勇者様こにゃんこ物語4 夜闇の星空編
勇者様、野良にゃんこ体験1日目、夜の部。
初めての屋外でおやすみ大作戦です。
ちかちかとほしのまたたくよる。
よぞらがひろいこと。
けっしてくらいばかりじゃないこと。
そらをみあげれば、ひかりがあふれていること。
おれは、このひ、そのことをはじめてしった。
おしえてもらった。
おしえてくれた、あのこのえがお
それがほしあかりにてらされて、とってもきれいにみえた。
勇者様こにゃんこ物語4 ~新たなる家族編~
今日はもう、帰ることを諦めた。
何故なら、そらがもう赤々と夕陽に照らされている。
今まで知らなかった、夕陽の赤さ。
その大きさ。
それに怯えて、新参こにゃんこが蹲る。
「みぃ…」
「勇者様、どうしたの? なにかこわいの?」
自分より小さなこにゃんこはケロリとしているのに。
情けなくて、そんな自分が歯がゆくて。
自分に、むかついて。
勇者様はごろりと横になると、自分の尻尾を捕まえてがじがじ。
両の前足ではっしと捕まえて、がじがじ噛み噛み。
自分への苛つき、むかつきを全部自分の尻尾にぶつける。
それを見て遊んでいると判断したリアンカは、
「とーう!」
仲間に入れて貰って共に遊ぼうと、転がる勇者様の上にジャンプした。
「みゃー!!」
がりっ
衝撃で、うっかり顎ががくん!
「み、みぎゃぁ…」
うっかり尻尾を本気噛みしてしまい、勇者様は涙目で痛いのを堪えている。
「あ、ごめん」
その周囲を、おろおろとリアンカにゃんが右往左往。
恨めしげな勇者様の視線に、尚更おろおろ。
そこへ、通りかかったのは野良ボスまぁちゃんの妹君せっちゃん。
「みゅー?」
まだ小さくて満足に意思疎通ができないこにゃんこ様は、勇者様とリアンカの側で立ち止まる。
そのままちょんっと座ると、こてんっと小首を傾げる。
勇者様が半泣きでみゅうみゅう身悶えしている。
せっちゃんは勇者様にてちてちと近寄ると、ちいちゃな舌で、ざらりざらり。
勇者様の抱える尻尾の患部を、舐め舐め。
その行為を、泣いていた勇者様がぽかんと見ている。
「あ、そっか」
リアンカにゃんは納得したという様子で一つ頷き、自身も勇者様の側にてちてち。
せっちゃんと一緒になって、勇者様が本気噛みでがりっといった尻尾を舐める。
「いたいのいたいの、とんでけー!」
「みゃうー!」
ちいちゃなメスのこにゃんこにひき。
やがて楽しくなってきたらしい。
そのまま勇者様の頬やら前足やら背中やら。
リアンカとせっちゃんは、二匹がかりで勇者様を抑え込み。
「にゃ、にゃうっ!? ちょ、リアンカ、待ってぇ!?」
ざりざりざりざりざりざり………
リアンカとせっちゃんが、勇者様を転がしながら舐めてくる。
「わぷっ わぷっ!」
一匹飼いで他の猫と遊んだ経験が希薄な勇者様には、為す術もなく太刀打ちもできなくて。
二匹の小さな舌で、全身舐められても抵抗ができない。
尻尾の痛みは、気づいたらもう欠片もなくなっていて。
こにゃんこたちは、ごろごろ転がりあってじゃれあって。
それはすらっとした黒猫が近寄ってくるまで続いた。
「何やってんですか」
舐め転がされて半泣きの勇者様。
転がる体を前足でてしっと止めたのは、先程まぁちゃんの隣にいた黒にゃんこ。
「あ、りっちゃんだー」
「なーう」
りっちゃんと呼ばれた賢そうな猫は、二匹に軽く会釈すると、勇者様を魔の手から救い上げた。
そのままちょんっと座らせて、自身も勇者様の前に座り込む。
「こんにちは、鈴木勇者様くん」
