2話
翌朝、わたくしは執事のジョゼフを呼んだ。
「ジョゼフ。昨日の子……ルカについて、外部の調査会社に依頼していただけるかしら。名前や住んでいる場所、お母様のことなど分かる範囲で構わないわ」
「かしこまりました、奥様。信頼できるところに手配いたします」
そう言って、ジョゼフはすぐに動いてくれた。
ルカはというと昨日から、まるでここが自分の家のように屋敷を駆け回り、侍女たちに甘え、庭師の手伝いをするふりをして土まみれになっている。
(何も知らないとはいえ、子供とは何と無邪気なものかしら)
そんなことを思っていたら、ふと彼が廊下の姿絵を見つめたときのことが頭をよぎった。
『あっ……パパだ!』
あの迷いのない声。
あれは、侯爵様が頻繁に彼女の元へ通っていたことを裏付ける反応だった。
きっと、旦那様は、ずっとそう、あの子が生まれてから通い続けているに違いない。
そうでなければ、子供があれほど自然に父の顔を認識できるはずがない。
(わたくしの知らぬところで……そんな関係が)
胸の奥がひりついたが、表情には出さない。
わたくしは侯爵夫人。侯爵様が不在の今、この屋敷の女主人として揺らぐことはできないわ。
そして二日後。
ジョゼフが分厚い封筒を抱えて部屋に入ってきた。
「奥様。調査会社より、ルカ様の件で報告書が届きました」
「そう……読ませていただくわ」
書類を手に取ると、そこには淡々とした文字が記されていた。
ルカの母親は、男爵家の未亡人。
十年前、夫を亡くしているにもかかわらずその後、ルカを妊娠出産。
つまり、男爵以外との子供であるルカを出産したことになる。
さらに読み進めると、胸が重くなるような記述が続いていた。
旦那様は若君であった頃、男爵夫人と恋に落ちていた。
だが、当時の侯爵、旦那様の父が激しく反対。
身分差、年齢差、を理由に子供の存在も、結婚も、一切認められなかった。
結果として二人は引き裂かれたが……。
旦那様はその後も定期的に男爵夫人のもとを訪れていた。
書類には、その証言がいくつも記されていた。
(やはり……だからルカはあの絵を見て、すぐにパパと分かったのね)
彼は、父と確かに会っていたのだ。
父に抱きかかえられ、父に笑いかけられていたのだ。
わたくしはそっと書類を閉じ、深く息を吐いた。
「……ありがとう、ジョゼフ。辛い仕事を任せてしまったわね」
「いえ、わたくしがこのお屋敷に勤め始めましたのは三年前でございます。大旦那様が家督を旦那様に譲られた折、新たに雇われましたので……ですから、それ以前の旦那様の私生活につきましては詳しく存じ上げません。お力になれず、申し訳ありません」
ジョゼフが静かに頭を下げた。
窓の外では、ルカが庭師に叱られながらも楽しそうに走り回っていた。
旦那様の過去は、思いのほか重く、根深い。
そしてその影は、確かにこの屋敷へ差し込んできている。
(まずは……母親がなぜルカを置いていったのか。それを確かめなくてはいけないわね。やはり、初めに思った通り、わたくしを侯爵夫人の座から追い出すため……それだけかしら?)
わたくしはゆっくりと庭を眺め、風に揺れる木々を見つめた。




