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Mr.バレンタインの惨劇 放逐編

※ 勇者様は山籠もり合宿から帰ったところです。

  →彼の運命を翻弄する、問題の「イベント」は話題すら知りません。


 そんな前提で、本編スタート☆



 その日は、朝から異様な熱気を感じていた。


 無視できない悪寒を感じ、急ぎ足に集中する。

 周りを見ては、いけない。

 他所見は命取りだ。

 俺の身に染みついた本能が、警告を寄越す。

 誰かと目があったら、その時点で終わりだと。

 久方ぶりに感じる種類の危険に首を捻りながら、俺は帰途を駆け抜けた。



「あ、勇者様だ。おかえりなさい」

「ああ…」

 勇者様は浮かないお顔。

 どうしたとは問いません。

 何となく、察しは付いています。

 そして、敢えて触れることもしません。

 気取られて逃亡を図られたら、此方の都合が悪くなってしまいます。

「なあ、リアンk…」

「ああ、そうだ!」

 勇者様の言葉を遮ったのは、わざとです。

 質問も、させるわけにはいかないので。

 諦めてください、勇者様と。

 私は心の中で小さく合掌。

「勇者様、お疲れですよね。四日間の山籠もり強化合宿、お疲れ様でした!

暴れ熊のサンドニに遭遇しませんでした?」

「サンドニ…? ああ、あの胸に傷のある熊のことか? 確かに暴れ熊だった」

「ああ、遭遇したんですね? 良かったですね、勇者様。

サンドニは幻の山の主と呼ばれていて、遭遇すると幸運が舞い込むそうですよ」


 そして今、私はそのジンクスが迷信であることを確信しました。


「幸運か…いや、なんだ、幻の山の主って」

 まさか本当に勇者様と遭遇するとは……冗談だったのに。

 胸に傷のある熊、サンドニの根性なし!

 本当に幸運の有る無しくらい、山の主が見極めなくてどうするんでしょう。

「サンドニは荒ぶる山の神が神格を落として精霊化したモノだそうです」

「え!?」

 呆然と、全然気付かなかった…なんて呟く勇者様。

 思い返す頭の中は、どうやらサンドニで一杯のよう。

 よし、気を逸らすことに成功!

