新たなる竜の生まれた日8 ~後日、迎えの竜は~
魔王城でまだ生まれる時期ではなかったはずの子竜が誕生した。
その翌日、へべれけ状態で里に戻った真竜の王は、顔面蒼白。
【竜の谷】に安置されていたはずの、卵が二つも消えていたのだから。
寄りにもよって、卵は王族のもの。
強大な力を約束された、特別な真竜。
一つは真竜王の子であり、一つは真竜王の弟の子であった。
おそらく五年後となるであろう誕生を、楽しみに待っていた親御達。
顔面蒼白、酔いも醒めた。
半狂乱で探そうにも、手がかりが無い。
心当たりはないかと子守を頼んでいた蜥蜴竜に、親達は詰め寄った。
竜種の頂点に立つ個体に詰め寄られ、蜥蜴竜は冷や汗と脂汗のMIX汗でべとべとだ。
心当たりといわれて具体的に一つの異変が思い出され、蜥蜴竜はあっさり自白した。
「………そういえば、数日前に闖入者がいたっす。魔王所縁のお子様達っす」
真竜王は、至急魔王城に仔細を求めて問い合わせた。
その返答も、示し合わせたかのように大至急戻ってきて。
更に翌日、真竜王とその弟、そしてそれぞれ卵の母に当たる竜は魔王城へと飛び立った。
我が子の安否は、他の如何なる問題よりも優先されてしかるべきだった。
そして彼らは、魔王城で信じられないものを見た。
見て、叫んだ!
「なんでもう卵が孵化しておるのだぁぁあああ!?」
本気の混迷が、そこにはあった。
あと五年は待たないと、生まれないはずだった子竜。
孵化しないはずだった卵。
何より、卵の中の子供はまだ発達途中だったはず。
とても、とても、卵の外に出て耐えられる段階じゃなかった。
生まれるには到底、程遠いはずの肉体。
未完成だったはずの体。
だけどそこには、完璧に完成した肉を持つ赤子がいる。
親御達は説明を求め、ぐったりとした少年に目を向けた。
この少年が、今回の件の責任者だという。
その魔力の高さから魔王の子であることは、明らか。
疲れた目で子竜と、それと戯れる幼女達を見る目は遠い。
遠いどころか虚ろで、何を映しているのかもよく分からない。
疲れきった溜息が、子供らしからぬ重々しさを持って吐き出される。
「幼子のしたことだから許せとは言わない。けど、責めるのも許せない。
目を離した俺の責任だから、文句も苦情も償いの請求も全部俺のもんだから」
問いかける真竜の目を、ギラリと少年の殺気走った視線が貫く。
それ以外は認めないと。
幼い従妹や妹達に害を成すのは認めないと。
少年の精一杯の強がりが、そこにある。
だが、大きくて寿命が長くて悠長で、大雑把なイキモノも予想外のことを言い出した。
フリーダム魔境の一員たる真竜王が、ちょいと首をかたむけて。
「元より、幼子のしたこと。此度のことは卵から目を離した我らの責任。咎めるつもりは……ないとは言わぬが、はじめから本人達ではなく、魔王城に責任追及するつもりであったが」
竜種長の言葉に、まぁちゃんの傍らでぎょっとリーヴィルが目を剥いた。
まぁちゃんの顔も、口がひくりと引き攣っている。
「正直なのはいーけどさ……ちょっとは隠せ、思惑!」
「何故に? 今回、我らの過失はあっても責められる由も無い。ただ、説明を要求する。
―――あれは、何事ぞ? 」
竜の首がくいっと求める先には、先程と同じ光景。
戯れる、赤ん坊竜と幼女達。
竜は、説明を求めていた。
未だ生まれるはずの無い卵が、何故五年という月日を無視してあそこにいるのかと。
その説明を出来るのは、まぁちゃん一人だ。
心底嫌そうな顔をしながらも、これは己の義務とまぁちゃんが口を開く。
「……………あいつらが生まれた夜、俺、抱いて寝ちまったんだよな……卵」
「これは珍しい。創世から続く歴史を紐解こうと、魔王の後継者に抱卵された竜など…
……ぶふっ く、くくく、くくくくくくくくく………っ」
「…あのさ、無理に笑い我慢しなくて良ーから」
異例の事態に、真竜王様は笑いを噛み殺しきれていない。
あと数年で、現魔王に迫る…いや、その強さを超えるだろうと囁かれる魔王子。
その魔力は、あまりに膨大だ。
今こうして対等であるかのような気安さで話していても、それは決して対等ではない。
実際に、今の段階で既にまぁちゃんには真竜王の首を捻る位の力量があった。
そしてそれは、あまりに強い魔力故だ。
真竜の肉体は、強靭。
その強度は魔族に勝る。
魔境の覇権を争い魔族が勝利したのは、種族の多様性と魔法の強力さ。
そして魔力によって補強され、強度を増した肉体の強さ。
真竜に劣るとも元々強い肉体を、魔力によって性能を上げる。
生まれながらに魔族が本能的にやるそれが、竜に勝ったに過ぎない。
元々の肉体強度は、真竜の方が上なのだ。
だが、素材の性能差を覆す魔力を有するからこそ、魔族が真竜を制した。
その魔族の集大成であり、頂点であり、支配者。
それこそが、魔王。
その魔王に匹敵する魔力となれば………
真竜の里では、絶対に触れ合えない高濃度であり、高密度の魔力。
それを一晩浴びて眠れば、どうなるのか。
その答えが、目の前にある。
魔境のイキモノは、大なり小なり魔力を成長の糧の一部としている。
強いイキモノであれば、それは殊更顕著で。
真竜の子は、幼い内は魔境の豊富な魔力で成長の半分を補っているとも言われている。
あの大きな体を構成、構築していくのに、ただ食事だけで賄えるはずが無いのだ。
そもそも、真竜の育ち方は変則的である。
試練を突破する都度、急激な成長を遂げる。
そして最も柔軟であり、最も外部からの影響力に左右されやすいのはいつか?
