新たなる竜の生まれた日3 ~ドラゴンフライ~
竜達がうっかり羽目を外してどんちゃんやっている、その隙に。
恐れを知らないお子様達は、ちゃっかり【竜の谷】に侵入を果たしていた。
【竜の谷】は竜の里。
人間サイズの人々から見たら、規格外の大きさを持つ。
頑丈さを優先する為か、どこか無骨。
しかし荘厳。
石造りの都と言われても納得しそうなその景色は、とても竜の手によるものとは思えない。
それもそのはず、当然のこと。
何しろ、この建築物の数々は手で造ったわけではないのだから。
巧みな魔法によるものである。
それも何百何千何万という時を平気で耐える、最高峰の。
この里を作るのに、かつて助力した種族は十を超える。
設計にはドワーフや妖精も協力し、皆で作り上げた里である。
その魔境という土地の結晶ともいえよう里を、今。
幼い暴君様が二人、平気な顔で闊歩していた。
いや、平気な顔というと語弊があるかもしれない。
訂正しよう。
暴君様達は、危ない好奇心と冒険心できらきらとその顔を輝かせていた。
それはなんとも危険な輝きであったと、りっちゃんが見ていたら言っただろう。
彼女達は完全に、【竜の谷】に熱烈な興味関心を寄せていた。
止める者が一人もいなかったことを幸いに、二人は里の深部まで侵入していく。
やがてその耳に、「きゃらきゃら」という笑い声が聞こえてきた。
二人、顔を見合わせる幼女達。
「なんか聞こえたね」
「なーか、きこえましゅたの」
次の瞬間、二人は手に手を取り合いダッシュしていた。
リアンカちゃんが握りこんだままのボアが、ぐったりしたまま風に踊っていた。
彼女達が駆けつけた先は、噴水の踊る小さな広場。
そこで、彼女達と同じくらいの大きさの、トカゲのような生き物達が遊んでいた。
「トカゲさんだー!」
「とぉげしゃん、だ!」
残念、トカゲじゃない(笑)
そこにいたのは、赤青緑に黄色、紫と様々な色のトカゲに似た生き物。
真竜の、赤ん坊達だった。
それは里に残されたお留守番。
他人の結婚にまつわる宴会など楽しめない、お子様達。
親とそれ以外としか大人を認識できないような、ちびっこたち。
里からの遠出も不安だったのだろう。
成竜達から取り残された、幼い子等。
彼らは互いしかいないと分かっているのだろうか。
ただただ、広場で仲良くくつろぎ、遊びまわっていた。
「きゅ?」
「きゅん」
「きゅきゅ?」
「きゅぅぅぅう?」
そんな輪の中に突撃した幼女二人に、子竜達は不思議顔。
こてんと首を傾げ、かしげ。
しかし警戒心や恐怖など、まだ知りもしないのだろう。
子竜達は突然の闖入者を相手に、興味津々だ。
首を傾け、摺り寄せて。
やがて危険はないと判断すると、竜という強者独特の大らかさ…大雑把さで。
「きゅきゅ!」
「きゅー!」
子竜達は脅威になり得ない幼女様達を、「遊んでくれる相手」と認識したのだろう。
あっという間に躊躇いを捨てて、ぐりぐり頭をこすりつける。
口に服の端をくわえて、ちょいちょいと引っ張ったり。
器用な尻尾を手足に絡めて、気を引いてみたり。
子竜達は思い思い全力の、「あそんで!」アピール開催中。
その、幼気な様子に。
もう言葉は要らない。
子供というものは、言葉が通じずとも遊ぶという意思の元に通じ合えるもの。
「か、かわいいー!」
「かあいいね、ねー!」
「うーっ! つれて帰りたいなぁー…」
リアンカちゃんとせっちゃんは、大喜びで子竜達の遊びに参入していた。
何をするとも無くボールを追いかけたり、ぐるぐる回ったり。
そんな、言葉が無くとも参加に問題などどこにも無い、単純な遊びに。
だけどずっと、二人は子竜の群れと遊んでいるわけにもいきませんでした。
何故なら、彼女達を見咎めるものがあったのです。
「坊ちゃん達、お嬢ちゃん達ー。ごはんですよーって、何やってんですか!?」
それは、男の子とも女の子ともつかない、不思議な声で。
子竜達とほとんど大きさも変わらないような、むしろ小さいくらいの大きさで。
全体的に薄緑色の、小さな鱗に覆われているのにどことなく柔らかそうな体。
金色の星が散りばめられた、白緑色の瞳。
大きなソレは、半分ほど閉じかけの瞼に隠れている。
全体的に小作りだけど、子竜に比べると幼さなどどこにも無い、独特の雰囲気。
背中からは蜻蛉によく似た、虫のような薄い羽がひらりと伸びている。
薄く、薄く、向こうが透けるほどに薄く。
なのに子竜達の鋭い爪で、容易く引き裂かれはしない。
小さい体なのに、突撃してくる複数の子竜も容易く受け止める。
竜の眷属らしい、小さなソレは狂乱に満ちた声で叫んだ。
「だ、誰っすかアンタらーっ!?」
その声が示す相手は、子竜達にまみれて遊ぶ二人の幼女様だった。
その竜は、お留守番する子竜達の子守を頼まれていた。
「オイラは蜻蛉竜のメガテンっす。
子竜らと遊んでくれてありがと…と言いたいところっすが、あんた等不法侵入っすよね?」
「めがてん?」
「めがん――
「待った! 待つっす! それ以上言わないでくださいよ!?」
その言い間違いはヤバイ! そう言って、蜻蛉竜はせっちゃんの口を塞ぎにかかる。
むぅむぅ呻くせっちゃん。
その口を押さえていた蜻蛉竜は、突如はっと何かに気づいた顔で飛び退る。
「あ、あんたら…!? その魔力の残滓に、気配…あんたら、魔王の縁者っすか!?」
びっくりした顔の竜が言う言葉は、幼子達にとっては何を今更と言う事実。
笑顔のまま二人にっこり頷くと、蜻蛉竜は泡を吹いて倒れそうになった。
「し、侵略される…何か粗相でもあろうもんなら、侵略される……!」
「しんりゃくー?」
「しんりゃっくー…どーん!」
「やめて! 無邪気な顔で煽らないで!」
細い爪の長い指で、顔を覆ってしまう蜻蛉竜。
その姿に、世の中のことなど良くわかりませんという顔で。
リアンカは無造作に、実はさっきから気になっていた蜻蛉の羽をぐいぐい引っ張り。
せっちゃんはちょいちょいと小さな鱗を剥がそうとする様に摘む。
「ってこら! ヒトの気がそれた隙になにやってんすか!」
「はねー。こーんにゃうすいのに、なんでやぶけないのー?」
「とぉげしゃんの、これ、きあきあにゃのん! きれーにゃの」
「くっ ちびっこギャングどもに身包みはがされる! 身体的な意味で!」
「とんぼさん、とんぼさん、ギャングってなぁに?」
「とっぼしゃーん! きあきあほしーの! ちょうだい?」
無邪気に羽やら鱗やらをはがそうとする子供達に、蜻蛉竜はたじたじだ。
名前を呼び間違えられては堪らないと思ってか、「とんぼさん」呼ばわりに言及もしない。
「日給酒樽5つで楽な仕事のはずだったのに…! この子等どっから来たんすかー!!」
蜻蛉竜の悲痛な叫びは、谷にこだましつつも、反響短く。
その声は山向こうにいる保護者様の耳に届くことなく、儚く消えた。
間違いなく、蜻蛉竜にとってこの日一番の受難だった。




