とある女魔王のその後
息抜きがてら気分転換に、なんとなく書き出したらこんなものが出来上がりました。
今回の番外編は、語り手「まぁちゃんのお祖父ちゃん」でお送りいたします。
私の名前はユールヴィアース。魔王の息子である。
……否、違ったな。
この度、私は即位することとなった。
故に私自身が魔王である。
私にはいつまでも若々しさを失わない魔王の母と、恋情とは執着そのものであると身を以て体現する人間の父がいる。
実子である私の目から見ても、仲睦まじい二人である。強制的に。
父母の関係は上手く噛み合っているのだろう。時として争う二人を見ることもあったが、父は母を掌の上で巧みに転がす男だ。大概の場合は父親が全身から『はーとまーく』なる面妖な物質を乱舞させているものの、周囲に実害を及ぼすことなく平穏そのものである。恐らく、たぶん。
しかしそんな二人の関係にも、終止符の打たれる時が来てしまったようだ。
私がこの世に生を受けてより、六十余年。
人間である父に、命の尽きる時が巡ってきた。
本来、魔王とは反則的な生命体である。
その願望、望みの押し通しようは世界の在り様すら歪めてしまう。
それは伴侶まで及び、極端に寿命の違う生命を隣に迎えた際は半ば無理やり定められた寿命にさえ干渉する。
魔王と結婚するということは、死に別れることを許されないということ。本来の寿命を歪められ、人間には長すぎる時を生きることとなる。
……それが、『魔王の伴侶』に多く見られる運命なのだが。
父は、それを望まなかった。
父の母に対する執着ぶりを思えば意外なことだが、父は人間に限られただけの時間を望んだ。延命も不老も望みはしないと。
そのことで両親は何度も互いの主張をぶつけ合って争っていたが、終ぞ父が母の懇願に首を縦に振ることはなかった。
……今思えば、その時から既に父は死後を予期して『計画』を立てていたのだろう。
結局、人間として父は生を終えたが。
母に対するその執着が如何許りのものであったか……二人の子である私達兄弟を含め、改めて思い知らされることとなる。
父は最期に、死の床で。
「最愛の妻に、可愛い子供達……私の人生はあなた方のお陰で、とても満ち足りたものでした」
「アドニス……」
臨終に駆け付けた者達、全員の前で。
「最早、悔いはありません……と、言いたいところなのですが」
「……ん?」
皺だらけの顔を満面の笑みに添え、こう言い放ったのだ。
「残念なことに、心残りが一つだけ。それは……今生で、私は愛しい人を追いかけ、追い詰m……追いつき、妻としました。ですが今までずっと、私ばかりが愛しい人を追いかけていたように思います。そう、それを踏まえて私は願ってしまうのです……。
――偶には私もセーネ様に追いかけられてみたいと!
そこでセーネ様には申し訳ありませんが、死に際に際して呪詛を一つ遺させていただくことにしました。対象は、セーネ様です」
「ちょ、な、なんじゃと!? 待つのじゃ貴様!!」
「グッバイ現世! セーネ様、来世でまたお会いしましょう!」
「爽やかな笑顔で何をほざくかぁぁああああ!」
それが父の最期の言葉であった。
臨終に駆け付けた全員の頭から、悲しさと寂しさは吹っ飛んだ。
中々、このような奇抜な死別の瞬間もない。
父親との永の別れが『永の』別れに感じないというのも余程である。素直に哀惜させてくれよと呟いたのは、末から三番目の弟だったか。
父の言葉の意味は、すぐに知れることとなる。
目に見える変化が、母の身を襲った。
「酷い……幾らなんでも酷過ぎる! おのれ、アドニスあの阿呆ーっ!!」
そして母の憤怒の雄叫びが魔王城近隣に響き渡った。流石の肺活量である。伊達に、父に振り回される度に叫んではないない。
父の書斎から、遺言状……遺言状? 否、果たし状だろうか。
母に当てた手紙が、一時間後には発見された。
父の呪いの手がかりを求めて捜索されるだろうことを予め予測していたのだろう。父の日記に堂々と挟んで置かれていた。
そこに書いてあった内容を要約すると、こうだ。
父の心残りは「母に心の底から求め、追い掛けてもらいたい」。
母は父の願望成就及び父の没後他の男に盗られることを防止する為の手段として、父に呪いを掛けられた。
