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勇者様が闘病中。

こちら、去年の夏に活動報告に上げたものを、そのまま持ってきたものになります。

内容は活動報告と変わりません。



 勇者様が、風邪を引きました。

 それはまだ夏が近づく前のこと。

 春の宵に似つかわしくない、寒の戻りの冷一夜。

 自分の力不足を常日頃痛感しているとかで、勇者様はその夜も修行中。

 素振り五千回を数えたあたりで、


「くちゅんっ」


 なんとも可愛らしい、くしゃみを一つ。

 そんな春の夜の、次の朝にはもう無残。


「――42.3度です」

「その温度は人間としておかしいだろう!?」

「あ、ツッコミ入れる力はあるんですね」

「それより、正しい温度は…?」

「ところで勇者様、一つ聞きたいんですけど」

「え…?」

「なんで蛋白質が凝固してないんですか?」

「本当に42.3度!?」


 勇者様は、発熱していました。

 

 半開きの唇からはあはあと、荒く息をつき。

 声は掠れて、息をするのも辛いのか頻繁に咳が出て。

 真っ赤に熟れた林檎(紅玉)のように赤く紅潮した頬。

 目はうるうると生理的な涙で潤み、揺れています。

 汗で張り付いた前髪を払う気力もないのでしょう。

 寝乱れた寝衣も、汗を吸って身体に張り付いています。

 ツッコミを入れる気力はあったけれど。

 力なく落ちた腕を上げるのも、億劫そう。

 緩慢な動きしか取れないらしく、その身のこなしは普段のきびきびした様子が皆無。

 とても弱々しく、儚いお姿になっています。

 ………これは…飢えたお姉様や頭の腐ったお姉様の群れに放り込んだら凄いことになりそうですね。


「…リアンカちゃんが、的確な診断をして差し上げましょう。完全、完璧に風邪ですね」

「性質の悪い風土病とかじゃ、ないよな…?」

「なんでそんなに弱気になってるんですか?」

「いや……今まで、体を鍛えるようになってからこんなに酷い風邪は初めてで…」

「ご安心ください」

「………なにを?」

「勇者様の身体で猛威を振るえる段階で、その風邪は立派に凶悪な部類の悪質なウイルスです。だけどちゃんと治ります。私が、治します。風土病じゃありませんけど、しっかり養生してください」

「全然安心できないんだけど…!? むしろ悪質断定されたら不安になるからな!?」


 そういって、ツッコミを入れる端から。


「うっ…く、げほっ こほこほこほっ ぐっ げほ、げほ、げほ…っ」

「ああ、無理して大声出すから…」

「だ、ださせ、た…の、だれだ……とっ」

「ほらほら、お水を呑んでください。檸檬を搾ってあるので少し酸っぱいですけど、風邪には良いんですよ。蜂蜜漬けの林檎もあるんです」

「うぅ…済まない」

「何か食べないと、お薬が胃に負担をかけますからね。食べられそうなものを教えて。無理して吐かないよう、ちゃんと自分の体調と相談してね?」

「あ、ありがとう…果物は、嬉しい。固形物はちょっと辛いな……何か、流動的なものならいけると思う」

「じゃあ、ミルク粥でも用意しましょうか。唾液が喉に沁みるくらい辛いんでしょう? なるべく刺激の少ない食べ物を用意しますからね」

「ああ」

「それを食べたら、お薬出しますからちゃんと呑んでくださいね?」

「………………………ああ」

「なんです、その躊躇いの間」

「いや、リアンカの薬は信用している。俺の身体に効く薬は、貴重だし………だけど、一度原材料を知ると、な……」

「今回は植物ベースのお薬しか出しませんよ」

「それなら、まだまし………マシ、か?」

「ちゃんと呑みますよね?」

「それは勿論、呑まないと治りが遅くなる」

「わかっているんなら、良いんです。それじゃあお薬が終わったら首に葱を巻きましょうね」

「――ちょっと待った! なんだネギ! なぜネギ!? どっ…ぐ、うくっ ごほっごほっごほっ」

「ああ、ああ…これは全快するまで、ツッコミ封じかけられてるようなものですね、勇者様」

「………ある意味、それが一番辛なっけほんっけほんっけほんっ」

「叫んだら喉の炎症が悪化しますよー…」


 やがて高熱と節々の痛みと咳による疲労でぐったりと寝台に沈む勇者様。

 その様子に、一つの言葉が浮かびました。


 ――重症。

 まさしくそれ以外に、何と言えと。


「…このままだと汗で体が冷えますよ、勇者様。眠る前に汗を拭いて寝衣替えましょう」

「えっ?」


 勇者様の寝台脇に、お湯の汲まれた盥とタオル。

 絞られたタオルからは湯気が上がっていて、その用途は明白。


「ま……待てっ!」

「はーい、勇者様ばんざーい」

「まってぇぇええええ…っ!!」


 傷病人を前にすると、薬師の職業意識が前面に出て「恥じらい? 何それ」状態がある程度強まるリアンカ・アルディーク17歳。

 彼女の親身な看病は、密着度も高く。

 病気であることを除けば健全な、紳士19歳の精神を非常に圧迫し、風邪とは関係なしに大いに疲労させるのだった。


 ちなみに体は綺麗に丁寧に拭かれました。

 何とか下着だけは死守した勇者様は、着替え終わってぐったりと倒れ伏したという…




 その、翌日。

 一日かけてリアンカに熱心に看病されて、勇者様は消耗していた。

 主に、精神的な意味で。

 肉体の方はリアンカの献身的な看病のお陰で元気を取り戻しつつあるのが、何故か腹立たしい。


 そんな鬱屈とした思いを抱える、病人の元に。

 白衣の天使様達が降臨した。


「まっ、まぁ…どの、その格好ごほっ」

「おうおう、無理すんなー…」

「無理しちゃ、めっですの!」

「ひ、ひめまで…」


 そこにいたのは毎度おなじみお隣の魔王兄妹!

