第40話 炎の中で
「こらボウス。貴様はなぁんにも分かっちゃいない。いいか?最強の冒険者ってのは、剣や魔法に秀でている者の事を言うんじゃないぞ。このオレ様のように、どんな地獄の戦場からでも無事に生き残って帰って来た者がそう呼ばれるのだ」
「いやいや、剣とか魔法が凄い方が最強に決まってるじゃんか。そんなのは、戦いから逃げ回ってるだけ臆病者の言い訳だよ」
「クフフフ。ボウズッ、やはり分かっちゃいないな。貴様はまだケツの青いガキよぉ!強者はな、手段を択ばない。勝つためならば何をしてもいい。逃げてもいい奪ってもいい……。強者にはその権利がある!生き残るために卑怯な手段を使うことも、決して悪くはないのだ」
窓際でりんごを美味そうにシャブっているその男は、初めて会った時から異様にふてぶてしく、身分をわきまえずに偉そうにしていた。
窓が開いていたからという理由で、いきなり城の最上階にあるこの部屋に堂々と忍び込んで来たことだって、正直気が狂ってるとしか思えなかった。
「はぁ、そうですかっ。 でも、それはやっぱり関係ないよ。父上や使用人たちの目を盗んで勝手に城の食べ物を勝手に食べたり盗んだりしてる行為は、してはいけない事だと思うんだけど……」
「ハッハッハッハ オモシロいギャグだなー。しかし、そのくらい別にいいじゃないか。何故なら、オレ様はもうすぐ死んでしまうのだから。労わりやがれ!」
「いやいや、全然そうは見えませんけど? むしろ200歳まで生きそうなくらい、元気に見えるよ」
「ん、そうかぁ? ハッハッハ!まあ、そうだろうな!オレ様超元気だしぃーッ」
「はぁ~?」
城に住む少年がこの男と出会ったのは、ほんの数日前の事だった。
郊外の森で魔法の練習をしていた時に、悪漢共に攫われそうになった所を助けてもらったのだ。
男は4人の悪漢共を相手に、魔法やスキルを一切使わずに退治してみせた。
そこまでは、少年は男に対し恩人として感謝していた。しかし男はその夜から少年の城に忍びこみ、果ては勝手に寝泊まりまでしている始末なのである。
「なあ、この城にある食い物は美味いが、酒はあまり良いのがないよなぁ。 ……オイ、どっかに隠してないのか?ここ、王の城だろ?あるはずだろ、上等な品がどこかにさ。寄越せ!」
「お酒なんて知りませんよっ!だいたいっ、オジサンはいつまで、私の部屋に居座る気なんですか!?」
「ん~? 無論、お前が狂戦士になってくれるまでさ。クライシス・フォン・ハイブラスターよ」
そう言うと、男は背中に担いでいた馬鹿デカい剣をゆらゆらとチラつかせながら、うざったらしくこちらにアピールしてきた。
「フフ、狂戦士なんて……。そんな聞いたこともないジョブになんか、なるわけないでしょ? これでも私は、この国の王子なんだから」
少年は呆れながらそう答えた。
「それに、私にはやるべきことがある。代々受け継がれてきた慣習に従って、魔法と剣術を学び、魔法剣士のジョブにつくんだ。そうして、民と弱き者を守る王となることが、生まれ持った使命なんだ!」
少年はまだ肉体的には幼かった。しかし魔物から民を守った勇敢で偉大な父王や、聡明で優しい母の愛情を受け、すでに彼は将来、民衆を導く者として確かなビジョンを持っていた。
しかし男は、少年の決意をきっぱりと否定してみせた。
「いいや、絶対にボウズは狂戦士になるね。そうなる定めなんだ。クフフフッ」
男は意味ありげに、こらえるように笑っていた。それを見た少年は自らの信念を馬鹿にされたような気がし、腹を立ててこう言った。
「しつこいなぁ……。あんまりしつこいと、やっぱり衛兵を呼んでしまいますよ?」
「ッハハハハハ!それは止めた方がいいな。城の兵士がみんな居なくなってしまう。だからやめた方がいい」
「……」
どのような意図で男はそう言ったのか。それは定かでなかった。
しかし先ほどのやや凄みを利かせた物言いからおそらく嘘ではないと分かった。
「まあ、そんなことはしないけどな。オレ様の力はそんな下らないことの為に使うものではないのだから」
「あのさ、なんで私なんです?? 弟子が欲しいなら、それこそ冒険者ギルドって所にいけばいいんじゃないかな。わざわざ、一国の王子に頼まなくたって……」
すると、男はこう答えた。
「……オレ様は、もうじき死ぬ。それと同時に全てを託すべき相手が貴様なのだと。オレ様の中の狂気がそう告げているのさ」
「えっと……? 一体何を言っているのか…………」
「フ、今は分からなくていい。ただ、貴様は必ず自分から力を求めてくるだろう。だから、オレ様はここでその時を待っているのさ。クフフ………」
