はじめてのおつかい(あでぃおんくん26さい) ~畑の天敵~
「すごいミミ! 凄まじいミミ!」
魔境アルフヘイム…魔境に暮らすエルフ達の里。
その周囲をすっぽりと囲む形で展開するのは、魔境のエルフ達の趣味だという、迷宮施設。
はっきり言って悪趣味だと思うが、この試練を乗り越えなければ魔境アルフヘイムには入れてもらえないらしい。
だから仕方なしに、アディオンさんも受付にて登録作業を行っていた。
5本のアスパラを、伴って。
しかし受付にいた箱エルフ…箱?が感心したように叫ぶのだ。
それは一体どうしてだろう?
「どんな荒行を乗り越えて来たんだミミ!? こんなに凄いアスパラ、初めてだミミ。軒並みレベルアップついでに進化してるミミ!」
「あ、荒行? 進化…?」
荒行といわれて、咄嗟にアディオンさんの脳裏によみがえったモノ。
それはハテノ村から魔境アルフヘイムに到達するまでの道のり………
この馬鹿みたいに広大な魔境を遠路はるばるえっちらおっちら歩いて移動するのは、修行希望者か馬鹿か命知らずか化け物のどれかだと、出立前に村で言われたが。
その言葉も納得の、険しく厳し過ぎる道のりだった。
主に、命の危険と魔物からの襲撃回数で。
しかもアスパラを連れているせいで、動物には見向きもしない草食の魔物や魔獣にも襲われた。
ここに来るまでにかかった時間はほぼ全て命の危険がこんにちは!状態だった。
どうやらその苦難を乗り越えたことで、アスパラに何か変化があるらしい。
外見的には、変わりなどないように見えるのだが…
「………妖精郷の方から購入した、野菜そのままですよ?」
何ら珍しいところなどあるまいと、アディオンは首を傾げる。
だがそれに絶対に違うと強く首を振ったのは迷宮のマスコット『ミミッくん(女)』。
エルフ故の植物への鑑定眼が、彼女に真実を告げていた。
「確かに一見、戦闘用1、労働用・鑑賞用各2のアスパラに見えるミミ。でもエルフの目は誤魔化せないミミ!」
箱エルフは、ずびしぃっとアスパラを指さした!
「そっちのアスパラ! 労働用と見せかけて進化してるミミ! アスパラ奴隷になってるミミ。もう一方はアスパラ遣唐使だミミ!」
「唐って何処ですか!? 誰が使わそうって言うんですか!」
「知らないミミ! こっちだって初めて見るジョブだミミ! きっとどっかの国だミミ」
「しかも片方奴隷落ちしてますよね!? アスパラの間で何があったんですか…!」
「それからそっちの鑑賞用はもっとすごいミミ!」
「もっとすごいってどういう意味合いで!?」
「アスパラダンサーとアスパラ賢者になってるミミ」
「踊るアスパラ!? いえ、それより賢いアスパラって何なんですか…!」
「そして戦闘用のアスパラはバーサクアスパラになってるミミ」
「まさかの狂戦士!!」
すごいすごいとはしゃぐ、箱型マスコット。
興奮する箱とは裏腹に、冷たく沈むアディオンさん。
受付の前で繰り広げられる、この明暗。
だがもういっぱいいっぱいのアディオンさんの体調を考慮することなく、箱型マスコットはトドメを繰り出した!