 私は、内心でほくそ笑みました。

 可哀想に…山籠もりから帰ってきたばかりですからね。

 勇者様は、ここ数日で急速に蔓延しだした今日という日の惨劇(イベント)を知りません。

 私は内心をおくびも出さず隠しながら、勇者様に温かい言葉をかけるのです。

「何にしても、サンドニに会っても無事で良かった…」

「そう言われるほどの熊なのか…」

「勇者様、食われませんでした?」

「見て分からないのか!?」

 おやおや、勇者様は自分(わたし)を見て! とご所望です。

 頭を見てー、胴体を見てー、下半身に視線をずらしてー、足まで見る。

 それから腕の二本と、首。

「五体満足ですね」

「分かっていただけたようで恐縮だよ!」

 勇者様は、今日も元気です。

 善き哉、善き哉。

 この調子なら、今日一日も無事に乗り切れそうですね。

 期待を込めて、私は勇者様の右腕を取ります。

「勇者様が、明日も無事にいられますように!」

「やめろ、いきなり不吉な前振りを振ってくるのは…!」

 強張った勇者様の顔に微笑みかけて、私は前もって用意していた贈り物を取り出します。

「それは…?」

「葦を編んだ腕輪です。一日限定の風習で、友情の証に贈るんですよ」

 そう言って、取っていた右腕に輪を通します。

 腕輪の芯にしていたリボンをきゅっと引いて、外れないように調整してから丁寧に結びました。

 このリボン、厳選したんです。

 三時間かけて悩んで、勇者様に似合いのリボンを探しました。

 そうして選んだのは、勇者様の瞳と同じロイヤルブルー。

 両端の縁取りが金色で、チカチカと星のように輝きます。

 勇者様は不思議そうに、腕に装着された腕輪を矯めつ眇めつ。

「そんな風習があったのか?」

「今日だけですよ」

 首を傾げながらも、勇者様はほんわかとした笑顔で。

 なんだか、とても嬉しそうでした。


 これから、奈落のような落とし穴に突き落とされるとも知らずに。


 まあ、今日の落とし穴は私が作った訳じゃありませんが。

 私が突き落とすまでもない悲劇が始まると思いますが。

 落とし穴なんて作るまでもなく、彼の悲運が目に見える気がします。

 そして彼を奈落へと突き落とすのは、私以外の誰かがやってしまうことでしょう。

 多分、勇者様は今日一日家から出ない方が良いんでしょうけど…。


 そんな訳にはいかない事情があります。

 往生してください、勇者様。


 そうして、第一の罠。

 仕掛け人がやって来ました。


「あら勇者君、帰っていらしたの?」


 我が家の母、台所から登場。

 村長夫人という、結構逆らい難いおっとりさんが。

 その手に大きな篭を持って登場しました。

 ぱたぱたと軽い足取りは、死に神の足音にしてはとても軽妙です。

「丁度良かったわ。帰ってきたところを悪いけれど、ちょっとお使い頼まれてくれるかしら~?」

 にこにこ、まるで断られることを想定していない、微笑み。

 この無害そうな顔で押しつけられる意思をはね除けられますか?

「村長夫人…ただいまです。それでお使いというのは…」

「ちょっとした届け物なんだけれど、今日はリアンカちゃんもお台所にかかりきりで…

リアンカちゃんにお使いに行って貰う余裕がないのよ」

「台所…そういえば、なんだかやたらと良い匂いがしますね。甘い…」

「ああ、確かに家中に匂いが充満しているかも知れませんね。

私はもう、ずっとこの発生源で作業していたから…鼻が麻痺していて分からないけど」

「結構凄いぞ? 意識して他の匂いを探しても、甘い匂いに掻き消される。これは…菓子でも?」

「まあ、言わずともバレバレでしょうけど内緒です」

「うふふ。そんな訳で、今日は私もリアンカちゃんもお台所が大変なの。

お家にいてもお構いできないから、夜まで出ていてくれないかしら~?」

 現在の時刻:朝

 おっとりと罪のない顔で、母が無慈悲な宣告をしています。

 しかしその無慈悲具合に気付いていない勇者様は、

「いつもお世話になっていますし、俺にできることなら」

 あっさりと、承諾してしまったのです。


 そして便乗する私。


「あ、勇者様。外に出るのなら、ついでにコレも頼まれてくれませんか?」

 そう言って、私は手に持っていた紙の束を勇者様に差し出します。

 革紐で纏めているそれは…

「手紙の、束?」

「村にいる人達への手紙なんですけど、先刻お母さんが言った通りの理由で、ちょっと今日は外に出られそうにないんです。でも、その手紙は今日中に配らないといけないんですよ」

