とある女魔王の結婚5
側近がサムズアップして色々やらかしてくれました。
お陰でセネセネ様がかつて無く酷いことになっております。
………まぁちゃんの先祖、なのにね。
勇者達と女魔王の戦いは、苛烈を極めた。
だが、魔王はウエディングドレス(母の形見)を身に纏い、動きに制限がかかる。
勇者一行は近接戦闘に長けた勇者を前面に出し(矢面)、仲間達は支援魔法や援護に徹してウエディングドレスによって動きの鈍った魔王に対抗しようとしていた。
「『防御力上昇、防御力上昇防御力上昇防御力上昇防御力上昇…』!」
「守りに堅き者、堅牢なる者、大地を司る玄武に希う…」
「――英雄よ、勇者よ、偉大なる戦士に敵の攻撃は届かず…♪」
「主よ、憐れみたまえ」
神官、巫女、吟遊詩人、そして牧師の声が朗々と響く。
神職にある者達が、勇者の能力を底上げしようと言葉を重ね、魔力をふるう。
「う、お、おおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!」
その祈りに応えて、勇者は進んだ。
前へと、前へと。
「『敏捷値上昇、敏捷値上昇敏捷値上昇敏捷値上昇敏捷値上昇』!」
「いと高き御座におわす神々に勧請奉る…」
「――ひしめき合って嘶くは、天下の………♪」
「主よ、彼の者に聖なる速度の神『アイルトン・●ナ』の世界をお与えください」
ぐんと、まるで世界の中で感覚が伸びていくように。
勇者の身体は速度を増して、矢の如く威力を挙げて。
風切る音が、高く高く耳に響いて流れいく。
勇者の口が、抗議の為に開かれた。
「お、お前ら自重しろぉぉおおおおおっ(泣)!!」
声はちょっと半泣きだった。
あまりにも速度を外部から上げられた為、動きが微妙についていかない。
己の動きが早すぎて、姿勢制御をほんの僅か誤っただけで転倒しそうだ。
自身の身体への不安と、焦り、緊張。
元より気を抜くつもりはなかったというのに、足の動きに気をとられる。
抗議を受けたご神職及び吟遊詩人はピタリと詠唱を止め、首を傾げる。
次いで、やらかしたことは。
「『攻撃力上昇、攻撃力上昇攻撃力上昇攻撃力上昇攻撃力上昇攻撃力上昇』…!」
「暴虐なる猛々しき神、勇猛なる英雄神、剣鬼となりて…」
「――岩を砕く鉄の城♪」
「主よ、貧しき者に慈悲を。あの者に武神『モハメド・●リ』の加護を…」
補助魔法の方向性を変えただけだった。
「だから自重しろよお前らぁぁあああああああっ!!」
しかし事前にこうなることは、計画の段階でわかってもいた。
諦めながらも、仲間達の行動パターンを把握していたこともある。
あまりに力の漲る全身に顔を引き攣らせながらも、勇者は走った。
向かってくる、一陣の風の如き勇者。
それを正面から見据え、魔王の目が細く眇められる。
「ふん…迎撃じゃ。妾を舐めきった態度、悔いるが………っ! なんじゃと!?」
女魔王の秀麗な顔が、驚愕に染まる。
恐怖さえも込められた、その視線。
それは向かってくる勇者………ではなく、己の右手へと向けられていた。
いま、その手には。
白い百合をメインにした清楚でありながら豪華な花束が握られている。
オプションに、四天王の一人に渡されたものだ。
殆ど重みを感じなかったため、今の今まで存在を忘れていたのだが…
「て、手から離れぬ…っ!!」
なんと ブ~ケ は呪われていた!
女魔王は装備を外すことができない!
貴賓席から、側近が良い笑顔でサムズアップ。
「陛下~! そちらのブ~ケは笑顔で女性の群れにブーケトスしなくては!」
「き、貴様…! なんじゃ、この意味の分からぬ妨害!」
「いやいや陛下、花嫁☆の定番じゃないですか!」
「誰ぞ! 誰ぞ、あの者を逆さに吊るして鞭をくれてやるがよい!」
「そうしたら魔王城全域に響き渡るよう、気合をいれて『あっはん』って悲鳴をあげますね! 濃厚ピンクの!」
「止めんかぁぁあああああ! 怖気が走ったぞ、いま!」
→ 女魔王は人事に呪われている。
「くっ 右手から離れんのならば、左手で戦うのみじゃ。
――来よ、【闇の聖剣】…!! 」
そうして、魔王が召喚したものは。
代々の魔王に引き継がれ、連綿と受け継がれてきたもの。
至宝にして魔王にしか扱えない究極の武器【闇の聖剣】――
暗黒を具現化させた災厄が、一振りの剣の姿を借りて顕現する。
人を屠り、悪魔を屠り、竜を屠り、神を屠る…
そうやって何千何万何億と血を粋続けてきた闇の剣。
精緻に刻まれた細工は人の目を奪うが、ただの装飾でしかない。
重要なのは、その刃。
誰も逆らうことを許さず、蹂躙という覇業の為だけに存在する剣。
やがてそれは、女魔王の召喚に応じて彼女の手中に姿を現した。
ただし、柄だけ。
空気が止まった。
女魔王の顔は引き攣り、言葉にならない呻きがもれた。
信じられないと、信じたくないと顔に書かれている。
予想外の展開に勇者は速度・勢いの制御に失敗して派手に転倒!
