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はじめてのおつかい(アディオンくん26さい) ~それ即ち野菜~



 エルフの行商人おススメの、アスパラ。

 ハテノ村に至るまでに種々様々な魔獣や魔物、魔境植物と対面してきたアディオンだが…ある意味で『魔境らしい』未知との遭遇はこのご対面が初めてだった。

 つまりは、自重も常識も裸足で逃げ出す、ふざけた摩訶不思議現象、との。

 嫌なファーストコンタクトだった。


 差し向けられたおススメのアスパラは、戦闘仕様のグリーンアスパラマンEX.

 見上げなければ全長を視界に収めることも出来ない、屈強なアスパラだ。


「あ、あわわわわ…これが、アスパラ………!」

 魔境ではこのアスパラが一般的なのだろうか。

 疑問で頭が氾濫しそうなアディオンさん。

 その認識は間違っている。そう言ってやれない奥様方はそっと目を逸らした。

 一人平静とエルフの行商人が、アスパラに次なる動作を促してくる。

「さあ、お客様にお買い求めアピールだ」

「ふんだばー」

「鳴いた! 野菜なのに!?」

 驚きに目を瞠る、アディオンさん。

 しかしアスパラへの驚きポイントはまだまだこんな物じゃない。

 こんなことくらいで一々驚いていては、アディオンさんの心臓が心配だ。

「ふんだばー」

 意味不明な鳴き声を上げるアスパラを見上げて、アディオンさんは思った。

 果たしてこれは、本当にアスパラなのか…と。

 それはあまりにも、アディオンさんの知っているアスパラとは違い過ぎた。

「ふんだばー」

 エルフにお買い求めアピールを促され、アスパラが右腕を振る。

 握られているのは丸太の様な…棍棒代りにされている、大きなアスパラだ。

「動いたー…っ!? 野菜なのに!!」

「ふんだばー!」

 アディオンさんは驚き過ぎて、おたおたしている。

 その叫びに、気付いたのだろうか。

 それまでずっとエルフの方を向いていたアスパラが、アディオンの方を向いた。


 その、刹那。


「「……………」」


 アスパラは電光石火、目が合うや否やアディオンに襲いかかってきた。

 そのタイムラグ、なんと0.01秒。

「きゃーっ!?」

 あまりに展開が急すぎて、アディオンさんは無様に逃げ惑う。

 戦うアスパラって、何だ。

 購入者に問答無用で襲いかかるアスパラって、何なんだ。

 アディオンさんのその疑問に答えてくれる人は、どこにもいなかった。

 今はただただ、向かってくるアスパラをいなすしかない。

 アスパラと、拳で語り合う他にない。

 その現実を前に、アディオンさんは無性に泣きたい気分だ。

 現実から逃避したくて、堪らない。

 

 一年会わない内に、彼の主は何だか変わったと思っていた。

 前よりのびのびしているような、諦観の念が強くなったような。

 正義感ばかりで世の中が回っている訳ではないけれど、なんだか変わったと無性に以前との差異が違和感となって訴えかけて来ていた。

 胸を打つ、姿からは窺えない精神の変貌。


 だけど今、アディオンははっきりと悟っていた。


 彼の主はただ無為に変わった訳じゃない。

 環境に適応する為に、変わらざるを得なかったのだ…と。


 まさかこんなことで、悟りたくはなかったけれど。

 あまりに常識が通じなさすぎる事態に、一年前は見たことのなかった主の…勇者様の、死んだ魚の様な遠い目を思い出した。

 ああ、我が主君よ。

 貴方は半年もの間、この異郷に滞在する間…一体、何を見て来たのですか、と。

 胸の内で問いかける物の、それに対するいらえはない。

 何故なら主は、今はアディオンさんを置いて遠い故郷だ。

 故郷…王宮は権謀術数が渦巻き、主の身を狙う不埒者、不届き者の溢れるこの世の伏魔殿だと思っていた。

 この世に、あそこ以上に恐ろしい場所も、神経が摩耗する場所もないと。

 だが、違った。

 この意味不明で訳のわからない事態。

 いつの間にか何故かアスパラ(全長四m)に追いかけられるという事態に追い込まれ、必死に逃げ惑いながらアディオンさんは思った。

 混乱する頭で、そのことだけはっきりと。


 ――ああ、ここはまさしく、『魔境』であった…と。


 何事にも、際限のない鬼ごっこなど存在しない。

 待ちうける破たんは、逃げきるか捕まるかの二択だ。

 果たして、アディオンとアスパラの間にも終わりの時がやってくる。

 いつまでも続くかと思われた逃亡劇。

 だがそれも、どうしたって決着がつかずにはいられない。


 何故ならアディオンさんは、まだお野菜の料金を払っていないのだから。


 育ちの良い常識人は、律儀に未だお野菜を胸に抱えていた。篭ごと。

 代価を払うまでは一定以上離れる訳にもいかず、アディオンさんとアスパラの追いかけっこは始まりから終わりまで、行商の八百屋からつかず離れずの距離で行われていた。

 これ以上離れれば、かっぱらいになってしまう。

 その事実がアディオンさんの退路を塞ぐ。

「く…っ最早、これまでか!」

 あれ、なんで野菜を相手にこんな覚悟を決めてるんだろう…?