「だから、俺に?」

「はい。済みませんけれど、夕方までに頼めますか?」

「まあ、手紙を配るだけなら大したことないし。構わないけど」

 ああ、頷いちゃったよ。この人。

 それがどれだけ大変か、まだ分かっていないって可哀想。

「本当は自分で配った方が良いんでしょうけど…お願いします」

 そして敢えて忠言しない私。

 許して、勇者様。

 私は自分の都合に忠実な女です。

 大人しく手紙の束を受け取り、勇者様は快く安請け合いしてくれました。

 本当に、ありがとうございます。


「それで、勇者君に頼みたいモノなんだけど…ちょっと大きいけど、大丈夫かしら?」

 そう言って、篭を差し出す母。

 それは両腕で抱えられるくらいの篭で、淡い萌葱色の布と桃色のリボンで装飾がされています。

 篭の中身を見て、勇者様が目を見張りました。

「これは…大作ですね。見事な…」

「あら。目の肥えた王子様にそう言ってもらえて光栄ね」

「これは奥さんが作ったんですか?」

「ええ。もう、張り切って頑張ったのよ? 褒めてくれてありがとうね」

 嬉しそうにはにかむ母さんの前で、勇者様はただただ感心しています。

 気持ちは分かります。

 私も完成品を見て、その張り切りように絶句しましたから。

 本当に、力籠めすぎ、と。


 母さんが可愛く乙女チックに装飾した、菓子篭。

 見て思いました。

 若さの秘訣は、恋する気持ちか…と。

 母は若いです。気持ちも、外見も。

 その外見年齢よりも更に若々しく乙女っぽくありながら、並外れて場違いな熟達した技。

 料理上手な専業主婦の技巧による結晶が、そこにありました。


 今日は、南方アステアーダ由来のイベント。

 気持ちを告げるバレンタイン・デイ。

 愛を伝える菓子篭に、母が込めた想いは…


 鳥です。

 でかいです。


 語弊のある言い方をしました。

 訂正しましょう。


 大きな鳥を形取った、技巧優れる飴細工様が鎮座しておられます。

 その大きさ、実物の鶏より大きいです。

 うっとりと夢見るような、綺麗さは認めます。本当に凄いから。

 白鳥のような、長く優美な首の青い鳥。

 色を出す粉の配合にも凝ってましたからね…。

 まるで安らぎを求めて羽を休めるように。

 紅玉のように赤い、大輪の花。

 花片一枚の細部に至るまで精巧に作られ、幻の美しさを見せる。

 母の愛を形にした、花と鳥。

 架空の美しい鳥は、まるで花に身を寄せるように首を傾け、そっと寄り添っています。

 その閉じられたなめらかな嘴に、一輪の花。

 それは本物の生花で、父の一番好きだという白い花。

 白虎草とか猛虎草とか呼ばれる、白い花(意外と丈夫)。

 しおれたりしないよう、大事に、大事に、丁寧に保存処理がされています。

 飴細工が駄目にならないよう、まぁちゃんに魔法をかけて貰って。

 私の気持ちは、絶対にしおれたりしないのよ、と。

 年頃の娘の前で、年甲斐もなく言い誇る母が可愛らしくって。

 この親の凄いところは、決して照れることなく気持ちを押し通すところだと思います。

 母の気持ちと共に咲いた飴の花は、見るだけで溜息が出そうで。

 篭の中に鎮座する飴細工様は、侵しがたい神聖なモノに見えます。

 もうこれは、ただの飴細工ではありません。

 思わず「様」を付けてしまわずにはいられない、飴細工様です。

 でも流石に、大作すぎじゃないでしょうか。

 母は保護の為でしょう、飴細工様の上に布を被せ、篭を勇者様へと渡します。

「これをね、私の普段の気持ちですってお父さんに渡して欲しいのよ」

 勿論、ここで指す「お父さんは」は旦那である村長のことです。

 今日は川の堤に不備が見つかったので、人足をつれて作業監督の予定です。

 既に、家にはいません。

 村の端っこにある川縁まで、お届け物を運ばないといけないのです。

 この、 超 大 作 を。

「勇者様、責任重大ですね」

「言わないでくれ。中身を見ずに請け負ったこと、ちょっと後悔しているんだ」

 そうは言いつつも、私は知っていますよ。

 勇者様は、例え先に中身を見ていたって。

 そんなことで人の頼みを断るような方じゃありません。

 むしろそれが、人にとって大事なモノであれば。

 代え難く大切な気持ちがあれば。

 それが何であろうと、確実に気持ちを昇華できるよう、手伝ってくれるような方です。

 責任重大と、使命感を持って請け負ってくれるような方です。

 

 だから、こんな事になるんですよ。


 私は白々しい笑みを顔に張り付け、勇者様のお出かけを見送りました。

「お達者で…御武運を」

「それは、遠くに行く相手への言葉じゃないか? あと、誰と戦えと」

「いえ、多くは語りますまい…」

 私はただ、これだけを。

 万感の思いを込めて戦士の背中を見送ろうと。

 神妙な気持ちで言いました。


「Good luck」


 不吉この上ありませんが。

 私の胸を貫くこの予感は、あながち間違いではないと確信しております。

 杞憂で済むと、そう思えない勇者様の運命が見ずとも連想できました。


 こうして勇者様(こひつじ)は、肉食の女子(ケモノ)(ひし)めくサバンナ(心象風景(イメージ))へと旅立っていかれました。

 超大作の飴細工様という、最強に足を引っ張る荷物を抱えて。

 勇者様…本当に、御武運を。


 哀れな勇者様(こひつじ)の背中を見送り、私は余韻を振り払って自分の準備に駆け出すのでした。




続きは今日中に上げます。


次回予告☆

「そんな…首が、嘘だろ…?」

 次回、Mr.バレンタインの惨劇 サバンナでギロチン編

 お楽しみに☆

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