勇者と魔王とイソギンチャク 下
磯巾着が馬鹿みたいなバケモノに成り果てました。
最初は大きなイソギンチャクーくらいの気持ちだったのに。
そしてまぁちゃんのチート具合が半端無いことになりました。
「さ、さむい…」
「勇者…お前、なんでそんな薄着で来たんだ」
「こんな極寒地方だなんて知らなかったんだから仕方ないだろう…?」
「いや、一回引き返せよ」
「……………ナシェレットに置き去りにされた」
「お前等、相変わらず仲悪ぃな」
「まぁ殿程じゃない」
「俺は…奴がせっちゃんを諦めない限り、力の限り苛んでやるんだ」
「まぁ殿に十年いびられても諦めなかったんだろう?」
諦めたりしないんじゃないかと、勇者様は思いました。
そんな彼に、魔王様が凄絶に笑います。
「………蜥蜴の刺身が食べたかったら、いつでも言ってくれ?」
「取り敢えず、殺すのは俺が死んだ後にしてくれないか?」
流石に自分の指揮下にあるモノが殺されたら目覚めが悪いと、勇者様はまぁちゃんを止める。
「仕方ねぇなー…百年は待ってやるよ」
「百年後の竜が、心変わりしていれば良いな…」
勇者様はそれ以外に何と言えば良いのか分からなかった。
現在、勇者と魔王の二人は極寒の浜辺。
流れ着いた流氷の群を眺めながら、勇者様はガタガタと震えている。
一方、勇者様よりも薄着なまぁちゃんだけど…
「勇者、そんなに寒いのか?」
「なんでまぁ殿は寒くないんだ!?」
「魔力で体内温度調節してんだよ。お前もできるだろ? 炎熱と関わり深い陽光の加護があんだから」
「魔法の習得に恵まれたまぁ殿と一緒にしないでくれ…!」
魔力の扱いに劣る人間の国育ちである為、勇者様は素質があっても魔法の扱いに二百歩は劣る。
更に身体能力では軽く百歩劣り、他にも諸々と…彼我の実力差に、勇者様は泣こうかと思った。
しかしそんな勇者様の心情も知らず、まぁちゃんがきょとんと言う。
「魔法? …この程度の魔力操作、魔族なら誰だって生まれつき………」
どうやら、単純な魔力の操作でも彼我には大いなる実力差がありそうだ。
勇者様は納得がいかない思いで、くしゃみを堪えて身を震わせた。
しょうがねぇなと、溜息ついて。
まぁちゃんがふわりと、温かなナニかを勇者様の肩にかける。
防寒着としか思えない温もりに、
「まぁ殿、あ、ありが…」
言いかけて、固まった。
勇者様の体にかけられたのは、 熊 の 毛 皮 だった。
脳裏に、がおー、ぐまーという独特の鳴き声が木霊する。
大熊とほぼ同じサイズの毛皮は暖かく…
勇者様の全身を覆って、正に熊の皮を被った状態で。
硬直した顔が、まぁちゃんを見ている。
「ま、まぁ殿…この毛皮、は……」
言葉が続かない。
そんな勇者様に、まぁちゃんがふっと笑う。
「さて、磯巾着を狩るか」
「まぁ殿!? なんで目を逸らすんだ!」
「さー、さくさく行くぞー」
「まぁ殿ー!?」
→ 勇者の疑惑は 黙殺 された。
毛皮の由来を深く考えることを放棄した勇者様は、ひとまず死活問題の暖を求めた。
毛皮がズレ落ちて邪魔にならない様に、熊の頭部をフードにして。
首の前で毛皮の前足部を結び、腰で後ろ足部を結び。
何だかヘラクレスみたいな格好になった。いや、ヘラクレスはライオンの毛皮だけど。
見た目蛮族の戦士にバージョンアップした勇者様は、獣臭さが目に染みた。
しかし今は、何時までもくよくよと熊の毛皮に拘る訳にはいかない。
話に聞くだけでも油断ならない大敵…磯巾着が、この先に待ちかまえているのだから。
これ以上、哀れな被害者が一人でも減る様に…!
