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第39話 闇を裂く潮流

「そんなっ、噓でしょ? マルティーッ!!!」


 誰もがもう手遅れだと思った。

 彼女は龍樹から逃げられない距離にいて、炎のブレスはすでに漏れ出ていたのだから。



 ──だがその時、突如として奇妙な笛の音が鳴り響いた。


 ─ピュロロ~~……


 それは決して美しい音色ではなかったが、中層の森の中でよく聞こえた。

 しかもその笛の音が聞こえた途端に、なぜか龍樹はブレス攻撃を中断したのだ。

 そして音が聞こえた方向へと、ぐるりと首を回す。


 そのおかげで、マルティは急死に一生を得た。


「え?は? 一体、どういうことッスか!?」


「まさか、この指笛は……!」


「あっ、見て! 誰か走ってくるよ」


 探知魔法を使えるペペロンチーノは、こちらに近づいてくる何者かの気配に、いち早く気が付いた。

 そして彼女が指さした方向には、必死に指笛を吹きながら駆け寄ってくるラザルスの姿があった。


「ピュ~! こっちだ。僕の方を見ろ!」


 ─ピューロロロ~……


 そういって、彼がもう一度指笛を鳴らすと、龍樹はまた一歩、また一歩とラザルスの方へと近づいていった。



 彼は仲間を見捨て、とっくにダンジョンから逃げ帰ったものだと思っていた。

 しかし自分たちの元に戻って来てくれたのだと知ると、ダリアは嬉しそうにニカッと笑った。


「へへ、やっぱりお前は来てくれると……」


「後ろだッ。ダリア、うしろ!!」


 先程、ラザルスが使った指笛は、対象の注意を引くことの出来るテイマースキルの一種だった。

 しかしマリーブ村の農場では羊や馬などの動物相手にしか使う機会は無く、スキルの練度が足りていなかったのだ。


「まずい! 今すぐ離れろ!」


 龍樹は、スキルによる意思の束縛から解放されてしまっていた。

 すでにラザルスから興味を無くしており、近くにいたマルティに襲い掛かろうとしている。


 棘のような四肢が急速に伸び、真槍のごとき刺突が炸裂する。


 今から大神灼波(ロウシャッハ)のスキルで反撃する余裕も無かった。

 マルティは体の前で腕をクロスさせ、辛うじて受け身の姿勢をとる。


「くっ! 」



 ……まともに喰らえば一たまりも無かっただろう。


 だが、刺突が直撃する寸前に、ペペロンチーノはギリギリで魔法の準備を完了させていたのだ!


