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とある女魔王の息子 ~勇敢なる者との出会い~

 前回に引き続き、まぁちゃんのお祖父ちゃま視点。

 まだ即位して十年か二十年そこらの頃。

 後に魔境で(あだ名として)勇者と呼ばれるようになった男との出会い。




 私の名前はユールヴィアース。魔王である。

 今日は何か急務の仕事がある訳でもなく、私は謁見の間のテラスにて日光浴をしながら瞑想していた。←座ったまま昼寝

 だが、それもここまでらしい。

 何やら血相を変えて、部下が謁見の間へと飛び込んできた。

 駆け足そのままに、部下が報告することには、

「大変です、魔王陛下! 魔王城に侵入者が!」

「……勇者か?」

 無駄にわくわくとした嬉しそうな顔を見る限り、違うだろうなぁとは思いつつ。それでも一応、問うてみた。

 案の定、部下から返ってきたのは否定の言葉だ。

「違います! 女神の加護に該当する神気は感じられません。恐らく、ただの人間……ですが報告によると得体の知れない技を使うとか! 現在、第五層の北区に侵入を果たしたとのこと。きっと中々の手練ですよ、手練! 魔王様、私も撃退に参加して良いですかっ!?」

 物凄く、嬉しそうな顔だった。

 恐らく部下も退屈していたのだろう。もしくは、今日の武術訓練がまだだったか……何にしても、血の気が余っているようで結構なことだ。

「構わん。行きたければ行け」

「ありがたき幸せ!」

 ……何やら使いどころの怪しい言葉を聞いたような気がするが、文語解釈について意見を求めるより早く部下は廊下へ飛び出して行った。元気なことで何よりだ。

 さて、侵入者とは珍しい。

 それも武力行使による侵入だろう。部下達があれほど大喜びなのだから間違いない。

 珍しいことではあるが、魔王城の者であれば喜ぶだけの展開だ。

 恐らく、侵入者が謁見の間(ここ)まで到達することはあるまい。

 私の部下達が、総力を挙げて無力化する筈だ。

 ……体力を零にするという意味での無力化を。


「――と、思ったのだが」

 予想が外れた。

 意外な思いで、私はノックもなしに勝手に開いていく大扉を見ている。

 私がいるのは謁見の間、玉座に座して開く扉をただ見ている。

 扉が勝手に開くからといって、現時点で攻撃するつもりはない。

 部下の楽しみを私が取っては可哀そうだろう。

 部下達の追及を振り切って侵入者は謁見の間に到達した。

 随分と腕の立つ侵入者のようだ。ますます部下達の喜びが深まることだろう。

 ここまで辿り着いたとなると、奥向きの使用人達にも攻撃に加わる機会を与えて良いかもしれない。

 さて、侵入者は何者か?

 折角ここまで辿り着いたのだから、まずは吟味してみようと私は入室してきた『男』に注目した。


 入ってきた男は、思ったより細い体つきをしていた。


 魔族やエルフではない。

 ……人間か。

 細身の人間で強いとは珍しいことだ。術師、だろうか。

 先程から『予想外』が続く。より見極める必要があるだろうか?

 検分を深めようと目を細める私を目にした男は、突如奇声を上げた。


「合法ショタ、きたぁぁああああああああああ!!」


 しょた?


「この城の玉座には銀髪ツインテの合法ロリがいるって聞いてたのにぃん! まさかのショタ!? 正直そっちも大好物ですありがとうございます!! でも折角のロリに着てほしい一心で母さんの気持ちで制作した自慢の逸品がぁ! 無駄に!? ………………いや、ショタでもいける!!」


 意味がわからなかった。


 突如、発狂でもしたのか……?

 男はよくわからない事をまくしたて始めた。

 様子のおかしい侵入者は何やら私の顔を見るなり様子が更におかしく……何やら感極まったような顔をしたり絶望したような顔をしたかと思えば、体をくねらせて高揚していることを全身で表すように謎の舞踊らしき動きを取り始める。

 合法だの何だのと繰り返していたが……あの目まぐるしく意気の高低を往復する様子と良い、怪しい薬でも服用しているのだろうか。

 挙動が怪し過ぎて、予測がつかない。

 この玉座の間でこのような痴態を披露する異常者はそうは多くない。

 ……時々いないでもないが、そのどれとも様子が違う。初めて見る症例だ。

 何やら新種の虫(多脚系)でも目の前に突き出されたような気持で、ついつい行動に見入ってしまう。

 脳裏に、過去の思い出が浮かぶ。暑い夏。幼少の頃に兄弟で森を探検した折に、好奇心旺盛な弟がしゃがみこんで観察していた黄色と緑と黒を中心とした十七色の極彩色カラーで彩られた尺取虫が思い出された。ああ、あんな感じあんな感じ。何もしていないのに時折びくりと痙攣して仰け反り、ばたばたと暴れていた謎の尺取虫の挙動は思い出すのも納得の酷似ぶりだった。

 私はくるくると回りながら懊悩の視線をこちらに注いでくる男を取敢えずじっと観察した。

 やっぱり不思議な動きだなぁ。忙しなく動く足が特に働き者だ。

 虫を見るような冷たい目! と男が黄色い声で叫んでいたが、喜んでいるのだろうか。それとも私を貶しているのだろうか。

 チラチラ、何かを期待する目で見られているのだが……ここは私が何か反応を返すべきなのか?

