新たなる竜の生まれた日5 ~苦労するのは年長者~
「リアンカー、せっちゃーん」
遠くから、呼ぶ声がする。
お腹がすいたので山に戻り、果物を貪っていた二人の幼女。
名前を呼ばれて二人が顔を向けると、そこには猪を肩に担いだまぁちゃんが。
「あ、まぁちゃーん!」
「あにぃー!」
「おーし。ちゃんと待ててたな。今戻ったぞー」
何も知らないまぁちゃんは、笑顔で駆け寄ってきた二人の幼児をひょいと抱き上げる。
勿論、代わりに猪は地面に落とされている。
「んー? お前らどんだけ食ったんだ? なんか、朝よりちょっと重くなったな」
「リュックの中がぱんぱんだから!」
「ぱんぱん! ぱんぱんにゃの!」
「ん? そうか?」
言われてまぁちゃんが目を向けると、確かに二人のリュックサックは一杯に膨らんでいる。
その口から、微かに果物が溢れそうになっていた。
「おお、沢山採れたな。楽しかったか?」
「おいしかったー!」
「おいしー!」
「よしよし、愛い奴らだ」
何の疑いもなく。
そして何の憂いも知らず。
子供達のやらかした事件も知らないで。
まぁちゃんは晴れやかに笑っていた。
それはもう、何の不安も知らない顔で。
そして事件が発覚したのは、翌日の夕方。
森で一泊した後、三人は昼間でだらだらしてから帰ることにした。
まぁちゃんは今度は足で悠長に返るのではなく、鳥を呼んでさっさと帰ることに決める。
勿論、あまり時間をかけて果物が傷んでしまっては意味がないからだ。
特にお土産の果物は、新鮮なまま渡したい。
まぁちゃんはお子様達のリュックサックの中身も確認せぬまま、村長の鳥である雄のロック鳥ゲオルグ(マリエッタの父)を呼びつけた。
「あう! マリエッタちゃん!」
「まりえったしゃーん!」
鳥は、その背中に一羽の雛を乗せていた。
将来的にリアンカやせっちゃん、まぁちゃんが共用で使う予定のロックな雛鳥。
この時はまだ、マリエッタも生まれて僅かな雛鳥だった。
だけどその体は、既にまぁちゃんよりも大きい。
雛鳥と夢中になって戯れる幼子。
その幸せで愛らしい光景に、先々の苦労も知らずにまぁちゃんは微笑んだ。
「よし、じゃあ帰るぞ! 忘れ物はありませんかー!」
「なーい!」
「にゃっしー!」
「おし。んじゃ出発!」
こうして、まぁちゃんの苦労が確定した。
長い距離を鳥が飛び、帰り付いた頃にはもう夕方。
家々から良い香りの煙が立ち上り、時間は丁度夕飯時だ。
魔王城の聳え立ついくつもの黒い尖塔。
その一つにロックな鳥が舞い降りると、その羽ばたきで強い風が吹き付ける。
まぁちゃんは幼女達を抱えてひらりと城に飛び降りた。
「げるぐぐ、ありがとーにゃのー!」
「ゲオルグ、な。ゲオルグ、助かった!」
「ありがとー、ゲオルグー。マリエッタちゃん、またねー」
思い思いに手を振る三人に、ロック鳥はケーンと一鳴き。
挨拶するように首を一振り。
それから重さを感じさせない軽やかな動きで、ふわりと空の彼方へ消えて行った。
「まぁちゃん、おなかすいたー」
「せっちゃんもー」
「ああ、もうすぐ夕飯だから我慢、な。リアンカも今日はうちで食ってけよ!」
「わぁい! 豪華なばんごはん!」
子供達は思い思い、好き勝手。
だけどいつだって、年少者の行動に割を食うのが年長者というもので。
「その前に、戦利品を分配すっか!」
何の気なしに、まぁちゃんは禁断の袋に触れた。
その中に、何が入っているとも知らないで。
「って、って、って、なんだこりゃー!!」
まぁちゃんの哀愁を帯びた叫びは、深刻な苦悩に満ちていた。
「リアンカ、これなに!」
「えーと、たまご?」
「たぁご!」
「何の!?」
「んとね、おっきいトカゲさん!」
「とぉげしゃんー!」
「そりゃトカゲじゃなくて真竜だぁぁあああああっ!!」
まぁちゃんは、頭を抱えてしまった。
彼の手の中には、ころりと二つ。
抱えられるほどもある、水色と金色の卵。
その表面には、確かに光の刻印。
真竜を示す、魔力を帯びている。
「まぁちゃん、どーしたの?」
「あに、あに、げんき!」
「うんうん、元気だして、まぁちゃん!」
「おー………ありがとよ、お前ら。お前らが原因なんだけども」
「うーん? なんだかよくわかんないけど、きっといいことあるよ! そのうち!」
「あにぃ…しあわせ、おいのりしゅる?」
「祈らなくていい。祈らなくていーぞ、せっちゃん…祈るよりまず、聞かせてくれ。
なんでお前ら、人が目を離した隙に卵パクッてんの? 見てないところで何やってんの?」
「うにゅ? なかよしさんだから?」
「きれーであったかかっちゃからー!」
「お前ら自由でいいなぁ! でもそんな理由!?って嘆かせてくれ!」
「まぁちゃ、泣いちゃめっ!」
「めーっ!」
「泣かせてんの誰!?」
「??? だれだろ?」
「わかんにゃいにょー」
「お前らだからな、お前ら!」
「なんとびっくり!」
「びっくりー、ねえ」
「ね!」
「もう好きにしてくれ………」
うっかり傍に、まぁちゃんとせっちゃんがいたから。
卵の持つ生命力も魔力も、より強靭な気配に紛れてしまっていた。
だから、まぁちゃんも気付かなかった。
よりによって卵は、常にせっちゃんと密着状態。
リアンカには外敵が近寄らぬよう、しっかりと頑固にまぁちゃんの気配や魔力が纏わりつかせてあったから。
その気配に紛れてしまっていても。
こうして実際に目の前にすれば、理解せざるを得ない。
魔族の王子として生まれたまぁちゃんの感覚は、はっきりと卵の素情を読み取っていた。
だからこそ、頭を抱えてしまった訳だが。
しかし幸いにして、まぁちゃんの数ある取り柄の一つに、フットワークの軽さがあった。
本人も、思い至るのは早い。
「返してこよう。うん」
今すぐ返せば、まだ間に合うはず。
問題など、きっとなくなる。
そう思い至ると、後は行動するのみ…
……なのだが。
だが、ここで思わぬ妨害がまぁちゃんを襲う!