… … … …… ………そうだ。私の中の狂気が告げている…。まだ、ここで死ぬべきではないと。
中層で倒れていたクライシスは、少しずつ意識を取り戻し始めていた。
「う゛っ ……どうやら気を失ってしまったようですね」
ついさっき、朧げな意識の中で昔の記憶を見たような気がした。
しかし辺りはいつの間にか炎の海に囲まれており、そんな回想に浸る余裕は残されていない。
「どのくらい時間が経ったんだ?」
状況を確認し、早急に仲間と合流する必要があった。
しかし、彼がゆっくりと上体を起こすと、ふと手に柔らかいものが触れた。
視線を落とすと、何故か膝の上でペペロンチーノがすやすやと眠っていた。
よく見ると、彼女の薄肌には所々火傷の痕があった。どうやら、この炎の中を強引にかいくぐり、ここまでたどりついたようだった。
魔物との戦闘で倒れたクライシスを見つけると、彼女は吸血鬼の力を使い、自分の血の多くをクライシスに分け与えたのだった。
「ペペロンチーノ…… また、助けられてしまいましたね」
クライシスはそっと彼女を抱きかかえる。そして、気持ちよさそうに寝ているのを邪魔するのは心苦しいと思いながらも、ユサユサと身体を揺さぶったり頬を叩いたりした。
「ペペさん!起きてください!」
「……ん、むにゅぅ……(ぐがー)」
「目を覚ましてください。このままじゃ、二人とも焼け死んでしまいますよ!?」
─ベシッ バシッ!
「ううん?! んんっ ……あ、アレ?! マスター!目を覚まされたんですね! よかったぁーー」
「ええ。どうやらご迷惑をおかけしたようですね。ありがとうございました」
「いえっ、そんな! マスターがご無事で、本当に良かったですっ!」
そういうと、ペペロンチーノはさりげなくクライシスに抱き着いた。
「えへへっ プハァ~~、ふぅ!」
彼女は花柄ローブに顔を埋めると、気の済むまで深呼吸をした。
「……本当に、よかった。お願いです…。私を一人にしないでください」
そういって、さらに強く抱きしめてくる。
ローブの布一枚越しに、心寂しさをひしひしと感じたクライシスも、そっと抱擁を返した。
その後、ペペロンチーノはなにか深刻な表情でこう言った。
「……マスターがここまで追い込まれる事になるなんて、私思ってもいなかったです。ここのダンジョンの敵って、やっぱり強いんですね」
クライシスは頷く。
「ええ。予想よりも手ごわいですね。ですが……、やはり装備が無いため思ったように力が出せなかったことの方が、何より大きいのだと思います」
「なるほど。そうなんですね」
(精密な索敵が出来る盗賊系ジョブも居ないし、なにより地道な攻略なんて楽しくないから短期決戦にしたのですが…… やっぱり無謀でしたかね)
「ほぇ? いま、何かおっしゃいました?」
「いえいえっ、気にしないでください。何でもないですから」
過ぎたことを今更悔やんでもしょうがない。それより考えるべきはこれからどうするかだ。
すでに、彼らの行く手を阻んでいた厄介で数の多い魔物たちは、すべて掃討されたと思われる。
しかし問題は、この炎に包まれた森からどうやって脱出するかだ。
右も左も同じ光景で、闇雲に進んではパーティーの仲間と合流するなんてことも出来ないのであった。
「クライシス様、どうすれば……」
ペペロンチーノは心配そうにクライシスを見上げた。
「一応、中層の出口は把握しています」
「本当ですか?!」
「はい。戦っているときに魔物の群れの来る流れから逆算して、おおよその検討はついているんです」
「流石です!マスター!」
「……しかし…」
「どうしたんですか?」
「……離れ離れになってしまったマルティさん達と合流するためには、あなたの力がもう一度必要なんです。ですが、ワタシ様のために多くの血液を消耗してしまってるッ。だからこのままじゃ……」
クライシスは躊躇していた。ペペロンチーノを明確な命の危険にさらす可能性があったからだ。
しかし、そんなクライシスの手を両手で包むように握ると、彼女はこう言った。
「だいじょうぶですっ。私はマスターのお役に立てることが、なにより嬉しいんですから!」
「ペペさん。しかしッ………… …いえ、どうか頼みますっ。仲間たちに、この場所を知らせて下さい」
そしてクライシスは、呪血創造の発動を命じた。
ギードヌはこの中層に生えている種類も同様に背の低いものだった。
よって、血で作られた周囲の木よりも高い柱は、クライシス達の居場所をマルティ達に知らせる役目を十分に担った。
だがしかし、限界以上の血液を使ったペペロンチーノは、血柱を生成した直後に気を失い、その場で倒れてしまったのだった……。




