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ビタースイート



 校門わきの塀にもたれながら、ユーラスはいつものように、ひとりの少女が出てくるのを待っていた。

 下校途中の女子中学生たちが、通りすがりに彼を見て、きゃあきゃあと声を上げる。この春からは、彼女たちと同じ中学に通うことになるのだ。

 この異世界で暮らし始めたときは小学四年生だった彼も、今は六年。三月になれば小学校を卒業する。

 剣の鍛練は、日々欠かしたことがない。この二年で自然と体は引きしまり、背も伸びた。

(もう少しだ。もう少しで、魔王を倒したころの強い自分に戻れる)

 魔王討伐を果たしたとき、彼は18歳だった。国じゅうの民がこぞって彼の名前を歓呼して迎えた。女たちは熱っぽい瞳をして、彼に恋い焦がれた。東の王であり、世界を救った四人の勇者のリーダー。いつしか、そんな自分に酔いしれるようになっていた。

 あの若々しく力にあふれた時代に、ユーラスはもう一度戻ろうとしている。

(だが、戻ったからと言って、余は何をすればいい)

 魔王を倒すという大義のために、はるかな時空を超えてアラメキアからやってきたはずだった。だが、零細工場の製造主任として懸命に働くゼファーを見るうちに、みるみる闘争心はしぼんでいく。

 そして、何よりも――。

「あ、ユーリお兄ちゃん」

 まだつややかさを失わない赤いランドセルを背負って、雪羽が駆けてきた。去年の四月、ユーラスの通うこの小学校に一年生として入ってきた魔王の娘。

 新しい学校、新しい友だちの中に入れば、幼稚園で彼女が受けていたイジメは、きれいになくなるはずだった。だが、そう簡単には人の心は新しくなれるものではない。

 イチイ幼稚園を卒園した男子生徒が同じクラスに何人かいた。その子たちが、雪羽をふたたびイジメの標的に定めたのだ。

 一年生たちは、新しい学校で不安をかかえている。同じクラスの知らない友だちと早く仲良くなりたいという願いは切実だ。それが、ひとりの生徒を集団でからかうという、最悪の「楽しみ」の共有に発展してしまった。

 その事実を人づてに知ったとき、ユーラスは烈火のごとく怒った。

「おい、ちょっと。そこの一年生」

 休み時間に、いじめっ子グループをひとりずつ呼び出して、やさしく諭した。

「女の子をよってたかって、仲間はずれにするのはやめようね」

 160センチもある六年生男子に呼び出され、にっこりと殺意のこもった笑顔を向けられた一年生たちは、たちまち震えあがった。

 ユーラスはそれからも、なるべく雪羽といっしょに登下校するようにした。朝はマヌエラとともに彼女の家まで迎えに行き、放課後は、全然違う下校時間を合わせるために、仮病を使ったり委員会をサボりたおすなど、ありとあらゆる努力をした。

 回りからは、女王につき従う騎士に見えるだろう。

(ちがう。相手が雪羽でなくても、自分はそうしたはずだ。義憤ゆえに、身近なひとりの少女を理不尽なイジメから守っているだけだ)

 ――しかし、それが言いわけであることは、おのれが一番よく知っている。

(余は、いったい何をしている。ここにいるのは、敵と狙っている魔王の愛娘ではないか)

 そんなユーラスの逡巡も知らず、雪羽は無邪気に近づいてきた。

「お兄ちゃん、今日は一年生よりも、じゅぎょうが終わるのが早かったんだね」

「ああ。今日は、私立中学の受験日とかで、二時限で終わったのだ」

「お兄ちゃんは、じゅけんしないの?」

「私立中学は金がかかるのだ。アマギには、余とマヌエラのふたりで厄介になっているのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかぬ」