若ければ若いほど、幼ければ幼いほど、成長する伸び代がある。
与えられた刺激に、適応してしまう。
卵だったはずの、竜達。
その得るはずだった五年を一晩に短縮してしまうほどの影響力。
まだまだかかるはずだった時間を無にしてしまうほどの、成長促進力。
一晩、超密着状態でまぁちゃんと同衾したこと。
それが、子竜達の卵を孵化させた最大の理由だった。
急な誕生おめでとう、である。
それらの説明を受けて、真竜の親御達はしみじみ感慨深く頷いた。
「子の成長を見守れなかったのは無念だが……短縮されたのは卵の時間だしなぁ」
「魔王家の魔力に、このような効能があろうとは…」
「いっそ、他の卵たちも成長促進してもらいますか」
「いや、早まるな。頼むから早まるな」
口々に勝手なことをのほほんと言い出した真竜の親達。
責め立てられるものと踏んでいたまぁちゃんは、急な発想を諌めるのに必死だ。
「無理に成長させて、良いことあるはずねーだろ。諦めてくれよ」
「そういわれると、仕方ないか…」
「早く大きく強くなれるのに、越したことは無いと思うんですがねぇ」
「いや、ホント勘弁して」
かなり渋々のその口調に、まぁちゃんはどっと疲れが押し寄せた。
「それであの状態は……あれは、刷り込みましたな?」
「見事なまでに刷り込まれておりますねぇ」
卵の成長に納得がいったところで、親達は改めて我が子の様子を窺っている。
刷り込みという第二の気まずい話題に、まぁちゃんは逃亡したくなった。
今度こそ怒りを踏んだかと思い、親達の顔が見ていられずにうつむいてしまう。
しかし予想に反して、真竜達の声はのっほほ~んとしていた。
「おやおや…ろくに歩けもしないのに懸命によちよちと…」
「我らが赤子の頃を思い出しますね。覚えていませんけれど」
「ほほほ…あのような感じだったのでしょうね」
「え、なんであんた等そんな平然としてんの?」
きょとんと目を丸くしたまぁちゃんに、当然のような顔で親真竜がけろっと言った。
「それはアレですよ。我らも幼少期に、刷り込みの強さを味わって育っておりますから」
刷り込み。
それは、逆らいがたい威力を持つ。
長じて自我が完成し、確固たる己というものを持つにつれて、それも薄れていくが…
生まれたばかりの赤子が、それに抵抗するのは難しい。
大人になるとうっすらとしか覚えていないものだが、それでも経験者は理解があった。
彼らは漠然と、本能的な恐怖を…卵の中の孤独を、覚えているのだ。
そして覚えているからこそ、刷り込みを仕方が無いことと思ってしまう。
何故なら刷り込みとは、親を認識するためのものではない。
卵の中という、長い長い、生まれて初めての孤独。
生まれる前の最初の試練。
それを耐え抜き、心は凍え、温もりに飢える。
そんな、そんな状態で。
世に生まれでて、最初に目にする『他者』。
孤独と不安、恐怖に苛まれていただろう卵時代。
それから脱し、温もりを誰よりも一番求めている、その時間に。
生まれて初めて目にした他者を、縋らんばかりに求めてしまうのは仕方の無いことだった。
だってそれは、卵の中で何よりも求め、欲したなのだから。
そう、卵の中で磨耗しきった己を受け止め、慰め、包み込んでくれる他社という温もりを。
生まれたばかりの子竜であれば誰しも、欲しがるものなのだから。
真竜達のその認識そのままに、子竜達は親が来ても幼女達にべったりだ。
張付く勢いで付きまとい、決して離れようとはしない。
特に今は生まれて数日も経たないうち。
その執着心は、並大抵のものではない。
「……………今回は子等の迎えに来たのだが……あの様子では、難しいやもしれぬな」
ポツリと溢した真竜王の言葉が真実となるまでに、あと一時間。
子竜はリアンカ&せっちゃんにすっぽんのように張付き、張付き。
引き離して里に連れ帰ろうとする真竜達に、全力で暴れて容認しない。
果てにはとうとう親達を諦めさせてしまうのだが………
それはまた、彼らも今は知らない、未来のことである。




