勇者様こにゃんこ物語5 ~そして始まる野良の日々~
4の続きです。
こにゃんこ勇者様の初めての野良生活、その一段落という感じで。
一応、これで終わりになります。
あさがきた!
「わぷ、わぷ、わぷっ!?」
勇者様は盛大な羽根の音と、わさわさもっさりした感触を顔に感じて目が覚めた。
窒息するかと思った。
「にゃ、にゃにごと!?」
「――あ、起きた」
「!?」
「おっはー」
目を覚ました勇者様の目の前にいた者。
そこにいたのは、見事な翡翠色の羽をもつ 鳥 だった。
思わず、無意識に勇者様の前足が動く。
それは、起きぬけにしては素晴らしい反射速度で。
「わぎゃっ!?」
勇者様の前足は、叩きつけるように目の前の鳥を押え付けていた。
「……おいしいかな?」
若干寝ぼけ気味の勇者様。
藻掻く鳥を、反対側の前足でちょいちょい。
「わあ! 物凄く成り行きで弄ばれてる!?」
鳥の叫び声などでは、勇者様は覚醒しない。
半覚醒状態のまま、あんぐりと口を開けて…
「はい、ストップ」
素晴らしくギリギリのタイミングで制止の声をかけたのは、みんなの母親代わり的な存在、りっちゃんだった。
「勇者様ぁ、おはよー」
その背後からひょいっと顔を覗かせて。
リアンカがてこてこと歩いてくる。
「わ、勇者様おねぼけさんだねぇ。おっきしよー、ね」
えへへーと笑いながら、リアンカが勇者様の頭をぐりぐりと撫でる。
「初めてのおんもで、でもよく寝れたみたいだね。良かった!」
どうやら昨夜の勇者様の様子から、ちゃんと眠れたかどうか案じていたらしい。
にこにこと笑いながら、リアンカが勇者様の両前足を持ち上げる。
リアンカ相手に気を許しているのか、勇者様の前足は余計な力を込めずとも軽々と持ち上がった。
そのままリアンカが引っ張ると、眠そうにしながらも勇者様がリアンカについて歩きだす。
大人しくついてくる勇者様の素直さに、ちょっとむずむずしたけれど。
それでも悪戯心を抑えて、リアンカはにこにこ笑う。
そうやって連れて行った先で勇者様を待っていたのは、こんなまぁちゃんのお言葉で。
「取り敢えず、一日一食は自力で獲ってこい」
「にゃんですと!?」
「あ、勇者様がおきた」
野生のやの字もない勇者様は、平然とする野良猫達の前であわあわしている。
なんて厳しいんだ、野生の掟!
愕然とする勇者様だけど、その気持ちをリアンカは共感してくれない。
「大丈夫だろ。お前よりちっさいリアンカだって自力で餌確保してんだぞ」
「えへへー。えらい? わたし、えらい?」
「ああ、よしよし。偉い偉い」
「わぁい♪ ほめられたー!」
目の前で気持ちよさそうにかいぐりかいぐり撫でられているリアンカが、勇者様には遠い。
その功績を聞いて、なんだか身近な存在だと思っていたリアンカが偉大な手の届かない存在に見えてくる。
「みぃ…」
ついつい気弱な声が出てしまう勇者様に、リアンカがにっこり笑った。
「だいじょうぶ、だよ! 勇者様」
「みい?」
「勇者様をひろったのはリアンカで、わたしのせきにん、だもん! ちゃあんとわたしがせきにん、持って面倒みてあげる! それがギムってものだよね、まぁちゃん」
「おーし、更に偉いぞリアンカ! ご褒美に後で好きなだけ俺の尻尾にじゃれつくことを許す!」
「わーい!!」
「待て、今じゃなくて後だから。じゃれるより先に勇者の腹膨らませに行ってやれ」
「はーい!」
何の気負いもなく言い切るリアンカに、その笑顔に。
なんだか勇者様は、自分が物凄く情けなく感じて。
たらんと元気のない尻尾が、彼の内心を忠実に再現していた。
男の矜持というものが、木端微塵。
昨日から世話になりっぱなしで、元から型なしではあったのだけど。
→勇者様はヒモになった!
