勇者と魔王とイソギンチャク 中
肝心の磯巾着が、まだ出てこない…
今回はひたすら勇者様とまぁちゃんの会話になります。
珍しく勇者様がボケてまぁちゃんがツッコミを入れる部分も…あるやも。
まぁちゃんは、氷柱の群を見上げて言った。
「この氷柱は………磯巾着の犠牲者達なんだ」
「!?」
「この近くに住む磯巾着は、窮地に陥るとコールドブレスを吐くバケモノで…」
「そんな磯巾着がいてたまるか!!」
それは磯巾着ではなく魔物か何かだと思う。
いやでも今、まぁ殿がバケモノって言ったよな?
じゃあやっぱり魔物か魔獣なのか、それともバケモノという新種の何かなのか!?
勇者様の思考が空回り。
→ 勇者様は更に 混 乱 している
よく見てみると、氷柱は無数にある。
一番目を引くのはまぁちゃんに良く似た人物だが…
それ以外にも無数に、氷漬けとなった犠牲者達が立ち並ぶ。
一様に、恐怖心で顔を歪めたままに。
穏やかな顔をしているのは、魔王に似た何者かだけだった。
「まぁ殿、あの一際大きな氷柱は…あの中にいる者は、まぁ殿の何なんだ?」
あれだけ良く似ているのだ。
無関係などではあるまいと、勇者様がまぁちゃんをじっと見つめる。
「あ、アレ? アレな、俺の大叔父さん」
まぁちゃんは、あっさり答えた。
けろりとした罪のない顔で、彼曰く大叔父入りの氷柱をぺちぺち叩いている。
「大叔父…? それは、どちらの…」
大叔父と言っても、まぁちゃんの親は魔王と人間だ。
どちらの家系に属する親戚かで、その身元も大きく変わる。
だが、勇者は一つ確信もしていた。
リアンカと共通の親戚では、きっと無いだろうと…
何しろ大叔父とやらの顔が、リアンカや村長さん達には全く似ていなかったので。
そしてそれは案の定だった。
「大叔父さんは先々代の魔王だった祖父さんの弟さんな。更にその前の魔王の息子でもある。
磯巾着に凍り漬けにされた恋人の仇を討つべく磯巾着に挑んで、自分も無惨に氷漬けにされた」
人、これを木乃伊取りが木乃伊になると言う…静かな眼差しで告げるまぁちゃん。
「磯巾着どんだけ強いんだ…!!」
勇者様の叫びが、冷たい氷の間を響きわたっていった。
勇者様の瞳が、絶望に染まっていた。
氷柱を見上げれば、それは確かに魔王との血縁を感じさせる瓜二つの顔。
歴代魔王と近しい血縁が凍り漬けという事実。
魔王の家系にある人を返り討ちにする磯巾着を、本当に磯巾着と呼んで良いのだろうか…。
「そんな磯巾着がいるなんて、嘘だろう…? というか、磯巾着じゃないだろう、それ」
試練にしても、その難易度が高過ぎやしないだろうか。
笑顔で送り出したリアンカが目の前にいれば、肩を掴んで前後に揺さぶりたくなるくらいだ。
せめてどういうことか問い詰めるくらいはしただろう。
だが、そのリアンカは目の前にいない。
だから詳しいことを聞ける相手は、目の前のまぁちゃんしかいない。
そのまぁちゃんは、何故か勇者様を温い目で見守っていた。
「おいおい、勇者。よく見ろよー」
「何を?」
「俺と大叔父さんは確かに似てるけどよ、よく見れば決定的に違う点があるだろ?」
「………?」
まぁちゃんが念を押す様に聞いてくるから、勇者様は再び氷柱を見上げ得る。
何度も何度も見比べる様に、まぁちゃんと氷柱を交互に見つめた。
その違いを探し、決定的とまで言う程の特徴を探そうとして。
「………はっ」
「お、気付いたかー?」
「確かに、これは全然別人みたいだ」
「そうだろ、そうだろー」
「髪がかかってよく見えないが…氷柱の人は米神に、まぁ殿にはない黒子がある…!!」