「そういえば、マナお姉ちゃんは?」

「アマギがまたアラメキアの座標軸計算に没頭しているので、食事をさせるために早く帰った」

「うふふ、計算にむちゅうなときのハカセは、スプーンをお口に入れてあげないと食べないのでしょ」

「さあ、行こうか」

 ふたりは、並んで歩き始めた。雪羽の赤いランドセルが、ときどき忙しくカタカタ鳴る。そのたびにユーラスは、歩調をゆるめる。

 道行く人はみな、可愛い年の差カップルに目を留め、微笑みながら振り返る。そのたびにユーラスは、少し雪羽との間を空ける。

 一年近く続いたこの習慣も、あと少しで終わる。

 少女のサラサラと揺れる黒髪、雪のような白い肌、果実のような唇。冬の刺すような空気が、彼女のいる側だけ、ほんのり暖かい。

(――い、いかん。余は本当は90歳なのだぞ。わずか7歳の幼女に見惚れるとは)

 これが『ろりこん』というヤツなのかと、ユーラスはひそかに思春期らしい下心に思い悩むのだった。



「主任。頼みがある」

 営業の春山が、鬼気迫る顔で、ずいと近づいてきた。

「営業要員を大至急、あとふたり増やしてほしい」

「ずいぶん急な話だな。四月では待てないのか」

「来期や来年では間に合わない。今が千載一遇のチャンスなんだ」

 春山は、その理由を息も継がずに一気にまくしたてた。

 この数年、部品生産の下請け工場から脱却し、自社ブランドの《全自動高速乱切り機》を主力製品にしてきた《坂井エレクトロニクス》だったが、次第に限界を感じていた。もともと、弁当工場や給食センターといった大規模な現場向けの機械として開発された製品。おのずと需要は限られている。

『こんなデカい機械、狭い厨房におけないよ』

『うちは短時間に大量の野菜を切る必要はないんだ。それに、この値段じゃ、アルバイトをひとり雇ったほうが安くつくよ』

 営業に回った先々で春山が聞かされるのは、つれない返事ばかりだ。

「高速でなくていい。中規模のレストランや居酒屋向けに、もっと小型で安価な乱切り機を作れば、需要は爆発的に伸びる」

 と、熱心に坂井社長や工場長を説き伏せた結果、《コンパクト乱切り機》の開発が始まったのは昨年のはじめのことだった。

 高速乱切り機の発明者である天城博士を中心にした開発グループがふたたび協力して、機械の体積を六分の一以下にすることに成功した。

「一番の改良点は、野菜の自動送りをなくしたことだ」

 白いひげをひっぱりながら、天城博士が得々と解説する。

「アタッチメントや振動板といったパーツフィーダー部分がなくなったことで、究極のコンパクト化を実現した。その代わり手動で野菜をセットせねばならんが、中小の料理店ではかえって、そのほうが融通が利いて喜ばれるそうだ」

 さらに今回は、今までの技術に改良を加えて、皮の剥きくずを激減させることに成功した。「皮のところに栄養がある」とこだわる自然派レストランからの要望だ。

 春山が半年かけて数十軒の店を回り、聞き取って集めた意見が、あちこちに生かされているのだった。

 だが、部品の極小化のためには、神わざのような旋盤技術や、3ミクロンというレベルの繊細な研磨工程が必要とされた。そこで一部の部品は、一年前に提携したばかりの「カワキタ工業」のウォータージェット加工に回されることになった。

 長年の夢だった中小町工場同士のタイアップが、ようやく実現したのだ。大工場には決して真似のできない、人間の熟練の技術が主役となって創られた機械。

 だが、せっかくの優れた機械も、販路がない。坂井エレクトロニクスの予算では大規模な広告を打つわけにもいかず、中小の料理店を一軒一軒しらみつぶしに回るには、あまりに人手が足りない。

「コネをたどって、ようやくレストラン業界紙の編集者に接触できたんだ。コンパクト乱切り機の紹介記事を四月号に載せてくれることに決まった。発売は三月中旬だ。それに合わせて、一気に大攻勢をかける。今ここで営業要員をそろえないとダメなんだ」

