帰ってきた???Mr.バレンタインの惨劇(?)
昨年の、今日。
熱く滾る女性の追跡を華麗にかわしながら、村中を走り抜けた男がいた。
時としてお使いに失敗しかけて頭を抱えたり。
時として求婚に土下座で答えようとしたり。
時としてリアル●ッキーモンスターに襲われて七転八倒したり。
彼の雄姿は、私達の胸を熱くさせてくれた。
勇者様の呼び名で知られる、彼の懊悩。
それが今、再び繰り返されようというのか……
「流石に、俺も学習しない訳じゃない」
安全安心、この世で最も防備に優れた安全地帯。
魔王城の魔王の部屋で、勇者様は言った。
『魔王城』の、『魔王の部屋』で、『勇者様』は言った。
……OK.何もおかしいことはない。
だが字面で見ると違和感が拭えないのは何故だろう。
「なに学んだってんだよ?」
「バレンタインだ、まぁ殿」
「ああ。お前が去年のた打ち回って追いかけまわされて、疲労困憊で死にかけたアレな」
「いや、流石に死にかけた覚えはないんだが」
「他は否定しねーのかよ(笑)」
「あの日は、危険だ。バレンタイン…この単語はきっと、終世俺の胸に刻まれる……酷い目に遭ったトラウマイベントの日として」
「トラウマに遭遇した日を覚えなくっちゃなんねーなら毎日が記念日だろうが、お前」
「だけど悪い思い出ばかりという訳でもないのが……複雑なんだ」
「おお、深々と溜息ついちゃって」
「どうしようか、まぁ殿」
「何がだよ?」
「当日村にいたら酷い目に遭いそうだから、人跡未踏の山奥にでも避難した方が良いかと思うんだ」
「……良いんじゃね? お前が辿り着いた時点で、人跡未踏じゃなくなるけどよ」
「でも心残りが一つだけあるんだ」
「あ? 何お前、とうとう昇天すんの?」
「なんでそうなる!?」
「心残りなんて言うとこれから死のうってか?って聞こえるだろうが!」
「そんな予定はこれっぽっちもない!!」
「じゃ、心残りって何だよ。ややこしい言い方しやがって」
「それは…………まぁ殿、去年のこと覚えているかな」
「あー? 去年? そりゃ覚えてるさ。
夜明け前から日暮れまで、一日中リアンカん家の厨房で菓子漬けの戦場に立たされた、何とも印象深過ぎる一日だったからな」
「ああ、そう言えばまぁ殿は……」
「ん。リアンカの企画に助っ人で駆り出されて、実に丸一日菓子を焼き続けさせられたぜ☆ 俺、魔王なのにな……?」
「まぁ殿、貴方が自分の存在意義に疑問を抱くのは今更な気がする」
「そんなことねぇだろ?」
「……まぁ殿がそう言うなら、そうなんだろうけれど」
「んだよ、その歯に物の挟まった物言いは?」
「いや、気にしないでくれ」
正直、まぁ殿に魔王っぽくないところがあるのは今更だが……そう思いつつも、勇者様は懸命に口を噤んで喋らなかった。
「まぁ殿、覚えていないかな。去年のバレンタイン……俺が、やり残したことを」
「やり残したこと……? あ、タイムアウト(笑)」
「そうだよ畜生!」
一発で当てたまぁちゃんは察しが良いが、心が抉られる。
胸を押さえて、勇者様は嘆息した。
彼の悲しい、1年前の記憶が蘇る。
感謝には言葉を。
友情には腕輪を。
恋情には花一輪。
そして愛には篭一杯の菓子を。
昨年は見事にリアンカちゃんにしてやられた勇者様。
何とかお返しを、と思うのだけれど……中々スマートに上手くはいかなくて。
腕輪を編もうと葦を摘んでも、ぐちゃぐちゃにしてしまうだけ。
作り方を教えてもらおうと粘った記憶が蘇る。
それとともに、時間切れを知らせてきたまぁちゃんのお声も。
「去年は上手くいかなかったから、今年こそ頑張りたいんだ。今年こそ、腕輪を渡したい。それが達成できれば、俺はもう何も言わない」
「ふぅん……腕輪だけか?」
「カードも添えるし、感謝の言葉はばっちりだ」
「また菓子の作り方教えろとか言わねーの?」
