まぁちゃんの3分じゃ済まないクッキング ~勇者様実践編~
ホワイトデイネタの続きです。
タイムリミットまでの僅かな時間。
真心こめた贈り物。
さあ、何を贈ろう?
「という訳で、勇者に悩ませても埒が明かないことが発覚した」
「済まない…」
「反省するならエプロンつけろ」
「まさかまさかとは思っていたが、まぁ殿」
「あ?」
「俺に、料理をさせるつもりだろうか…?」
「んだよ。したくねーってか?」
「そう言う訳じゃないが…食えたものじゃないと、思うんだが」
「安心しろ。料理じゃねーよ」
「え、そうなのか…?」
「製菓だ」
「あまり違わない! 違わないから、まぁ殿!」
「うるせー。つべこべ言わずにとっとと準備しやがれ」
勇者様は急かされるまま、伝説の装備を身につけた。
それは!
真っ白い純白に家庭の温もりを感じさせ!
両の手首までを完全カバーする、優れた実用性に安全性!
膝の辺りまでを守るべく、戒めの緩い布が勇者様の前面を覆う!
割烹着だ。
「エプロンじゃなかったのか!?」
「今それしかねーんだよ。あと、これも付けとけ」
そう言って三角巾を差し出すまぁちゃんは、黒地に赤い流線形の模様が入り、グレイのドット柄の帯が付いたエプロンを着ていた。
隅に小さく、白い糸で魔王と刺繍が入れてある。
「どっちみち、台所初心者の勇者には危険が多いからな。防御力高めの方が良いだろ」
「防御力…?」
「その割烹着な、防御力が165あるから」
「高ッ! ちょ、防御力高すぎじゃないか!?」
「ドラゴンの生け造りを作る時に、俺の婆さんが愛用していたらしい。ドラゴンブレスにも耐えるぞ」
「強ッ!? なんてアクティブなお婆さん!?」
「あと三角巾もちゃんと付けとけ」
「これにも、何か曰くが…?」
「ああ。付けとかないとお前の金髪が生地に混入するからな」
「普通の理由だった!」
「勇者は料理初心者だからなー。手際が悪いと時間がかかる。時間がかかると混入の確率が上がる。当然の措置だろ」
至極当然と押し切られ、勇者様は三角巾を装備した。
外見だけは美しすぎるが立派なおかんになった。
なんとなく、木の杓文字を持たせたい感じだ。
「よーし、そんじゃお菓子作りはじめるぞー」
「あ、ああ」
「まずは材料だ。材料と道具を手元に揃える! これ基本な」
そう言って、まぁちゃんが材料を提示する。
材料/
・粉
・粉
・粉
・卵
・バター
……………etc.
「って、粉ばっかりか! せめて正体を書け、正体を! このままじゃ得体が知れなくて材料が揃えられないだろうが!!」
「気合いで何とか」
「出来たらとっくに料理上手だろうが!」
気を取り直して、まぁちゃんがぶつぶつ面倒だなどと言いながら材料を上げて行く。
「それじゃ、混ぜて焼くだけ超簡単な勇者でもできるお菓子を紹介します」
「悪意を隠してくれ、頼む」
「その菓子の名は、パウンドケーキ!」
「……あれは、俺でもできるくらいに簡単なのか?」
怪訝な顔の勇者様に、まぁちゃんはこっくりと頷く。
材料
無塩バター
粉糖
卵
薄力粉
アーモンドプードル
ラム酒に付け込んだ干し葡萄、およびその漬け汁
生胡桃
レモン汁
分量外
型用とかしバター、強力粉
→ 型にバターを塗り、強力粉を振る。
「………分量は?」
「さあ? 適当」
「何を作るつもりだー!!」
勇者様は思った。
話にならねぇと。
もしかしたら教本片手に自力で作った方がマシかもとも思った。
しかしまぁちゃんにも凄いところがあった。
「取り敢えず、俺がボール持ってるから中にバター入れろ」
「何の挑戦をさせるつもりなんだ…」
だけど言われた通りにやってみると、あら不思議。
「あ、ストップ。そこで止める」
「本当にこんな適当で良いのか…?」
「馬鹿にするなよ。俺はmg単位で物の重さが分かる男だ。常に細かい力加減を要するからな」
「それでもそもそも何g用意するのか分からなかったら意味がないだろう…」
「そこは直感で」
「盛大に不安だ…!」