「……勇者でいいです」
「そうですか。それじゃあ勇者君」
「はい」
「私はボスの右腕を務めさせて頂いております、りっちゃんと申します。どうぞよしなに」
「はい………ボス?」
「彼女達の保護者に当る、白にゃんこですよ。先程『エンカウントし』ましたよね?」
「りっちゃんさんは言葉の使い方がちょっとおかしいとおもう」
「わたしもそう思う」
「にゃん」
現役小学生に飼われていた勇者様がきりっとした顔で異議を唱える。
それに追随して頷くリアンカとせっちゃん。
こにゃんこ三匹におかしいと言われ、りっちゃんも首を傾げる。
「おや? そうですか?」
「「うん」」
「にゃん」
小首を傾げながら、りっちゃんは悩んでいる。
しかしそれは本題に全く関係ないと思い出したのか、改めて勇者様に向き直った。
「失礼。言葉の議論はまた後にしましょう」
「うん」
「それで用なのですが、実は勇者君から細かい事情聴取をと思いましたので」
「みゃ?」
「貴方の家を探すのに、情報をお聞きしないと話にならないでしょう?」
「あ、りっちゃん、つまりてがかりを聞き出しにきたんだね!」
「その通りですよ、リアンカちゃん」
重々しく頷きを返し、りっちゃんはおすまし顔。
「ではお聞きしましょう。勇者君はなるべく詳しく、鈴木さんのお宅について話して下さい」
「たとえば、どんなこと?」
「そうですね、家族構成や家から見える景色とか、他に…」
暫く、尋問が続いた。
勇者様はそれにみゃうみゃう答えていく。
答えていて、家族のことを思い出して背筋を冷たい物が走り抜ける。
ぞわっと!
尻尾が、無意識にぶわっと膨らんだ。
「どうしたんですか、怯えて…」
「みゃ、みゃうー…」
怪訝な面持ちのりっちゃん。
首を傾げるリアンカ、せっちゃん。
まさか、家族の三人…ママさん、長女、次女を思い出して悪寒が走ったとは言えない。
ただ怯えて、小さく縮こまった。
そして、夜が更ける。
猫は夜を生きるもの。
だけどちびっ子達をそう遅くまで起きさせているつもりは、偉大な保護者様にはなく。
「ほーら、チビ共! 寝ーるーぞー」
ぐいっと引っ張り、ぐいっと掴み。
親分猫はリアンカ、せっちゃんと一緒に勇者様も引っ張り込んだ。
ふわふわもふもふとした、白い自分の懐に。
ぽふっ
柔らかなそこは温かく、お日様の匂いがする。
「みぃー」
「あ、こら。逃ーげーるーなって。チビが遠慮するもんじゃねー」
慣れない状況に、よく知らない相手の懐という環境に。
わたわたと勇者様が慌てて逃げようとする。
過剰に警戒しているつもりはないが、遠慮が勝ってとても気まずい。
そんな勇者様の後ろ首をちょいっとくわえて、まぁちゃんは勇者様を懐に引き戻す。
「うにゃー」
「…って、なんでリアンカまで逃げんだよ。いつも一緒に寝てるだろー?」
「そういう遊びじゃないの?」
きょとんと首を傾げるリアンカにゃん。
そんな幼子にはふっと溜息を吐いて、まぁちゃんはリアンカの後ろ足を掴んで引き戻す。
「にゃう!」
「ああ、もう。せっちゃんまで」
最終的に、まぁちゃんは口に勇者様、左脇にリアンカ、右脇にせっちゃんを押さえ込み。
困った様にじたばた暴れて、勇者様が訴えた。
「や、屋根がないよ…?」
「無くて当たり前だ。あったら外じゃねーだろ」
「や、や、野犬が襲ってきたら、どうするの!?」
鈴木家にいた間、お外は危ない出たら駄目だと躾けられていた勇者様。
その問いに脅かす理由の一つとして、お外に出たら野犬に襲われると言われていたのだが…
