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Mr.バレンタインの惨劇 サバンナでギロチン編

作中、珍しく勇者様が卑劣な手に出ます。

我が身と命を守る為、紳士にあるまじき手段を取りやがりました。

そんだけ危機感凄まじかったんだと思います。

 弱肉強食の掟がまかり通る、絶望と命の輝きが瞬く草原。

 …などではなく、人類最前線ハテノ村にて。

 女達と、勇者様と、女達。

 三つ巴の攻防戦が、戦端を開こうとしていた。


 

 おかしい。

 勇者様は、滲み出る冷や汗を意識せずにはいられない。

 今、彼は魔境に来て以来、かつてない危機感に襲われていた。

 自分に殺到する、複数…膨大な視線を、感じる。

 魔境に居座るようになってから、ついぞ感じることのなかった類の視線。

 しかしこの粘つくような目線の力に、勇者様は覚えがあった。

 これと同じような目に、かつては日々さらされていたのだから…。

 

 女という名の肉食獣共が放つ、冷静な観察の目に。


 だが、此処は魔境。

 無意識下で、そんなはずはない。

 そんな目で見られるはずはないという先入観が勇者様の勘を鈍くした。

 それでも彼という人間を十九年生かした本能が、危機察知本能が訴えるのだ。

 逃げろ、と。

 今すぐに、取りも直さず、一目散にダッシュしろと。

 そんな本能の声を、理性でねじ伏せて勇者様は己の内なる声を諌めるのだ。

 いいや、そんなはずはない。

 此処に、そんな恐ろしい敵などいないのだからと。


 だが、危機感は強くなる一方。


 そしてとうとう無視できない決定打。

 女達の、声をかけてみようという決意。

 その僅かな気配の変化を、勇者様の鋭敏な勘が感じ取る。

 