男の威厳が6さがった!
「ああ、それからついでにせっちゃんも連れてってやれ。
あいつもそろそろ自分に合わせた餌の取り方を学んでいい頃だろ」
「はぁーい」
こうして、この日。
リアンカ監督のもと、こにゃんこ二匹は初めての餌確保に向かった。
向かう先は当然の如く、近所の高校生がよく使う通学路で。
「にゃー」
「みぃ」
「みゃあん」
「き、きゃああああああああっ! こ、子猫ちゃんが三匹に増えてるー!!」
常連さんの、嬉しい悲鳴が明るく響き渡った。
今日の戦利品:アンパン一匹一個ずつ。
→勇者様は一日にして、『女子高生のアイドル』になった!
愛嬌が12あがった!
満腹になって、人心地。
満足いって、ただいま!
丸いお腹を抱えて、まずまずの戦果にこにゃんこ達はご満悦。
十分な餌で腹を満たしたこにゃんこ達が野良猫の溜り場に返ると、そこには何だか神妙な空気。
何故だかにゃんこ達の注目を受けて、勇者様は落ち着かない。
「勇者ー、ちょっとこっち来い」
そうこうする内に、ボスからのお呼び出し。
まぁちゃんの声に、おっかなびっくりおそるおそる。
ビクビクしながら覚束ない、足運び。
うっかり足がもつれて、ころん!
前転三回転!
そのまま転がりそうな所を、まぁちゃんが前足ではっしと止めた。
「大丈夫か?」
顔を覗き込まれて、勇者様は恥ずかしそうに前足で顔をごしごし。
照れ隠しに前足で必死に誤魔化そうとするけれど。
そんなこにゃんこ様にみんなが和んだ瞬間だった。
「へえ? さっきもちょろっと見たけど、これがリアンカ嬢の捕まえてきた男の子?
若いのにやるねぇ…立派な美にゃんこ様じゃないの」
脳天気に響いた声は、ボスにゃんの背後から。
だけどまぁちゃんの背後には、一本の木が生えているだけ。
声の聞こえてきた上の方へと首を伸ばすと、そこには起き抜けに遭遇した緑の小鳥。
「ヨシュアン…てめぇ、口に気をつけろ。捕まえてきたって、おともだちとして、だからな。
うちのこにゃんこ様をふしだら娘みてーに言うんじゃねぇよ」
「うわあ、怖い怖い。ボスー、ちょっと変わったね。めちゃめちゃ過保護な頑固親父みたい」
「誰が頑固親父だ。俺まだ三歳だってーの」
「あれ、ボスってそんなもんだっけ…」
「正確には、二歳と半年ですよ」
勇者様の目の前には、信じられない光景。
鳥が、鳥なのに。
なのに、ボス猫と参謀猫と、和気藹々と仲良くお話ししている。
捕食関係じゃないの?
混乱する勇者様の隣に、ほてほてとリアンカがやって来て笑って言った。
「勇者様ー、あのとりさんはね、ヨシュアンさんって言うの。まぁちゃんの配下だよー」
「とりなのに!?」
「うっふっふ、ちみっこ共め。俺の噂話かーい?」
鳥が来た。
緑の羽根をばっさばっささせながら、さり気なく巧みに子猫の射程範囲外。
頭上からの声に、鳥がちょっと鬱陶しい。
何より、むずむずするのに手が届かないのが凄く悔しい。
「俺はね、鸚哥のヨシュアンくん。ボスの情報収集係だよ☆ よろしくー」
「じょうほう、しゅうしゅう?」
「Yes,俺はねぇ、ペットショップを脱獄して大空に自由を求めたんだけどー…」
「脱走一日目で俺に捕まって、食われかけたんだよ」
「わぁ、ボスが悪びれない!」
「猫が鳥捕まえて悪びれてどーするよ」
そして鳥は、捕まえた猫に対して命乞い。
自ら情報収集役を担うことを約して一命を取り留めた。
それ以来、ヨシュアンは鳥ながらにして猫ボスまぁちゃんの下僕に名を連ねている。
そんな鳥さんが、今この場にいるということは?