勇者様は、磯巾着=強敵の現実を前に当初の目的を忘れつつあった。
磯巾着を見つける為に、慣れていると言ってまぁちゃんが着々と準備を進める…
用意するモノ:大きな竹竿・頑丈なロープ・
そして活きの良い 囮 。
「ぐ、ぐまーっっっ!!」
「がぅっがうぅぅっ!!」
「おー…よし、勇者! 獲物が囮に釣られて現れたぞ!」
「熊たち、無事だったんだな………って、全然無事じゃない!! まぁ殿、部下じゃないのか!?」
「部下だぞ?」
「それにあの仕打ちか!?」
「勇者、俺は魔王だぞ…? 部下って言うのは、俺の命一つで命を投げ出す奴らだろ? 強制で」
「まぁ殿、鬼か!」
「いやいや、俺なんてまだまだだって」
「そこで照れる意味が解らない!!」
鬼畜な魔王様は、断崖絶壁から縄で縛り上げた小熊大熊を吊していた。
それに反応したのか、波が大きくうねる。
段々、段々おおきくなるうねり…いや、うねりすぎ! うねりすぎだから!
「これ、津波じゃないのか…!?」
「いや、磯巾着だ」
「だからその磯巾着! 絶対に別のナニかだろ!!」
そして彼等の前に、磯巾着と呼ばれるナニかが現れた。
それは、どこからどう見てもバケモノだった。
イロモノ的な意味で。
「なんで磯巾着に手足が生えてんだぁぁぁあああああああああっっ」
勇者様の、納得のいっていない叫びが浜辺に轟いた。
【ハオハマイロアカイソギンチャク】
生物分類:魔物 全長18~30m
生息地:コキュートス地方北海沿岸部
性質:肉食で獰猛、食欲旺盛。知性はない。
特技:津波の誘発、氷結魔法、眠りの呪い
特徴:不自然なライトブルーの体色を持ち、全体的なシルエットは磯巾着を逸脱していない。
しかしマッチョな人間の手足が計六本ずつ生えており、大地をしっかり踏みしめて体を支える。
背中と見られる部分からは鮫の頭に、腹と見られる部分からは鮫の尾に似た突起物が生える。
偶にびちびちし始めたら頭部の口径から大量の触手を伸ばし、地を薙ぎ払う。
主な生息地は海中だが、時として陸に上がることもある。
体液に微弱の酸と毒を含み、滴る汗には要注意。
「……って、どんなバケモノだ!!」
「あんなバケモノだ」
「指差さなくても分かってるから、敢えて直視させないでくれ…!」
「目が潰れそうになるのは分かるけどな…」
「あんな、あんなバケモノが…」
貴方がいつも愛用なさっている傷薬の、材料の一つです。
勇者様は、無意識に最近負って手当てしたばかりの傷をさすった。
深く考えたら泣いてしまいそうな気がした。
「また、あんなに大きくなければ、まだここまで気持ち悪くないというのに…」
「お前って、巨体型の敵に縁があるよなー」
「全然全く持って嬉しくない! そんな縁は誰か絶ちきってくれ…!」
「うんうん、今度縁切りに行こーな、だから落ち込むな。戦え」
「く…っ こうなれば、自棄か!」
「そうそう、立ち向かって偉いな。アレ増えすぎたら生態系崩れるんだよなー」
どうやらまぁちゃんは、以前から定期的に磯巾着を狩っていた模様。
その放逐された遺骸を何時の間にかリアンカが成分調査し、気付いたら傷薬の材料に…
そんな事情は知らなくても、勇者様は磯巾着を直視できずに参っていた。
ちなみに傷薬の材料にされているのは、磯巾着の血液。