「あ、一応言っとくけど、砂糖と塩間違えるなよ」
「あ……っ」
ハッとした顔で手元を見る勇者様。
その手に掴まれた容器には、一言、
『粗塩』の表記。
「「………………」」
「まさかしないだろうと思ったってのに。狙ってやった訳じゃねーよな?」
「俺が狙ってやると思うのか!?」
「お前なー、緊張しすぎ。もうちょっと肩の力抜け」
「それが簡単にできたら苦労はしない…!」
慣れない作業の連続で、勇者様はまだ本番前だというのに疲労していた。
勇者様は知らない。
まぁちゃんの直感が、元々のレシピで指定されているgをぴったり示していたことを。
ただの勘で、材料は全て正確な量が用意されていた。
「じゃ、順番に並べといてやっから。それぞれふわっふわな状態目指して混ぜてけよー。
ふわふわになる都度、材料を混ぜてまたふわふわにする。材料はそれぞれ数回に分けて混ぜる」
分かったか、との確認に勇者様は不安そうな顔でこくりと頷く。
「一応、わかった。だけどその都度、まぁ殿に確認してほしいんだが…」
「俺は俺で別の菓子を作る。手は貸さない、確認だけ。それで良いか?」
「別の菓子? まぁ殿も何か作るのか」
「おー。菓子篭に菓子一種類だけってのも寂しいだろ。俺とお前の連名ってことにしてやるから。
俺が三種類作って、お前が二種類作る。分かったか?」
「二種類!? 他にも何か作れる時間が、俺に許されているだろうか…」
「お前、どんだけ手際悪いんだよ。パウンドケーキくらい、直ぐ作れるだろ」
「完全な初心者の手際の悪さを、甘く見ないでくれ…!」
「パウンドケーキの生地が一段落したら、カルメ焼き作ってもらうからな」
「か、かるめやき!? 何だソレ、俺でも作れるのか!?」
「大丈夫だって。重曹様の偉大なお力を信じとけ」
「うぅ…よろしく頼みます」
言葉を交わす傍ら、二人はそれぞれの作業を既に開始している。
勇者様は時間がないと焦り、まぁちゃんは手際の良さからテキパキと。
しかし今日一日で作り上げないといけないから。
勇者様は目をぐるぐるさせて半分混乱していた。
「ま、まぁ殿は何を作るんだ…!?」
「聞いても交換はできねーぞ。勇者には無理な奴だから」
そう言いながら、まぁちゃんはさらっと予定を口にした。
「フルーツのタルトレットとチョコレートのダクワーズ、それから紅茶のシフォンケーキだ」
「………愚痴言って済みませんでした」
一気に口数の少なくなった勇者様。
そのまま作業は、黙々と続いた。
途中で勇者様が生地を引っ繰り返したり、生地を混ぜすぎて駄目にしかけたり、色々あった。
鍋の中からインチキっぽい小父さんが召喚されたりした。
水色の煙がオーブンから立ち上り、勇者様とまぁちゃんの度肝を抜いたりした。
パウンドケーキに混入するラム酒を、うっかり分量の二倍投入しそうにもなった。
その都度に勇者様を諫め、問題をクリアしていくまぁちゃん。
こんなに疲れるお菓子作りは初めてお菓子を作ってみた時以来だと、まぁちゃんもぐったりだ。
そして。
リボンと花柄の布で飾られた籠。
その中に納められた沢山のお菓子。
菓子籠が、ついに完成した。
「で、できた…!」
「近しく見えて何とも遠い道程だったぜ…。誰とは言わねぇが、勇者のせいで」
「言ってる言ってる、素直に言ってるから、まぁ殿」
「わざとだ」
「………まぁ殿のお陰で助かったから、文句は言わないけどな」
「気にすんなー。俺も何も用意してなかったんで、渡りに船とばかり便乗しただけだし」
「ここに来て真意の暴露!?」
兎に角これで完成と。
野郎は二人、揃って菓子篭を持ち上げる。
送る相手はハテノ村、リアンカ。
そうして籠一杯のお菓子を持っていった二人に、リアンカは驚き顔で言いました。
「ホワイトデイ、明日だけど」
「「!?」」
日付を読み間違えた二人は、二人とも恥ずかしさからか頬を真っ赤にして。
そして。
二日間纏めて、リアンカにからかわれまくるのでした。
ホワイトデイネタ、この微妙なオチにて終了~。