「も、もしかして!」
こにゃんこ勇者様の眼が、びっくりと丸くなる。
「もしかして、俺の…?」
「おー、感謝しなくて良いぞ。別に感謝目的じゃねーし」
「なにが目的…?」
「何って…そりゃ、リアンカが初めて連れてきた友達だからな」
「え…それで、なの?」
「保護者様としちゃ、可愛い妹分のお友達にゃ無下な態度も取れねーんだよ」
そう言ってふふんと笑うボス猫様が、勇者様には最高に格好良く見えた。
保護者様…!
一種、男の崇拝と信頼を集めるボス猫様は、この瞬間、最高に輝いていた。
勇者様の憧れを、其の身に受けて。
みんなのお兄様は、最高に格好良い白猫様だった。
「さてさて、それじゃ結果報告といくよー」
鳥がそう言って、場を仕切る。
ヨシュアンは今日の朝一にまぁちゃんから指令を受け、勇者様の家を探ってきたという。
「え、まだそんなに時間経ってない…」
「ん~…人間で言う二、三時間ってとこかな。でもそれだけあれば、俺には十分」
言い切る鳥さんは、えへんと胸を張って偉そうだ。
勇者様の前足の爪が、むずっとする。
だけど子猫の爪を警戒して、鳥は木の上、枝の上。
地面から見上げる子猫に、ヨシュアンは結果を報告していく。
「鈴木勇者様くんのご実家、鈴木家の調査報告だよ!」
家長:鈴木 達人(45) 証券会社勤務
夫人:美土里(42) 専業主婦/洋裁教室に通っている。
長女:美里(16) 聖メリー学園高等部1-2在学 ←
次女:美夏(13) 聖メリー学園中等部1-1在学
長男:勇大(11) 聖メリー学園初等部5-3在学
住所:●×市●▲●町54番地3丁目 赤い屋根の素敵なおうち。
まぁちゃんがポツリと言った。
「………驚異の細かさだな」
「いやーもう、苦労したよ。学校突き止めるのが一番苦労した!
公立学校かと思ってたら、私立なんだもん。でもこれで、全員の所在と行動パターンは掴んだよ」
「あっさり掴んだと言ってのけるお前だから、侮れねぇんだよなー」
「それが俺の命綱だからね!!」
そう断言する鳥さんは、それが命綱だと本気の様で。
まぁちゃんの配下として役に立たなくなれば、食われるかもと考えているようです。
だけどそんな事情に、勇者様は頓着する必要もなく。
ただ、目を真ん丸にして口をぱかーんと開けている。
「さて、勇者?」
現実から遠く逃避している子猫に、まぁちゃんがゆっくりと問いかける。
「お前のお望みの『おうちのばしょ』はハッキリしたし、いつでも帰れる訳だが…
--お前、どうする?」
どうする、ってどうする?
改めて問いかけられ、勇者様は己が戸惑うのを感じた。
帰る! と、即座に断言できない自分に気づいてしまったのだ。
そして、即答できない時点で…彼の気持ちは、世慣れたまぁちゃんにはお見通しだった。
「そもそもお前、脱走したんだろ? 本当に、この家に帰りたいのか…帰って良いのか?