それを他の材料と合わせて希釈し、血液の含む成分を殺菌作用へとねじ曲げている。
薬の成分など深くは気に留めない魔族は全く気にせず使っている。
言うまでもないが普通の生き物には劇物並みに強すぎる薬で、本来なら人間への使用は厳禁だ。
勇者様も薬の耐性が強すぎなければ、人間用のまともな薬を使って貰えただろうに…。
「それでまぁ殿、あのバケモノの弱点は…!?」
「特に特筆すべきもんはない」
「断言!?」
「強いて言うなら、魚が苦手だ」
「鯨は食べるのに!?」
「彼奴の主食、魚じゃなくて海洋性哺乳類なんだよ…」
「なんて食事の偏った生物だ…!」
「俺に言えるのはコールドブレスと返り血は浴びるなよってことくらいか」
「雨合羽でも着て戦えと言うのか!?」
「あ、あと自己再生能力は低めだから思い切ってずばーっと行け」
「それを早く言ってくれ…!」
「あ、勇者…っ」
「先に、行く!」
言うなり、勇者様は駆けだした。
その手に光り輝く、灼炎の剣(魔王城からの借り物)を携えて。
「その磯巾着、炎耐性メチャ強いぞー?」
勇者様が、ずべっと転んだ。
炎属性の攻撃は耐性が強すぎて、むしろ-ダメージ。
それを聞いた勇者様が、
「もっと早く言ってくれ!!」
そう叫ぶのも無理はないことだった。
何しろ、今回持ってきた剣の攻撃が無効化されるというのだから。
その結果、こうなった。
【勇者】ライオット・ベルツ
装備:木の棒(流木)
熊の毛皮
夏物スカーフ
安全ブーツ
シュールなまでに、どこの蛮族かという出来になっていた。
蛮族勇者は全ての自信を打ち砕かれた様に打ち拉がれ、両手で顔を覆ってしまっている。
「俺は今、かつて無く頼りない戦いに赴こうとしている…」
「頑張れ。骨は砕いてやる」
「そこは拾ってやるじゃないか!? 砕いてどうする、砕いて!!」
「しまった。つい」
「ついって…普段、俺のことをどう思ってるんだ…?」
深く追求しては、藪から八岐大蛇が飛び出しそうだ。
勇者様は不安しか感じない己の武器を…即席の棍棒(流木)を眺め、溜息をつく。
「今度こそ、俺は死んだかも知れない…」
そうして始まった。シュールすぎる死闘が始まった。
勇者様が駆ける!
その手に出会ったばかりの相棒(流木)を携えて。
視線は磯巾着(?)をじっと見据え、一挙一動に意識を凝らす。
磯巾着に比べ、勇者様は小さい。
今まで何度も自分より遙かに大きな敵と戦ってきた。
なんのイジメかと言うくらいに。
だからこそ勇者様は、己の一番の利点が小回りだと理解している。
相手にとって、自分は小さいからこそ認識しづらいはず…
「あ、勇者ー。その磯巾着、生き物を熱探知してるからなー」
「まぁ殿ー!! だ・か・ら、もっと早く言ってくれないかっ!?」
予想外の方向から襲いかかってくる、ゴムの固まりの様な触手。
一本一本が勇者様の体よりも太く、一撃でも食らえばただでは済まない。
戦闘不能にはならなくても、確実にダメージが蓄積されるはずだ。
勇者様は時として触手を避け、飛び越え、やがて触手の一本に身軽く着地した。
相手にとっても、予想外な動き。
縦横無尽に暴れ回る触手の群は、まるで嵐の様。
だが、その上に乗ってしまえば…
磯巾着へと続く、頼りないながらも確かな道だ。
同じく生き物である磯巾着に密着してしまえば、熱探知にかかりにくくなるのではないか?
