とある女魔王の鬱5
今回はちょっと短め?
あの神官がついに発動します。
「その解呪の要請、御引受け致しましょう」
全てが動きを止めた中。
女魔王セネアイーディ様の願いに応えたのは、何故か白い面の神官でした。
いやいや呪いを解くのは貴方じゃないでしょう。
そんな種類の視線が、彼に殺到した。
「アドニス!? おま、何勝手に引受けてんの!?」
「何か問題でもありますか、勇者」
「いや、いやいや、なんで何も問題ないですよね?みたいな顔してんの!」
「実際に問題、ありません・よ・ね?」
神官の攻撃!
勇者は笑顔の圧力に50の精神的ダメージを受けた!
「実際に子供の姿をした方を相手に剣を振るうのは外聞が悪いと、貴方も分かっているんでしょう。そこを改める手段があると、魔王本人が言っているんですよ?」
ならば乗るべきでしょう、と。
神官はそう言って笑うのだけど。
何故か次の瞬間、神官はセネアイーディ様を相手に跪いていた。
「「「「!?」」」」
その場にいた幾人か(セネアイーディ含む)が、突然の行動に息を呑む。
意味不明の行動に、女魔王は何事かと身構えた。
しかし、そんなセネアイーディを真っ向から見つめる神官の瞳は…
跪くことで、両者の視線が真っ向からぶつかり合う。
目線の高さは、完全に同じ。
セネアイーディは、逸らすこともできずに見てしまった。
神官の瞳に宿る、熱いナニかを。
情熱的に潤んだ、セネセネ様としては初めて向けられる類の視線だった。
「それに…」
神官が僅かに発した声には、隠せない恍惚とした響き。
何事か、と。
仲間たちの顔も引き攣る。
「解呪が済めば、セーネ様も歳相応のお姿になるのでしょう?」
「セーネ、じゃと…?」
「ええ…。セーネ様がかつてのままお変わりない姿でいるのも愛らしいとは思いますが…やはり、慕う身としては気まずいものがありますからね」
さらりとそう言ってのけた神官に、場の空気が引き攣り、凍った。
神官が口にした魔王の呼称、セーネ。
それは、セネアイーディ様のかつての愛称。
魔族の誰でもなく、隣村の村長子息だけが使っていた。
そのはず、だったけれど…
「お久しゅうございます、セーネ様。約束の時より、十年も遅れてしまいましたが…もう遅いのではないか、そう思いながらもこうしてやって参りました」
「や、約束? 十年前? なんのことじゃ!」
「ふふ…お忘れですか。私は片時も忘れたことは無かったのですが………ですが忘れていても、約束は約束…履行していただきますよ? そのお姿であれば、きっと制限がかかっていたことでしょうし、応じるに不都合はありませんよね?」
「な、な、なんなのじゃっ? 何の話じゃ! ………何故か、不穏な気配が!」
得体の知れない展開に、女魔王は怯えている!
そんな魔王に、笑み和んだ顔を見せる神官は、しかし目だけが真剣だ!
そのまま一気に畳み込んでしまえとばかり、滑らかな舌が一層の働きを見せる。
さり気無くいつの間にか、神官は女魔王の小さな手をしっかりと握っていた。
「私はきっと、幸運に見舞われたのでしょう。セーネ様がどんなに変わっただろう、男共は放っておくまい、きっと私は出遅れただろうと思っていましたが…こうして見えてみれば、あの頃と寸分違わぬ貴女がいた。そのお姿では、よからぬ輩も余計な男も近寄ることは出来なかったことでしょう。それがどんなに嬉しいか…!」
神官の熱意たっぷりな口調に、偏執的なナニかが垣間見える。
魔王は真剣に見つめてくる神官から感じ取った何かにびくっと肩を震えさせた。
ものすご~く顔を引き攣らせた勇者が、神官の肩を叩く。
「お、おいアドニス…? この場の全員見事に置いてきぼりだぞ? 置いていくな。そもそも当事者っぽい魔王まで全力で置いてきぼりじゃないか……
…というか、一体全体どういった事デスカ」
「おや、これは失礼。ですが勇者? 人が女性を口説いている場に介入しようとは野暮ですね。そっと黙って場を離れる殊勝さは持ち合わせていないのですか」
「いきなり口説きだしたのはお前だし、っていうか口説いてたのか!?