「もしかしてお兄さんが、最近噂のアスパラマスターだミミ? スナフがハテノ村に新星が現れたって言ってたミミ!」
「誰がアスパラマスターですか!? そんな不思議な肩書、拝命した覚えはありませんけど…!」
「スナフが全てのアスパラを束ねる者になるかもしれないって言ってたミミ!」
「絶対に嫌です死んでも嫌ですそんなものになって堪りますか…!!」
「お、おお…一息に言い切ったミミね」
頑なな拒絶。
それを向けられては、箱にはもう何も言えない。
これ以上刺激しては泣きだすかもしれない…緊張の研ぎ澄まされ、険悪さを孕んだ空気にそれを悟る。
だから後はもう、それに触れることなく。
箱は淡々と業務を再開した。
ちらりと目をやり、確認する一行の姿。
背後に五本のアスパラを従える、アディオン。
見た目的に、否定できる光景じゃないなぁと思いながらも、空気を読むことに成功した箱は口を噤む。
表情の全く見えない箱フェイス(被り物)に、今は大感謝だ。
「それじゃ危ないけれど健闘を~、ミミ!」
そうしてアディオンはアスパラを引き連れ、迷宮に一歩を踏み出した。
前方には大いなる不安しか立ち塞がっていなかったけれど。
それからは激戦に次ぐ、激戦だった。
彼らが向かったルートは『もぐもぐアドベンチャー』…数多くのモグラが行く手を阻んでくる、土中をテーマにした洞窟ルートだ。
主力が植物という自陣の戦力分析を踏まえ、土属性を相手取ることを前提に選んだアディオン。
しかし予想に反し、洞窟ルートの主力はモグラだった。
本来、モグラとは昆虫やミミズを主食にすると言う。
だがここのモグラは一味違った。
動物だろうと植物だろうと容赦なく齧りかかってくる。
健啖家と言うより、むしろ悪食ドンとこい状態である。
しかも全長が5mくらいはありそうなので堪らない。
モグラの雑食ぶりに、さしもの進化を成し遂げたアスパラ達も苦戦を強いられる。
目が退化しているからこそ微かな音を頼りに突撃してくる、人間より大きなモグラ達。
慣れない洞窟、利かない視界。
可燃性アスパラ達が側にいれば迂闊に明かりをつける訳にはいかず、だからとて光のない闇の中をアディオンが進める訳もなく。
彼らは、徐々に追い詰められつつあった。
~(省略)~
「もはや、ここまでのようですね…」
「うんだばー!?」
既に、私達は角へと追い詰められつつありました。
モグラに。
ええ、モグラに。
相手が実は魔獣でも魔物でもなく、気の荒いただの畜生という事実。
ですが、戦力的にこれ以上は無理なのでしょう。
…いつの間にかアスパラを自然に戦力として数えている自分に驚きと動揺が隠せません。
しかし確かに、このアスパラ達がいると私に出番は皆無なのです。
私、やることありませんねと思いながら傍観させられるのみ。
それというのも戦闘の度、保護しようとしてかアスパラ奴隷が私を問答無用で担ぎあげるから、なのですが…。
最初の方は、まだ良かった。
バーサクアスパラがいましたから。
戦闘用というのは伊達ではないようで、主力となってばったばったとモグラを薙ぎ倒すアスパラは圧巻でした。
たとえその武器が、本体と同じアスパラだったとしても。
………今思えば殴って威力のあるアスパラとは本当にアスパラなのでしょうか?
いえ、今はそのようなことに思い悩んでいる暇などありませんね。
バーサクアスパラが四方八方おまけに足下からモグラの群れに囲まれた時は大変でした。
思えば、あの時から私達の状況は悪い方へ悪い方へと転がりだしたのです。
まず、周囲を完全包囲されたバーサクアスパラが無力化され…その七割に達する部位をモグラに食い千切られました。
あの生ではとても食べられたものじゃないアスパラをいとも簡単に食い千切るのです。
そのままバーサクアスパラは私達の元へ戻ることなく、モグラの群れに呑みこまれていきました。
悪食の呼び声高いのも無理はないと、私は顔を青褪めさせました。
あんな口に噛みつかれたら、一噛みで私は絶命するでしょうから。
しかし、アスパラは諦めませんでした。
何がそんな献身に走らせるのか、懸命に私を守ろうとするアスパラ(×4)。
正直、何故そんなに尽くそうとするのか本気で理解不能です。
アスパラに好かれるようなことを何かやらかした覚えはないのですが…
「くっ…アスパラを畑に返すこともなく、ここで潰えようとは」
「うんだうんだばー!」
「ですが…初志を貫徹できず、ただ守られるばかりでいてどうして殿下の従者を名乗れましょう。信念の為に戦わずいては、殿下に会わせる顔がありません」
「うんだばー?」
「ここは私を置いて行きなさい、アスパラ達! そうしてこの迷宮を抜けるのです!」
「!!?」
「命散らそうとも、せめて当初の目的だけは果たしてみせる…!!」
「う、うんだばぁぁあああああああああっ!!」
決死の覚悟。
私はアスパラ達に一度も抜かせてもらえなかった剣をしかと握り締め…
………って、ちょっと?