 今までは勇者様を前に、牽制し合っていた女達。

 誰が先に声をかけるか、真っ先に目的を遂げるか。

 あわよくば、哀れな子羊をかっ攫ってしまえるか。

 そんな無言下での牽制、争い、競争。

 それに、とうとう決着が付いてしまったのだ。


 勇者様を前に密かな争いを繰り広げていた女達に決着が付いた。

 誰から声をかけるか、優先順位はどこにあるのか。

 競争の果てに、各自の能力と応酬によって順位付けが終了してしまったのだ。


 第一に、誰が勇者様に挑戦するか。

 それが、決まってしまった。


 決まってしまったら、後は早い。

 ただ一人の勝者が先陣を切って勇者様に接近し、目的を遂げるだけ。

 そうして、それを皮切りに次なる挑戦者が現れるだろう。

 次々と、女の列が殺到するはずだ。


 勇者という、たった一人の犠牲者に向かって。

 彼一人では、到底受け止めきれない女の数が。


 瞬間、背筋も凍るほどの悪寒。

 脳髄を駆け抜けた、危険を告げる電気信号。


 勇者様は、焼け付くような既視感(デジャ・ヴ)に襲われた。


 この感覚、間違えようもない。

 (ハンター)が、傍にいる。接近している。

 勇者様はとうとう危機を認め、逃亡を叫ぶ内なる声に頷きを返した。

 周囲をざっと目線だけで確認してみても、視線の主を視認できることはない。

 皆、周到に用心を重ねて物陰に隠れているのだろう。

 姿を見付けることはできなかったが、勇者様の聡い感覚は確実に気配を察知し、その大体の数と居場所を読み取っていた。

 敵の数を、その一を確認しないことには、有効な退路を選び取ることはできない。

 ただでさえ、相手は曲者(くせもの)揃いの魔境の女。

 油断は、許されない。

 気の弛みは、即落命の危機に連鎖する。


 そうして勇者様は、接近する気配を引きつけ…

 引きつけ、引きつけ、充分に距離を掴んでから…


 不意に、じっと一点を見る。


 真っ直ぐな視線で、ひたむきに見つめる瞳で。

 じっと、ただ一点に視線を送った。


 その視線の先には、一人の女。

 先程の優先権争奪戦で敗退し、己の順番を待って勇者様を窺っていた女。

 美しい勇者様の双眸に視線を絡め取られ、女は頬を染めて硬直した。

 勇者様の様子を窺っていた多くの女が、固定化された勇者様の視線に気づき、行く先に注視し…

 その姿を、勇者様にひたむきに見つめられる女の姿を、視認した。


 勇者様に最も接近していた、先頭。

 優先権争奪戦の、優秀な勝者も例外ではなく。

 見つめられる女の姿を認め、勇者様から女へと注意を逸らす。

 眦を吊り上げ、頬を苛立ちに染めて。


 その瞬間だった。


 勇者様へと向けられていた関心の全てが一瞬、見つめられた女へと移った瞬間。

 勇者様は、それを待っていた。

 その機を逃す手はない。

 全ての注意が逸らされ、誰も彼もの反応が遅れるタイミング。

 正確に瞬間を突いて、勇者の足が動くのは電光のような勢いだった。

 最も手薄な一角へと向けて。


 脱兎。


 → 勇者様は逃げ出した。


 だが、逃げ続けるにしても。

 その時間を永遠に継続させることは、如何な勇者様とて不可能。

 地の利は、相手にあり。

 長く逃げ続けられるものじゃない。

 分かっていても状況改善の有効打などなく。

 勇者は足の続く限り、逃げようと思った。



 手に持った重み。

 飴細工様の存在を、思い出すまでは。

 

 何しろ相手は、繊細な、丁寧さを要求するほど繊細な飴細工様。

 その存在を思い出した時には、既に存分に足を使って逃亡を図った後。

 勇者様は、顔から深刻なレベルで血の気が引くのを感じた。


 人様の気持ちを、自分はどうしてしまった?