「それに合わせて、会社のホームページを作成しましょうよ」

 と、新人の高瀬雄輝が提案した。「俺の友だちにウェブデザイナーがいて、手を貸してくれるっていうんだ。俺も少しくらいならわかるし」

「おお、それは助かる。SEO対策も頼めるんだろうな」

「ち、ちょっと待ってくれ」

 ゼファーは、春山と雄輝の異世界語かと思われるやりとりを、両手を上げてとどめた。

「少し、宣伝は待ってくれないか。それでは、機械が売れすぎてしまう」

 意外なことばに、春山は目を剥いた。「売れてはまずいのか」

「製造ラインに問題が起きているんだ。今のままなら、目標としていた月産百二十台はむずかしい」

 元トップ営業マンは、空気が抜けてしぼんだように、がっくりと座り込んだ。

「何があったんだ」



「だって、部品が全然流れてこないんですよ」

 研磨係の水橋ひとみが、頬をふくらませて、ほかのふたりの同僚に同意を求める。

「それで、つい暇になって、研磨機を止めておしゃべりしちゃう。今年はバレンタインのチョコどうするとか」

「あ、瀬峰主任、期待しててくださいよ。今年もひとみから、愛情のこもったチョコが行くから」

「きゃーっ。やめて。やめてよ!」

「まあ、そういうわけで、しゃべってるうちに部品が来て、あわてて研磨機を動かすんだけど、稼働までの時間のロスがけっこうありますね」

 予想もしなかった状況だった。

 新しい製造ラインは、研磨工程が複雑になったために時間がかかるのだと、ゼファーは思いこんでいた。実はその前の段階がもたついていたのだ。

「部品がときどき足りなくなるんだよ」

 その前のC工程を担当している三河と八重樫が弁解した。「カワキタ工業にウォータージェット加工に出してる分さ。そのたびに重本を怒鳴りつけて、催促させるんだけどね。やっぱり、外注ってのはリスクが大きいんじゃねえか」

「俺は、ちゃんと発注してるよ」

 資材係の重本は、ポケットに手をつっこんで不貞腐れたように言った。

「適正在庫になるように、倉庫の棚を見ながら、翌週の分を補充発注していってるよ。けど、河北のおやじさんが、へそ曲げちまうんだ。『そんなに急に言われても、できねえもんはできねえって』」

 河北社長に電話をしてみると、驚くような返事が返ってきた。

「こっちにだって事情ってものがあるんだよ。あんたのところの部品だけ作ってるわけじゃねえ」

 話を聞けば、《坂井エレクトロニクス》の発注には、ムラがあるのだという。極端に多い週もあれば、少ない週もある。要するに、アテにならないのだ。それでは生産計画が立たないので、つい他の会社への納入を優先させてしまうのだという。

 なぜ、週によって生産台数に変動があるのか。製造ラインをどんどんさかのぼって調べていくと、問題がどんどん噴出した。

「ラインをいくら複数に分けても、検査機械が一台しかないんだ」

「部品ごとに、いちいちヘッドを取り換えなきゃならない。その都度、取り換え作業に二時間かかる」

「とにかく、仕掛かりの部品を置くスペースがなくて、台車で取りに行くのに、もたつくんだよ」

「前工程はとっくに終了してるのに、あいつらが教えてくれないから、気がつかねえんだ」

「注文が入ってから、納品までのタイムラグがあるんです。資金繰り的にも、うちには過剰在庫する余裕はないので、ついぎりぎりの数で見積もってしまうんです」

 製造主任であるゼファーは頭を抱えてしまった。要するに、綿密な計画を立てて新しく作った製造ラインが、なぜか各工程で機能していない。そして、その原因がさっぱりわからないのだ。



