歩きながらなんて少し行儀が悪いですけど、好奇心に負けて林檎に見えるバナナを一つ。

 しゃくりと音を立てて一口齧ります。

「……味がバナナだ」

 これは絶対に、後で前情報なしで勇者様に食べさせようと思いました。

 良い反応、期待していますよ勇者様!



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 ぎゃいぎゃい騒いで、騒いで、まるでじゃれ合うように舌戦を演じて。

 そうこうしている間に、ふと勇者様は気付いた。

 気付いて、自分の間違いであってくれと。

 どうか気のせいであってくれと思いながら、ふよーっと視線を周囲に彷徨わせた。


 いない。


 やっぱり、いない。


 さっきまですぐ側にいた筈の姿が、どこにもいなかった。

 ざっぱーっと、音を立てる勢いで顔が急激に青くなっていく。

 それが勇者様には、自分でもわかった。

 いや、青くなっているだろうと予測した。

 気付いたからには黙っていることも出来ず、目の前の超絶美青年の襟首を強く掴んで衝撃を伝えようと息を吸うのにも苦労しながら口を開く。

「ま、ままままま、まぁ殿!」

「どうした。落ち着け」

「落ち着いていられるか!! まぁ殿、リアンカが……姫が……二人がいない!!」

「おう、そういえば」

「ってなんでそんな悠長な顔してるんだーっ! 普段(いつも)の過保護はどうしたんだ、まぁ殿!?」

「いやリアンカ一人、もしくはせっちゃん一人っつう、どっちか一人だけがいねぇって状況なら焦りもするがな? 二人そろっていねぇんだろ。だったら二人一緒にいるっつうことだろ。一人ずつバラバラならそりゃ心配だ。けどリアンカとせっちゃんが二人一緒ならそこまで心配することもねえかなって」

「どうしてこんな時ばっかりそんなに信頼厚いんだ……っ俺は、二人がそれぞれ単体だろうと一緒に行動していようとどっちにしても心配なのに!」

「いやいや冷静に考えてみろよ? あいつらが一人だけで行動しているか、二人一緒に行動しているかは割と大きな違いだろ? 戦闘能力皆無のリアンカと、ほわほわしているせっちゃんだぞ」

「その情報のどこに安心できる要素があるんだ……? 不安要素しかないだろう、それ」

「だから、二人一緒にいたら心配な面を互いに補い合えるだろ。超過酷な限界ギリギリの環境ってんならまだしも、ここは人里、人の街。ある程度は安全の保障された場所だろ」

「命の危険という意味では安全かもしれないが、人里には人里の心配する要素があるだろ! 騙されてないかとか、変な(やから)に絡まれていないかとか、危険な目をした狂信者(ストーカー)に囲まれていないかとか!!」

「それ三つ目のやつ、日常的に遭遇してんのはお前だけだろ。今日初めて来た街でどうやって狂信者(ストーカー)に遭遇すんだよ」

「まぁ殿……狂信者(ストーカー)というのはどこにでもいるんだぞ?」

「その悟りを開いた修行僧みたいな眼差し止めろ。流石に心が痛む」

 何故かそっと目を逸らすまぁちゃん。

 そんな魔王を前に、勇者様は狂信者(ストーカー)云々どころではなかったと頭を抱える。

「どうするんだ! 二人だけでどこに行ったのか……言葉も通じないのに!」

「あー……言葉は問題ねーと思うぜ?」

「……何故に?」

「この世界から、俺達の世界に迷い込んだ奴らがいてな? ざっと八百年位前に。その末裔が今でもこの世界の言葉を使ってる。そこの出身者がハテナ村にいるし、リアンカ達も喋れるだろ」

「………………つまり、言葉が通じないのは俺だけ、か?」

「そうなるな」


 瞬間。

 勇者様は盛大に頭を抱えた。

 大地に膝をつき、がっくりと項垂れる。

 そんな勇者様に、まぁちゃんのぬるい眼差しが降り注いだ。


「行先に関しちゃ、そもそも今日の目的は決まってんだ。ごっこ遊びの第一段階……冒険者ギルドに行きゃ合流できるだろ」

「もう何もかも、全てにおいて不安しか感じない……」

「心配だとか言っておいて、こんなところで悠長にしていて良いのかよ?」

「良い筈がない。まぁ殿、遊興に関しては抜かりのない君のことだ。……この街にあるギルドの場所に関しては、当然、既に把握しているんだろう?」

「まあな。だからといって素直に案内するとは限らないがな?」

「そこは素直に案内してくれ! 本当に、離れている間に彼女達に何事かあったらどうするんだ!!」

「まあ、今回は直行した方が『お楽しみ』に間に合うだろーし、案内するけどな」

「……お楽しみ?」

 何故だろう。

 にやにや楽し気に笑うまぁちゃんの笑顔に、勇者様はやっぱり不安しか感じない。

 二十年そこそこの人生経験ですっかりお馴染みとなった『嫌な予感』が背筋を突き抜けた。

「この世界のあちこちに、冒険者ギルドは設置されている訳だが。実はなー、そんなギルドの中でこの街を選んだのには理由があってな?」

「禄でもない理由に違いないと、そんな心の声がする」

「ヤマダが『冒険者ギルド登録時に外見で侮られて三下かませ犬的な乱暴者に絡まれる』かーらーの、『それをあっさり実力差の片鱗を見せつけながらやり込めることでギルドで一目置かれるようになる!』が定番だって言うからよ」

「待て。ちょっと待て、おい、まさか……やめろ、俺の考えすぎだと言ってくれ」

「その定番を達成すんのに最適な、女子供や若輩者とか、自分より下に見た相手にはとことん強気に出てちょっと甚振るのが生きがいっつう、ごろつき同然の馬鹿が所属しているギルドを選んでみた。しかも驚異の出席率。お前、仕事してねーのかよってくらい」

「まぁ殿ぉぉぉおおおおおおおおおっ!! 君は、一体、なんてことを!!」

 楽し気にぐっと親指を突き立てて見せる、まぁちゃん。

 だけどその目は笑っていない。

 口では楽しそうにしているし、雰囲気もわくわくしているが……

 絡まれるまでは想定していても、それで実際に、彼の妹分達に何事かあった時には……


 『怒れる魔王』が降臨する。


 自分で妹達の放置という状況に甘んじておいて、実害が出ようものならこれである。

 しかしその自分勝手さ、モンスター具合こそが彼の魔王としての真骨頂。

 それがなければ、ただのそこらへんの気安い兄ちゃんでしかない。

 逆鱗スイッチ、入れられるまで後――約十分。

 残された猶予が何分くらいなのか、勇者様は知る由もないが……

 急ぐ以外の選択肢はないと、魔王を急かして全力ダッシュで駆け抜けた。



しかし彼らは間に合わなかった。

という訳で『定番』は次回になりました☆


実際まぁちゃんは、『定番ネタ』体験要員としては勇者様を突っ込むつもりでした。

リアンカちゃん達の方が『侮られる』という点においてはより適任でしたが、少なくとも自分の立ち合いなしにやらせるつもりはなかった。本当は。

 実際は二人が勝手に先に行ったので、まぁちゃんと勇者様のいない状況となりましたけどね!


次回こそ冒険者ギルドに到着です。

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