その姿を八歳の幼女にされるという呪いを。
解呪の条件はただ一つ。この世のどこかに生まれ変わるだろう父を探し出し、求愛のキスを贈ること。
条件を達成したと認められれば、母の呪いは自然と解ける。
ただ、その条件を果たすのがどれだけ難しいことか……
「く……っこうなれば、やってやる。やってやるぞアドニスのど阿呆がぁ! このまま今更幼女の姿で長すぎる余生を全うして堪るものかぁぁぁああああああああああ!!」
こうして母は転生した父を探し、世界をまたにかけて放浪することを余儀なくされた。当然ながら魔王の仕事を続けられる筈もなく、同時に母の早過ぎる引退が決定した瞬間でもあった。
「何としても、数年の内に見つけてくれる……! 赤子の内に見つけてしまえば妾のものじゃ! 死ねば前世の記憶もなくなるはずじゃ。これで記憶にも残らぬ幼少時であればキスしてトンズラするのも容易かろうて」
「……あの父のこと。早々易くは事も運ばないと思うが」
その辺り、母の考えをあの父が予測していない筈がない。
恐らく母の希望的観測を打ち砕くような展開が待っていると思われるが……母の苦労が目に見えるようだ。
「母上は父上のことを鬱陶しく思いながらも受け入れておいでだと思っておりましたが……生まれ変わった父を、再び愛するおつもりにはなれないのですか?」
弟の一人が、不安そうな顔で幼くなった母に問う。
ぐっと視線の位置が下がってしまうので、何やら本当に幼女を相手にしているような気になって来る。弟もそう思ってか、微妙な顔をしていた。
母は、我ら兄弟の疑問にフッと空虚な笑いを溢し、遠くを見る眼差しで告げた。
「あやつが死ぬ前は、その生命の終わりを惜しく思うておったものじゃが……あの最期を見て、思い直さざるを得なかったのじゃ。あやつの性根は一度、二度死んだくらいでは変わるまい。何度生まれ直しても絶っっっ対に面倒な男のままじゃ! あやつの人生複数分、何度も何度も振り回されて堪るものかぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」
万感の籠った雄叫びだった。
かつて母の身を長年悩ませた呪いの解呪を達成したという巫女は、寿命によって最早この世にはなく。
呪いの分析を依頼されたその道の玄人達も匙を投げた。
母が本来の姿に戻るには、やはり父の出した条件を達成するよりないらしい。
「アドニス、あの愚か者め……神官の分際で呪術を操るとは何事じゃ! それもこのような……魔族の呪術師でも解呪不可能な呪いとか本気で馬鹿じゃろうあの阿呆が!」
「本当に」
母は身軽に身一つで旅に出る。
執念を燃やしたその顔には、これで亡夫との縁を切る!という固い決意が窺えた。だが、恐らくその決意を果たすことは……難しいんだろうなぁ。
そのような経緯を以て、私は魔王の位に昇る。
まだまだ先のことだと考えていたのだがな……。
私は長男であり、能力面でも最も魔王の座に近かった。
兄弟の中で体質も母に一番近いので、元より母の血が濃く遺伝したのだろう。
跡取りとして確定していたが為、即位に際して揉めることは殆どなかった。代替わりを口実に強者との戦いを望む戦闘狂が数名、果たし状を送りつけてきたくらいだ。無論、戦いを挑まれたからには戦士の礼儀としてそれぞれ殴り倒しておいたが。
母が旅立ち、私は魔王になり。
元父発見の報を聞いたのは、数十年後のこと。
加えて元父に前世の記憶がバッチリ残っていることを伝え聞くことになるが……その状態で再会を果たした元夫婦の間に何があったのか、そこまでは私も知らない。
ガタガタに震える筆跡で記された母よりの報せに目を通しながら。
ただぼんやりと私は――生まれ変わった父と母の間に子が出来た場合、生まれてくる子供は異父兄弟になるのかそれとも同父兄弟と考えて良いのかと……そのような他愛もないことを考えていた。
父と母の勝負は、いつだって母が負けていた。
――多分、今度もそうなるだろう。
本当の強者は、腕っ節だけでは決まらないという実例。
それが私の父なのである。
ロン毛天然合法ショタの、お祖父ちゃん……。
ちなみに肉食系か草食系かでいうと「植物系」です。光合成とかしてそうなイメージ。