 今年のバレンタインは、月曜日だ。

 女から、好いた男に貢ぎ物としてチョコレートを渡す日だという。アラメキアから来たゼファーには、いまだに理解できない風習だった。

 なのに、せっかく家で骨休めができる貴重な日曜日、娘は朝から台所で、その貢ぎ物作りに大騒ぎなのだ。

 しかも、それを渡す相手が、魔王の不倶戴天の敵、勇者ユーラスだというのが気に入らない。実に気に入らない。

「ゼファーさん、ユーリさんは一年のあいだ毎朝、登校のとき雪羽を迎えにきてくださったのよ」

 あからさまな仏頂面をしている夫に、妻の佐和はなだめるように言った。「雪羽は、まだ6歳ですもの。そんなに心配するようなことではないわ」

「相手は正妃のほかに妾妃を山ほど持つような、ふらちな男だぞ」

「まあ、ユーリさんが? そうは見えませんけど」

 佐和は、にこにこ笑いながら卵を泡立てている。「あなたのほうが、よほど大勢の女性をはべらせていたように見えるわ」

「こ、こら。雪羽の前で何ということを」

 ゼファーはげんなりして、こういう微妙な問題については、家族の前で口をつぐむことに決めた。

「俺が頭を悩ませているのは、そんなことじゃないんだ」

「まあ、どんなことですか」

「新しい機械を発売してからというもの、どうも製造ラインがうまくいかないんだ。資材の在庫にも注意をはらい、各工程の所要時間も計って、綿密な製造指図書を作っても、そのとおりにいかず、みんなが混乱してる」

「それはきっと慣れないからですわ。新しいことを始めるときは、誰でも体が自然に動かずに、段取りでつまづいてしまうものですから」

「段取りか」

「ええ、ケーキ作りだって段取りが大事なんですよ」

 娘は佐和の指示にしたがって、小麦粉とココアを懸命にふるって、袖まで粉だらけになっている。ふたりが作っているのは、ハート型のチョコレートケーキらしい。

「粉はふるえた?」

「うん」

「じゃあ、さっき計ったボウルの砂糖を、この卵の中に少しずつ入れていって」

 卵がしっかりと泡立ったころ、ビーという音がした。

「何か鳴ってるぞ」

「電気ポットだわ。バターを湯せんするお湯が沸いたんです。雪羽。ふるっておいた粉を持ってきてね」

 佐和も雪羽も、少しも手を休めることがなく、スムーズに次の仕事に移っていく。

 また何かが、ピーピーと鳴った。

「今度は何だ」

「オーブンが180度になったという合図の音です」

 新婚の理子社長が新しいオーブンレンジを買ったので、今まで使っていた古いのを佐和に譲ってくれたのだ。それまでケーキが焼きたくても我慢していた佐和は、大喜びだった。これからはクリスマスや誕生日に、市販のケーキを買わなくてすむ。

「聞いただけで、よく音の違いがわかるな」

「慣れれば、ほかのことをしていても、すぐわかりますよ」

 ゼファーは、「あっ」と声をあげた。



「作業が終了したことを知らせるブザーのようなものはできないか」

 ゼファーは翌日、工員たちを集めて、相談した。

「音でいろいろな情報を知らせるんだ。作業終了はピーという音。仕掛かり部品がたまってきたらブーという音。異常が起きたらビービーという音。それなら作業に没頭しているときでも、まわりの状況が全員に伝わる」

