画伯のお客様サポートコーナー
タイトル見た、そのまんまの内容です。
画伯の副業を補佐し支える、たった一人の同士が語ります。
…その、危機を。
黄昏に染まる、魔王城。
その一角にて、城主も知らぬこっそりと開設された小さな部屋。
城が広すぎて目が行き届かないのを良いことに、もう六年前から此処にある。
部屋の前に作られたカウンターには、今日も一人の男が座っている。
そして今日も、彼は訪問者に薄笑いで告げるのだ。
「いらっしゃいませ。こちら、画伯のお客様サポートコーナーです」
その対応は、今日も完璧だった。
みなさん今日和。
私はしがない吟遊詩人。名前はガラハッド・イルスタン。
両親にはなんでこんなに勇ましい名前を付けたと物申したい。
伝説の騎士の名前を付けるなんて、子供に期待しすぎです。
武勇の道に進むとも限らないでしょうに…ほら、ご覧なさい。
案の定、戦闘とは無縁のモヤシに育ちました。
それはもう、すくすくと。
そんな訳ですから、こんな本人にそぐわない名前のことはパパッと忘れて。
皆さんは私のことを、是非バードとお呼び下さい。
魔境じゃ流行らないのか、吟遊詩人があまりいないので多分それで問題ありません。
え? その流行らない吟遊詩人が、魔王城で何してるんだって?
お客様サポートコーナーの職員ですが、何か…?
私と彼が、心の師と仰ぐヨシュアン殿とが出会って、実に今年で六年になります。
それはつまり、このサポートコーナーが開設されて六年になるということです。
今では彼との出会いは運命だったんじゃないかと思います。
それ程の馴染みぶり、天職ぶりが板に付きました。
ここ数年は吟遊詩人としての仕事よりサポートコーナー唯一の職員としての関わりの方が多く、近隣の方々にも「サポートコーナーのお兄さん」で通っています。
私とヨシュアン殿の出会いは、先程も言いましたが六年前になります。
歌に深みを持たせる為にも伝説の地を実際に見てみたい。
一度でいい、魔境へ行ってみたい。
その思いを抑えるどころか、むしろ突っ走らせた六年前。
私は訪れたこの地、魔境にて運命と出会いました。
ふとした些細な切欠で、目にした一冊の書物。
題名は今でも覚えています。
『桃☆色はーとで お・い・か・け・て!』
…ええ、ええ、印象的すぎましたから。
この珍妙な題名の本は、偶然宿を求めた獣人の村で目にしました。
何故、宿屋の客室にこんなモノが置いてあったのか…
あの宿は大丈夫だろうかと、今でも偶に心配になります。
あまりにもインパクトが大きすぎて、うっかり手にとって読んだら引きこまれました。
恐ろしい魔力でした…。
一度ページを開いたが最後、閉じることもできずにのめり込んでしまいました。
全四十二巻。
うっかり徹夜した夜明け、昇る朝日を拝んで正気に戻りました。
全巻揃えておいていた宿屋の亭主にしてやられたと思ったのは、きっと私だけではないはず。
村に至るまでの道程で疲弊し、ろくな休息も取れずに完徹。
寝不足で出立できず、否応なくもう一泊する羽目になりました…。
もう一泊しようと腹を括った後は、開き直って本の続きに没頭しました。
………更にもう一泊する事態に陥ったのは、不覚としか言い様がありません。
そして私は、見つけてしまったのです。
『桃☆色はーとで お・い・か・け・て!』の作中歌…
主人公マリリンの切々とした心情を歌った、十代のときめきが籠められたバラッド。
それは私の胸に衝撃的に響きわたり…うっかり、心の底から感動しました。
もう、これは会わねばなるまいと。
会うしかないと、全巻読破した頃には自分でもおかしいと思うくらいに決意していました。
こうして、私は死を覚悟で作者がいるという魔王城を訪ねました。
…訪ねて、あっさり面会が叶ったことと、予想外の平穏ぶりに唖然としてしまいました。
今となっては、それも良い思い出です。
あの頃、私は若かった……いえ、本当に若かったんですけど。
それから、あのゲスい話を書いたのはどんな相手かと顔を曇らせつつ。
曇らせつつも、しかしあの素敵な詞を書いたのは…?とソワソワしつつ。