 もしもほんの少し、一欠片でも壊れていようものなら…

 自分は、他人の気持ちを顧みられない最低な屑野郎に成り下がる。

 怖い。確認したくない。

 だがしかし、目で見て確かめなければならない。

 飴細工様が、未だ無事なのかを。

 その無事な姿を見ないことには、安堵はない。

 死刑宣告を待つよりも、狂おしく。

 勇者様は高まる緊張と恐怖で、その背を震わせた。


 今は、女共を蒔いて。

 立ち止まる猶予を作らなければ…


 問題を先延ばしにしても、解決するモノなどなにもない。

 それでも逃げ続け、女達からの逃亡に一時的にでも成功し。

 草陰に身を隠して、勇者様は怯え震える指先を叱咤した。

 今こうして、篭の中身を確かめるのは自分の義務だと。

 村長夫人の気持ちを、村長への愛を。

 自分はこの目で確かめなければならない。

 決して、村長夫人の思いを地に落とすことなく、届けると決めたのだから……


「…………………………………おぅ」



 鳥の飴細工様は、ギロチン斬首の憂き目に遭っていた。


 正に、首と胴とが泣き別れ。



 青い飴の鳥は、頸部で真っ二つに分断されていた。

 忌憚のない声で簡潔に言ってしまえば、首が折れていた。

 優美な曲線を曝していた鳥の首は、台無しの様相で篭の中。

 脇の方に、邪魔そうに転がっている。

 どう見ても、取り返しの付かない事態だ。

 勇者様にはどう足掻いても、取り戻しようのない失態。

 大丈夫よ?と、優しい声も期待できない。

 勇者様は頭を抱えて、地面に蹲った。

 まるでまるまる猫と言うより、自己防衛姿勢に移る亀のように。

 致命的な。

 どう考えても取り返しの付かない。

 致命的すぎる破壊が、そこにあった。

 蹲る勇者様の背中に、死に神の影が見えた。

 そんな錯覚を受けそうなくらい、勇者様は儚い顔をしていた。





 勇者様が地面に懐くこと、一頻り。

 いつまでも一つ所に留まるわけにはいかない。

 いつ追っ手が、ここまで来るとも知れないのだから。

 分かっていた。

 分かってはいたが、分かっていながら体は動かなかった。

 自分への失望と、鳥の首という絶望に。

 動く気力を完全に失い、勇者様は意気消沈処でなく生命力を希薄にしていた。

 なんだかもう、今にも死にそうだ。

 しかしそんな勇者様に、小さく声がかかる。

 一瞬怯えて、声をかけられた瞬間に勇者様はびくっと震えるけれど。

 気にすることなく、猛者は亀のような勇者様に声をかけた。


「勇者さん、何してるんですか?」


 首を傾げ、其処に佇むのは小柄な薬師の少年。

 リアンカの同僚、半魔のむぅちゃんだった。


 薬草採取の途中だったのだろう、手に篭を持っている。

 彼は興味を引かれた様子で勇者様の傍…

 勇者様消沈の理由であろう、篭の中身を覗き込む。


「うわ………」


 予想された反応は、一つ。

 そして予想を裏切ることなく忠実に、むぅちゃんは反応した。


 顔を歪めてドン退きだ。


 もう目だけで、「コレは酷い」と言っている。

 見つめているのは勿論、ギロチンの刑に処された鳥の飴細工様だ。

 少年の素直な反応に、勇者様は精神的負傷を負った。

 心の傷から血が垂れ流れる。

 奈落の底までと言う勢いで落ち込む勇者様。

 そんな姿に、まだ幼さの残る薬師の少年は慌てふためいた。

 自分が落ち込ませたのかと、焦りが滲む。

「その、誰に貰ったのかは知りませんけど」

 途惑いの色濃い声で、躊躇いがちにむぅちゃんが丸められた勇者様の肩に触れる。

 目に宿っているのは、同情だ。

「首ちょんぱされた鳥が何を暗示しているのか……考えたくもありませんが。

贈り物を受け取る相手は、よく選んだ方が良いと思う」

「違う! これは、村長夫人の…!」

「え、人妻…!? しかも村長さんの!? どうやってそこまでこぎ着けたの!」

 本気で驚いた薬師に、勇者様は引きつった顔で呻く。

「……残念だが、コレは俺が貰ったモノじゃないんだ」

 そうだったなら。

 もしもそうだったのなら。

 今頃、こうして亀にはなっていなかった…。

 そっちの方がまだずっとマシだったのに。

 意気消沈という言葉がそのまま様になる顔の勇者様が、憂いと嘆きに乱れた前髪を掻き上げる。

 お姉様方が見たならば黄色い悲鳴を上げそうな、無駄な色気がそこにあった。

 やつれた姿は色っぽいとは、本当だったのか。

 今まで眉唾だと思っていた情報の確実性を知り、少年は妙な関心をしていた。

「これは…その、村長夫人から村長へ届けるよう頼まれた品なんだ」