 正直、男の一人劇場を見ているような気分で観察を続けたいのだが。

 私が黙っていることに首を傾げながら、男の方は気が済んだのか。それとも精神が安定期に入ったのだろうか。ある時ぴたりと踊っていた手足を止めると、理性の感じられる顔でおずおずと私に何かの伺いを立ててきた。

「あの……これ、自信作なんです! 情熱と期待を込めて夜鍋した手製のスク水……どうか身に着けていただけませんでしょうか銀髪ショタさまぁぁぁぁあああああああああああ!!」

 叫ぶなり、何かを捧げ持って両膝を地につける男。

 手に持ってこちらに突き出しているのは……何やら紺地の布製品らしいということだけはわかった。

 地に膝をつける直前の言動から、あれなるが男の言う『すくみず』なるものらしいということは察せられるが…………身に着けるという表現、衣料品か? 折り畳まれた布の厚みから、推察するに服ではあるまい。ケープか、腰巻か……そういった小物の類だろうか。

 折り畳まれたままでは予測しか出来ない。

 私は首を傾げる。

 男はこちらが疑問に思ったことを察したのか、跪いたまま布地を広げて見せた。

 ………………あれはなんだろう?

 形状を見るにボディラインに沿わせる目的としか思えない形状をしている。では、胴着か。それも布のゆとりからして下着の類だろう。

 ふむ。変わった胴着だな。

 女性用に思えるのだが、色合いも形状も女性が喜びそうにない。濃紺の下着では色合いが強過ぎて上の服越しに主張することは明らかだ。少なくとも、私の母であれば嫌悪感を示すだろう。装飾らしい装飾もないし、前にハテノ村の老婆が着ていた……そう、ちゃんちゃんこと言ったか? アレに通ずるものを感じる。では老婆用の下着だろうか。置いた老婦人は色合いも地味で強い服を着ていることが多いし、あれだけ色の主張が強い下着も透けることなく主張を封じられるのかもしれない。体型にぴったりさせる目的としか思えない細身のデザインでありながら凹凸のない平坦さもそれならば納得がいく。

 しかしそれでも女性用だからだろう。くびれを想定した僅かな歪曲が確認できる。

 あの胴着を体型の合わない私に着せては型崩れを起こすのではないか?

 夜鍋して作ったらしいのに、わざわざ台無しにしたいのだろうか。

「それを私に?」

 着る気は全くないが、一応は意思確認の為に問いかけてみた。

 着る物にはあまり頓着しない性質だが、敢えて老婆用の下着を着る趣味はない。

 だが男はこれ以上に嬉しいことはないと叫ぶような満面の笑みで頷く。

「是非に!!」

「そうか。私にそのつもりはない」

「お断りの言葉は罵り言葉でお願いします! もっと見下すような強い侮蔑の眼差し付きで!」

「そうか。変態か」

「沁々言うんじゃなくってもっと女王様っぽく!」

 何故か興奮した様子で熱心に罵られることを切望する男。

 女王と言われて、母が思い出される。

 母であれば、こういう手合い相手には懇願されるまでもなく蔑んだ瞳を向けていただろう。

 ……あの時、母は何と言っていただろうか。

「図が高いわ、痴れ者め。誰ぞ、この気狂いめの首を刎ねよ」

「有難うございます!!」

 思い出した言葉を何気なく口にしたら、何故か全力でお礼を言われた。

 キラキラした顔で、此方を見上げて来る。

「なんてサービス精神! お恵み感謝します女王様! お優しい女王様、このスク水をどうか献上させてください!」

「いらない。そして私の性別は男だ」

「えぇ……っ!? やっぱりスク水は駄目ですかー…………………………じゃ、じゃあ! こっちのロリ☆巫女服を!」

「帰れ」

 男がさっとすくみず?を懐にしまい、入れ替わりに取り出した物。

 今度はそれが何か、私にもわかった。

 随分と本来のモノからかけ離れた異質なデザインだが……異郷の巫女服に基本構造はそっくりだし、当の本人が巫女服だと声高に叫んでいる。

 こうも面と向かって特殊な衣装での女装を懇願されるとは初めての経験だ。

 だが特に体験したかった経験でもない。

 むしろこの男の言動に、そろそろ面倒臭いという感情が生まれつつある。

 ……いや、既に生まれて急激に育ち始めているな。

 

 そろそろ好い加減、誰か侵入者への対応に駆け付けてはこないものか。

 侵入者の排除に一斉に皆が向かってしまった為、私以外の城の者が無人と化した謁見の間で。

 ひたすら自分の欲求願望の説明(プレゼン)をしてはこちらに同意を求めて来る侵入者の熱意を、私は右から左と聞き流しながら小鳥図鑑を読んで暇を潰していた。

 この男、今更だが一体どうやって侵入者への防衛網を擦り抜けてきたんだろうか。





 混沌としたこの二人きりの時間は、お祖父ちゃんの側近が謁見の間に来るまで続いた。

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