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勇者様こにゃんこ物語 遥かなる旅立ち編

先日、いただいた感想を読んでいて思いついた内容の発展形。

勇者様を主人公とした、人類最前線メンバー猫化物語。

今回はその、はしりのみですが。


メンバーの猫種は特にこれと特定しないので、その辺は脳内補完でお願いします。

舞台設定は現代の日本でよろしく☆




 ちいさなちいさな子猫ちゃんが鈴木家にやってきた。

 まだまだ歩くこともおぼつかない、よちよち子猫。

 今までずっとペットが欲しかった、鈴木家のママさんはご満悦。

 知り合いのブリーダーの家で生まれた子猫ちゃんだ。

 写真を見て、ひとめぼれ。

 渋い顔をする知り合いに頼み込んで、格安で譲ってもらった。

 その子猫ちゃんが、やってきた。


 紙バックの中に隠れていた子猫が、おそるおそる。

 ママさんと、初のご対面。

 実物のあまりの可愛さに、ママさんは狂喜乱舞した。

「きゃあああああっか、かわいぃ…!」

「ちょっ、怖がらせないでっ! 猫は環境の変化に弱いんだから、びっくりするでしょう!?」

 子猫を持ち込んだブリーダーさんが、険しい顔でママさんを取り押さえる。

 子猫は目をまん丸に見開いて、紙バックの中に即座に隠れた。

 ぷるぷる震えている。

 今にも子猫を腕にすくい上げようとしていたママさんは、しょんぼり。

「ごめんなさいね、その、期待以上だったものだから…」

 ママさんは、専業主婦だ。

 でも性格は寂しん坊の構いたがり。

 最近大きくなってきた子供も、あまり構ってくれなくなって。

 一人の日中がさみしくて。

 その寂しさを埋めてくれる子猫ちゃんが、やっと来たんだから。

「だから、ちょっとはしゃいじゃうのは仕方ないと思うのよね」

「アンタちょっとは悪びれろ」

 けろりとしたママさんの様子に、ブリーダーさんは嫌な予感がした。

 だけど、いつまでも他人宅に居座るわけにもいかない。

 飼育上の注意を重々重ね、ママさんに不安を覚えながらもブリーダーさんは帰り支度を整えた。

 子猫の震える様子に、名残惜しくなる。

「ごめんね、また来るからね」

 後ろ髪を引かれながら、ブリーダーさんは思った。

 どうにも心配だから、近いうちにまた様子を見にこようと。


「それじゃあ、あとはよろしく。呉々も、ストレスその他に気をつけてね。繊細な子なんだから」

 そう言って、ブリーダーが帰って。

 家には、子猫とママさんが二人きり。

 ママさんは今度は怯えさせないようにそっと子猫を抱き上げるけれど……

「ああぁんっ! やっぱりかわいぃ…!」

 すぐに壊れた。

 メロメロに目を緩ませて、相好はがったがたに崩れている。

 食べちゃいそうな勢いで、子猫をわしわし。

「子猫ちゃん、今夜はママと一緒に寝ましょぅね!」

「みぃぁ……(こわい……)」

 怯える声は、か細く震えていた。

「いやぁん! 声もかーわーいーいー!」

 そして子猫の様子にママさんは大興奮で気付かなかった。


 それから間もなく。

 次女と長男が学校から帰ってきた。

「あー! こねこだ!!」

「なに、その猫。どうしたの」

 びっくり眼の長男の横を抜き去って、次女が母親に駆け寄る。

 その手の中には、逃げようにも逃げられず藻掻く子猫。

「やだぁ、めっちゃ可愛い!!」

 愛らしい子猫に、次女も一瞬でメロメロだ。

「ママ、私にも!」

「駄目よぉ、手洗いうがいしてからです!」

 猫を取り合う、二人の女。

「なぁう…(バケモノがふえた…っ)」

 子猫の目は極限まで見開かれ、恐怖を宿している。


 →ゆうしゃ は おびえている!


 救いを求める目は、自然と一歩引いたところにいる長男へと向かう。

「かーさんも姉ちゃんも、ストップ!」

 助命嘆願は、どうやら届いたらしい。

 一瞬の隙を突いて、長男が子猫を攫った。

「猫が怖がってるだろ! もうちょっとそっとしてやれよ!」

 そう言って、長男がそっと猫を床に下ろす。

 子猫はすかさず、長男の足もとに隠れた。

 どうやら、長男のことを助けてくれる相手と認識したらしい。


 →ゆうしゃ は みかた をてにいれた!

