とある女魔王の結婚1
呪いが解けたところから、GO!
しかしその場にいるはずの勇者一行がかなりの空気です。
むしろ神官と女魔王ばっかり。
女魔王セネアイーディの解呪には、三年の月日が費やされた。
勇者たちが女魔王の呪いを解くと協力を約束してから、三年後。
魔境中の星々が一斉に輝き、月が一際明るく光る満月の夜。
満月の持つ膨大な魔力を儀式に用い、先代魔王による呪縛…
不老の呪いから、女魔王はようやっと解放される。
とある女魔王の結婚1
月の光をいっぱいに取り込む、バルコニーの中央。
魔力を増幅させる魔方陣の中央は今、輝きを増した月光によって目も開けられぬほどに眩しい。
膨大な光と魔力で、誰の視界もが塞がれた。
その光の渦中で、幼く小さく細かった身体が急激に時間を取り戻す。
失われていた、「成長」を。
やがて光が薄れたとき、そこに佇んでいたのは………
月をすいて細く作られた光のような、銀の髪。
夜の空を閉じ込めたような、紫紺の瞳。
白くほっそりとした姿は幼女の頃の面影を残しながらも、別人のようで。
見違えるほど妖艶に、より一層の美しさと気高さを有している。
自然と備わっている気品が、月光の中の彼女を月の女神のように見せた。
誰もが呆然と固まっている。
見守っていた、男も女も関係なしに。
女神の化身としか思えない麗姿に、魂すらも奪われて。
彼女の圧倒的な美に魅入られ、呼吸すらも忘れた。
そんな中で、只一人。
一人だけ、いつもと同じように微笑む男がいた。
優しげな、穏やかな様子でにっこりと。
彼女が幼い姿をしていた時と、全く変わらない様子で。
変わらない、笑顔で。
姿など関係ないとばかりに、変わらない態度で。
神に仕える男は、目前の彼女こそが己の神だとでもいわんばかりにうっとりと。
蕩けるような笑顔で言ったのだ。
「やはり、セーネ様はどのようなお姿でも…幼くお可愛らしいお姿でも、麗しき大人のお姿でも、セーネ様はセーネ様なのですね………どのようなお姿でも貴女だとわかり、改めて安堵いたしました。
どうか私と結婚してください」
呪いの解けた女魔王様を見た神官の第一声は、そのまんま求婚だった。
一瞬で神秘的な空気は跡形もなく霧散し。
そうして、その場にいた神官以外の誰もが脱力した。
この三年。
神官アドニスのセーネ様に対する態度は見事に一貫していた。
即ち、惜しみない愛よ届けと求愛の一択。
ひたすら優しく、ひたすら親切で、ひたすら可愛がっていた。
その様、それこそまさに溺愛といわずに何と言えるのか。
言葉も態度もそれこそ何一つ惜しまず、だからと押し付けるような真似もせず。
押し付けがましくないからこそ、女魔王の方も邪険にできずに戸惑うばかり。
だが花に愛情を注ぐように、それは一定の効果をもたらす。
それはそう、『ほだされる』という効果を…
重ねられていく言葉は降り積もり、降り注ぐ雨のように優しく密やかに染み込んでいく。満更ではない思いは何時の間にか半ば摩り込みとなる。
本人たちにも、何の自覚もないままに。
どのような姿でも関係ないと情熱を注ぎ続けた神官。
彼の情熱に戸惑いながら、女魔王は悪い気はしていなかった。
だってたった今、神官は自らの態度で証明したのだ。
セネアイーディ様がセネアイーディ様であれば、その姿は関係ないと。
彼女が彼女であれば、どんな姿でも構わないと。
それは己の幼い姿を疎んじていた…
己の幼い姿を目当てとする変態に悩まされていた女魔王にとって…
…そう、それは、とても嬉しいことだった。
だけど鬱屈した二十三年がある。
八歳で時を留めた体を抱えて、孤独に過ごした二十三年。
決して短くはない時間の中で培った蟠り。
素直になるには、その時間は長すぎる。
不遇な時間を過ごしてきたセネアイーディ様は、すっかり捻くれていた。
加えて姿に惑わされなかったからと婿に選ぶほど、心は簡単ではなかった。
何か、理由がほしい。
根拠がほしい。
誰か一人を選び取る、その基準がほしい――