 一瞬だけ脳裏に疑問が過るが、眼前に迫る緑のアスパラを前にそれは瑣末事だ。

 せめて頼まれたお使いだけは完遂したい。

 その一念が、土壇場でアディオンさんをある行動へと突き動かす。


 ――この、村長夫人に頼まれたお野菜だけは…!


 迫りくるアスパラを前に、アディオンさんは咄嗟に篭の野菜を胸に抱きよせ、自分の背中でアスパラの打撃から庇おうとした。

 衝動のままに動いた、アディオンさんの素直な感情による働きであった。

 ただ只管に、せめてトマトが潰れませんように…と祈りながら。

 衝撃に備え、インパクトの瞬間を待つ。


 だが。


「ふんだばー…?」


 あどけなさすら感じさせる、アスパラの声。

 戸惑い、感情がさざめくような。

 いつまでも来ない衝撃と、鳴き声への不審。

 攻撃の気配はいつの間にか薄れ、アディオンさんは恐る恐ると目を開けた。

 その、眼前に。

 半ば予想した通り、やっぱり巨木の如きアスパラがいる。

 目を開ける前に予想は付いたし覚悟はしていたつもりだが、アスパラが視界に入った途端、アディオンさんの身体がびくっと跳ねたのは仕方のないことだろう。

 そればかりか、

「ふんだばー! ふんだばー!」

 何故か、アスパラが喜色満面。

 嬉しそうに身体を揺さぶり、鳴き声にも喜色が溢れんばかりで。

 アスパラの謎の反応に、アディオンさんの顔が引き攣った。

 喜ばれるようなナニかをした記憶など、当然ながら な い 。

 問いかけるような、救いを求めるような。

 そんな眼差しをエルフに注ぐと、何故かニヒルな笑みが返ってきた。

「どうやら気に入られたようだな」

「なんでですか!! 本当になんでですか!!」

「うちのアスパラは仲間意識が強い。どうやら同じ畑で育った野菜(なかま)をお前が庇う姿に感じ入るものがあったらしい」

「同じ畑で育ってんですか、これぇ!?」

 あと仲間意識って何だ。仲間意識、って。

 アスパラに意思があるのか。考えるのか、何かを。

 だが既に立って歩いて動いている。

 ついでに鳴き声まで。

 アスパラに宿る意思とは何か、思考回路がどこにあるのか。

 魂とは? 生命とは…?

 アディオンの頭の中が、盛大に混乱の大嵐だ。

 もう知恵熱が出そうなくらいに、考え過ぎで頭がふらふらした。

「ふんだばー!!」

 一際大きな雄叫びをあげると、アスパラは両の手(?)にアスパラ(棍棒)を握ったまま胴体(?)の上の方…恐らく胸部に当たるところをどんどこどんどことドラミング行為に走る。

 お前はゴリラか、と。

 突っ込む気力も既にアディオンさんにはない。

 やがて一頻り暴れて気が落ち着いたのか、何なのか。

 急にアスパラは直立不動。

 静かに構えて、じっとアディオンさんを見下ろしてくる。

 どこに顔があるのか、目玉があるのかもわからなかったけれど。

「ふんだばー…!」

 恐らくアスパラ的厳かな声で、何かを訴えてくる。

 そこには決然とした意思が宿っていたのだが…

 しかし当然ながら、 ア ス パ ラ 語 などわかる筈もない。 

 思わず、ばっとエルフに顔を向ける。

 エルフはひょいと肩を竦めて、こともなげに言った。

「どうやらお前は、うちのアスパラに認められたらしい。お前の仲間…というか、お前の配下になりたいようだ」

「アスパラが!?」

「そう、アスパラが」

「な、な、な………」

 思いがけない事態に、アディオンの身体がわなっと震える。

 わなわな、わなわな。

 やがて抑えきれなかった感情のまま、彼の叫びが口をつんざいた。


「なんですかそれぇぇえええええええええっ!!」


 その叫びに納得できる答えを返す者は、どこにもいなかった。





「………ただいま戻りました…」

「あら、お帰りなさいアディオン君。お野菜は無事に買えたかしら?」

「そ、村長夫人………申し訳、ありません」

「…あら?」

 謝罪以外にことばを見つけることも出来ず、悄然と項垂れるアディオンさん。

 その、背後には…

「ええと、アディオン君?」

「………はい」

「そちらの、緑の乱立する円柱形の方々は…」

「………………………………………………………アスパラです」

 アディオンさんの背後には、緑の円柱形の物体。

 それぞれ戦闘用・鑑賞用・労働用のアスパラがそれぞれ六本ずつ。

 あまりに異彩を放ち、目立ち過ぎるその威容。

 連れ歩く羽目になった緑のお歴々を前に、アディオンは途方に暮れる。

「なんか、懐かれて…」

「まあ、それじゃあなるべく早くに調理して食べきらないとねえ、アスパラ」

「食べるんですか、食べられるんですか、これー!?」

「あらあら…アスパラガスよね? 食べる以外にどうするの?」

「う、うわぁ………確かにそう言われたらそうなんですけど!」

 あまりにはっきりと言い切る豪胆さに、アディオンさんは思った。

 この人には絶対に勝てそうにない…と。


 一切の陰りのない、村長夫人の頬笑み。

 だが案に告げられた、その食料宣言。

 近い内に料理してやるとのその言葉に…アディオンの背後につき従っていたアスパラ達の身体が、一瞬だけびくんと大きく確かに跳ねた。




強かママン。 ←流石リアンカちゃんの母親☆

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