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はじめてのおつかい(アディオンくん26さい) ~未知との遭遇第一弾~



 魔境に来て間もない、アディオン。

 そんな彼に課せられた使命は、ご厄介先の夫人からのご要望。

「これ、よろしくね」

 そう言って手渡されたお買い物メモには、ずらずらと野菜の名前が羅列されていた。

「エルフの行商って、何なんでしょう…」

 イメージの崩壊を予測して遠い目をしながらも、アディオンさんは買い物篭に買い物メモと財布を入れて村長宅から旅立った。

 目指す野菜の行商は、村はずれ。

 そこで魔境に住まうエルフが、丹精込めた野菜を販売しているという。


 なんという特別なこともなく、割合あっさりと辿り着いた村はずれ。

 そこでは日差しよけに張られた質素なパラソルが乱立する下、目にも鮮やかなツヤツヤ野菜が売りさばかれていた。

「………本当に行商してますよ」

 アディオンさんの視線は、生まれて初めて見るエルフに釘付けだ。


 そのエルフは、ご面相は大変エルフらしいエルフだった。

 白く秀でた顔、表情は乏しいながらに見惚れずにはいられない。

 艶やかな茶色い髪は、ありふれた色なのにまるで大樹の様な神秘的な印象を抱かせる。

 

 だが。


「……………なんという、イメージ崩壊…!」

 エルフは野菜の行商らしく、ありふれた 野 良 着 を着ていた。

 ハテノ村どころか、人間の国の辺境ド田舎の農夫がしていそうな格好だ。

 鋭く優雅な顔の上には、日に焼け褪せた麦藁帽子。

 首には農作業のお供に大活躍の大判手拭い。

 ツギの当たった上下は頑丈そうなことくらいが取り柄で、膝や肘には茶色い当て布。おまけに穴が開いている上に泥で汚れていた。

 そして足元は、モグラも瞬時に踏み殺せそうな頑丈一徹のブーツというか長靴。

 その服装は、服装だけを見るならば、どこからどう見ても野良作業中の農民だった。

 見るからに弓や剣より、鍬や鍬が大活躍しそうだ。

 身長の高さと肌の白さと、顔の美麗さだけはエルフだったが。

 まるで銀細工のような美貌に、衣装がかなりのミスマッチ。

 エルフ自身は己の姿など意にも止めず、マイペースにぷかぷかとパイプを吹かしている。

「……………行商、ですね…」

 見るからに、これ以上なく農家の行商にしか見えない。

 エルフという神秘の種族に対するアディオンの幻想が、この瞬間見事なまでに木端微塵と成り果てた。

 だがそれでも、彼は前へと進まねばならない。

 お夕飯のおかずを、その材料をゲットする為に――


 かなり盛況な露店の八百屋さん。

 庶民的な買い物などほとんどしたことのないアディオンさんは戸惑いながらも店主に…エルフの行商人に声をかける。

「すみません、購入させてほしいんですが…」

 返ってきた答えは無言。

 ただほっそりと白い指先がにょっきりと、地面を指さす。

「………」

 そこには、大きな篭が幾つも積まれていた。

 どうやら欲しい野菜を自分で篭の上に寄り分け、それから金銭と交換する形式のようだ。

 察しは悪くないので、アディオンさんも他の客である村の奥様方を真似して、メモにある野菜をさっさと篭に詰め込み始めた。

「えーと、トマト、トマト…」

「そこだ」

「スイングコーン…? どんな野菜ですか、これは」

「それならそっちにある」

「……………あの、助言を下さるのなら、もっと親身にお願いできませんか?」

「ふん」

「…………………」

 エルフの八百屋さんは意外に面倒見が良いようで、先程からアディオンが目当ての野菜を見つけられずに戸惑っていると、ぶっきらぼうながらに端的な指示で目的の野菜がどこにあるのかを伝えてくる。

 親切なのか不親切なのか…やはり、親切なのだろう。

 しかしアディオンは元々が貴族である為、野菜も調理済みの姿を見知ってはいてもそのままの形状には馴染みがない。

 中には魔境特有の、今まで接したことのない野菜すらある。

 それらを探すため、戸惑いなく野菜を選び取れたことはない。

 一々うろうろと探し回っているので、思わず店主にお買い物メモを押し付けてしまいたくなるほどだ。

 指で示されてもその先で右の野菜か左の野菜か迷う始末なので、それも仕方がないのだろうが。

 

 それでも時間をかければ何とかなるもので。

 やがて、買い物メモに提示されていた野菜も大方は篭の中へと転がりこむ。

 あと、一息だ。


「………ん? これは…」

 最後に書き加えられていた野菜の名は、アディオンでもよく知っているモノ。

 しかしやはり、生の姿がどのような形状かとなると自信がない。

 だからもう開き直って、アディオンはエルフに問いかけた。


「すみません、アスパラガスはありますか」


 何故か、空気が凍った。

 奥様たちが戦慄の眼差しで見てくるのは何故ですか、と。

 アディオンの背筋を何故か冷たい汗が伝う…


 果たして、エルフは言った。


「今日は手違いで戦闘用と観賞用と労働用しか持って来ていない。どれにする」

「えっと、野菜ですよね…?」

「買うのか、買わないのか」

「………」

 

 アディオンは、深く深く考えた。

 ここで買って帰らなければ、それは即ちミッション失敗。

 抜かりなくやり遂げると村長夫人に約束したのに、約束を違えてしまう。


 なければなかったと素直に言えば良いのだが………

 もしも代用できるのであれば、別の物を買って帰っても良いんじゃないか?

 そんな思考に至った従者の側に、もしも勇者様(あるじ)がいたのであれば…そう、ここに勇者様がいれば、きっとアディオンさんの両肩を掴んで思う様前後に揺さぶったことだろう。

 考え直せ、と。


 しかし残念ながら、今この場に勇者様はいなかった。

 数日前、アディオンさんを置いて遠い故郷に旅立ったばかりである。


 そうしてアディオンさんは、無謀な挑戦とは知らずに決断を口にした。


「それじゃあ、とりあえずおススメで。一番貴方が良いと思われるアスパラガスを三人分」

「……………良いだろう。その挑戦、受け取った」


 挑戦…?と、アディオンさんが首を傾げる。

 そんな二十六歳男子の前で、エルフはごそごそと野菜の詰まれた荷箱を漁り…


 やがて荷箱から出てきたのは、物理法則を無視した…ナニか。

 緑色のそれが何なのか…アディオンさんの脳は一拍の間、現実を見据えることが出来ずに空白の世界をさまよった。


 それは見上げるほどに大きな、アスパラガスだった。

 心なしか、顔のようなものと手足のようなナニかがついている。


 エルフが言った。

「戦闘用アスパラ、グリーンアスパラマンEX.だ」

 清々しい中に、一抹の誇らしさが漂う平坦な声だった。

 その言葉にようやっとゆるゆる現実を認識したアディオンさん。

 しかし未だに逃避しているのか、認めたくないのか。

 アディオンさんが、叫んだ。


「どっから出したんですか、それぇぇええええええっ!!」


 荷箱には絶対に入らないでしょう、と。

 アスパラを直視したくない彼が第一に気にしたのは、そんなことだった。





エルフ兄さんの名前はスナフなんたら(爆)

鋭い眼差しのナイスガイ☆

普段は緑の三角帽子と外套を愛用している。

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