「って、そこかよ! 全然違ぇよ!」
「……違うのか?」
「もっとよく見ろよなー…もっと目立つ、明らかな違いがあるだろー?」
「そんなものは、幾ら観察しても な い !!」
「断言かよ!! 諦めんのが早すぎねぇか…?」
「見れば見る程まぁ殿に似ているという結論しか出ない…。黒子だって、ようやっと見つけたのに」
「まあ、俺と大叔父が異常に良く似ているって点は否定しねぇけど。
勇者、お前って本当に魔力の違いとか種族の気配の違いに疎いんだな…」
「ん、種族?」
言われて、氷柱を見上げて。
勇者様は今度こそハッとした。
「まさ、か………人間!?」
「お、気付いたか」
とびきり目を丸くした勇者様は、言葉もなく。
信じられないという顔で、ひたすら絶句していた。
魔族と人間が結婚した場合、魔族が生まれる確率は六割。
だけど三割五分、人間が生まれる可能性がある。
また人間の血を引いている魔族だと、隔世遺伝で数代を経てから人間が生まれる可能性もあると。
以前聞いた話が、勇者様の脳裏を駆け抜けた。
そんな勇者様の考えを肯定する、魔王の声が聞こえる。
「大叔父の名前はイルギス。俺の曾祖母に当たる女魔王セネアイーディと人間の神官アドリスの間に生まれた、正真正銘の人間だ--」
そうは言いつつも、魔王の血を引いている事実には違いなく。
大叔父が人間にしておくのが惜しい程に魔族よりの強さを持っていたことは、ほんの蛇足である。
かつて人間と結婚した魔王がいた。
それを聞いてほんの暫し硬直し、動揺した勇者様だったが…
ふと気がついて、まぁちゃんを見る。
考えてみれば、ここにも前例が居た。
それに気付いた瞬間、勇者様は自分のことを鼻で笑った。
馬鹿だな、自分。今更じゃないか…と。
自嘲の笑みを浮かべる勇者様の背中は煤けて見えた。
「まぁ殿、その…人間と結婚する魔王は、もしかしたら多いのか?」
「あ? んなことねーよ。全体で考えたら…」
「いや、まぁ殿の家系の長すぎる歴史を鑑みなくてもいいから」
「まあ、魔王くらい強いバケモノだと、他は魔族も人間もみんな変わんねーしなぁ」
「だからなんで魔族の選定基準は個人の強弱に大部分が由来するんだ」
「仕方ねーよ。脳筋だもん」
「自分で言うのか! それよりもっとあるだろう!? 寿命の違いとか考えないのか!?」
「寿命なんて、生涯一度の反則技使えば大体の問題は解決するしなー……」
「その生涯一度の反則技ってなんだ? 黒魔術的なナニかか…?」
「近しいモノはある」
「近いのか!!」
「あ、ちなみに具体的にどうこうは魔王機密で内緒な?」
「なんて謎の生き物なんだ、魔王…」
天を仰いで、勇者様は顔を手で覆ってしまった。
そんな勇者様にケラケラと笑いながら、魔王が告げる。
「それで勇者、磯巾着に挑みに来たんだって?」
「…………………挑戦するかどうか、いま心が揺れている」
「でも、結局立ち向かうんだろう?」
「まあ…………………………………………頼まれたからな」
「間が長ぇよ」
「察してくれ。言葉にできない気持ちがあるんだ。察してくれ」
立ちくらみでも起こした様な風情で壁に手をつく勇者様。
その様子を見て、まぁちゃんが微妙に心配そうな顔をした。
「そういや、お前…砂浜に倒れてたんだって? 大丈夫か? まだ調子が出ないのか?」
「ああ…って、なんでまぁ殿が知って……………まぁ殿が、助けてくれたのか?」
「うんにゃ全然」
「違うのか!?」
目が覚めて以来、全く気になっていなかったと言えば嘘になる。
誰が自分を、この洞窟まで運んできたのかと。
確かに限界を感じて、砂浜に倒れたはずだ。