その考えは残念ながら外れていたが…大味な動きしかできない巨体は、子ネズミの様な素早さを発揮する勇者様の動きに、完全に対応できていなかった。
ぐねぐねと動き、平ではないからこそ足場には不向きな触手。
然しその上を、勇者様は一直線に駆けていく…
………が、
「あ」
ずるっと滑って、転落した。
勇者様の計算外は、たった一つ。
触手の全体が、ぬめぬめと滑る分泌液に覆われていたこと…。
まるで海藻の様なぬめり具合に、勇者様は足を捻りそうになった。
だが勇者様も、その程度で動けなくなったり、諦めたりはしない。
伊達に苦難の連続 (主にリアンカのせい)を乗り越えてはいない。
それに巨体を誇る強敵達(やっぱりリアンカのせい)を潜り抜けてきただけはある。
足が滑ったと気付いた瞬間、勇者様は崩れそうな体勢を制御しながら賭に出た。
残っていた方の足で思いきり触手を蹴り飛ばし、磯巾着の胴へと向けて跳んでいた。
磯巾着の胴に、しがみつける様なとっかかりはない。
これ以上粘っても仕方がないと見切りを付け、勇者様は攻撃に転じた。
その手に握る棍棒(流木)を大きく振りかぶり…
そうして、全力で。
最近その気になれば煉瓦を握りつぶせる様になった、その全力で。
磯巾着の横に広くぶよぶよとした胴を、全身のバネを使って殴り付けていた。
不思議なことが起こる。
勇者様の武器は、棍棒(流木)。
間違っても刃物ではなく、どう考えても打撲武器だ。
しかし勇者様の鋭すぎる攻撃が、その裂帛の気合いが、そうして何より体に馴染んだ打ち下ろしが。
空気を切り裂き渦巻かせ、真空を作り出したのか。
棍棒(流木)の軌跡に沿って、磯巾着(笑)の胴に大きく深く裂傷が走る。
刀傷と比べても遜色のない、鋭い切り傷だった。
ごぷ…っ
磯巾着の傷から、一拍を置いて激しく、勢いよく噴き出すモノ。
緑の様な青のような、黒い様な…
「勇者、避けろ!!」
血だ。
まるで容赦のない鉄砲水の様に。
無慈悲に、一斉に。
空中で身動きの取れない勇者様へと、踊り降り注ぐ。
逃げ場は、無かった。
魔王は少し距離を置いて、いつでも勇者様のフォローができる様に準備を整えていた。
今回は勇者様を巻き込む訳にはいかない。
細かい微調整を正確にこなす為、魔王は珍しく小声で呪文の詠唱を呟いている。
準備している呪文は、勇者様が攻撃を避けられない事態に陥った時の為のモノ。
相手の攻撃を相殺し、威力を取り込んで無属性攻撃に変え跳ね返すという、カウンター魔法。
もしも勇者様を巻き込んだ時は…一緒に勇者様を磯巾着に向かって弾き飛ばすことになるだろう。
後追いする、カウンターと共に。
予想とは少し違ったが、今こそ発動の時。
魔王が小さく、しかしはっきりと一言告げた。
神秘を司る鍵を開ける為、魔法を完成させる一言を。
その言葉は、確かに耳に聞こえた。
意味も解った。
だけど何と言っているのか、その音が理解できない。
聞く者に、決して真似をさせない。
再現のできない声が、勇者と磯巾着の間を隔絶させる様に空間を切り裂いていた。
勇者様の視界に広がる、視界一杯に広がる。
一面の、青。
それは先程まで、死を招く無慈悲な液体だった。
だけど、弾かれる。
魔王の声と共に出現した、大きな、大きな目に見えない円盤に。
血が降り注いだところから、円盤が液体を、血の色を吸い取り光を発していく。
液体だった頃よりも、ずっと透明に澄んだ同じ色を。
蒼い光は円盤の上を走り、やがて」見えなかったはずのモノを浮き上がらせる。
円盤の、のっぺりとした透明に蒼い線が引かれる。
みるみる、見る間に曲線を描いて走っていく。
血に触れたところから色を得て形を成していくのは…
「魔法、陣?」
体が落ちていくのに任せながら、勇者様は目を奪われていた。
傘の様に自分を守り、広がっていく蒼い光の魔法陣を。
その見事な、優美な線によって円を描く構成物を。
全ての線は繋がって、円環を成す。
端と端が、繋がって、全ての線が繋がって。
魔法陣が、完成した。
その、瞬間。
蒼い光が黒へと転じ、白を混ぜ、灰色へと変わり。
巨大な魔法陣から、一斉に。
魔法陣の全体から、一瞬にも似た勢いで突き出したモノ。
灰色の光を帯びた刃物の群が、一気に磯巾着を襲った。