盛大な土煙を巻き上げながら、頭から地面に突っ込んでいく。
そして見当違いの方向に30mばかりスライディングをかました。
女魔王が呼び出した、魔王に許された最強の剣…
その刃は、まるでこれが正しい姿だと主張するかのように見事になかった。
透明なのではない、真実、そこに刃がなかった。
なんとも名状し難い事態に、魔王の硬直は解けない。
頭から地面を滑り通り過ぎていった勇者は、試合場の壁にぶつかったまま。
壁を割る勢いで凄まじい音のした後、ぴくりとも動かない足だけが見えている。
どうしたものか。
女魔王は、真剣に困った。
そこに、側近からの声がかかる。
「陛下~、そういえばご報告してませんでしたが、【闇の聖剣】はメンテナンスの為に刃の部分だけドワーフの集落に送っちゃいましたから使えませんよー?」
「そなた、何故にこのタイミングで! 武闘大会開催のタイミングで! 明らかにそなたの仕込みじゃろう!? 一体何を考えておるのじゃ…!」
「そんなそんな、私めは常に世の恒久平和と陛下の御身大事を考え、ちっとも展開の見えない陛下の結婚事情に胸を痛めてますよ?」
「なんとも白々しく嘯きおって…!」
思わず、女魔王は花束を握ったままの右手で顔を覆ってしまう。
彼女の背後には、隠しようのない哀愁が広がっていた。
「どうしてくれるのじゃ、この事態…っ」
「ご安心を、陛下! 由緒正しい剣はありませんが、今の陛下に見合った代わりの武器をご用意しております!」
「いらぬわーっ!! 嫌な予感しかせぬし、いま鳥肌が立ったぞ!?」
「そう仰らずに! えい☆」
側近が指をぱっちん鳴らした、瞬間。
セネアイーディ様の左手に、違和感が走った。
ハッとして顔を向けてみると、そこには…
………ブ~ケと同じ花々で飾られた、刃渡り50cmの ケーキナイフ が。
「……………」
いきなり手の中に現れたケーキナイフをしげしげと見回す魔王様。
当然ながら刃はついておらず、攻撃力は雀の涙。
そこを『魔王』が攻撃力を乗せれば、容易く他者も蹂躙できるだろうが…
いかんせん、見栄えが。
「…」
セネアイーディ様は、左手を振ってみた。
ぶんっと風を切る音がする。ついでに衝撃波が出た。←セネアイーディ様の技量
…が、それだけだ。
本当は投げ捨てるつもりだったが、半ば予想していた通りに何ともならない。
ケーキナイフは手にぴったりと吸い付くようにくっ付いて、離れない。
なんと、ケーキナイフ は呪われていた!
女魔王は装備を外すことができない!
物問う眼差しを側近へ送れば、そこには爽やか笑顔とサムズアップ。
女魔王の米神に、青筋が浮かんだ。
「これで何としろと言うつもりじゃ貴様ぁぁあああああっ!!」
「ケーキ入刀ー…ですかね?」
「何故に首を傾げる!」
「パッションです! 私の熱く燃えるパッションがこうさせたのです!」
「――誰ぞ! 誰ぞ、あやつを城の塔の天辺から突き落として参れ…!!」
【魔王セネアイーディ】
装備:武器【呪いのケーキナイフ】
防具【母の形見のウエディングドレス】
防具【呪いのブ~ケ】
セネアイーディ様は側近に呪われている!
今、セネアイーディ様のお姿は麗しく、美々しく、綺羅綺羅しく。
まるで星の輝きのように、冴え冴えとした月のように美しい。
しかし実態は呪われた武器(?)防具(???)を装備させられた残念なもので。
今まで生きてきた中で史上最低の装備をさせられた、セネアイーディ様。
ドレスが汚れでもしたら、女魔王の精神へもたらされる打撃は計り知れない。
見事に動きを阻害する装備ばかりを強制され、いま彼女はかつて無く無防備で。
戦う相手にとっては、この上なく勝機に満ちた展開が繰り広げられる。
味方からの裏切りにより、彼女の弱体化は明らかだ。
何もかもが勇者達にとって有利となった今回の戦い。
しかし、勇者は壁に激突したまま、ぴくりとも動かなかった。
呪われたブーケとケーキナイフは600年の時の彼方に、ベテルギウス(『ここは人類最前線4に登場』)のコレクションになりました。




