獅子山羊狂想曲 美味しい山羊のおとし方。
此方のお話は、「ここは人類最前線5」の36話関連の番外編となります。
其方を読んでからの方が、わかりやすいかも。
内容はラーラお姉ちゃん元彼(実はいた)の話です。
ラーラお姉ちゃんの元彼とか許せない!と言う方はお気を付け下さい。
「え?」
久しぶりに聞いた昔の恋人の近況は、思わず聞き返しちまうくらいに意外なものだった。
「あいつが、親しくもない特定の男を、重症でもないのに付きっ切りで看護、している…?」
あの、臆病の怖がりが?
俺でさえ、親しく話せるようになるまで二カ月かかったのに?
あまりにも寝耳に水で、信じられなくて。
俺は訓練用の木杖を両手の指から滑り落としていた。
からんからんと、地面にぶつかって音が立つ。
でもそんなことさえ気にならないくらい、俺は茫然としてた。
あいつの、他人との接触がかなり限定される性格。
それに自分が随分と安心していたんだって、今頃になって自覚した。
あいつが、誰か見知らぬ男に関心を持つとか。
あいつが、誰か他の男と付き合うとか。
そんなことはない、ありえないって。
自分勝手にもそう思いこんで。
身勝手な感情に胡座をかいて、さ。
そうやって、考えるのを放棄して。
そうして自分のことを停滞させていた。
それをいきなり突きつけられて、俺の頭は真っ白になっちまったんだ。
あの日、あの時。
思い立って居ても立ってもいられなくて、他に何も考えられなくて。
そうやってあいつに突撃した、あの日のあの時のように。
あの時、あいつは十八だった。
同年代の若い軍人達の中で、あいつは浮いていた。
あいつだけが、浮いていた。
寂しそうな、でも怯えた瞳。
びくびくと周囲を窺って、誰かが話しかけようものなら飛び上がって逃げ出したそうにする。
気弱に下げられた眉が、お願いだから話しかけないでと懇願していた。
その空気が周囲にも伝わって、いつの間にか腫れ物。
どう接していいのか、みんな分からなかった。
話しかけられる方も、話しかける方も緊張していた。ピリピリと。
どうやったって、どんなに慎重に話しかけても怯えるから。
次第にみんな、怖がらせると分かっていて話しかけるのは可哀想だって思うようになって。
なるべく、そっとしておこう。
無理に話しかけるのは止めようって風潮ができて。
みんな気にしながら、見ないふりを決め込んで。
本当は警戒を解いて、向こうから来るのをみんな待ってた。
だけどあいつは、目に見えてほっとして。
明らかに、話しかけられない状況に安堵して。
それで、終わっちまった。
胡坐をかくってわけじゃないけど。
安穏とした状況に安心して、馴染んで。
話しかけようにも話しかけられない周囲と。
そもそも近寄ろうともしないあいつ。
いつしか互いの間に壁が聳え立っても、あいつは残念そうにしながらも壁に近寄ろうともしない。
そんな、腫れ物扱いだってのに。
俺はまた、それとは別の意味であいつが気になって仕方なかった。
最初は多分、好奇心。
あいつがあんまりにも、他の奴らと様子が違うから。
次にその様子のあまりの残念具合に心配になって。
いつの間にか、ハラハラしながらあいつを見ていた。
じれったくて、もどかしくて。
なんでそうなるんだよ、って何度も叫びたくなった。
そうやって見ているうちに、気付いたら目が離せなくなってたんだ。
なんだろうな。
あんまりにも心配と不安を煽る生き物だから。
誰かがなんとかしなきゃ、ついていてやらなきゃって思えて。
最初は自分が、なんて思わなかった。
誰か助けてやれ、何とかしてやれよって思って。
それなのに誰かがあいつに近づこうと頑張っているのに気づくと、なんだか面白くない。
それがただの善意で、親切でも。
あいつの為にも応援して、親しい人間ができることを祈ればいいのに。
肝心のあいつが逃げ出すのを見て、いつも毎回、ほっと安堵する自分を変だと思っていた。
親しげに話す相手の一人もいない、あいつ。
上官が相手でも、ろくすっぽ雑談なんてしない、あいつ。
