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Princessバレンタインの惨劇 ~準備編~

リクエストを受けまして!

バレンタイン、せっちゃんのお菓子作り編でございます!



 魔境に咲く可憐な黒百合。

 そう呼ばれる少女が魔境にいる。

 艶やかな黒髪の、魔王の妹。

 彼女に備わっているのは天真爛漫な無邪気さ。

 他の少女に追随を許さぬ極められた美貌。

 愛らしい声で紡がれる声は、まさに鈴の鳴る如く。

 その姿を目にした全ての者が認めるだろう。

 彼女……魔族の王妹セトゥーラ姫こそ、大陸一の美少女であると。


 ただし外見が優れているからと言って、中身まで完璧な訳ではなく。

 彼女の無邪気さは、時として人を殺す……かもしれない。




    Princessバレンタインの惨劇~準備編~




 姫君だからといっても、特に公務がある訳でもなく。

 セトゥーラ姫ことせっちゃんは大体において暇だ。

 だからこそ、彼女はいつもほんわかのんびりしている。

 だが今は。


 今だけは珍しく、きりっとしたお顔で。

 額には鉢巻なんかしちゃって。

 はりきり様も全開に、宣言した。


「せっちゃん、今年はやりますのー!」


 何をですか、せっちゃん。

 彼女が宣言した卓の、対面に座っていた若竜が首を傾げる。

「何をですか、主様」

 せっちゃんに忠実な使役、光竜のリリフは成長しても変わらない。

 変らず、主様に対しては忠実だ。

 そう、ツッコミの余地にも気付かぬほどに。

「リリフ、バレンタインって知ってるですの?」

「バレンタイン? 確か、南方諸国の行事由来で、近年ハテノ村や魔族の間にも蔓延しだしたイベントでしたか? 残念ながら竜の谷には大雑把な方が多いので、そういう細かいイベントは流行らなくて……」

「そうなんですの? ドラゴンさん達もお祭りは大好きですのに」

「確かソレって、葉っぱで腕輪を作ったり、花を贈ったり、お菓子を贈ったり……ってイベントでしたよね」

「ですの。あと、感謝の言葉を書いたカードも贈りますの! 昨年、せっちゃんもいっぱいもらっちゃいましたのー」

「……ほら、竜って巨体で。腕も爪がしゃきーんってなっているので繊細さに欠けるというか……細かい作業、竜体では大変ですから。花を潰さずに摘むのも一苦労なのに、腕輪やらお菓子やらなんて」

「ああ……。なるほどですのー……」

「真竜といえど、全員が人化できる訳じゃありませんからね」

「世知辛いですのー。でもでもリリ、せめて今年は一緒に楽しみましょう、ですの!」

「はい、主様! でも、何をするつもりなんですか?」

「そうですの。せっちゃん、去年はリャン姉様やあに様にいっぱいいっぱいのお菓子を貰っちゃいましたの」

「お菓子って、愛情を意味する贈り物でしたよね?」

「はいですの。バレンタインでは、最上級を意味する贈り物ですのー。せっちゃん、たくさんもらいましたのに……お菓子は用意していなかったんですの」

「主様……だから、今年は主様がお返しする分も含めて、いっぱい用意しようってことですか?」

「はいですの!」

 天真爛漫に微笑む、せっちゃん。

 そう、彼女にとっては一年前のことなのだ。

 村中を騒がせたバレンタインにまつわる騒動。

 Mr.バレンタインの惨劇は……。

 リアンカが魔王のまぁちゃんまで駆り出して広場一杯に準備を整えて開催したお菓子パーティは、今でも鮮やかにせっちゃんの中に刻まれている。

 『とってもとっても楽しい思い出』として。

 そして胸の中で疼き、せっちゃんを駆り立てるのである。

 真似っこになってしまうかもしれない。

 だが、自分も姉と慕う彼女のようにお菓子でみんなを笑顔にしたいと。

 それが出来たら、絶対に楽しい。

 今年のバレンタインも、素敵な思い出として残ると思えたから。

 だからせっちゃんは、とってもとっても張り切っていた。

 そのほっそりとした身体を包むドレスの上に、割烹着を着こんで張り切っていた。


 だけど、せっちゃんはお姫様だ。

 思い当たる記憶が見いだせなかったので、リリフは首を傾げながら問うた。


「主様って、お料理出来ましたっけ」


 それは何とも、背筋が震えそうな。

 うっすらと恐怖の滲んだ、掠れ声での問いかけだった。

 だがせっちゃんは楽しそうに、にこっと笑ってリリフに頷き返す。

「せっちゃん、とっても頑張ってますのー。まだまだ一人で何か作ったことはありませんですの。でも、あに様がお台所に立つ時はよくお手伝いしていますの!」

「率先してお手伝いなさるなんて、主様、偉いです!」

「えへへ、褒められちゃいましたのー」

「それで主様、魔王陛下のお台所ではどんなお手伝いをなさっているんですか?」

「最近は大根の桂剥きが出来るようになりましたの! 厚さも均一に向こう側が透けて見えるようになってきたって、兄様が褒めて下さいましたのー。お野菜をぴかぴかに洗うのと、お野菜を切るのは任せて下さいですの!」