本気できょどきょどする勇者様に、明るくリアンカが言い放った。
「大丈夫だよ!」
「そのほしょうは!?」
「わんわんが襲ってきたら、まぁちゃんがにゃんにゃん拳法で撃退するから!」
「にゃ、にゃんにゃん拳法…!?」
胡散臭いとしか思えなかったことは、きっと仕方ない。
仕方ない、筈だ。
そんなチビ達の遣り取りを前に、呆れ顔のまぁちゃん。
そんな彼等の頭上、木の上からりっちゃんの声が降り掛かる。
「こーら、嘘は駄目ですよ?」
「あう、ごめんなしゃい…」
「あ、なんだ嘘なのか…」
「そう、この街で猫が犬に襲われる訳無いでしょう。完全にボスの配下に下っているんですから」
「予想斜め上の答えがきた!?」
勇者様、びっくり。
耳がピンと立ち上がって、目を真ん丸にしてしまう。
木の枝からその様子を見て、りっちゃんが微笑んだ。
「あなた方にも見せたかったですね…皆さんは知らないでしょう」
「にゃ、にゃう…?」
「あれは一年前のことでした…」
りっちゃんが遠い目で、一年前のことを語る。
『今日こそ決着をつけたるわ…!』
『てめぇらこそ、うちのシマの猫共に余計なちょっかい出しといて、ただで済むと思ってんのか?』
『五月蠅い! この街にボスは二匹もいらんのだ!!』
『上等だ…毛皮剥いで敷き布団にしてやらぁ、この犬コロがぁ!!』
そして、雌雄は決された。
「…というようなことがありまして」
「よせよ。恥ずかしいだろうが」
「お、おおぅ…ばいおれんす」
いきなり聞かせられた武勇伝に、勇者様は仰け反っている。
「それ以来ボスはご町内の猫のみならず、犬にとってもボスなのです」
「傘下に下った犬共も、今じゃ俺のことボスって呼ぶしなー…」
まぁちゃん、遠い目。
こにゃんこ達の頭をぽんぽんと叩きながら、どことなく照れくさそうだ。
「ちなみに元ボス犬さんは、今はどう…?」
「彼ならすっかり日和ってしまいまして。今では隠居ご老犬のようですよ」
「いっぴきのわんわんが犬生つぶされたわけだね!」
「リアンカ、それってあかるく言うことかな…」
勇者様にとっては、大いに疑問だ。
「ああもう、お前等とっとと寝ろよー」
自分の噂話を目の前でされて、落ち着かないのだろうか。
まぁちゃんはそわそわと落ち着かなげに、こにゃんこ達を寝かしつけにかかる。
「ねーむれ、ねーむれ~♪」
かなりおざなりで適当な子守唄が披露された。
本来の音声に戻すと、きっとこう。
「にゃーうにゃ、にゃーうにゃ~」
歌う為に口から零れた勇者様が、ころりと転がり落ちて左側に。
ぽすんと胸を枕の状態で。
まぁちゃんの左前足が、ぽすぽすと勇者様を優しく叩く。
次第に睡魔が落ちてきて…
安らかに、眠りに落ちた。
まぁちゃん、が。
「ね、ねむれないー…」
しかしお子様勇者様のおめめは冴えている。
慣れない環境も、初めて味わう野外の空気も。
勇者様の緊張を高めるばかり。
「勇者様? なんかかたいよ?」
こんなに強張っていては眠れ等しないだろうと、リアンカが心配そうに額を寄せてくる。
「ううぅ…」
「なにがふあん? こわい?」
「屋根がない…くらいそら、こわい。おそと、くらい」
「わぁ、温室育ちめ」
「はっきり言われたー…」
こんな時でも、リアンカにゃんこは容赦がない。
だけど慈悲がない訳でもない。
ぎゅっと身を縮めて丸まって、外の一切を拒絶する様に、自分の毛皮に顔を埋める勇者様。
そのぎゅぎゅっと閉じられた瞼を、リアンカがつんつんと突いた。
「勇者様、めをあけてごらんよ」
「でも、こわい。オバケがくる」