え? あの?
おいおいおいおいおいぃ!? ちょ、なにするんですか…!!
………………………突撃しようとしたら、アスパラに妨害されました。
まるでその身を楯に庇おうとでもするかのように。
アスパラ遣唐使が、アスパラ奴隷が、アスパラダンサーが私に覆いかぶさって…
「【うぅんだ・ばああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!】」
瞬間。
果てしない光の向こうで、雄たけびめいたアスパラの絶叫が聞こえました。
え?
な に が お き た の ?
私を庇おうとしたアスパラ。
三体の内、外側の二体は無残にも黒焦げとなり、固い表皮の下で未だ炎は熱く。
炭化してアスパラとは言えない何かになってしまって…
私の元には、一番内側で私を守っていたアスパラ遣唐使のみが残されました。
私は、無傷。
何が起きたのか、何が何だか頭が混乱します。
ですが、全てが終わった後の現場を見れば…それは明らかでした。
洞窟という狭く、限られた空間で。
崩落しなかったのが不思議なほどの衝撃が走った、その中心。
円心状に走る破壊の跡地、真ん中には…ばらばらになった、黒いブツ。
アスパラ賢者………あのアスパラが、 自 爆 した跡だと直ぐに悟りました。
閉鎖空間の中、きっと逃げ場はなかった。
アスパラが掘った穴に押し込められ、三重のアスパラに守られた、私以外。
生き延びた生物は、私とアスパラ遣唐使以外どこにもいなかったのです。
私の胸に、虚しさのみが去来しました。
また、アスパラに守られたのかと。
薄情な話ですが、悲しさや無力感よりも空虚な気持ちでいっぱいです。
『アスパラに守られた男』という己の肩書きが一番虚しいのは気のせいでしょうか。
敵のいなくなった迷宮の中を、私は進みました。
私と、残り一となったアスパラは進みました。
肩で風切るように、早足で。
洞窟の中なので風はないかと思いきや、自爆の余波で熱風が吹き荒れてました。
顔を布で覆った私の手には、細長いアスパラ。
立って歩いて動き回っていたあのアスパラ達…ではなく、その武器として使用されていた異常に硬いアスパラです。それぞれ樫の木より頑丈そうな強度を持っていることに、触れて初めて気付きました。
…傍目には柔らかそうだったんですが。
燃え残ったアスパラ遣唐使にも半分持ってもらい、私はそれを運びます。
アスパラ(本体)はもう既に、畑に納めることが出来ないから。
墓標代わりにでも、せめてこれだけでも生まれ故郷に返してやりたい…。
それぐらいしなければ、私は何の為にここまで来たのか。
ぐっとこみ上げるものを飲み下し、私はエルフの畑を目指したのです。
薄っすら、アスパラ返したら帰りはどうしようとか考えながら。
………考えてみればアスパラの強さで嫌がらせ満載の道のりを乗り切ったんですよね。
私はたどり着いた畑のエルフにアスパラ(オプション武器)を手渡しながら。
そっと静かな口調で言いました。
「戦闘用アスパラ三本ください」
「あいよ、まいどあり!」
こうして私は、本末転倒と言う古き言葉を身を持って示しました。
アスパラを返しに来たはずが新たに三本のアスパラを手に入れての、帰りの途。
私は知らなかったのです。
唯一残ったアスパラ遣唐使…
それが最後の自爆騒動により、他のアスパラに入るはずの経験値的な何か(エルフの畑はそういう仕組みでばーじょんあっぷ?するそうです)を他のアスパラの分まで総取り状態に陥ったこと。
そのことで、再び存在進化…Lv.アップに至ったこと。
………アスパラ遣唐使から、アスパラ学僧にクラスチェンジしていたことを。
そうしてアスパラは呪文を覚えていたのです。
【アスパラの目覚め】という、アスパラ限定『ふっかつのじゅもん』を………
私は購入早々、三本のアスパラを購入したことを後悔する事態になりました。
アディオンさんはアスパラに未だ心を開けない様子。
アスパラは品種改良したエルフの趣味でLv.制度やジョブチェンジなどの設定がつけられているようです。わあ、遊び心たっぷり♪
この設定は人間には適用されません。他のどの種族にも適用されません。




