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第38話 龍樹

 ダリアは轟々と燃える木々の間を進んでいた。

 炎と棘で進路は阻まれていたが、それでも彼は走った。


「急げ。間に合わなくなきゃ意味ねーんだ」


 全員が生き残るためにも、一刻も早く先に行った二人に追いつき、火付けを再開する必要があった。


 だがその頃、ペペロンチーノ達は別の魔物との戦闘の最中だった。

 ジャイアントスパイダー二体と、龍樹が一体。二人が森に火をつけて回っている途中、クライシスの所へ向かっていた群れの一部と、不運にも遭遇してしまっていたのだ。


「あぅぅッ、こんな事してる場合じゃないのにー!」


 焦った様子を見せながらも、マルティは気功術を駆使した武術でクモたちの攻撃を受け止めた。


大神灼波(ロウシャッハ)! ……よし、今っスよ!!!」


「うん。任せてっ!」


 そしてパーティーの後ろから飛び出すと、ペペロンチーノは渾身の力で鎖鞭を打ち払った。


「せーのっ、おりゃああああ!」


 マナの込められた強力な打撃により、二匹の巨大クモは粉砕された。


「へへんっ、ざっとこんなもんよ」


「……ッ! ペペロンチーノ、危ないッ」


「え? うわぁぁ!」


 気持よく攻撃の決まったペペロンチーノはすっかり油断していた。

 後ろから龍樹の棘のような足が矢のように襲いかかる。


 すんでのマルティが気づいたものの、あと少し避けるのが遅れていれば、胴体を串刺しにされていた所だっただろう。


「あ、ありがとうマルティ」


「もう、気を付けるっスよ」


 龍樹は不意打ちを躱されても、特に気にしていないといった様子だった。まるで機械のような無機質な表情を浮かべながら、再びじりじりと、こちらに近付いてくる。


「強敵だけどさ、二人ならなんとかなるよねっ」


「いやぁ。マナも少ないし、正直わかんないっスよ」


「そうなの?一応、私はまだ余裕あるけど……。でもあんまり無駄遣いは出来ないよね。灼熱の渦奔流(ハイエンドブレイザー)があとで撃てなくなっちゃうもん」


「うーん、つまり節約しながら出来るだけ早く倒せってことっスかー。んな無茶なぁ……」



 だがその時、ようやくダリアが二人の元に合流した。


「悪りぃ。遅くなった」


「おおっ! ナイスタイミングッ これで少しは戦闘が楽になるッスよ」


「戦闘が楽に? 一体、なにいってんだお前」


 彼はまだ、龍樹がすぐ近くにいることに気づいていなかったのだ。


 しかし次の瞬間、周囲を覆い包む暗闇と剣山のような荊棘の合間に、突然ボウッと明かりが灯る。

 それは、龍樹が口に炎のブレスを蓄えた予兆だった。


「気を付けて! 攻撃がくるよ!」


 ペペロンチーノの掛け声で、三人はブレスに対し身構えた。

 ここは木々に挟まれた場所であまり逃げ場はないが、ブレス攻撃なら何度も見ていた為、対処法も理解していた。


 下方向からの放射状のブレスなら、炎が広がるまえに脇に回り込むかジャンプで回避すればいい。ブレスの炎の速度はそこまで速くないのだ。

 また、もし対処が間に合わなくても、ここにはペペロンチーノがいるから炎か氷の魔法で相殺すれば防ぐことは出来る。


 よって彼女らは両対応の陣形をとっていた。しかし、龍樹の攻撃はそのどれでもなかった……。


 龍樹はその枝のように細い口の先端をさらに絞りこむと、勢いよく噴射した炎を鞭のように振り回した。

 それは、三人が初めてみる攻撃パターンだった。


「はッ? なにこれ」


「やべー! みんな、避けろォ!」


 攻撃範囲は狭いが炎の鞭はとても複雑な動きをしていた。そして素早かった。


「ぐあっ……」


「きゃぁっ」


 パーティーメンバー全員に付与されていた熱耐性上昇(ヒートバリア)のおかげで、受けるダメージは軽減された。しかしその場にいた全員が、炎を完全に避けることが出来ずダメージを負った。