「おばけってなに? まぁちゃんよりつよいの?」
「たぶん」
「そんなナマモノいないよ、この世には」
「その根拠のない自信はどっからくるの!?」
「まあまあ、だまされたと思ってめをあけなよ」
「だまされたくないから、あけない」
「強情にゃんこさんめ」
きゅっと丸まった勇者様のしっぽを引っ張り、つんつん。
リアンカは小さく笑って勇者様の額も、つん。
「勇者様、わたしたちはにゃんこなんだよー? よるは、にゃんこの味方だよ」
「なんで、そう言いきれるの」
「めをあければ、わかるんだから。よるは、ひるとはせかいが違って見えるよ」
「にゃうー…」
「よるでもよーく見えるこのめはね、わたしたちがにゃんこの証し、なんだから」
熱心に言われ、額を連打され。
根負けした勇者様が、しぶしぶ目を開ける。
その、目に見えた世界。
「ね、ほんとうにくらい?」
「………にゃ」
「くらくないよー、ね?」
「…にゃー」
リアンカは笑う。
くすくすと、軽やかに笑う。
そよ風みたいな軽さだ。
そうして勇者様の毛を優しく引っ張り、言葉を重ねる。
「ね、おそらを見てごらんよ。何はなくとも、屋根がなくても、おそらはあるんだよ」
そう言って指し示す先。
指の差す方向を、勇者様は釣られた様に見て…
見て、絶句した。
「にゃ、にゃー!」
「すごい? ね、すごいでしょ!」
「う、うん…!」
「えへへ…屋根なんかより、ずっとこっちの方が良いよ。すてきだよ」
「うん、うん、うん…!」
勇者様は、初めて見るモノに興奮していた。
あれは、何だろう?
冷静に考えれば、もしかしたら知識としては知っていたかも知れない。
だけど今。
実感として、体験として得た情報を、頭の中の四角四面な知識と繋げることができない。
尻尾をピンと伸ばして、勇者様は目を真ん丸にしている。
「すごいよね。まんてんの、ほし! 屋根もかこいの中のあんぜんもなくたって、おほしさまとおつきさまがいるよ! そらから、こうして見守ってね、いてくれるのよ」
「うん…! あれが、ほし? あれが、つき? すごい…!」
初めて見上げる夜空に、勇者様は恐怖も怯えも、夜の闇への不安も忘れた。
ただ目を丸く見開き、見続けるのみ。
首が疲れるのも、目が疲れるのも忘れて。
「ね、くらい?」
「ぜんぜん、くらくない…!」
「あかるいよね。キラキラ、チカチカひかってるよね」
「うん!」
自分を取り巻く環境への、ありとあらゆる不安を忘れて。
その夜、勇者様は初めて目にする夜空を熱心に眺め続けた。
勇者様は、この夜すっかり星空が気に入って。
夜が、大好きになった。
気が付いたら眠ってしまっていた、初めての外での夜。
静かに寝息を立てる、小さな勇者様。
リアンカはその頭をぽんぽんとまぁちゃんみたいに優しく叩いて、ほわっと笑う。
そうして自分も勇者様やまぁちゃんの隣で丸くなり…やがて、安らかな寝息を立て始める。
こにゃんこ達が眠ったことを確認する様に、一度まぁちゃんがうっすらと目を開けたけれど。
ちゃんと眠っていることを見て取ると、直ぐに彼も眠りに落ちる。
小さなかよわいこにゃんこ達を、その大きな腕に柔らかく抱きしめて。
きっともう、朝までぐっすりだ。
それを疑う余地もない程、穏やかな眠りが彼等を優しく包み込んでいた。
こにゃんこたちの賑やかな夜は、こうして更けていく。
白く輝く太陽の朝が来るまで。
みんな、おやすみなさい。
翌朝、盛大にリアンカにもたれかかられ、重みで魘される勇者様がいたそうな。