誰が近づこうと逃げ出すから、常に一人。
それじゃ駄目だ、助けなくちゃって思っても。
なんでだろう。
あいつが一人って状況を確認する度、なんでかほっとして。
そんな自分に首を傾げていた日々。
ある時、気づいた。
ああ、その役目は、俺がしたいんだって。
誰かじゃなくて、俺が。
俺が、あいつに近づきたい。
あいつの傍にいて、助けてやって、あいつが怖がる他の人との橋渡しをしてやって。
そうして、笑顔が見たい。
笑顔で、ありがとうって言われてみたい。
他の誰かじゃなくて、俺が。
俺があいつの一番近くにいたいんだ。
俺は昔から、思い立ったら即行動、なんてところがあって。
この時も、思い立ったら早かった。
計画を立てることも、考えることも。
全部置き去りに、俺は思いついたその足であいつに突撃していた。
当然ながら、その時は撃沈したけど。
でも、足がかりにはなった。
というか、無理やり足がかりにした。
勢いって大事だ。そんな再確認ができるくらい。
めげることなく、コツコツ次に繋げていこうって。
諦め悪いのが、俺の長所ってことにしとこう。
そんな気持ちで、俺は果敢な挑戦を続けた。
我ながら、大変だった…。
あいつが気になるようになってから、二年。
じっと見つめるようになってから、三年。
胸のもやもや嫌な気持ちが何なのか、悩み始めてから半年の頃。
そうして、初めて話しかけてからは二ヶ月。
俺はあいつと笑って話せるようになるのに、二ヶ月もかかったんだ。
誰かと仲良くなるのにこんなに時間がかかったのは初めてで。
嫌われてるのかと、まあ、落ち込んだ…。
だけどあいつが、言ったから。
誰かとこんなに早く仲良くなれたのは初めてだって。
そう言ってくれただけで、俺の胸は何だか凄くぶわって。
ぶわって、熱くなったんだ。
あいつとの初接触は、真っ赤になって恥ずかしがるあいつと、その逃走にかける健脚ぶり。
その二つが強い印象を残した。
あと、後頭部と鳩尾の痛み。
まあ、全部俺の自業自得だったけど。
それまで俺の名前すら知らなかっただろう、あいつ。
何はともあれ俺のことを知って欲しいって、俺の願望。
それが強くて、取りも直さず俺は自分の名前を告げた。
あいつの名前、俺はずっと前から知っていたけど。
あいつはきっと、俺のことなんて知らない。
だからこの最初の一歩、大事にしたくて。
俺はびくびくするあいつの言葉をじっと待ってた。
まるで、待てを命じられた犬みたいに。
でもあいつが、全然喋らないから。
俺は焦れて、あいつに名前を聞いていた。
……あいつは、顔を真っ赤にして逃げた。
この時は、なんで逃げ出したのか全然分からなくてさ。
呆然と見送って立ち竦んでいたら、後頭部にいきなりの衝撃。
目の前に、星が散った。
いきなり駆けだして、浮きまくってるあいつに突撃。
そんな無謀な俺を不安に思ってついて来ていた、悪友。
あいつが逃げたところで、その悪友に頭を殴られた。
「何いきなり妻問いしてんだよ!?」
いや、つい、その、うっかり?
妻問い、ああ妻問い………そう言えば。
自分でも目から鱗の心境で正直に答えたら、今度は鳩尾を殴られた。
手加減なしの一撃に、思わず反撃しそうになった。
けど、まあ、うん。
俺が悪いってわかっていると、反撃もできない。
魔族の婚姻は、古式ゆかしい妻問いが一般的だ。
いや、もしかしたら一般的とは違うかもしれない。
でも男から婚姻を迫る時の伝統的作法として今でも根強く残ってる。
少なくとも俺んとこの一族じゃ今でも一般的だ。
これで魔王陛下の顔面にワンパン入れるのに成功してたら、結婚の成功率も段違い。
それとは関係なく、作法を気にする相手っているからさ。
大事な常識として、魔族の男は子供の頃に作法を叩き込まれる。
尤も俺は、この時まで綺麗にさっぱり忘れ去ってたけど。
作法は簡単。
1.相手をじっと見つめる。それはもう、熱く見つめる。
2.簡潔に、自分の名前だけを言って呼び止める。
3.相手の名前を問う。
4.相手が名前を返してくれたら、妻問い成功!