だけど今は、氷柱に囲まれているとはいえ凍えるほどの寒さは感じない。
これももしやまぁ殿の魔法なのだろうかと、勇者様は考えていたのだが…
「砂浜に倒れてたお前を拾ってきたのは、コイツ等な」
「がう!」
「ぐまー」
示されたのは大熊と、未だ大熊の背に居座る小熊だった。
「リアンカからさ、お前に無茶振りしたって聞いてなー。でもお前が何の準備も整えずに旅立ったのを見て、不安になったらしい。俺に『勇者様を手伝ってきて!』だと。彼奴は勇者と魔王の関係をどう思っているのやら…」
「それは、言われて実際に助けに来たまぁ殿本人が言えることじゃないと思う」
「んだよ。お前、助けに来なくて良かったっての?」
「いや…まぁ殿が来なかったら、今頃はあの氷柱をまぁ殿だと信じて空回りしていた気がする」
「じゃ、来て良かったじゃん」
「そうなんだが、釈然としない…」
「勇者…魔境を生きる人間に必要な格言を教えてやろうか?」
「………なんだろうか」
「細かいことを気にしたら負けだ」
「ソレはもう知ってる! と言うか君らは、従兄妹そろって同じ発想しか無いのか!」
仲の良い従兄妹同士、気が合うのだろうか。
出立前に魔王の従妹から言われた内容と全く同じことを言われて、勇者様は大いに脱力した。
「ところで、この熊たちは一体…?」
「コイツ等はこの氷柱の群を守る…謂わば墓守みたいな奴らだ。あの氷柱、中身死んでねーけど」
「生きてるのか!?」
「あれなー…呪いの一種でな。氷が破損して肉体が傷つかない様に守る奴が必要って訳だ。
それがコイツ等の仕事なんだよ。派遣元は魔王城なんで、一応の籍はうちの軍部になる」
「呪い? この氷漬けはコールドブレスが原因じゃなかったのか? その…磯巾着の」
勇者様の疑問に、まぁちゃんが鷹揚に応える。
そして、暫しの間を開けて言い放った。
「食らったら、七百~千年間生きたまま氷漬けだ。お前は間違っても食らうなよ?」
「その磯巾着、絶対に磯巾着の範疇を飛び越えてる!!」
勇者様は頭を抱え、これから立ち向かう相手…
磯巾着への対策を、まぁちゃんと二人で練るのであった。
何故に磯巾着を相手に、こんなに頭を悩ませないといけないのか。
そう、理不尽な運命をちょっと恨みに思いながらも。
どうやら彼の運命の女神様は、苦難がお好きの様だった。
前回の答え
B.親戚 でしたー。
ちなみにいつも磯巾着の相手はまぁちゃんがやっています。
今回は勇者様メインのお使いと言うことで、まぁちゃんは支援に回る模様。
ガンバレ、勇者様。
まぁちゃんは良い仕事をするけれど、何気に攻撃は大雑把かもしれない。
この二人が同じ敵を相手に肉弾戦ってやったことあったかなー…
ナシェレットさんは………あれは戦いになってませんでしたね。
まぁちゃんが目覚めた時は決着がついた後で、勝負じゃなくて折檻だった。
運命の女神とかいてリアンカとルビを振りそうになりました。
勇者様の運命を左右している女神は、リアンカちゃんかも知れない…。
いや、なんかガチでそんな気がなきにしもあらず。
次回、磯巾着と戦います。多分。
というか、勇者と魔王が二人揃って相手は磯巾着…
そうあるべき場面を間違えている様な気がする…
書き忘れましたが、イルギス大叔父は強くても人間。
なので実力はまぁちゃん達に及びません。
氷漬けになっても穏やかな顔をしているのは、諦めたからじゃない。
恋人が先に凍り漬けになっていたから。
人間の身で、七百~千年は待てませんからね。
根性で恋人が目覚める時機に自分の目覚めもあわせる気です。