 またアンデットであるペペロンチーノは他の者より炎への耐性が低いため、思わずショックで地面に膝をついている。


「ペペロンチーノ!? ねえ、無事スか?」


「う、うん…… 大丈夫だよ。 少し、火傷しただけだから」


 そういうが、彼女はまだ立つことが出来そうになかった。


「こうなったら…… アタシが時間を稼ぐっス!」


「ええっ?! ちょっとッ、ダメだよ一人で突っ走っちゃ」


「そんなんじゃないッスよ。今のうちにマナを溜めといてください。アイツを倒せるくらいの魔法の準備をするんです。 もし、しくじったら承知しないッスからね」


 ペペロンチーノの持つ魔法の火力は龍樹を倒す上で必要不可欠だ。

 そして、この中でなら自分が一番、龍樹の攻撃を受けきれるタフネスがある。それを、彼女は理解していたのだ。


「へへへ、こうなったらチンピラ冒険者どもから殴られ続けて得たアタシの防御力。披露してあげますよ」


 龍樹は、先ほどの強力なブレスの反動のせいか、まだ炎をうまく吐くことが出来ないようだった。枝のように細い口を苦しそうに痙攣させているのが見られた。

 今ならブレスを恐れず、比較的安定した近接戦闘を行うことが出来るかもしれない。


 それに気づいたマルティは左手の拳と共に、逆手に持った右手の刀剣を前に突き出しながら突撃した。


「ハァーーーッ! このぉっ、どうだッ」


 ─ガンガンッ ガキーンッ─


 マルティは拳と片刃剣を巧みに使い、正確で絶え間ない連続攻撃をお見舞いした。

 しかし、竜樹は枝のように細い体にもかかわらず、その装甲はジャイアントスパイダーとは比べ物にならないほど硬い。しかもマルティの攻撃ステータスはほとんど皆無だ。

 ダメージはほとんど通らず、振るった刃はことごとく弾かれた。


「あぅぅ~、やっぱし全然効かないじゃんよー」


「…いいや、ナイスおとりだぜ! ここはオレっちに任せろ!」


 そう言ったのはダリアだった。

 正面から殴り合っているマルティに対し、そこからダリアは横撃を仕掛けようとしていた。


「来るのがおそい!」


「わりいわりい。でもおかげで、マナは十分溜まったはずだぜ」


 彼の手には、オーラの輝きを放つ鉄の剣が握られていた。

 それを見たマルティは、タイミングを合わせて竜樹から距離を取る。

 そうして出来た一瞬の隙を狙い、ダリアは剣を振り下ろした。


片手剣奥義(スラッシュアーツ):オーバースラッシュ!」


 ダリアの放った斬撃は、見事に龍樹の腕を切り落とした。

 切断面からは、まさにギードヌの樹液のような白濁した体液が吹き出していた。


「ブ、ブジャジャジャラララ~~~ッ!!!」


 龍樹は苦しそうに叫び声を上げる。


「よし、やったぜ!」


 ダリアはそういってガッツポーズを決める。

 しかし、マルティはどこか焦った様子だ。


「バカ。なんで首を狙わなかったんスか!」


「え? いや、そこまでの余裕はなかったっていうか……」


「もうっ。これだから素人君は困るっス。あんな細い腕なんて斬っても、余計怒らせるだけっスよ!」


「なんだって?!」


 一応、マルティの冒険者としての経歴はダリアと大差はなかったのだが、今回に関しては彼女が正しかった。

 龍樹は腕を斬られたことで、それまで本物の木のように無機質で感情が分からなかった顔に怒りが表れ、狂ったように暴れだした。


「ブジャジャ、ブジャジャジャジャジャ……」


 何かが擦れるような雑音に近い鳴き声。その声にコミュニケーションの目的はなく、龍樹が憎悪や敵意を露わにするときだけに用いられる殺害予告であった。

 そして腕を斬られたことから、その敵意(ヘイト)はダリアへと向かった。


 ─ブォン ズサ!ズサ!─


 龍樹は残った腕を、高い位置から地面に向かって何度も振り下ろした。

 ダリアは剣を使って刺突攻撃の軌道をどうにかして逸らしつつ、何とかぎりぎりで耐えしのぶ。


 ─ズサ! ズサ!─


「くそっ、化け物め。そんなにオレの剣が痛かったのか?」


 だが、そんな減らず口を叩いていられる余裕もすぐになくなった。

 彼は防御のスキルもアーツも持っていないし、タイミングを合わせて剣を合わせるなどの細かい調整はかなり苦手だ。

 近くにいた二人から見ても、ダリアは今にも串刺しにされそうだった。


「これ以上、見てられない! どいて、アタシが代わります」


 そう言うと、マルティは危なげなダリアを突き飛ばしながらムリヤリ押しのけ、代わりに自分が攻撃を受けもとうとした。


 だがその時、後ろから戦いを見ていたペペロンチーノがこう叫ぶ。


「上を見て! ブレスが来るよっ!!!」


「うわっ、しまったッ」


 咄嗟に顔を上げると、彼女の目の前には口の中に目一杯の炎を蓄えた龍樹の顔面があった。

 こんな至近距離でもしブレスを喰らえば、気功活性(シェアム)の再生回復でも間に合わないほどの大ダメージは必死だろう。

 それで彼女は、思わず微笑を浮かべた。


「うへへ…… こりゃぁ、もう間に合わないや」


「マルティっ!!!」


 ダリアも必死で手を伸ばす。しかし、距離は全く足りていない。


「くっ、くそーー!」


 そして炎の瞬きは、一瞬で倍の大きさに膨れ上がった。


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