「殿下ー! 殿下ー?」
塔の階下から、響く声。
「チッ………あの声、リーヴィルか?」
本気で忌々しそうに、まぁちゃんの舌打ち。
城を出る時、うっかり邪魔で簀巻きにした側近がすぐそこまで迫っている。
「………面倒臭いことになる前に、逃げるか」
相手が面倒で、まぁちゃんは迷わず『逃亡』を選択した。
接近してきているのなら、ちびっ子達の身柄はリーヴィルが確保するだろう。
そう判断した上で、単独離脱に移ろうとするのだが…
「逃がしませんよ!」
「!?」
どこでその技術を習得してきたというのだろうか。
リーヴィルの掛け声とともに、まぁちゃんの足に紐が絡み付いた。
紐の両端に石をくくり付けた、原始的な狩猟道具だ。
紐は瞬く間に、まぁちゃんの両足を戒める。
常のまぁちゃんならば、それでもそこからの離脱は容易だった筈。
だが今は、その両腕に二つのリュックサックを………
リュックサックに収められた、真竜の卵を抱いている。
うっかり余計なことをして、卵を壊してしまっては…
咄嗟にそう考え、まぁちゃんは逃げることよりも卵を庇うことを優先した。
結果、卵は無傷。
罅一つない。
その安否と、引き換えに。
卵を庇ったまぁちゃんは両腕も両足も使うことができず。
顔面から、床の石畳に激突した。
階段を駆け上がってくる、リーヴィルの息が聞こえる。
やがて息を切らせて全身を露とした側近は、第一声にこう言った。
「殿下、怪我はありませんでしたか? 大事はありませんか?」
「………たった今の今まで、かすり傷一つなかったんだけどな」
そう言ってむくりと起き上った少年の顔面は、無残にも真っ赤に腫れ上がっていた。
絶世の美貌が酷いことに!
その姿、自分の放った狩猟道具のもたらした効果。
まぁちゃんの赤くなった顔をその目でしかと確認して、リーヴィルが首を傾げる。
「…おかしいですね。何かありましたか。
いつもの殿下であれば、この程度の小道具は容易くかわしているでしょうに」
「今日はちょっと訳が違うんだよ」
「何にせよ、無事のお帰り安堵いたしました。
ですが僕が怪我をさせてしまっては本末転倒ですね。申し訳ありません」
「お前、主君狩ってどーすんの………?」
「いえ、本当に時間稼ぎくらいの気持ちだったんですが…
………殿下、調子でも悪かったりしますか?」
「調子が良けりゃ狩っていーのかよ」
「本当に申し訳ありません………もう、怪我なさることはないように致します」
「………(こいつ、またやる気だな)」
狩猟道具を使わない、ではなく怪我はさせない。
その言葉に含まれるニュアンスを読み取り、魔王子様はジト目だ。
側近はそのじっとりとした目に気付かないような素振りで、しれっと逆に問いかけた。
「それはそうと殿下、どちらに行かれるおつもりですか? もう晩餐の時間です。
お父君もお母君も、既に席に着いておられますよ。子供達はまだかと、呼んでおいでです」
「あー………」
先程の帰還は、象より大きなロック鳥に乗って。
当然ながら、既にその帰りは城や近隣に知れ渡っている。
今からばっくれるのは、どう考えても明らかに不自然だ。
仕方なし、まぁちゃんはがっくりと項垂れた。
「すぐ行く。部屋に荷物を置いたら、もうすぐに…」
少年は諦め、肩を落とす。
子供達は無邪気に笑い、夕飯のメニューに思いを馳せる。
そして卵は、魔王子の部屋に隠された。
安直にも、ベッドの中に。
まぁちゃん! その隠し場所はあまりに安直過ぎるよ!
将来的にベッドの下にいかがわしい絵本を隠さないか心配になります。
しかしリアンカちゃんが家捜しして何も出なかったと「2」で言っていたので、その心配はきっと無用のものなのでしょう。