「主様、凄いです! 私はこの手ですから包丁は……って、そうでした。育ったお陰で、人化したら手も人間のモノにできるようになったんでした」

「でしたら、一緒に包丁も握れますの!」

 つい最近まで、まだ背丈も低い子竜だったリリフ。

 その頃は人に化けても手のような繊細な器官は真似することが難しく、肘から先だけ中途半端に竜のままであったりしたのだが。

 この頃は成長に伴い、複雑な術の制御も巧みになって来て腕はすっかり人間と変わらない。

 しかし細かな動きを可能とする手指の動きは未だぎこちなく、不器用だ。

「……今の私の指では、ちょっとお料理のお供はできそうにないです。主様のお邪魔になってしまいます」

「邪魔だなんて、そんなことありませんの!」

「いえ、私も分はわきまえていますから。……その代り、私が主様に代わって素材調達の面で支援させていただきたく思います! 私に出来る範囲で、全力のお手伝いをお約束します」

「まあ、リリ! ありがとうですのー!」

 可愛い主従は感極まり、互いにひしと手を握り合って決意を交わす。

 だが、ちょっと待ってほしい。


 せっちゃんのお料理レベルは、桂剥きができるくらい。

 つまり包丁の扱いは巧みなのだろう。


 だが、大体のお菓子作りで包丁Lv.はあまり重要じゃない気がするのは気のせいだろうか。


 『料理』と『お菓子作り』の間には深い溝が実は存在している。

 お菓子作りは繊細なもの。

 正確さと、レシピへの忠実さが求められる。

 料理はある程度まで大雑把でも何とかなるが、お菓子作りはそうはいかない。


 さて、果たしてせっちゃんは無事にお菓子を作れるのだろうか。


「でも材料集め、お手伝いは助かりますのー。レシピに書いてある材料、よくわからないものが多くて少し困ってましたの」

「分厚いレシピ帳ですね。手書きみたいですが……これはどこから?」

「実はヨシュアンからいただきましたの!」

「…………ヨシュアンさんから?」

「はいですの。リリ、知ってますの? ヨシュアンには二人の養い子がいますのよー」

「あ、え、えー……? ヨシュアンさん、子供と暮らしてるんですか?」

「それが、養ってはいても一緒には住んでいないんですの。別居中だそうですのー。ヨシュアン、寂しがっていましたの」

「そっちの方が良いんじゃないでしょうか」

「でも小まめに会いに行っているみたいですのよ? それで、行く度に子供の好きそうなお菓子を作って持っていくそうですの。ワイロですのー」

「そうですか、賄賂なんですね。ということはこれ、ヨシュアンさんが子供の気を惹く為に収集したお菓子のレシピってことですか?」

「はいですの! リリも見ましょうですの、おいしそうですのー!」

「わあ……本当に美味しそうですね? このスケッチもヨシュアンさんが?」

「どれがどのお菓子のレシピかわからなくならないよう、作ったお菓子はスケッチを取って添付するようにしたって言っていましたの。ですので、スケッチのないレシピはヨシュアンも作ったことのないお菓子ってことですの」

「結構な数、作ってますね……本当に器用で多才ですよね、あの方」

「これなんか、とっっっても美味しそうですの」

「ええと……たると・しょこら・くるすてぃー……や??? 美味しそうです。でもよくわかりません」

「大丈夫ですのー、ヨシュアンが、大体のお菓子はレシピを見れば何とかなるって言っていましたの!」

「そういうものなんですか? 私はお台所って立ったことがないのでよくわかりませんが……」

「あに様も、レシピをよく読みこんで作れば料理の失敗はないって言っていましたのー」

「2人とも同じことを言ってますね。そういうものなんでしょうか」

「やってみれば、きっと上手くいきますの!」

 