「あの夫婦、喧嘩でもしたの?」

 わあ、明日は嵐だ。

 平坦な声がうそぶくが、それにも勇者様は首を振って否定する。

「違う。この首は、女性達に追われて…逃亡する内に、こんなことに………」

「悲劇だね」

 それ以外に言葉も見付けられず、薬師は慰めの言葉を思い出そうとした。

 結局、何も思い出せなかったが。

 だがこのままじゃまずいのは確かだろう。

 どうにかしなければならないと思いながら必死に考え、少年薬師は言った。

「そうだ」

 声を出した瞬間、パッと頭に良い考えが閃く。

 それが妙案かは分からないが、取り敢えずは提案してみようと思った。

「これ飴細工なんだから、切断面を火で炙って溶かしたらくっつくんじゃないですか?」

 勇者様の眼前に、光明が差した。

 提案を口にしたむぅちゃんが、マジで救い主に見えるレベルの光明だ。

「とにかく、此処じゃ細かい作業もできないし…僕達の作業場に」

 こうして首ちょんぱの憂き目にあった飴細工様は、勇者様と少年薬師の手で薬師達の作業場へと運び込まれることになったのだ。

 証拠隠滅という、古来より悪人達が自滅してきた負の道へと足を踏み入れるために。




 彼らにとって最も幸運だったことは、運び込んだ先が薬師達の作業場だったことだ。

 そこには、めぇちゃんがいたのだから。

「え、証拠隠滅? って、違う? 飴細工様の御怪我を手当差し上げるのだ? 意味分かんない」

 …と、言いつつも。

 何だかんだで美的センスが野郎共より優れた乙女は、大変有用だった。


「ちょっと! 首の角度が右に少しずれてる! バランスが悪くなるでしょう? ちゃんと支えて」


 いつの間にか飴細工様の修復作業の陣頭は、めぇちゃんが率先して指揮していた。

 不器用な訳ではないが細かな感覚が理解できない男達は、言われるがままに作業するのみである。

 それに、ただ繋げただけでは問題が残った。

「ううん…どうしても、繋ぎ目が目立って残っちゃうわね…」

 さも、首が一度折れました! と強固に主張する、その修復痕。

 このままでは、証拠隠滅を完遂することができない。

 しかし妙に素直で正直で、そしてこういった隠滅作業に機転の回らない勇者様のことである。

 むぅちゃんに関しても、しかり。

 恐らくめぇちゃんがいなければ、二人は修復も虚しく、生々しい切断痕の残る飴細工様をそのまま村長に献上していたことであろう。

 だがしかし、ここでもまためぇちゃんの女子力が物を言ったのだ。


「そうだわ! 花を飾りましょう」


 丁度、製菓用に使う菫の砂糖漬けがあったはず…

 そう言って、めぇちゃんは己の作業棚をごそごそと漁る。

 花の発色を良くする為に、奥様方に頼まれて彼女が加工した菓子用の飾り。

 それをめぇちゃんは惜しげもなく投資してくれた。

 指の先程の、小さな花飾りだ。

 本物の小さな菫を、薬草のシロップに付けた後で砂糖漬けにしたもの。

 青とも紫とも見える色合いも、青く練り上げられた飴細工には調和していた。

 違和感など、どこにもない。

 傷跡を覆い隠す形で、まだ熱く蕩ける飴の接着面に菫を配していく。

 ぐるりと一周、首の周りを巡る花飾りは、まるで最初からそうと配置されていたようで。

 一見して傷跡は分からない。

 菫のチョーカーで傷跡を隠した鳥の飴細工様は、元通り以上の出来映えで。

 首が折れる以前と同じくらいの、滑らかで優美な様を復活させていた。

 三人共に安堵、安堵と息を吐く。

 どたばたと費やした時間に、呆れの笑いが込み上げた。



 そうして、やっと緩んだ空気の中で。

 勇者様は初めて今日の一連の出来事…

 その原因となる、異変(イベント)の話を聞くことになるのである。



「しかし、なんで今日に限って襲撃されたり、こんな気を遣うお使いを頼まれたり…」

 納得のいかない気分で、重なった厄介事に勇者様が溜息を吐く。

 その時点で、薬師の二人があれっと首を傾げた。

 もしかして、この人、何も知らないで外出しちゃった…?と。

 そしてそれがそのものズバリであることを、勇者様の次の行動で薬師達は確信した。

 

 勇者様の、次の行動。

 彼は疲労困憊の体を解しながら、そうだと一言呟いた。

 思い出したのだ。

 飴細工様に次ぐ、大事な頼まれ事を。

「二人とも」

 声をかけながら、勇者様が懐を探る。

 逃走の最中、うっかり落とさないように、咄嗟にそこへ突っ込んだ。

「これ、リアンカからの届け物だ」

 取り出した束から、二通を選んで引っ張り出す。

 革紐の端に結ばれた鈴が、ちりんと揺れた。

 

