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とある女魔王の結婚2

今回は女魔王セネアイーディ様は出てきません。

「相応の実力と覚悟を示せということは、それさえ証立て出来れば結婚を考えて下さるということですよね?」


 ふふふ、と。

 薄く微笑む神官の上機嫌さが、仲間達の背筋を伸ばす。

 妙な気迫と恐ろしさが、そこには込められていた。


「お、おい…? お前何する気だ」


 お前聞けよ、いえいえ貴方が、と無言の押し付け合いの末。

 最も付き合いの長い勇者が神官の肩に手をかける。

 そしたら逆に、手を掴まれた。


「勇者、いえカロム…?」

「な、な、な…っ!?」

「幼馴染の兄代わりとしての頼みです。勿論、聞いてくれますよね…?」


 勇者は、『蛇に睨まれた蛙』の気持ちをマスターした。

 ちなみに、勇者達に拒否権は欠片もなかった。


 そうして、折りの良いことに。

 この人騒ぎの翌日から…魔族の慣例『武闘大会』が開催されようとしていた。


「取り敢えず一人で参加すると圧倒的に私の分が悪いので、チーム戦の部に登録しますけど構いませんよね?」

「もうどうとでも好きにしてくれ…っ」


 一行のリーダーの筈なのに、勇者の拒否権は一切ナシ!

 勇者一行のカーストにて頂点に君臨しているのは、誰がどう見ても確実に神官ただ一人であった。


 そうして勇者一行は女魔王との再戦の約束を果たすため…

 それより何より、神官の求婚を成功させるため。

 魔族の一大祭典、拳のお祭『武闘大会』に参戦表明したのだった。





 吟遊詩人マリウスが、楽の音を奏でる!