「でも、旋盤や研磨中は、うるさくてブザーの音なんか聞こえねえぞ。主任」

「……そうか。良い考えだと思ったのだが」

 あからさまにがっかりと首を垂れると、工員たちの間から声が上がった。

「音の代わりに、ランプを点灯させてはどうです。順調なら青信号、手待ちは赤信号」

「それでも、全部の持ち場からは見えないよ。全体をコの字型に配置したらどうかな。お互いが見えやすい」

 落ち込んでいる主任を少しでも助けようと、どんどん、いろいろなアイディアが湧いて出てくる。

「いっそのこと、各部品に最初にタグをつけちまえばいいんじゃないか。次の工程に送るときにセンサーでタグを読みとれば、今どこにどんな部品があるか一目瞭然だ」

「そりゃいいや。けど、そんな装置どこに売ってる」

「俺が試しに作ってみるよ。バーコードリーダーを応用すればいいだけだから簡単だ」

 さすがに電気のプロたちがそろっている。工員たちは車座になり、時間の経つのも忘れて議論にふけった。

「よかったな、主任。雨降って地固まるだ」

 工場長が半分苦笑いの笑みを浮かべて、ゼファーの隣に立った。「今まで新しい変化についていけずに受身だった連中も、何をすべきか自分の頭で考え始めた。こいつは二歩も三歩も前進だ」

「だが、これも単なる時間稼ぎにしか過ぎない」

 ゼファーは憂鬱な面持ちで答えた。「根本的な原因はまだ残ってる。この工場自体が限界なんだ。これ以上、新しい製品ラインに対応するだけの十分な広さがない」

 ゼファーは熱っぽいまなざしで、かたわらの老境に入りかけた上司を見た。

  「工場長、いまのうちに、もっと広い工場に引っ越すことを考えてみないか」

 だが、相手はゆっくりと首を振った。

「やめておけ。無理して事業を拡大すれば、ひとつ間違えたときに、たちまち破産だ。銀行も、あっと言う間に手を引いてくる。俺はそんな悲しい実例をイヤというほど見ている。坂井社長は決して、うんと言わんよ。俺たちのような中小企業に冒険はできんのだ」

「……だろうな」

「春山には、悪いことをしたな。売れ売れとはっぱをかけて、せっかく大々的に売り始めたのに、次は生産が追いつかなくなるから売らないでくれと言わねばならん」

 目を輝かせている工員たちを、男たちは悲しい気持ちで見つめる。

「俺たちは、軍馬の尻を鞭で打ちながら、一方で手綱を締めている、愚かな騎兵なのかもしれんな」



 アパートの階段をカンカンと駆け下りながら、雪羽は途中で足を止めた。

 向こうから、いつものように彼女を迎えにユーラスとマヌエラがやってくる。ふたりがむつまじく話しながら、並んで歩いているのを見ると、なぜかはわからないが、ひどく悲しい気持ちになってしまったのだ。

「おはよう。魔王の娘」

「おはようございます。ユーリおにいちゃん。マナおねえちゃん」

「あら、なんだか今日は、かしこまった挨拶ですのね」

 学校への道を、ふたりから少し遅れてついていく。ランドセルを鳴らさないように、息をひそめて、静かに静かに。

「そういえば、雪羽ちゃん」

 マヌエラが振り向いた。「手に持っている紙袋は、なにが入っているんですの?」

「え、こ、これは……」

 あわてて、後ろ手に隠そうとする。

「なんでしょう。ちゃんと見せてください。きれいなリボンの先が見えていますけど」

 雪羽が止める暇もなく、彼女は紙袋を取り上げると中をのぞきこんだ。

「ほら、やっぱり。陛下、雪羽ちゃんが陛下のためにバレンタインのチョコを用意していますわ」

「え?」

「ち、ちがうの。それは!」

 雪羽は、なんだか悪いことをしたような気持ちになって弁解した。「母上といっしょに作ったチョコケーキなの。でも、私が最後にかけたガナッシュがヘタクソで、変なかたちになっちゃった。もういいよ。どうせユーリおにいちゃんは、ステキなのをいっぱいもらうんだし」

「余のために、わざわざ作ってくれたのか」

 ユーラスは紙袋を受け取ると、藍色の瞳をうれしそうに細めた。「礼をいう。魔王の娘」

 雪羽は赤くなって、うつむいたままトボトボ歩く。

 王妃マヌエラはそんな彼女を見つめて、やわらかく微笑んだ。その両腕に布のカバンをぎゅっと抱え込みながら。

 そのカバンの中には、もう決して渡すつもりのない、リボンをかけたチョコレートが入っていた。



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