「みんなっ、おまたせ!」


 ペペロンチーノは龍樹の背後から近づくと、そっと胴体に触れた。

 そして体内に直接、炎の魔力を送り込む。


「ハジけて果てよ! 破砕の(イグニッション)烽火(ベイン)!!!」


 正面のマルティに気を取られていた龍樹は、この時になって初めて、背後にいるペペロンチーノの存在に気づく。

 だが時すでに遅し。ペペロンチーノが直接触れた箇所を起点とし、木に擬態していた胴体はみるみるうちに炭化を始めたのだ。

 それだけでなく、体内に送り込まれた高熱を生むマナに胴体が耐え切れずに、あちこちで大きなヒビが生じた。

 そしてその裂け目から次々と炎が噴き出し、あっという間に龍樹は灰と化したのだった。



 破砕の(イグニッション)烽火(ベイン)は、ペペロンチーノの使える一番威力の高い攻撃魔法だった。

 その分、マナ消費も大きいため、彼女は少し消耗しているようだった。


「ふぅ…… マルティっ、怪我はない?」


「ええ、大丈夫っス。ペペロンチーノは?」


「うん、平気だよ。でも、ちょっとマナを使いすぎちゃったかも……。 大丈夫!ギリギリ足りるはずだから」


 思わぬ強敵と遭遇し戦闘を強いられることにはなったが、彼らの任務はあくまで中層のギードヌを燃やす尽くすことだ。そして、ダンジョン突破の糸口を作ることだった。


 ふと、ダリアがラザルスに近づいてこう言った。


「……ラザルス。嬉しいけど、どうして戻って来る気になったんだ?」


「思い出したんだ。僕は英雄にはなれないかもしれない。だけど、何があってもダリアは見捨てないよ」


「フ、本当にうれしいよ。相棒。 じゃあ、オレ達もいこうぜ!」


 その時、まだラザルスは何か言いたげだったが、気づかずにダリアはペペロンチーノ達の元へ駆けて行ってしまった。


「とにかく急がないとッ このままじゃ間に合わないけど、もっと間に合わなくなっちゃう」


「そうだな。先を急ごうぜ!」


 そうしてペペロンチーノ達は、まだ火のついていない森の奥へと駆け足で向かおうとした。


 ふと、ダリアはこう言った。


「なぁ、小麦粉もいいけど、もっとよく燃える物はないのかよ。油とか無いのか?何なら酒でもいい」


「お酒? それならマスターのがあるけど……」


「おっ、いいじゃん! それぶちまけようぜー」


 ペペロンチーノは少し躊躇いながらも、収納魔法からその酒瓶を取り出す。

 するとダリアは酒瓶を容赦なく奪いとり、酒瓶の中身を辺りに少しぶちまけたのだ。

 度数の高いアルコールは激しく燃え上がった。


「よし。次いこうぜ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「え? どうしたの」


 そういって、三人を呼び止めたのはラザルスだった。


「あんたら、少しはおかしいとは思わないのか? さっきと同じようなやり方じゃあ、上手くいくはずがないぜ」


「……ハァ? でもあなたって、一度は逃げた臆病者なんですよね? そんな人が今更なに言ってんスかー。うへへへ、寝言も大概にしてくださいよ」


 マルティは呆れた様子でそう言い返した。

 だがラザルスはそれに対し、全く気にも留めずにこう言った。


「いやいや、僕は正論を言ってるだけなんだが? まあ、馬鹿一辺倒には理解できないのか……」


「ピキッ。(血管がブちぎれる音) な、なんですってぇーー!!」


 顔を真っ赤にさせたマルティは、怒りのままにラザルスに殴り掛かる。

 ただ、彼女の攻撃力はほとんどゼロなので、残念ながらダメージは無かった。


 そのうちにポコポコと拳を振るう彼女の事を、ペペロンチーノが後ろから取り押さえた。


「まあまあ。落ち着きなよ」


「あぅぅ、放してよぉッ! こいつぅ、絶対に許さないんだからーー!!!」


 そう言いながら、マルティは腕をぐるぐると空回りさせていた。


「うーん…… でもさ、ラザルス君。最初に、二人で火付けをしてた時だって、結局上手くいかなかったよ? こんなことを話してるよりも、さっさと中層の木に火をつけに行った方がいいんじゃ……」


 だがそれを聞くと、ラザルスはかぶりを振ってこう言った。


「いや、もっといい方法があると思うよ」


「えっ? でもじゃあ、なんで最初にそれを教えてくれなかったの?」


「……」


 ラザルスはその問いには答えなかった。

 彼は最初、クライシスの中層突破作戦に懐疑的だった為、作戦に意見することも無かった。

 しかしダリアとの会話を経たことで、その気持ちに少しだけ変化が起きていたのだ。


 ふと、ラザルスはダリアに向かってこう言った。


「要はさ、いくら沢山の小さな火種があっても関係ないんだ。ここはダンジョンの中だから、火事を起こすにはもっと別の工夫が必要になる。 ──なあダリア。昔、村の近くであった山火事を覚えてるか?あの時のことを、よぉく思い出してみろよ」