観衆が全て脱力して座り込み、呆れた視線が神官に注がれている。
だけど神官は真っ直ぐと、昨日までと全く同じ眼差しを女魔王に注いでいる。
神官へ目を向けると、自然と目が合ってしまう。
ずっと見つめ合うのは耐えられないと、女魔王は目を逸らした。
多分にその複雑な感情と、照れと、羞恥の混ざった面持ちで。
見間違えとは思えないほど、耳を赤くして。
そうして、女魔王は。
己一人に忠実で、一途な求婚者から強引に視線を逸らしたまま。
しかし意識していることを隠せない声音で、こう言っていた。
「そなたは阿呆か。かように麗しゅうなった妾にそのようなことしか言えぬのか」
「セネアイーディ様が麗しいのは当然です。言葉では言い尽くせないほどに美しくあられるのは只の純粋なる事実……わかりきった事実を今更言葉にして、何となりましょう。それは誰もがわかっていることなのですから。それにどうせ睦言をいうのであれば、私としては二人きりの時を希望したいですね。口説き文句は意中の方以外に聞かせたいと思えませんから」
「ぐっ…!? ちょっと喋ったら返事が四倍くらいになって返ってきおった!?」
「申し訳ありません。言い尽くそうにも尽くせない私の愛が、溢れてやまないようです」
「あ、愛などと…っ 我が愛する背の君以外と語り合うつもりはないわっ」
「ですから、私を貴女の背の君にして下さい」
「何のてらいもなく、何を言うておるのじゃ貴様…!?」
女魔王は、誰の目にどう見ても押され気味だった。
そして幼い外見故に恋愛的な免疫の無かった女魔王は、驚くほど純情だった。
お陰で押せ押せ神官を相手にたじたじである。
恋愛経験値-の女魔王様にとって、初恋を拗らせた神官は手強い敵だ。
特に、その好意が限りなく裏を持たない純粋なモノであるだけに、特に。
真っ直ぐに向けられる愛を前に、女魔王は滅びそうだった。精神的に。
追い詰められている…!
このままではうっかり求婚の言葉に頷いてしまいそうだ。
神官は、困ったことに言葉巧みな商人めいた口車の持ち主である。
承諾するつもりがないのに、気付いたら頷かされていた…等ということになってもおかしくない。
状況の不利。
女魔王は愛の言葉で精神的に追い詰められながら、旗色の悪さを悟る。
圧倒的な(恋愛的な意味での)実力の違いが、女魔王自身にも感じ取れてしまう。
ほんの少し言葉を交わしただけで、彼女には分かってしまったのだ。
今までは子供の姿だからとされていた、確かな手加減。
それが女魔王が大人の姿を取り戻したことにより、全くされなくなっていると。
今から、本当の意味で神官の本気が…全力アプローチが始まるのだと…!
このままではまずいと悟った瞬間、考えるより早く彼女は撤退を選択していた。
「わ、妾は好いた惚れたの言葉で婿を選ぶつもりは欠片もないわ! そなたが真に妾の伴侶たらんと望むのじゃったら、相応の実力と覚悟を示すのじゃな…!!」
こんな捨て台詞を、その場に残して。
「陛下ー…それ、もう半分以上承諾してるようなもんじゃないっすかねー……」
呆れたような側近の呟きは、寝室に逃げ帰った女魔王の背中に消える。
頼りない呟きだったため、声は夜の風にさらわれて…
彼女の失態を知らせる声は、女魔王の耳に少しも届いていなかった。
ただ側近の声を耳にした、近くにいた者達は同感の意を示して無意識に頷く。
神官は一人上機嫌に、女魔王の背中を見送っていた。
にっこりと爽やかな、人の好さそうな微笑で。
これが、彼と彼女の…
神官と女魔王の、結婚を賭けた勝負の始まり。
だけどこの時点で勝利の分が神官側に大きく傾いていたことは明らかで。
女魔王本人だけが、己の足掻きの虚しさを未だ知らないまま。
これからの戦いの苦しさなど知らず、先行きを予想する冷静さもなく。
己の寝台の上、大きな枕を抱締めて内なる叫びを必死に押さえ込んでいた。
セネセネ様、無駄な足掻き。
神官はじわじわと包囲網を作り上げつつある様子。
泳がせられてる! セネセネ様、泳がせられてるよ!?