  (あくまで味方、だが仲間ではない。)

 

 その様子に歯噛みしつつも、母と姉はようやく猫が嫌がっていたことを認識したらしい。

 無理に追いかけるのを止めて、でも目は離さない。

「かーさん、この猫どうしたの」

「あら、言ってあったでしょ。猫が来るって」

「今日のことだとは思わなかったよ」

 長男は母親や姉に比べるとまだ冷静な様子で、じっと興味深そうに猫を見ている。

「ママ、この子の名前は!?」

「うふふぅ、勇者様よ!」

「………え、何そのチョイス」

「もっと可愛い名前がいいんじゃないの!? アンジュとか、エリザベスとか」

「姉ちゃんは姉ちゃんでセンス最悪だね」

「うっさい黙れ!」

 姉は時として横暴なもの。

 家庭によっては常に横暴なもの。

 弟をぎっと睨んで、次女は母にせがむ。

「ねえー、違う名前にしようよ」

「あら、アンジュもエリザベスも駄目よ?」

「なんでーっ!」

「だってこの子、男の子だもの」

「えっ…めちゃくちゃ美人だから女の子だと思った!」

 まじまじ、勇者様を見つめる次女。

 子猫は居心地が悪そうに身じろぎして、そっと一歩後ずさった。

「それで、なんで勇者様?」

 由来を尋ねたのは、長男だ。

「名前を考えていたらねぇ、勇大が置きっぱにしていったアレが目に入ったのよ」

 そう言ってママさんが指さしたのは、居間のTV前。

 長男が朝方放置していった、昔懐かしいゲーム。

 白と赤のゲーム機に、カセットがはまったままだ。

「ドラ●ンクエスト……」

 そこには昔懐かしい、謂わばご家庭用TVゲームの元祖RPG。

 選ばれし血筋の勇者が竜王を倒すために孤軍奮闘する名作ゲームが燦然と輝いていた。


 こうして、子猫の勇者様の名前はめちゃくちゃ安直に決まった。




 それから、二週間が経った。

「みぁー(ゆーだい、おはよう)」

「あ、勇者おはよ」

 鈴木家は五人家族。

 パパさんはペットには無関心だけど、五人中三人…母と長女・次女は猫に興味津々だ。

 それが子猫のストレスとなり、がりがりと精神力を削っている。

 悪辣な環境にもかかわらず、子猫はちびっこ特有の順応力で鈴木家に慣れていた。

 しかしやっぱり怖いものは怖いので、もっぱら救い主たる長男、勇大にくっついている。

 子猫にとって自分を守ってくれるのは勇大ただ一人。

 朝も昼も夜も避難先は勇大の部屋だ。特に夜。

 必然的に、よく懐くようになっていた。

 しかし悲しいかな、勇大はまだ小学生。

 黒いランドセルしょって半ズボンで学校に行く年頃だ。

 よって、日中は勇者様にとって戦いの時。

「なるべく早く帰ってくるから、無事でいろよ」

 心配げな小学生は、子猫に手を振って学校へ行った。


 戦闘、すたーと!


 勇大が玄関をくぐるや否や、こにゃんこ勇者様はダッシュ!

 子供達が学校行ったりパパさんが会社行ったり。

 そんな戦争のさなか、勇者様は迅速に行動です。

 

 しゅたたんっ


 誰にも見られていない瞬間を見計らって、勇者様は隠れます。

 居間の戸棚のその上の、積まれた荷物の細い隙間に。

 やがて忙しい時間が過ぎ去り、主婦の休息が始まる。

 つまり、ママさんひま。

 そうして案の定、ママさんは子猫を探し始めた。

「勇者ちゃぁぁん? おやつよ、出ていらっしゃい」

 手に、勇者様お気に入りのおやつ。

 それを餌に探すあたり、自分が懐かれていない自覚はあるらしい。

 そうやって無理に構うから懐かれないんだよ。


 おやつは美味しそう。

 だけど勇者様は戸棚の上から出てこない。


「勇者ちゃーん!」


 ママさんの猫撫で声はうっとりするほど優しそう。

 だけどそれを信用して近寄ると、碌なことにならない。

 今までの経験則で、勇者様はそれを学んでいた。


 →ゆうしゃ は れべるあっぷ した!

   かしこさ が 10 あがった!

  『食い気に釣られない』を おぼえた!

  『猫撫で声に騙されない』を おぼえた!


 勇大くんが帰ってくるまで、ここで待とう。

 お腹が空くのはせつないけど。

 それでも捕獲されて撫でまわされるよりは、ずっとまし。

 くうくう鳴きそうなお腹にかなしくなるけど。

 眠って空腹をごまかそう。

 自分でそう決めて、勇者様は戸棚の上。

 荷物の隙間のもっと奥に念入りに隠れて、眠りについた。

「みぅ…(おやすみなさぁい…)」



 二時間後。

 勇者様は、がさごそという恐怖の音で目を覚ましていた。

 音の出どころが、とっても近い。

 音を立てている犯人は、ママさんだ。

「み……っ」

 勇者様は縮こまり、ぷるぷる震えている。

 どうやら、ママさんは強行突破に出たらしい。

 子猫が潜んでいそうな所に当りをつけて、自ら荷物を動かしている。

 それで万が一に子猫が挟まったり潰れたらどうするという疑問もあるが。

 子猫を引きずり出さんと、ママさんは戸棚の荷物移動に踏み切ったらしい。

「勇者ちゃーん、どこー?」

 最早こうなると、勇者様にとってはホラー映画のごとき展開だ。

 彼に待っている末路。

 即ち、ママさんに捕獲されて撫でくりまわされ構い倒される。

 それを回避できるのか!?