磯巾着へと全てが跳ね返された。
降り注いだ血液の持つ、その威力以上の力へと転換されて。
悲鳴を上げる器官など持たない磯巾着が、全身を捩らせてのたうち回る。
足が、手が、筋骨隆々とした人体のパーツが。
まるで蠢く芋虫の様に、踊る幼虫か何かの様に跳ねて、ばたついて。
切り刻まれて更に出てくる血液は、魔法陣に降り掛かる側から刃に転じて磯巾着を討つ。
血液が持つ力を破壊力、攻撃と認識した魔法は、一定時間攻撃が止むまで止まらない。
この分では磯巾着の血が、全て流れ尽くすまで。
「……………あー…………………………………やりすぎたか」
まぁちゃんは、明らかに魔法の選択を誤っていた。
落下し、柔らかな砂地に危うげなく着地した勇者様が魔法の元へと戻ってくる。
攻撃の為に構えられていた腕を、完全に降ろして。
戦いは、どう見ても決着を付けて終わっていた。
後はもう、磯巾着が息絶えるのを待つのみである。
「………薬の材料にするのに、ああまで切り裂いて良いのか?」
「いや、良くねぇよ…全然……」
あまりにも暴力的な魔王の魔法を前に、圧倒的な力を目にした勇者様は逆に意識が冷めていた。
まともに戦うのが馬鹿らしくなった…訳ではないが、あまりにも出る幕が無さ過ぎる。
最早自分は出番無しと割り切り、魔王の元に戻ってきたのだが…
「どーすっかね…あの磯巾着、必要なのは血なんだよなー……」
「え?」
言われて、勇者様が磯巾着を見返す。
磯巾着は、既に死を前にして痙攣し始めていた。
勇者様の顔が、引きつる。
「血…って、まぁ殿」
「ああ、言わないで良いぞ」
「どう見ても、まぁ殿の魔法で絞り尽くされて…っ」
「いや、だから言わなくて良いって!」
「………どうするんだ?」
「いや、こりゃどう見ても再挑戦しかねーだろ。あの磯巾着は不憫…うん、不憫?だけどな」
「そうか、再挑戦か…そんなに直ぐ、次が見つかるかな」
「安心しろ。この辺、結構ゴロゴロしてっから」
「嫌な土地だな!!」
勇者様は思った。
必要に迫られない限り、もうこの浜辺には来るまいと。
「よーし、そんじゃ次行くぞー。今度こそ勇者メインで」
「そう言いつつ、またやりすぎ魔法で台無しにしないでくれよ」
「耳に痛いぜ…だが、安心しろ!」
「なにを」
「失敗しても次がある!」
「そんな不吉な宣言はいらない…!」
「だがな、ほら。よく彼処を見てみろ?」
「ん?……………っ!?」
「ほら、もうお客さんがお待ちかねだ」
「ま、まぁ殿…! あの数はっ」
浜辺に倒れた磯巾着に、他の磯巾着が多く寄り集まってこようとしていた。
「アイツ等な…肉食で獰猛で海生哺乳類が好きだが……何より好きなのは、同族の肉っていう」
「気持ち悪い!! ほろ…なんでそれで滅ばないんだ!?」
「同族が鯨より手強くて捕食し難いからだろ。繁殖期以外に同族と遭うと殺し合い始まるんだぞ」
「本気で気持ち悪い…!! もうアレの豆知識は教えなくて良いから! 行くぞ、まぁ殿!」
「お、やる気になった?」
「この気持ち悪さ…理不尽だが、アレを斬って晴らさないとずっと気持ち悪い気がする!」
勇者様の瞳が、生理的嫌悪から転化した殺気で鋭さを増していた。
その様子を見て肩を竦め、しかし魔王も共に行く。
二人はその後、明日の朝が明けるまで磯巾着と戦い続けることになった。
まぁちゃんが呼んだ迎えに連れられ、ハテノ村へと帰還する。
磯巾着への生理的嫌悪で疲労した勇者様。
慣れないフォロー役に徹して加減に苦労したまぁちゃん。
疲れ切った二人を出迎えたのは、満面の笑みを浮かべるリアンカで…
花の様にキラキラ綻ぶ笑顔に、ホッと気が緩む。
酷い目、とんでもない目に遭ったと思ったけれど…
その笑顔を見ただけで、何だか報われた気がして、全てがどうでも良くなった。
勇者と魔王の二人はリアンカに労われ、その日一日ゆっくり日向で微睡むのだった。
全てを操り、結局二人を手の平で転がすのはリアンカちゃん、と。
良い様に勇者と魔王は転がされております。
リアンカちゃんは本気で労っておりますが、勇者様の苦労を取り戻す程かというと…
リアンカちゃんは、もっと勇者様に優しくした方が良いのかもません。
全然報われてないよ、勇者様。
…でも彼女はナチュラルに鬼畜でこそ、彼女の様な気も…