 失敗を恐れない、というよりも失敗を考えないまま。

 こうしてお姫様の無謀なお菓子作りへの挑戦が始まった。






「ええと、それじゃあ私は自分で言った通り、素材集めをお手伝いします」

「よろしくお願いしますの」

「それで、主様! まずは何を()ってくれば良いですか?」

「ええとー……んっと、リリ、ぷらりねって何ですの?」

「ぷらりね?」

 疑問に首を傾げる、二人。

 ちなみにプラリネとは、焙煎したナッツ類に加熱した砂糖を和えてカラメル化したもののことだが……

「ぷらりね、ぷらりね……クラリネット?」

「語感は似てますね。でもクラリネットじゃ食べられません」

「うーんと……クリオネ?」

「確かに何となく響きは似てますね。イキモノだから食べられますし! きっとクリオネの変種か何かでしょう」

「リリもそう思いますの?」

「はい、きっとそうですよ!」


 ○ プラリネ

 × クリオネ  ←


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥……

 わからないことは人に聞きましょう、と。

 誰か彼女達に忠告してあげた方が良いかもしれない。

「じゃあまずはクリオネですね。コキュートス地方の海で樽一杯に集めてきます」


 それは、お菓子(謎)への異物混入(磯の香り付)という未来が確定した瞬間だった。


「海産物は鮮度が命! ですの。元気な子をお願いしますの~」

 そして何も疑問を感じないらしい、せっちゃん。

「はい! それで、他には何を集めてきましょう」

「ぽっぷらいす?にぱ、ぱ、ぱいふて・ふいゆてぃーぬ????」

「何の暗号でしょうか……」

「う、うぅんとー……よくわかりませんの!」

「取り敢えず、ポップライスってよくわからないのでポップコーン貰ってきますね。ぱぱぱいふでなんとかは……」

「あ、ぱいゆて・ふいゆてぃーぬ、ですの」

「ぱい茹でー……なますて?」

「うー……?」

「良く分かりませんね。え、ええと? ぱいゆて、ぱいゆて? …………湯葉のパイ詰めとか、そんなのでしょうか」

「ふいゆてぃーぬって何ですのー?」

「フイゴ? いえ、ふいゆてぃーぬ……女性の名前か何かでしょうか」

「女の子をパイに詰めちゃうんですのー……?」

「きっとふいゆてぃーぬさんって方が作られた湯葉パイのことですよ!」

「なるほどですの! リリ、こっちのくーべるちゅーるって何でしょうなの?」

「くべるチューリップ?」

「くーべるちゅ~る~、ですの!」

「う、うぅ……ん? 主様はどうお考えですか?」

「せっちゃんはですのね? チューリップの花びらか何かだと思いますの」

「彩りか何かに使うんでしょうか。後でエルフさんの郷に行ってチューリップを貰って来ます」

「ついでにホワイトリカー?というものもお願い、ですの」

「ホワイトリカー……釣り具か何かですかね?」

 こんな感じで彼女達は、盛大に製菓材料を間違えまくった。

 敗因は恐らく、ヨシュアン御用達のレシピがちょっと専門的過ぎたこと。

 レシピ集の前の方のページを見れば、まだ初心者さん向けのレシピが乗っていた……のだが、何故かせっちゃん達が中心的に見ているのは超上級者向けの本格的なレシピの章。

 素人さんが手を出すには、敷居が高すぎた。

 惜しむらくは中途半端に一般的に名称の知れ渡った素材はちゃんと実物をリリフでもご用意できたことだろう。

 

 ただし「チョコレート」のつもりで用意したのは、「カカオ豆」だった。

 ついでに言うと「バター」は「カカオバター」だった。


 一般的な材料でさえ、この有様だ。

 マニアックなモノやちょっと玄人向けのモノになると、よほど明後日の方が近いってくらいに間違えまくっている。

 お菓子作りは連想ゲームではないのだよ、せっちゃん。


 そして彼女達の失敗は、材料調達に留まらなかった。


 彼女達の失敗は、調理器具をそろえるところにまで波及したのだ。


「主様、大さじ小さじってありますけど。同一規格のお匙で測っちゃ駄目ってことですかね」

「大きいお匙と、小さいお匙ですのね。うーんと、大さじといえば……これですの!」

「あ、これなら確かに大きいですね!」

 せっちゃんが食器棚から取り出したのは、大振りなレンゲだった。

 更には小さい匙とは、と考えた結果にティースプーンを探し出す。

 用意したカップは計量カップではなくマグカップで、ボウルを探した結果に持ってきたのはビーチボール。

 木べらは粘土工作用へらに互換され、麺棒は棍棒と化した。

 泡だて器は何故か蛸の足に取って代わられ、(ふるい)は古井戸のことだと危うく勘違いしそうなところで、レシピの図を見て最終的にレース編みのショールが用意された。


 何かちょっとおかしいな、これで良いのかな?

 お菓子作りをしたことがない彼女と、そもそも台所に縁のない彼女。

 首を傾げながらも、何故か彼女達は踏み留まらない。止まらない。

 それはきっと隣にツッコミがいないせいね。

 ロロイが一人近くにいただけでも、随分と……いや、ロロイも竜である時点で料理に関しては門外漢だ。

 せめて料理の出来る誰かをアドバイザーに召喚していれば、悲惨な未来は避けられたのに。


「それじゃあ、リリ。後はせっちゃんが頑張りますの! お手伝い、ありがとうですの~」

「はい、主様! また何かお手伝いがあったら言って下さいね」


 

 そうして、台所にはせっちゃん一人が残された。







 修羅の時間が始まろうとしている。


 ちなみに作中の名称の一部はちょっと本格的過ぎるレシピ本を参考にしております。内容が専門的すぎて、私には謎の書物。

 何語だか知りませんが、異国(アルファベット)の言葉で書かれたページの後に、日本語訳が書かれているという……作業工程の図などはなく、完成品の写真が載るのみ。用意すべき材料欄に、正体不明の名称が連なる。

 その本を目にした時、職場の方と「誰が作るんだよ、こんなんw」と唖然としました。以来、誰かが手に取ることもなく放置されているという……専門的なお勉強をした人なら作れるんだろうなぁ。

 もちろん、小林は作れませんよ!

 小林がお菓子を作る時は、もっと一般家庭に普及していそうなレシピブックを参考にしております。


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