家を見失った昨日の内は、帰れないって状況に動転してたんだろうが、今どう思ってる?」
「そんな、そんなこと言われても…」
「後悔しない様に選んだ方が良いぞ」
「そうですよ、落ち着いて考えてみて下さい。私達は、猫の自主性を尊重しますから」
まぁちゃんに、りっちゃん。
猫のお兄さん達が、優しく勇者様に考えろと言う。
今や、勇者様の前には幾つもの選択肢が並んでいた。
このまま、言えに帰って飼い猫に戻るのか。
--そして、またママさんやお姉ちゃん達に追い回されるのか。
それって猫として幸せなのか、どうなのか?
それとも、他の第三者に拾われてみるか。
--でもそれで、良い家に拾われるとは限らない。
そもそも、人に飼われる身が猫として幸せなのか?
いっそ、このまま野良に身をやつしてみようか。
リアンカや、まぁちゃんや、他の仲間達と家族になって。
寒空の下でも、満天の星を身ながら身を寄せ合って。
本気でどうしたモノかと、こにゃんこ様は悩み抜いていた。
それを、まぁちゃんが笑う。
「止めとけ、考えても答えはでねぇ」
「そんな、ボスさんが考えろって…」
「お前、まだどうしようもねぇチビで、野良の酸いも甘いも知らないだろ。過酷な生活もな。
そんな状況で冷静な判断ができるか? うっかり判断を誤って、後悔するのがオチだろ」
自分で考えろと言っておきながら、野良は止めろとまぁちゃんが言う。
そこには、きっと彼なりの心配がある。
今まで飼い猫として過ごしてきた勇者様が、野良生活に耐えられるのかという心配が。
だけど、勇者様の迷いは時間が経てば経つ程に大きい。
もう、腹は決まりかけていて。
僅かばかりの心残りを残すだけ。
「でも…」
言い淀み、項垂れる子猫の姿は哀れっぽい。
それを、慰めるようにリアンカが言う。
「勇者様、ね、いますぐ決める必要はないんじゃないかな」
「え?」
「まだ、時間はあるよ。だって勇者様、かえる場所はわかったんだもん」
「確かにわかったけど…」
「だから、かえろうとおもえば、いつでもかえれるでしょ?」
「あ」
首を傾げて見上げてくる子猫は、勇者様の前足をちょいちょいとつついて。
こてっと傾いだ位置から、上目遣いに見上げてくる。
「いつだって、かえれるよ。だから、しばらく野良体験してから、あらためてかんがえれば?」
それは、勇者様にとって盲点だった。
まぁちゃんが言う。
「別に、それでも良いんじゃねーの? だけど家に帰るまでは、俺も野良として扱うからな」
りっちゃんが言う。
「まあ、でも、飼い主の方々が待っていてくれる間に限るという、時間制限はありますよね」
ヨシュアンが言う。
「心残り、長男君だけなんでしょ。だったら時々学校まで会いに行ったら?
接近しすぎたら捕獲されるだろうから、遠目に…だけど。それで家の方も安心しないかな」
せっちゃんが言う。
「みゃあー!」
何と言っているのかは分からなかったが、可愛いだけだった。
そして、リアンカが言う。
「野良が楽しくなってきたなら、いっしょにいればいいよ! かえりたくなったら、その時かえろ?
でも、おうちにかえってもトモダチでいてね? きっときっと、またいっしょにあそぼうよ!」
そう言って、優柔不断にも選択できず引き延ばす勇者様を、皆が受け入れてくれるから。
お家はちょっと気になるし、勇大くんも気になったけど。
でも、思い出せば思い出す程に何故か家に帰りたくなくなる不思議。
主に、ママさんとかお姉ちゃんとかママさんとか。
だから、今は未だ帰れないなと思ったから。
勇者様は、「にゃあ」と鳴いて未知なる野良生活に飛び込んでいったのでした。
リアンカちゃんとまぁちゃんと、りっちゃんやせっちゃんと。
他のふわふわふかふかあったかい、野良のみんな、みんなと一緒に。
今日も、きらきら満天の星空の下で。
あったかく身を寄せ合って、仲良く眠ることができるから。
野良の生活も悪くない。
そう思ってしまうのは、仕方ないことだよね。




