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神官アドニスの生い立ち2 (とある女魔王の鬱・裏面)


 勇者一人に居た堪れない思いと緊張感を強いる旅。

 それは魔王討伐を果たすまで続くかと思われましたが…

 そんな三人旅は、誰が思うよりも早く終わりを迎えました。


 魔王城へと向かう全行程の、十分の一も行かぬ頃。

 勇者一行に、新たな仲間が加わったのです。



 ………私です。



 戦闘や野営などにおいては軍務で鍛えた母が二人よりも物を知っていました。

 ですが、その他の多くにおいて、母は世間知らずな面があって。

 妊娠に関する知識も、その一つだったのです…。


 元が貴族令嬢であった為か、性知識に疎く。

 母は、一般庶民の女性よりもずっと物知らずで。

 そして不幸にも、母の身体的変化は分かりにくい部類で。

 あまりお腹が大きくならず、見た目的にはかなり目立たなかったのです。


 彼女が己の腹に私がいると気づいた時には、既に臨月間近だったそうです…。


 …私としては、何故父にもっと早く気づけなかったのかと物申したい。

 しかし母は知識の疎さから恐れ怯える方向ではなく、楽観的思考に走りました。

 曰く、今まで大丈夫だったんだから、これからも大丈夫だろうと。

 旅の離脱を嫌がった母は、限界ギリギリまで身を張ってしまった。


 そして腹に子供を抱えた母は、無理がたたって倒れました。

 不甲斐ない事ですが、父が私の存在に気づいたのはこの時だったそうです。


 気づいた時には、とても危険な状況で。

 とてもではないけれど、旅など続けられそうになくて。

 一行は、急遽近場の町に家を借り、長期滞在を余儀なくされました。


 父は母と、母のお腹にいる私を守ろうと懸命に尽くしました。

 神官として蓄えた知識と、回復の技。

 全てを費やして、普段の凛々しさが嘘のように弱ってしまった母を介抱しました。


 最初の母子ともに死ぬかと思われた危険な状態。

 父は心血を注いで母を救おうと、寝食も忘れて。

 一番危険と思われた時期を何とか乗り越え、数ヶ月。

 しかし母の命は、ほんの数ヶ月しか永らえられなかった。


 看護の甲斐なく。

 母は衰弱し、儚く力尽きてしまったのです。

 それは私を出産し、二月ほど経った頃のことでした。

 父に、私を遺して。

 私に、名前を与えて。

 私達は永遠に、母と言葉を交わす機会を失ってしまった。


 その後、父の気落ちは言葉では言い表せないほどで。

 表面上は規則正しい生活を続けていながらも、その肉体は抜け殻。

 ただ赤子の私を抱えて、それを僅かなよりどころとして。

 とてもではないけれど目が離せない状況だったそうです。

 赤子を抱えたまま、父が母の後を追うのではないかと思ったと。

 勇者アレスはそう語りました。


 だけど父には、心の支えが二つ残りました。

 他ならぬ私と、母との最後の約束。

 具体的に何を約したのかは、聞いていません。

 しかしそれは、私や勇者の行く先を案じるものだったようです。

 父はある日、母が倒れる前の気丈さを取り戻して言ったそうです。

 

 今まで心労をかけて済まなかったと。

 これからは今までよりもより一層、勇者の力になりたいと。


 まだ本調子とはいかなくても、父はきっと立ち直る。

 勇者は、その姿に希望を見たといいます。

 勇者に従う神官の、復活の兆しを見たと。

 それを幼馴染であり無二の親友である勇者は、何よりも歓迎しました。


 しかし。


 我がことながら、私は父に問いかけたい。

 貴方は、馬鹿ですか? と………。



 父は、魔王へと挑む危険な旅路に、あろうことか。

 生後一年にも満たない私を連れて行くと。

 そう、勇者に言い張ったのです。


 勇者アレスの心労が偲ばれてなりません。


 愛する恋人を失ったばかりの父は、強情でした。

 勇者が旅は危険だから私をどこかに預けて、使命が終わってから引き取るよう言うと、

「私はこの子と離れては生きていかれません…!」

 では、子供とともに残り、育児に専念するようにと言うと、

「私は妻と誓ったのです…! 最後まで、貴方の供をすると…!」

 勇者は、頭を抱えました。

 どうやってこの強情な神官を説得したものかと。

 また残念なことに、父は勇者よりもずっと口達者だったのです。


 父ではなく勇者の方が言い包められてしまったのです…。


 そこで勇者と父は、一つ約束をしました。

 勇者の思惑としては、まだ乳飲み子の私を抱えて過酷な旅は無理だろうと。

 すぐに父が根を上げ、限界を訴えるはずだと思ったのです。

 だから、勇者は父に約束をさせました。


 戦いの旅をしながらの育児に限界を感じたら、そこで終わり。

 私を信頼できる場所に預け、父だけが旅に同行することを。


 こうして勇者一行の旅に、アドニス(わたし)(赤子・レベル1)が仲間となったのです。

 

 父が私を背負い、私のミルク代わりとして山羊をつれて、彼らの旅を再開しました。

 剣士(はは)を失っての旅です。

 前衛戦闘職は、勇者アレスただ一人。

 そして父は…


「か、回復頼む!」

「はいはい、ちょっと待ってくださいね。アドニスが今おねむなんです」

「戦闘中だって言うのに…!!」


 ………回復はしても、赤子が背中にいる状態ですからね。

 戦闘はほぼ完全に不参加。

 元より神官なので、攻撃に参加することなどありませんでしたが…

 私が生まれてからは、むしろ赤ん坊が被害に遭わないように気を配るばかり。

 戦闘から、若干距離を取ってしまうのは仕方がないのかもしれません…。

 回復や支援魔法はちゃんとしていたので、完全に育児優先ではありませんでしたが。


 元々神官として奉仕活動の一環で孤児院に通ったりしていた父。

 その赤子の扱いは、勇者の予想を裏切って手馴れたもの。

 戦闘の多い旅と、育児のジレンマなどほとんど見せず。

 むしろ平然と両立しているように見えて。


 先に、勇者アレスが根をあげました。


 新しい仲間を募ろう…と。

 勇者が言い出したのは、魔王城までの全行程五分の一ほどを踏破した頃だったそうです。




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