 知的クールなスクエア型眼鏡に、白衣というお医者様コスの魔王様。

 加えて青と白の縦ストライプ柄ワンピースに白いエプロンとナース帽というナースコスの魔王妹だ。

 普段の格好との差異が、どうにも目につく。


「………まぁ殿、何だその格好」

「ん? いや出がけにヨシュアンがな?」

「看病ならこの恰好が一番!と言っていましたのー」

「ヨシュアン殿………」


 頭痛を感じたのだろうか。

 痛みを堪える様に、勇者様が頭を抱える。

 だがふと、顔を上げた。


「……………看病?」

「ん? ああ、聞いてねーのか」

「何を、さっぱり」

「ん、リアンカがな薬の追加を作るんで今日は俺とせっちゃんに勇者の看病頼むって」

「は? まぁ殿が!? それにセツ姫も…!?」

「んだよ、俺じゃ不満かよ」

「いや、その、村長夫人は…?」

「あぁ? てめぇの身体を制圧するよーな凶悪ウイルスに叔母さんを曝せるわけねーだろ。叔母さんはただの人間なんだから」

「いや、それだったらリアンカも条件は一緒だよな…? あと、俺も人間だからな?」

「リアンカは薬師やってる分、病気の類にゃ格段にかかり難いからいーんだとよ」

「そういうものなのか…?」

「そーいうもんだと納得したとこで、寝ろ」

「わぷっ」


 釈然としない面持ちながらも、今は病人の身。

 やはり体の疲れは極限まで来ていたのだろう。

 まぁちゃんによって寝台に押し込まれた勇者様は、やがて間を置かず夢の世界へと旅立った。




 その頃。

 ハテノ村、薬師の薬房にて。

 村の誇る三人の薬師が額を突き合わせ、真面目な顔で相談し合っていた。


「それじゃ私は、鎮痛解熱剤を作るわね」

「じゃあ僕は喉の薬で」

「私は免疫力を高めるお薬にしようかしら」


 そう言って、それぞれで分担して。

 効果を打ち消し合うことのないよう、何を作るかは相談し合いながら、三人の薬師はそれぞれに勇者様専用の特効薬を作り出す。


 その、内訳は。


 リアンカ:鎮痛解熱剤

 →水薬(ピンクと青のマーブル模様。常に黄色い煙を発生させている)

 ムルグセスト:抗炎症剤

 →どこからどうみても生臭いゲテモノ

 メディレーナ:抗生剤

 →ただし座薬



 今はまだ、深い深い夢の中。

 勇者様は未だ、己に襲い掛かりつつある大いなる受難を知らずにいた。




 せっちゃんにはきりっとびしっとした看護服より、レトロで可愛いエプロンドレス風の方がきっと似合います。代わりにピンクナースはきっとリアンカちゃんがやってくれるでしょう。画伯の仕込みで。


リアンカちゃんをはじめ、薬師の謎薬

 リアンカちゃんのお薬 → 飲むとじわじわ健康になる。

              ちなみに爽やか苺味(果物の類は一切は入っていない)。


 むぅちゃんのお薬 → 鍋の中から目玉(単品)がこっちを見ている。

            蠢いているのは蛸の足? それとも烏賊?

            ちなみに西瓜の味がする(植物は一切は入っていない)。


 めぇちゃんのお薬 → 発想がおかしい。何故、座薬にした?

 「リアンカとムーがなんだか面白いものを作っていたから…私も面白くしなくちゃと思って」

 「まさかの受け狙い!? 患者の俺の身にもなってくれないか…!!」


風邪ウイルス

 「いくらなんでも42.3度はおかしい…おかしいよな? おかしいだろう…?」


 「おい、リアンカ。勇者の奴がなんだかぶつぶつ思い悩んでんぞ?

 かなり不気味なんだけどよ、本当は何度だったんだ」

 「勇者様のお熱ですか? ………実は、39.3度だったんですけど」

 「おい」

 「あはは…今更いうのも何だし、黙っておきましょう!」

 「ははは………勇者、不憫な奴」


まぁちゃんの白衣

 ちなみに下は白いワイシャツにスラックス、紺色無地のネクタイ。

 ついでに首には聴診器を下げとります。

 ただし、足元はなぜかスリッパ。


フラン・アルディーク

 「そういえば俺、10歳超えてから風邪引いた覚えねーな」

 「馬鹿は風邪を引かない?」←幼馴染弓使い

 「はははー? いま、何かいったか?」

 「いってないいってない言ってないからー!! 止めて! ドリルは止めて!?」

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