これだけだ。
あまりに簡単すぎて、うっかり日常的にどっかでやってしまいそうな気すらする。
だから魔族の男は、勘違いされないように第一声で自分の名前だけ言うなんて不躾な真似は避けるように教育されんだけど…
うん、うっかり忘れてたわ。
思い返してみれば、気が逸って確かにそんなことした気がする。
たった今、あいつ相手に。
全然そこに思い至ってなくて。
ああ、そりゃ逃げるわって。
ずっと観察して知っていたあいつの内気ぶりを思い出して、妙に納得した。
「偶には、後先考えろ…」
「次は気を付ける」
それからがっくりと肩を落とした悪友が懇願してきて。
奴の説教から逃げながら、俺はひたすら次にあいつに声をかける時はどうしようかって。
他のことは頭にも入らず、そればかり考えてたんだ。
それから、あいつと仲良くなるのに費やした二か月。
最初は逃げられて、追って、逃げられての連続だった。
正直、心が折れそうになったこともたくさんあるけど。
でも打ち解けるにつれて、徐々に緩んでいく頬とか。
嬉しそうに和むようになっていった、瞳だとか。
それを見ているだけでも、ふと気付いた瞬間には幸せだって思っていて。
辛くても楽しくて、幸せな二か月。
それからその先の、もっと嬉しかった日々。
「………………うん、よし!」
あの日々を、誰にもやりたくなんてない。
ましてや、どこの誰ともしれない馬の骨になんて。
自分以外の、誰かになんて。
今更かもしれないし、もう、気持はないかもしれないけれど。
でも、俺はあの日々を失いたくなんてないから。
今頃焦るなんて、馬鹿みたいだけどさ。
「ちょっと、取り戻しに行こうかな………」
うんと頷き、顔をあげる。
見上げる先は、あいつのいる場所。
ラヴェラーラがいるはずの、医療棟控え室。
これからを思って、楽しくなって。
俺は鼻歌交じりに歩き出す。
今の今までしていた、訓練なんて放り出して。
「おい、アルビレオーッ!?」
後ろから呼びかけてくる声は、全部無視した。
だって今の俺には、先のことしか。
あいつのことしか、考えられないんだからさ。
だから無視したって、仕方ないよな…ラーラ?
こうして、ラヴェラーラの受難の日々が始まった。
ラーラお姉ちゃんの元彼
アルビレオ
ラーラお姉ちゃんと同期の軍人。
姿はアルビレオ(白鳥座β星)の名に違わぬ優美さだが、中身は深くものを考えないわんこ系。
本性は獅子の性を持つ魔獣系の魔族。
第二形態は獅子の身に蛇の尾、蝙蝠の羽、角を生やした姿。
どこに行っても友達ができて問題なく暮らしていける。
頼りがいはあるし常に明るく元気をくれるタイプ。
本人に自覚はなかったが存在を認識してから割とすぐにラーラお姉ちゃんに惚れる。
持ち前の熱意と若さと勢いと親しみやすさと気さくさ、根気などの諸々(八割がた勢い)で、ラーラお姉ちゃんと破格の短期間で打ち解けるのに成功!
そのまま順調に「お付き合い」まで持ち込むものの、ラーラお姉ちゃんのガードが鉄壁すぎて自然消滅し、今に至る。
しかし二人とも特段別れた覚えは無かったので、暫くはあれぇ?と首を傾げていた。
それから何年も経ち、今に至る。
アルビレオ自身はラーラお姉ちゃんに未練たらたら。
こうして、ラブコメは四角から五角関係の局面へと…!
ちなみにアルビレオは要領よくかっさらっていく漁夫の利を、日常的に天然でやらかします。




