女魔王と神官のバレンタイン(?????)
旅などというものをしていると、方々で珍しい事態や風習に出会うもの。
魔境にたどり着くまでに様々なモノを見て、勇者一行はやって来た。
これは、そんな風にして見聞した風習に乗っかった、神官の話。
それはまだ、女魔王セネアイーディ様の呪いが解けていない頃。
幼女な外見を気にする彼女に、想いを寄せる神官(26才)。
それは傍目に見て、立派な犯罪者予備軍だった訳だけど。
ある時、暦を計算して神官は言いました。
「昔の人は良いことを言いました。押して駄目なら引いてみろ、と」
「お前、今度は何する気だよ…」
顔を引き攣らせる、勇者。
だけど神官はそんな弟分の存在はさらさら気にしなかった。
この上は、気を引くつもりでドン引きの事態を引寄せねばいいのだが…
「セーネ様!」
「なんじゃ………って、そなたか。また来たのか。暇そうじゃな、おい」
「そんな、暇だなんて。私はセーネ様を賛美するのに忙しくて、暇などありませんよ」
「そなた他所でまでそのようなことを申しておらぬじゃろうな…?」
「え?」
「な、なんじゃ? その顔…まさか本当に他所でも妾を賛美しておるのか!?」
「あはははは」
「否定せぬのか!」
「まあまあ、それよりもセーネ様、これを受け取っていただけませんか?」
「……………なんじゃ、これは」
「ザッハトルテ、お菓子ですよ」
「それは見ればわかる。妾は、何故このような物を持ち込んだのか聞いておる」
「ああ、それはですね…異国の風習で、真心と気持ちを込めて物を贈り合う日がありまして。それが今日だったので是非受け取っていただきたいとお持ちした次第です」
「なに…?」
「ザッハトルテ、お嫌いですか…?」
「妾は菓子をもらって喜ぶほど子供ではないわ!」
「ああ、いえ。違います、セーネ様。その異国の風習では、菓子を詰めた菓子篭が最上位とされているんです。私のセーネ様への想いを詰めて、これを選択しただけですから」
「……………妾にどういう反応を望んでおるのじゃ、そなたは」
「何も。ただ受け取っていただきたいだけです」
「………………………………全く期待されないと言うのも腹が立つものじゃな」
微妙な顔をする、セネアイーディ様。
その華奢な腕に、神官はそっとザッハトルテの篭を持たせる。
「………お返しなど、せぬぞ」
「ええ。元より受け取っていただくだけでも出来ればと思っていましたから」
そう言って微笑む神官の顔に、裏も表も無く。
本当に菓子を渡すだけという思惑が透けている。
「何より、ご無理させたくはありませんから。その小さな幼い手指では、菓子作りなど大変でしょう。セーネ様の手指が火傷や切り傷でぼろぼろになる姿は見たくありませんから」
「な…っ! そなた、いまさり気無く妾が不器用じゃと申したな!?」
「いえ、そのようなことは…」
「菓子作り一つできぬと、そう思うたな!?」
「セーネ様、どうぞ落ち着い………」
「妾を愚弄するその考え、思い直させてくれるわ…!!」
そう言って、セネアイーディ様は。
篭を抱えたまま何処かへと消える。
その向かう先は――魔王城の、厨房。
「………思った以上に上手くいってしまいましたね」
そして後には、苦笑気味に満足そうな息をつく神官が残された。
元から、神官はセネアイーディ様のお菓子が欲しくって。
だけど素直にせがんでも、くれる訳などないから。
魔王の自尊心をくすぐって反発芯を煽るために、わざわざ手の凝った菓子を用意して。
パタパタと軽い足取りで去ったセネアイーディ様。
その小さな背中は知らない。
異国の風習で、篭いっぱいのお菓子が示すもの。
その感情が、『愛』を意味するだなんて。
どうやらお菓子を作りに行ったらしい、セネアイーディ様。
幾らかの時間を待てば授けてもらえるだろう甘いご褒美に、神官は想いを馳せて。
うっとりと微笑む顔は、策士の顔をしていた。
――後日。
贈り物の意味をハテノ村村長のビリーより聞き、顔を真っ赤にして叫ぶセネアイーディ様が見られたとか、なんとか。
だけど全ては後の祭り。
女魔王が手ずから作った菓子は、白い神官のお腹をに納まった後だった。
バレンタイン
→むしろ神官の方がお菓子を作って贈るほう。