俺には逃げられないように追い詰めようとしている気配がひしひしに伝わってきて、むしろ怖くてならないんだけどな!?」
「こら、余計なことは言わないでください。警戒されたらどうするんですか」
「もう手遅れだよバーカっ!」
「…おや、馬鹿とはこれまた酷い言い様ですね。兄代わりに向かって酷い子です」
「普段のお前の方がよっぽど酷いからな!?」
「おやおや…そう言うのであれば、本当に『酷い目』に遭わせて差し上げてもよろしいのですよ?」
「え…っ!?」
「……この一行の行動決定権を握っているのは誰か、わかっていますよね?」
にっこりと微笑む、優しげな神官の後ろに。
何故かその瞬間、剣を振り上げる仁王像が見えた。
見えた、見えた。魔族にも見えた。
ちなみにこの間、ずっと神官は魔王の手を握りっぱなしである。
至近距離で仁王様と直面してしまった魔王は、逃げたくても逃げられない!
「き、貴様ら…妾を前によい度胸じゃ……
………というか勇者、このよく分からん男をとっとと回収せぬか」
「ふふ? 勇者……お駄賃でも飴ちゃんでも差し上げますから、彼女と二人きりにしてもらえませんか? …勿論、お邪魔な方々は貴方が連れ出して下さいね?」
「待て、こんないたいけな外見の女と二人っきりになって何をする気!?
あと餓鬼扱いすんな!? もう飴如きじゃ釣られねーよ!」
「おや、言わせるんですか。随分といい趣味を持ちましたね…
ゆっくりじっくり口説くつもりですが、それが何か?」
「お前、真剣に頭大丈夫なのか!?」
「………本当に、失礼な子ですね。私にも、彼女にも」
「その前に、まず貴様はその手を離さぬか。寒気が止まらんじゃろうが」
その場は、勇者と、魔王と。
そして何故か乱入を成功させた神官によって一種の混沌空間と化していた。
場の主導権を握っているのが神官に見えるのは、きっと気のせいではないはず。
若干話についていけず、意味も分からず困惑気味の女魔王。
それに対し、幼馴染の気安さで勇者は有る程度強気だった。
あるていど。
「っつーかお前、二十年越しの想い人はどうした!? 散々口にしてた癖に!
魔境にいるって話じゃなかったのか!」
「ええ、ですから」
食って掛かる勇者に、神官が爽やか~で裏の感じられない慈愛の笑みを向けた。
その顔は、胡散臭いと定評の有る牧師によく似た笑顔だった。
「――彼女、ですよ?」
指し示された方角にいるのは、どこからどうみてもセネアイーディ様お一人で。
本人も、指し示された方向を見た勇者も、顔には怪訝一色で。
寝耳に水と、その顔には如実に表れている。
「「はあ?」」
期せずして、勇者と女魔王の声は異口同音。
気の合うことに、完全にそろっていた。
展開は見えているのに、中々文章が進みません…。
でも後ちょっとで終わる………と、いいな。
神官が10年前、「約束の十年後」に魔境にこれなかった訳。
パパ神官が慎重に隠していたアドニスの存在が、アドニスを出産してすぐになくなったママン(王国の剣士)のご実家にばれちゃった!
代々騎士を輩出してきた名門の武家。
ママンはそこの一人娘(跡継ぎ)だったらしい。
アドニスを後継者として引き取りたいというママンのご実家とパパ神官の間で、親権戦争勃発(笑)
アドニス「私は既に16歳なんですが…というか、今から剣を取って修行するのは明らかに遅くないですか?」
本人の意思を無視して、ますますヒートアップする争い。
それが3年くらい続いたところで、とうとうアドニスが終止符をうつ。
「というか、跡継ぎになどなったらお婿にいけないじゃあないですか。私は婿入り志望なんです。何と言われても構いません。私は愛に生きます…!」
アドニスの村の人々は、まことしやかに囁いた。
ヴォーダさんちの息子さん、思いっきり父親に似たよな、と。
母親の恋愛脳にも似たよ!