そうやって待っていた私の前に、どう見ても幼い美少女が現れた瞬間。
私は、この世に神も仏もないのかと膝をつきました。
しかしながら美少女、もとい彼…ヨシュアン殿が実は男であること。
それどころか更には私よりも年長であったこと。
しかもゲスい話の本編も作中歌も全部彼が手がけたこと。
それを立て続けに知った時、私は………発狂するかと思ったのは若気の至りです。
今思い出せば、全然大したことじゃありません。
そんなわざわざ発狂する様なことでもないのに…やっぱり、私も若かったんでしょう。
その後、私とヨシュアン殿は系統は違いながらも創作に携わる者同士、意気投合しました。
それどころか、彼の才能に、私は…
そう、きっと心酔したんです。
紛れもない、彼の本物の才能に。
なのになんで、こっち方面に関わらないと創作意欲が湧かないんでしょう…。
少々残念ではありますが、ですが彼の専門も含め、その才能はやっぱり本物で。
私は、純粋に彼を支え手助けしたいと思いました。
そうして、何日かかけての話し合いの結果。
いつしか私は彼の創作を支え助ける為、己の新たな道を見出していたのです。
時に、画伯と呼ばれる彼の創作を手助けし、意見を交わしもします。
でも私の日常業務はほぼ、サポートコーナーの受付業務に終始します。
元々、アンケートやファンレターの類はヨシュアン殿も欠かさずチェックしていました。
内容を専用の書き付けに抜き出していって、情報整理用の棚に収めていることも知っています。
…それが情報収集&いざという時の弱味用だと知った時は、遠い目もしましたが。
しかし増加する信奉者に、それ以外の細々とした作業は滞りがちで。
そこを、私が買って出ました。
お客様が来ない時は、作業室に籠もって事務仕事や書類整理に努めます。
ファンレターやアンケート用紙を整理し、統計を取り、キャラ別人気表を作成し。
要望を纏めたり、売り上げの集計を作ったり。
ヨシュアン殿と二人で回覧用のカタログや折り込みチラシ、情報誌を作ったり。
次回作の予告編の片隅に乗せる為のあらすじやコラム、お勧め作の紹介文を作ったり。
以前はヨシュアン殿がしていたこと、背負っていた荷物の半分を背負い。
この、私が受け持つ場として存在するサポートコーナーを守り、育ててきました。
殆ど滅多にありませんが、稀にないこともない苦情。
その処理やクレーマー対応に苦慮することもあります。
変な開き直りや、少し狂信的な信奉者が乗り込んできて困惑することもあります。
それでも振り返ってみればこの仕事は楽しく、充実した毎日でした。
ですが。
しかし、今。
私は今、ここで死ぬかも知れない…
いえ、サポートコーナーそのものが存亡の危機にさらされようとしていました。
いえ、ね…来たんですよ。
滅多に来ないけど、偶に来ないこともない、迷惑なお客様が。
いつもだったら、「このクレーマーが!」と内心で罵りつつ、笑顔で対応させて頂くんですが。
流石に今回ばかりは、私の顔も青ざめて引きつらずにいられません。
だって、この開き直り入ったお客様が、
「いつもいつも! 俺のリクエスト無視しやがって…!
画伯を出せ! セトゥーラ姫ヒロインで次回作を書くと確約するまで、此処を動かねぇぞ!!」
聞こえるって!
絶対に、聞こえるって!
そんなキンキン響く大声で叫ばないで!
止めて! 魔王が来たらどうするの!?
いや駄目だって、そのリクエストだけは…!
自分一人で勝手に滅ぶ分には構わない!
だけど私とコーナーを巻き添えにするのは止めてくれませんか!?
そうこうするうちに、私の背筋に凄まじい悪寒が駈け回って。
それから。
「……………何処だ、聞き捨てなんねぇこと言ってる奴ぁ」
……………………………破滅を呼ぶ、地獄の足音が聞こえた気がしました。
サポートコーナーは傍迷惑なモンスターに占拠された!
どうする、画伯。
どうする、バード。
どうするんでしょうか、魔王陛下…。
そしてどうなる、ジャック犯。
彼等の明日は、どっちだ…?