 手紙が入っているにしては、薄めの小さな封筒。

 入っている便せんは、触った感触では一枚二枚の厚さで。

 こんなに近くに住んでいて、意味があるかと首を捻りつつ。

 一人だけ分かっていない勇者様が二通を二人に渡した。

 勿論、二人は分かっている。

 その封筒が何で、何を意味するのかなんて。


 くすぐったそうに、はにかんで。

 二人は目を見合わせ、とても嬉しそうに微笑んだ。

 予想以上の反応に、勇者様が吃驚(びっくり)する。

 それも気にしないで、二人は自分に渡された分の封筒を、いそいそと開封した。


 出てきたのは、一枚のカード。

 それと葦を編んで作られた腕輪。

 二つの封筒、それぞれから出てきた同じ内容。


 出てきたそれを、薬師達は大事そうに手に収める。

 自分が貰ったのと同じデザインで、リボンの色だけ違う腕輪に勇者様はぱちりと目を瞬かせた。

 むぅちゃんには涼しげな浅黄色。

 めぇちゃんには仄かなオレンジ。

 どちらもリアンカが腕輪に込めた、二人への印象。

 友情の証にと、贈られる腕輪。


 カードに書かれた内容を読んで口元を綻ばせ。

 腕輪をいそいそと腕に通し。

 二人は満足そうに、勇者様へと礼を述べた。


 たった一人、意味が分からず首を傾げる勇者様に。


 その姿を見て、やっぱりあれっと思って。

 これはどう見ても知らないなと、事情を察して。


 あまりに可哀想だったので。

 二人の薬師は、事情を知らない勇者様に今日という日の趣旨を教えてあげることにした。


 溢れるばかりの気持ちを伝える、心配りの日。

 自分の思いを形に変える、喜びの日。

 知らず知らずに参加させられた、今日という日のイベントを。


 つまり、


 感謝には言葉を。

 カードに添えて贈り。

 友情には腕輪を。

 葦を編み上げて託し。

 恋情には花一輪。

 気持ちを込めて花を選ぶ。

 そして愛情には、菓子篭一杯の感情を。

 この心溢れろとばかりに、甘い優しさを詰めるだけ詰めて。


 そして、渡したい相手。

 感情を向けたい誰かに、自分の気持ちごと贈るのだ。


 それぞれの気持ちをそれぞれの形式に当てはめて、相手に託す。

 相手ありきの、誰かと誰かが確かに繋がっていると、それを形に目に表すこと。

 繋がりあう相手と相手の、その交感を。


「つまりカードには感謝を表す言葉を、葦を編んだ腕輪に友情を託してきたんだよ。リアンカは」

「じゃあ、これは…」

 恐る恐ると、勇者様が指差す。


 その真っ直ぐな指の向かう先には、篭の中に堂々と(ましま)す飴細工様。

 貫禄の愛情をたっぷりと込められた、菓子篭がそこにある。


「村長の奥さんの、村長さんへの愛だね」

「思いっきり全力で力の籠もった愛を感じるわ」

「この飴ってところも含みを感じるよね。艶々してて、熱で溶けたり形を変えたり…」


 薬師達の分析を、最後までは聞かなかったけれど。

 自分で問いながらも、聞かずとも分かる愛情を勇者様だって感じていた。

 当てられそうで、ちょっと気まずい。


 でも、それならと。

 勇者様は思った。


「それなら、やっぱり今日中にちゃんと渡さないとな。この菓子篭も、手紙も…」


 懐から取り出して、残りの手紙の束をじっと見る。

 菓子篭は、迫力がありすぎて怖いので見ない。


 そんな勇者様に肩を竦めながら、薬師二人は言葉を飲み込んだ。


 ――別に、手紙はともかく。

 菓子篭に限って言えば、どうせ夜には対象が家に帰ってくるんだし…。

 そうそう急いで、届けに行く必要はあったのか…と。

 

 困ったことに、そのことに勇者様は気付いていない。

 そして言葉を飲み込んだ薬師二人は、その裏にリアンカの意図を感じた。


 これは、何かの陽動に違いないと。


 そしてそれが確信であることを二人は分かっていた。

 先程の、リアンカからの感謝のカード。

 その内容を見て、付き合いの長い二人は大体の所に気付いていた。




 休息らしい休息を、取る暇なくして。

 勇者様は飴細工様の篭を抱え、再び周章狼狽、外に飛び出す憂き目に遭った。

 勇者様を追跡していた女達に、とうとう行方を掴まれてしまったのだ。

 家を完全包囲される前に、いち早く察知した勇者様は慌てて立ち上がる。

「今度は折らないようにね」

「流石に二度もギロチン被害にあったら、誤魔化しなんて無理だから」

 薬師二人の言葉を受けて、勇者様は逃走の旅に出た。


 競歩で。


 慌てず騒がず、走るの厳禁。

 それを、たった一度のギロチンで飴細工様が身を以て(さと)してくれやがったのだ。

 すたすたすたすたとつけいる隙を見せない速度で歩き去りながら。

 彼の後を追跡する肉食系乙女達が、その脚力によって列を成して付き従っていく。

 傍目に見てトレイン状態の、緊張感の中。

 最早完全に、勇者様の走るという選択肢は封じ込まれていた。





まだ続くんです。


次回予告

「けっこんしてぇぇえっっ」

「土下座で許してくれ!!」


 次回、Mr.バレンタインの惨劇 乙女の純情、モンスター編

 どうかお楽しみに☆

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