 それは身体能力上昇や戦意向上などの一種魔法めいた効果を持つ歌。

 吟遊詩人の身に許された特殊な技能。

 味方の意識を鼓舞し、気休めどころではない確かな効果をもたらす。

 神官アドニスは繰り返し繰り返し、神への言葉を奏上する。

 それは彼の用いる白魔法。

 神聖魔法と呼ばれる種類の、神の力を借り受けるもの。

 戦闘力上昇、防御力上昇、速力上昇、幸運上昇………

 様々な補助効果を持つ呪文は何度も重ねがけが施された。

 その合間、挟みこむようにして敵に向ける補助魔法(ノロイ)が放たれた。

 戦闘力低下、防御力低下、速力低下、幸運消滅………

 重ねられる呪文に、敵対する魔族は体が鈍重なものに変わっていくのを確かに感じて焦りを浮かべる。

 しかも。


「………(ザ●キ(ぼそっ))」


 更にその合間に、さり気無く神官が挟んでいく。

 究極の呪い…所謂(いわゆる)、即死効果魔法を………。

 神官ほど実力のある白魔法(?)の使い手でも、その成功率は低い。

 しかし人間よりもずっと耳の良い魔族の対戦相手はそれを耳に拾う度、顔を引き攣らせた。勿論、呪文の効果を知っているからだ。

 不幸な対戦相手は精神的に追い詰められつつあった。

 どう考えても、ただの神官の嫌がらせだったのだが。


 それら仲間の援護(?)を受けて、最も前に躍り出るのは勿論一行の鉄砲d…

 …失礼、斬り込み隊長である勇者だ。

 彼は切りつけた相手の魔力を強制的に浄化するという効果を持った聖剣の一種を振りかざし、勇敢に敵へと向かっていく。

 聖騎士という肩書では伊達ではない。

 攻撃の合間に怪我をしても、即座に自分で回復してしまう。

 怪我を負うことを恐れず、怯まず、真っ直ぐに向かってくる。

 鎧すらも魔力への耐性が強く、弱い魔法は簡単に弾かれた。


 そして巫女が歌い、踊る。

 その手に持った、鈴を鳴らして。

 神に捧げる楽の音と踊りで、その身に神を降ろす。

 神の巫女としての高い修練の果てに、彼女が得た能力。

 呼び声に引き寄せられて降臨した剣神や戦神を体に宿し、敵対者を圧倒した。

 ………実は一行で一番強い攻撃手段を持っているのは、彼女だった。

 ただし、その能力は神を降ろすという性質上、肉体にかかる負担が大きすぎるので奥の手扱いのまさに奥義。

 そうそう何度も頻繁に使えるものではないのだけれど。

 縦横無尽に駆け回り、蹂躙という言葉そのものの破壊力を示す巫女は、理不尽なまでの存在と化していた。


 更に。


  ピシィ…ッ


 空気を切り裂き、鋭く叩きつけられる音がする。

 柔軟な革の素材は、音だけで威力を知らしめる。

 それが身に降りかかれば、皮が裂け肉が削げ、血が飛び散るだろう。

 鋭い音に、どうしたって注目はそちらに集まる。


「――さあ、私に可愛がってもらいたい者から前に出なさい!」


 そこには全身黒づくめで顔に常と変らぬ作りめいた微笑みを貼り付けた、背の高い牧師が佇んでいた。


 ただし、その手に黒革の鞭を握って。


 長く伸びた鞭は絡まることなく、牧師の手に反応して自由自在と踊り空を裂く。

 再び床の石畳に叩きつけられた鞭の音は、ちょっとした拷問吏なら惚れ惚れしてしまうほどに熟達した技を感じさせる。

 対戦者のチームに所属している魔族たちは、かなりの引け腰及び腰だった。

 どこからどうみてもたじたじの有様で、互いに仲間の背を押し合っている。


「お、おまえ行けよ…っ」

「嫌だよ! お前が行けよぅっ」

「俺だって嫌だ…被虐趣味なんてねぇよ、俺!」

「俺だってねぇよぅ…!」

「というか鞭に打たれる趣味なんてあったら絶交ものだろ!?」


 ………牧師の存在は、計らずしも敵チームに対する牽制となっていた。

 その隙に背後から忍び寄った神官が、手慣れた動きで打撃を加えていく。

 手首のスナップで真上から打ち下された分厚い聖書の角。

 それが絶妙な角度で、魔族たちの脳天に直撃(クリティカルヒット)。←罰あたり神官

 よく見れば分厚い上に、金属板で要所を補強されている。

 本の角は木に打ち付けたら()り込むような強度の金属で覆われていた。

「ぐふぅ…っ!?」

 あまりの痛さに悶絶。

 中にはそのまま意識の落ちてしまった者もいる。

 それら哀れな被害者達を前に、聖書(返り血付)を抱えたアドニスは神官らしい慈愛の笑みで呟いた。

「神は偉大なり。神の聖書(コトバ)は偉大なり。

貴方がたにも神のご加護がありますように?」

 その神のコトバで容赦なく打撃を繰り出した神官様は、とても模範的な神官っぽい清潔感漂う姿で魔族たちを見下ろしていた。


 そしてその隙に。

 牧師の鞭が追い打ちとばかりに振るわれ、蹲っていた魔族たちに打ち付けられる。更に剣を構えた勇者が蹴散らし、巫女が打ちかかり…


 勇者一行は、順調に試合を勝ち進んでいた。

 流石は勇者一行。

 長い道のりをちゃんと戦いながら共にしてきただけあり、彼らのコンビネーションには一日の長があった。

 その辺の急造(インスタント)チームには追随を許さない、見事な戦いぶり。

 チーム戦こそ、彼らの面目躍如。

 彼らはそうしてあれよあれよという間に、とうとう決勝まで駆け上がっていったのである。


 

 そして、決勝を制した優勝チームには…当代の魔王へ戦いを挑む権利が与えられる。それは魔族に代々続く、『武闘大会』の慣例だった。




「皆さん、協力感謝です。お陰で順調に勝ち進めることができました」

「ううん、構わないよアドニス。僕たちにだって僕たちなりの目的があるし」

「そうですね。何しろ武闘大会…その優勝を果たし、見事当代魔王との試合で顔面に一撃入れることが出来れば……………」

「………分かっていると思いますが、セーネ様の顔面を殴った方にはそれなりの返礼をさせていただきますからね?」

「でもアドニス、お前だってあの女魔王との相手…顔面一撃の伝統を狙ってるんじゃないのかよ」

「まあ、狙っていますよ?」


 魔境は魔族の謎伝統、謎風習。

 数あるその中でも一際憧れを集める謎の風習がある。

 それは、武闘大会にまつわる風習だ。


 当代魔王との戦闘にまで持ち込み、その顔面に一撃を入れて想う相手に求婚するという………命がけで挑んでもなお危険な風習である。

 しかしその過程を踏んで求婚されることが全魔族女子の憧れだというのだから血気盛んな戦闘民族「魔族」は色々終わっていると勇者は思った。


 元々は何百年だか何千年だかの昔、父親である魔王に結婚を反対された魔族の姫君とその恋人が結婚の許諾をもぎ取った際の逸話を起源としている。

 当時の魔王が、言ったそうだ。


「ええい、貴様などに娘をくれてやれるか…! どうしても我が娘と結婚したいというのであれば、この父を倒して手に入れるがいい!!」


 魔族の姫とその恋人は、そんな魔王の言葉を真に受けちゃったらしい。


 そうして、容赦なく振るわれる魔王への顔面パンチ。

 文字通り殴り倒して結婚をもぎ取った恋人さんは中々の剛の者だと思われる。


 以来、その故事は魔族の間で代々伝説の如き扱いで語り継がれてきたのだが…

 魔族の娘さんは、その逸話を「ロマンティック」と評するらしいよ?

 おまけにうっとり憧れちゃったりなんかするらしい。

 それ以来、魔王の顔面に一撃入れての求婚は理想のプロポーズとして全魔族の憧れを集めている………らしい。

 それを煽るように、魔王との試合に勝った者に与えられる特権の一つとして数えられているのだ。

 相手が誰であろうと求婚しても構わないという、プロポーズ権が。

 勿論相手に頷いてもらえるかどうかは個人の自由。

 だがどんな高嶺の花が相手でも、相手が魔王の娘でも。

 ………魔王本人でも。

 全ての魔族、魔王に妨害を許さず求婚できるというのは凄い権利である。


 そのこともあって、伝統は姿を残す。

 結婚を考える魔境の若者は、必ず一度は武闘大会に挑むのが慣例化していた。


 それはそう、魔境に住む『人間』であっても………



「すっかり三年も長居する間に、皆もそれぞれに見つけてしまいましたからね」

「ふふ…ええ、三年は新しく縁を得るのに充分な時間ですから」


 神官が苦笑するのに合わせ、牧師が淡く笑む。

 今回の武闘大会、参加は決して神官一人だけのためではなかった。

 そう、それぞれの目的のため。

 魔王との再戦を頑なに望む勇者以外は、皆……

 それぞれの想い人の面影を胸に、いよいよ魔王との戦いに挑もうとしていた。

 

 神官アドニスの想う相手は、その対戦する魔王本人であったのだけど…。 




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