「んあ、ガキん時に裏々山で起きた大火事のことだろう。一緒に見に行ったもんな。覚えてるぜ」


「それで、どんな様子だった?」


「ああ。たしか、あんなに大きな裏々山の斜面が、あっと言う間に燃え尽きてツンツルリンチョになっちまったんだよな。次の日に雨が降ったから、オレ達の村は燃えずに済んだんだけど………… ああ、そういえば、あの時はとても強い風が吹いていたな。 そうか!ならもしかして、強い風を起こせばいいのか?!」


 そういってダリアが自分の意図を理解してくれたのが分かると、ラザルスは強く頷いた。


「うん。その可能性は高いと思うよ」


 しかし、それを聞くと困り顔でペペロンチーノはこう言った。


「でも私、風の魔法は使えないよ? 炎が一番得意で、氷が一番苦手なの」


「なにっ。じゃあダメじゃねーか。どうすんだよッ」


「あわわっ。そんなこと、私に言われてもー……」


 するとラザルスはこう言った。


「いや、風を起こすだけならそれで十分だと思うよ」


「へえ、それはどうしてっスか?」


「どうやら風というのは、冷たい方から暖かい方へと流れ込む性質があるらしいんだ。これは’シラベツ海の黄昏‘’という本に書いてあったんだが、『昼間は港に冷たい海風が流れ込んで来るが、夜になると反対に山から海に向かって陸風が吹きこむ。なので遠洋まで漁に出る漁師たちは、その風を利用して遠くまで船を動かすのだ』……って」


「はぁ?意味わかんないんスけどッ! またアタシらの事、馬鹿にしてるんスかぁ?」


「……つまりさ、ここでも空気の温度差を作ってやれば、同じことが出来るんじゃないかな。って思っただけだよ」


 気圧差を作り風を起こす。いわゆる原理はモンスーン。

 その自然現象だって、普通なら人為的に発生させるのはとても難しいもの。

 だがペペロンチーノの強力な魔法があれば、不可能では無かった。逆にダンジョンという閉鎖空間なら有効に働く可能性もある。


「氷の魔法って、苦手なんだけどなぁー」


 そういって駄々を捏ねながら、ペペロンチーノはラザルスの指示通りに放漫なる氷衝(フリーズ)という魔法を使った。

 呪文の難易度は一番下で、威力は弱いが広範囲に氷礫の混ざった冷風を放つ魔法だ。


 それで、森の中心位置と既に燃えている木々とを挟みこむよう、中層の外周を重点的に冷やしてみた。

 すると思った通りに、中心に吹きこむような風が吹き出したのだ。


「あれ? なんか上手くいきそうかもっ」


「さすが相棒だな。だてに村で本ばっか読んでたわけじゃないな!」


「うんうん。成功したなら今回は良しとしましょうか。 ほらペペロンチーノ!この調子で、どんどん冷やすッスよ!」



 一度、流れが作られてしまえば、それは更なる大きな流れを生む。

 風は風を呼び、数分後には中層は火の海で覆われることになった。


 もちろん、龍樹やジャイアントスパイダーなどの魔物もとうに焼け死に、一匹も残っていない。


 その意味で、作戦は成功したと言える。

 本来ならクライシスから思念波による位置情報が送られてくるはずだった。それを元に全員が合流し、下層に向かって脱出するはずだったのだ。

 しかし、クライシスは戦闘でマナを使い果たしていた。そのため、思念波を送るのに必要なマナが足りていなかったのだ……。


「どうしたら?! この火じゃ、僕たちもいずれ焼け死んでしまうよ!」


「……そんなっ………クライシス様、クライシス様ぁーっ!!!!」




 ──その頃、森の中心部にて。

 ここは狂戦士クライシスが最後まで戦っていた場所であり、既に辺りは完全に業火に包まれていた。


 この事から彼が無理をして送り出したマルティとダリアが、無事に火付けの作戦を手伝い成功させてくれたのだ。と分かるはずだった。


 だがここに、それを知り得る者は居なかった。



 狂気の宴に最後まで生き残ったはずの勝者──クライシス・フォン・ハイブラスターは、炎の中で力尽き倒れていたのだった。


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