 彼に取れる道は、二つ。

 

  ・ここで縮こまって捕獲される時を待つ。

  ・一か八か、隙を突いて逃亡を図る。


 悩める時間は、わずか。

 勇者様は、即座に決断した。


「勇者ちゃーん!」


 声は、先ほどよりも近い。

 勇者様の姿が曝されるまで、要する荷物はあと一つ。

 その一つに、ママさんの手がかかる。

「………っ!」

 そして、勇者様は。

 

 残された僅かな荷物の隙間を縫って、逃亡を試みる。

 戸棚は、勇者様の身丈の何十倍も大きい。高い。

 だけど子猫は躊躇わなかった。

 いつも足場にしているピアノやキャビネットのある方には、ママさんがいる。

 だから、行くならここからやるしかない!


「みゃああああーっ(にゃんぱあああっ)!!」


 咄嗟に口から出てきた気合いの声は、意味不明。

 だけど気にしちゃいられない。

 

 勇者様は、飛んだ。

 自由を求めて。

 勇者様は、跳んだ。

 まだ跳ぶことなどできないだろう、遥かな高みから。

 このまま此処で震え続けていても、明日はない。

 飛べ、己の尊厳を守るために。


 そして、奇跡が起きる。


 くるりん、ぱ!


 にゃんと空中三回転!

 こにゃんこ勇者様は華麗に着地を決めて、そんな己にびっくりだ。

 だけど歩みを止める猶予はない。

 タイムラグは0.2秒!

 頭上から驚きの「勇者ちゃあん!?」という声が聞こえる。

 ママさんの声に反応することなく。

 勇者はダッシュだ。

 しかし敵もさるもの抜かりはない。

 部屋の扉は、すべて閉ざされている。

「…!」

 しかし逃げきるチャンスは、今しかない。

 ママさんが椅子の上に立っており、手には段ボール。

 彼女が迅速に動けない、今、この時しか!


 ダッシュの勢いで、勇者様は扉に取りついた。

 普段は届かない扉のノブまで、ジャンプで取り付く。

 火事場の馬鹿力、万歳!

 勇大くんがしていたのを思い出して、勇者様は見よう見まねノブを回した。


 がちゃ


 そうして、勇者様は素早く駆け抜ける。

 どこに隠れよう?

 走りながら足は緩めず、思考した。

 勇者様はまだまだちびっこ猫で、すばしっこくても足そのものはそれほど速くない。

 むしろ、まだよく転ぶ。

 ママさんが来る前に、身を潜める場所を見つけなくては…


 勇者様は、そっと玄関に忍び寄る。

 そうして玄関の隅っこに隠れた頃合いで。

 居間から、ママさんが姿を現した。

「もう、勇者ちゃんたらどこかしら」

 彼女はぱたぱたと、迷いなく二階に向かった。

 そこには勇大の部屋がある。

 勇者様の主な活動範囲は、勇大の部屋と居間だ。

 そして主な逃亡先は、勇大の部屋である。

 その盲点を、ついた。

 ママさんが二階に消えて、すぐさま勇者様は行動を開始した。

 向かう先は、お風呂場だ。


 勇者様は、最近のママさん達の会話を覚えていた。

 ここのところ、お風呂場の換気扇の調子が悪いらしい。


 だから。


「みゃあ!」

 大当たりだった。

 思わず、歓喜の声が零れる。

 お風呂場は湿気を逃がす為に、窓が大きく開かれていた。

 柵があってもなんのその。

 お風呂場の窓にはまった柵は、明らかに勇者様の身体が通れるほどスカスカだ。

 人間対応の柵に、猫が引っかかるはずがない。

 ママさんが来ないうちにと、勇者様は家の風呂場から逃げ出した。


 遥かに広大な、外の世界へと。


 勇大が帰ってくるまでは、外に隠れて待ってよう。

 勇者様は家の外をくるりと回りながら、考える。

 その方が、安全に思えた。

 でも、外は広くて、眩しくて。

 今まで生まれてこの方、勇者様は外を出歩いたことがない。

「みゃうう(ちょっとだけ、ちょっとだけ)…」

 猫特有の好奇心が、擽られて仕方ない。


 そうして、地の利の全くない勇者様は鈴木家をふらふらと離れ…


 それは勇者様が案の定迷子になる、三十分前のことだった。





勇者様 

 べたべたに構ってくる家族から逃げる為に家から逃亡。

 そのままうっかり超迷子になったうっかり子猫。

 まだ小さいから結構まぬけなお馬鹿さん。

 これから成長します。


出てこない猫たち。

 リアンカ:野良猫1年生。勇者様とあまり年頃は変わらない。

       しかし滅茶苦茶逞しく、要領よく野良猫生活満喫中の子猫。

 まぁちゃん:近隣の野良猫のボス。リアンカの保護者。

        ご近所の小学生に『野良猫ギャング団の魔王』と呼ばれている。

 せっちゃん:まぁちゃんの実妹。生まれたばかり。

        ふらふら放浪中の両親を恋しがって兄に甘え倒している。

 りっちゃん:『野良猫ギャング団』参謀。リアンカとせっちゃんの母代わり。

        甲斐甲斐しくまぁちゃんの世話を焼く片腕。

 

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