「……それは去年のホワイトディで懲りた。人には向き不向き、適性というものがあるんだ」
「もっともなこと言ってるけど、超情けねぇ」
「く……っ」
「そんで? 腕輪を贈りたいらしーが、作り方はマスターしたのかよ?」
「…………そこは発想を転換させた。俺の素人作りの腕輪を贈っても、あまり長くは保たないだろうし」
「あ?」
「そこで発注してみたんだ。一生とはいかなくても、ずっと残る物を」
「受注生産!?」
「ああ。前もって注文しておいたから、何とか期日通りに納品してもらえた」
「うわー……それ逆に有難味なくね?」
「……ちなみにこれが、まぁ殿の分」
「え、なに。俺の分もあるのか……って、これまた無駄に金かけたな!」
「素材は魔境の方々から自己調達してきたんだ。加工が難しい金属だったからそれなりに加工費がかかったけれど」
「そりゃな? これ、オリハルコンだもんな?」
「気に入ってもらえるだろうか。以前、宝飾品に魔法をかけて防具にしていると言っていたから、魔法伝導率の良い素材をと思ったんだが」
「うわー……宝石、これブラックダイヤじゃね? しかも魔石化してんじゃん」
「まぁ殿といえば、やっぱり黒だろう?」
「これも自己調達したのかよ、お前」
「俺は頑張ったんだ、まぁ殿」
「……まあ、その無駄な努力は認めてやらぁ」
「それで、リアンカにはピンクゴールドに白金をあしらい、エメラルドの魔石を……」
「待て、おい」
「?」
「『お友達』に贈るにゃ高価過ぎねーか、なあ」
「え?」
「自覚なしかよこの野郎! お前、金銭感覚大丈夫か?」
「まぁ殿には言われたくない! けど、ああ、そうか……材料費が自力調達だったから、うっかり高価な品だと失念していた。そうだよな、友人相手に贈るには高価過ぎたか……?」
言われて目を落とす、勇者様。
改めてまじまじと見てみると……
……リアンカちゃんに用意した腕輪は、人間の国々では『ただのお友達』に贈るには有り得ない品に変貌していた。
友情の証というより、功績を立てた家臣に国王が下賜するような、何か特別な意味を含んでいそうな……とんでもない逸品に仕上がっている。
なまじ魔境の鍛冶師さん達の腕が良すぎたことも、失敗の要因だろう。
こんな品をうっかり渡せば、結婚の約束を意味する品と勘違いされても文句は言えない。
リアンカのことだから、そこは上手く勇者様の心情を汲み取るだろうが……
「どう見ても、傍目にアウトだろ。それ」
「う、わ、あ……ど、どうしよう!? この腕輪を贈ろうと決めたことに何の疑問も抱かなかったぞ、自分! 大丈夫なのか、俺!?」
「勇者、お前……毒されてきたんだなぁ」
「カムバック、俺の良識! 一般常識……!」
「一度捨てたら戻れない……それが人間ってヤツさ」
「魔王が人間を語るのか、まぁ殿!?」
余程、去年の雪辱を!という思いが勇者様を悩ませていたのだろう。
思考の袋小路を迷走した結果、勇者様にしては珍しく暴走していたようだ。
勇者様は頭を抱えた。
それはもう深く頭を抱え、自省した。
自分の常識が失われれば、その時は何かが終わる。
それだけは確かだと、胸の内で訴えるモノがあった。
「…………まぁ殿、やはり俺はバレンタインが終わるまで山に籠る。そこで自分を見つめ直そうと思う。静かに自分と向かい合い、もう一度……常識とは何なのかを考えてみるつもりだ」
「おう、そうか。頑張れよ」
こうして、バレンタイン当日は勇者様の不在が確定した。
だが誰が思っただろう。
勇者様が不在だというのに……それでもなお、悲劇が起きようとは。
ただし悲劇の渦中は、勇者様に非ず。
他の者が惨劇の中心となった。
その者……少女の名は、セトゥーラ。
せっちゃんの愛称でお馴染みの、魔王陛下の妹君である。
勇者様は逃亡しました。




