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はじめてのおつかい(アディオンくん26さい) ~延長戦~


 

 血の滲むような苦境を乗り越え、試練を超えて。

 1週間の旅路の果てに、いま…彼は目的の地へ到達しようとしていた。

 その背に従えるは、5本の巨大アスパラ。

 勇者となった王子の従者にして、貴族の青年アディオン26歳。

 幾多の苦難の向こう側を見てきた青年は、一歩一歩を踏みしめ歩く。

 決して、後ろは見みない。

 決して、後ろのアスパラは見ないようにして。


「ふんだばー」

「ふんだばー、ふんだばー」

「ふんだばー♪」


 アスパラが何か、賑やかに話している。

 楽しそうなその、謎の鳴き声。

 歩みを止めずに、アディオンは両の手で耳を塞いだ。

「聞こえない、聞こえない………私は何も、聞こえない」

 アディオンさんは、精神的に追い詰められていた。


 そんな彼らの向かう先、ようようやっと見えてきた目的地。

 それは見はるかす威容を誇る、巨大迷宮………の、向こう側にある都市。

 彼らは、魔境妖精郷(アルフヘイム)…アスパラ達の故郷へ向かっていた。



 時は一週間ほど遡る。

 その時アディオンさんは、ハテノ村村長の家にて見事な 土 下 座 を披露していた。

「お頼み申す…!」

「アディオン君? 冷汗が凄いわよ…?」

「口調も崩壊しているな」

 村長夫妻が見下ろすお膝元。

 アディオンさんの土下座は綺麗なものだ。

「どうか、どうかエルフ達の里がどこにあるのか教えてくださいぃ…っ!!」

「それを知ってどうしようと?」

 問いかける村長に、きっぱりはっきりアディオンさんは宣言した。


「アスパラを返してきます!!!!」


 それはそれは見事な滑舌の良さだった。

 ぎょっとしたのは背後でのんびりしていたアスパラ達だ。

 恐らく寝耳に水の事態だったのだろう。

 ほのぼのしていたアスパラ達は一瞬で体を起こし、アディオンさんに詰め寄る勢いだ。

「ふんだばー!?」

「ふんだばー!」

「ふんだばー!!」

「何言ってるのか全然分かりません…っ」

 5本のアスパラに詰め寄られ、アディオンさんはマジ泣きしかけた。

 だが、辛うじて男のプライドでぐっと涙を堪えて身を震わせる。

 ここで波風を立ててはいけない。

 彼がそう感じたのは、一種の防衛本能だったのかもしれない。

 アディオンはそっと、先頭にいたアスパラの手を取る。

 両手で握ったアスパラの手は、鮮やかなグリーン。

 青臭い野菜の匂いが、濃厚に鼻を刺す。

 それでも意地と根情で、アディオンは穏やかに微笑んだ。

 優しそうな笑みは、この上なく儚げだったが。

「………この1ヶ月、貴方がた(アスパラ)と暮らして私は痛感したのです」

 どうやらアディオンさんは、アスパラに尽くされる生活に1ヶ月耐えたらしい。

 凄まじいど根性だ!

 だが約1ヶ月の間、彼が胃に不調を感じた回数は実に48回に及ぶ。

「私には、貴方がた(アスパラ)の主たる度量などとてもではありませんがありません。無しです。皆無です」

「ふんだばー!!」

 抗議するように上げられた、アスパラの声。

 とたんに5本のアスパラが「ふんだばー」と抗議の込められた鳴き声で輪唱しだすので、耳を傾けるアディオンさんとしては堪ったものじゃない。

 しかし、今は耐えるのだ。

 今こここそが、耐え時なのだ。

 そう己に言い聞かせ、アディオンはぎゅっと奥歯を噛みしめた。

「貴方がたが何と言おうと、私を止めることはできません(言葉が通じないし)。もう決めたことです」

「ふんだ、ばー…っ!」

「私は何も聞きません。貴方がたは私の様な主に引っ掛かったのを災難と思って忘れるべきです」

「ふんだばぁ! ふんだ、ふんだばー!」

「ははは…何言ってるのかちっともわかりかねます。とにかく貴方がたはあるべき場所に…エルフの里の、あるべき場所(はたけ)にお帰りなさい」

「ふんだばぁぁぁああああああ…っ」

 通じない鳴き声で、何事かを繰り返すアスパラ。

 しかし受信すべきアディオンさんの方は、1ヶ月ですっかり対話を諦めていた。今となっては聞く耳ゼロだ。

 もうこうなっては、さっさと厄介払いしたくて仕方ない。

 アディオンさんは握っていたアスパラの手をぺいっと放り出してささっと村長さんに向き直った。

「――と、まあこんな訳ですので。エルフの居場所を教えてもらえませんか」

「教えるのは構わないが………」

 考える顔つきで、村長さんは逡巡気味にこう言った。


「エルフの里に辿り着くには、魔境屈指の迷宮(ダンジョン)を越えなければならないが、備えは大丈夫か」


「……………………………え゛」


 アディオンさんは、エルフ達の最大の娯楽にして趣味…迷宮(ダンジョン)建設という、悪趣味な実情を欠片もご存知なかった。

 加えて魔境の移動手段(大概生物)と悉く相性が悪かったこともあり、徒歩での移動を強いられて目的に到達するまでに多大な苦労をすることになるのだが………彼がそれを知るのは、いざ出発となったこの翌日のことである。





アスパラ

 6→5本………どうやら1本はアルディーク家の夕飯になったらしい。


移動手段

 鳥とか獣とか。

 草食ならアスパラが食われそうになるし、肉食ならアディオンさんが食われそうになるし。

 特に従順でもないモノばかりなので、時間をかけて懐かせる以外の手段は己の強さで屈服させること。

 しかしアディオンさんは魔境に必須の鋼の強さをお持ちじゃなかった………ので、移動手段が徒歩以外消滅。


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